『最終目的地』


アメリカでは2008年公開というから4年前の映画だったんですね。
アンソニー・ホプキンスの恋人役を真田広之が演じているという情報だけしか知らずに観に行ったのですが、最初、登場人物の相関図がよくわからなかった。作家の伝記を書く許可をもらうために、青年が家族がいるウルグアイへ向かうのですが、アンソニー・ホプキンスが作家なのかと思った…。
以下、ネタバレです。家族の関係性くらいは頭に入れていったほうが、話に入っていきやすいです。



アンソニー・ホプキンスは死んだ作家の兄、その恋人が真田広之。そして、作家の妻と作家の愛人と愛人の娘が一緒に暮らしています。
それぞれ個性が強くて、ギスギスした空気が漂っている中に、見た目普通の少し冴えない、聡明な彼女に愛想をつかされ気味の主人公がやってくる。彼がうまく風通し役になる。

主人公の青年はそれほどでもなかったけれど、主要人物四人の演技が上手かった。ゆったりしていて渋めな話なだけに、役者さんたちの演技力が際立っていた。

真田広之、いいですね。英語もうまいし、演技もナチュラルでした。ふわっとした優しい役柄も合ってた。全裸で寝てるシーンもあったけど、いやらしくない。
アダム(アンソニー・ホプキンス)とのエピソードも良かったです。アダムはピート(真田広之)を自分と一緒にいても幸せになれないと考えて、彼を解放するために金を工面しようとする。それを知ったピートは「僕はもう40歳だ! 25年間一緒にいたのに!」と怒る。
そりゃ、アダムみたいな爺さんからしたら、まだまだ若者に見えるかもしれない。でも、40歳は立派な大人で、自分の意思でなければ近くになどいない。嫌ならとっくに自分から離れている。その辺の事柄もちゃんと口に出さないと、はっきりと相手には伝わらないんですね。25年間の中でなあなあになっていたことが、解消された。

主人公の青年・オマーが言われるがままにアダムの宝石を密輸していたら、金は出来たかもしれないけれど、犯罪者として捕まっていたかもしれない。また、ピートがそんな方法で作った金を手切れ金として受け取ることもないだろう。
オマーが蜂に刺される事故があったから、彼の彼女のディアドラがウルグアイへ来た。ディアドラがアダムからの密輸依頼をオマーに代わって断ったことで、結果的に事態が良い方向へ大きく進んだ。すべてが繋がっている。

そして、その宝石をピートが犯罪ではない方法でさばいて金を作り、本当に金が必要な人物へと渡す。
常に眉間に皺を寄せ、居心地が悪そうだった作家の本妻のキャロライン(ローラ・リニー)。真に解放されたがっていたのは彼女で、その辺も、義理の兄であるアダムと昼間から酒を飲みながらゆったりと会話をする中で明らかになる。金を渡すのと引き換えに、土地の権利を譲り受けることで、キャロラインは家を出られる、ピートは土地を有効利用できるという誰もが納得の結果になった。

シャルロット・ゲンズブールは、『アンチクライスト』が強烈だったせいもあるのかもしれないけれど、幸薄顔/愛人顔に見えた。今回も愛人役がよくハマってました。彼女のいるオマーを好きになってしまい、またしても…という感じではありますが、最後は強さみたいなものを供えた幸せな顔になってただけに、幸薄顔/愛人顔も演技なんでしょうか。着ていた古着風のワンピースも可愛かったです。

静かながらも映像で登場人物の気持ちが察することができるシーンがいくつもあった。
ベッドに寝ているオマーにディアドラがレースのカーテン越しに話しかけるシーン。顔の表情が透けて見えるような薄いカーテンではあるけれど、二人の間を隔てているものはそれ以上に感じられる。この二人の関係はもう終わりなのだと思う。

蜂に刺されたオマーを見舞うために、アーデン(シャルロット・ゲンズブール)が運転する車の助手席にディアドラが乗っている。多数の牛が車の前を横切って、気まずい時間が流れる。どうにも手持ち無沙汰になったのか、アーデンは「医者が私をオマーの彼女だと勘違いして…」といま話さなくてもいい話を切り出す。間が持たないときって余計なことを話してしまいますよね。痛いほどわかる。

ラスト前のシーンの大雨は、少しありがちというか演出過多だったかもしれない。でも、アーデンに追い出されて、アダムとピートのところに駆け込んでアドバイスを受けるのは好きでした。あのシーンが晴天だったら、オマーはそのまま帰国してしまったかもしれない。

数年後の様子もまた良かった。
キャロラインがオペラ鑑賞に来ている。眉間に皺も寄っていないし、ひっつめていた髪の毛を下ろしていて、雰囲気が優しく変わっている。隣りにはパートナーらしき男性がいて、幸せそう。
ここで偶然会うのがディアドラだというのもおもしろかった。ディアドラの隣りにもパートナーがいる。コロンビア大学で教授をやっているらしく、彼女らしいエリートコースを驀進中のようだった。そして、いま住んでいる場所が近いことを話し、電話番号を交換する。なんとなく気が合いそうにも見える二人の再会はこの先に繋がりそうだった。

絡まっていた糸が解けて、すっとすべてが収まるべきところに収まって、幸せな結末を迎える。最終的には、複雑だった人間関係も納得のいく形になっていた。なるほど、そこが彼らの“最終目的地”なのだ。


ボーン三部作の第二弾。レガシーを観るために第三弾のアルティメイタムを先に観ました。そのため、最初のアイデンティティでヒロインだったマリーがどうやら亡くなったらしいというのは知っていたんですが、その亡くなりかたがかなり適当。しかも話の序盤すぎる上に、ストーリーのキーにもなっていない。必要のない人を退場させたのかなとか、ヒロインを変更したかったのかなというのがありありとわかってしまった。哀しい。

けれども、先の展開を見れば、確かにストーリー上、ボーンに恋人は存在しないほうがいいのも明らか。駅やホテルをひょいひょいと軽快に逃げるには、単独行動のほうがいいだろう。一人なので当然セリフもなく、黙ったまま、静かに人ごみに紛れていく。なんとなく、『ドライブ』の最初のシーンで、主人公がスタジアム帰りの客に紛れるシーンを思い出すようだった。やはりボーンは肉体派というよりは知的である点が魅力だと思う。
そう考えると、改めて、『ボーン・レガシー』はマッチョアクションだったと思う。あれでは普通のアクション映画になってしまう。

スプレマシーはラストも良かった。両親殺した謝罪をしに、わざわざ娘の元へ行くとは思わなかった。この力押しだけではない悲哀がたまらない。

操られているだけで本当はいい奴だということで、敵方にも情報提供者が現れる。パメラから本名を知らされて、ジェイソン・ボーンの謎がまた一つ明らかになる。しかも、これがラスト付近というのが、タイミング的にも続編を匂わせていて良い。
電話越しの「休んだほうがいいんじゃないか? 疲れた顔してる」という、すぐそばにいることを暗に知らせるセリフはアルティメイタムにも出てきたけど、結構好きです。小憎い。本当に三部作はどれもこれも面白かった。



1987年公開作品ですが、今回観たのは〔ニュー・ディレクターズ・カット版〕ということで、監督が色彩と構図を多少変更したもの。2008年のカンヌ映画祭で上映され、日本でも2009年とわりと最近上映されたらしい。
有名作ですが、タイトルを聞いていただけで、内容はまったく知らないまま、今回初めて観ました。

一言で言ってしまえば、とても雰囲気の良い映画。ゆったりと流れる時間と風景と音楽。ずっと観ていたくなる。ファンが多いのも納得。
ストーリー自体も重大事件が起こるわけではない。しかし、最初は痛いくらいにひりひりと乾いた空気が、一人の人物の登場によって、少しずつゆっくりと和らいでいく。

序盤、ブレンダがヒステリックに喚き散らし、果ては夫を追い出してしまうシーンで、これは観ていられないと思った。不快な想いに頭痛がするほどだった。しかし、夫が本当に出て行ってしまうと、こっそりと涙を流していて、この人は悪い人ではなく、不器用なだけなのだと察することができた。ヤスミンがカフェや事務所を片付けたシーンでも怒っていたけれど、結局、自分のほうがおかしいことにすぐに気づいたり、ブレンダの子供がヤスミンに懐いたあとも、「自分の子供と遊びな!」とガミガミ言ったあと、すぐに「ごめん、言い過ぎた」と謝りに来ていた。

このヤスミンという女性がとても魅力的だった。ドイツからの旅行者でカフェ併設のモーテルに泊まるうちに、カフェの住民に溶け込んでいく。この女性がふくよかなのがまたいい。優しそうだし包容力がありそう。

ラスト付近のミュージカルのようなシーンの多幸感も素晴らしい。かつて閑散としていて、常連さんがぽつりぽつりとしか訪れなかったカフェは満員御礼。お客さんを巻き込んでの合唱と合間に挟まれる手品ショー。一緒に手拍子をしたくなる。

なんとなく、アート映画の印象があったので、もっと高尚でわかりにくいものを想像していたけれど、そんなことはまったくなかった。クスっとしてしまう小さな笑いがふんだんに取り込んであったのも好印象。有名作にはちゃんと理由があるのが良くわかった。



ボーンシリーズのスピンオフ作品。三作目『ボーン・アルティメイタム』の裏で起こっていたことという設定。
ジェレミー・レナーは本作で大ブレイク?と思われたけど、なかなか厳しそうな気がする。
以下、ネタバレです。











アルティメイタムの序盤で殺される記者をちらっと出してみたり、パメラを登場させてみたりと話をリンクさせようとする努力はうかがえたけど、もっと繋がりを密接にしてくれたほうがおもしろかった。出てはくるものの、直接、今回の主人公であるジェレミー・レナー演じるアーロンとは関わってこない。
また、ジェイソン・ボーンは名前や写真だけで出てくるため、あちらの大物さが強調されてしまう。アーロンから見て、雲の上の存在のように思えて、対比として今回のアーロンがやたらと小物に見えてしまう。

こんなことなら、ボーンシリーズのスピンオフなどにしないで、ジェレミー・レナーで新しいアクション映画を撮ってくれたほうが良かった。
はっきり言って、ボーン三部作を予習する必要もなかったけど、“トレッドストーン”などの作戦名は説明もないままバンバン出てくるので観ておいたほうがいいのかな…。
これはジェレミーファンとして本当に残念なことだけれど、予習をしたことによって、ボーン三部作がいかにおもしろかったかがよくわかる皮肉な結果になってしまった。

今回のレガシーは、一応ボーンシリーズに共通するような逃亡劇はあるものの、そもそもなんで逃げているのかがわからなくなってくる。
また、アーロンが危険分子という感じでもない。どちらかというと、一緒に逃げている女性(博士)を逃がすなという風で、もうアーロンは必要なんじゃないの?と思ってしまった。
最強の追っ手である、No.3のかませ犬感もひどい。直接の殴り合いや撃ち合いもなく、逃げるのを追う途中で自滅してしまう。

ラスボスは一応、エドワード・ノートンだったのかもしれないけれど、彼がまったく魅力的じゃなかったのも問題。キャラも悪かったのかもしれないけれど、少しも恰好良く見えなかった。今回はCIAというよりは製薬会社側で指示を出しているんですが、ボーン三部作のクリス・クーパーやデヴィッド・ストラザーンのほうがよっぽど悪役として魅力的だった。エドワード・ノートンは怖くもないし、それほど大した仕事をした風でもなかった。

前半と後半がバラバラなのもどうかと思う。前半は雪山で特訓をしてるんですが、もう雪山なら全編雪山で良かったのではないか。都市部での逃亡を中心とするなら、雪山シーンがもっと短くていい。

私はジェレミー・レナーが好きなので、ジェレミー恰好良いなー、恰好良いというか可愛いなーという気持ちだけで観ることができたけど、特にファンでない人の目にはどう映っただろう。
それとも、もっとここをこうしてくれたらおもしろかったのにという箇所が多く見受けられたのは、ジェレミーファンだからなのでしょうか。


2006年公開。アジア映画をあまり観ないのですが(邦画は除く)、これはずっと気になっていたので。ジョニー・トー監督作品。香港映画。

銃撃戦が何度か出てきますが、どれもがとにかく恰好良く撮られていた。最初の三すくみというか、三人が銃を向け合って動けない緊迫状態からの撃ち合いから感動しましたが、そのあと、引越しを手伝って、しかも食事を一緒にとって、その上、記念写真撮影までの流れが素敵だった。お前ら、さっきまで殺し合おうとしてませんでしたか? ここで簡潔に男たちの関係性が説明されるのもなかなかスマート。とはいえ、最後まで観ると、キャラクターに感情移入してしまって、男たちの過去編もしっかりと描いて欲しくなった。

中華料理屋、医者の自宅と本当に銃撃戦が美しかった。大人数で銃を撃ち合うのですが、スローで撮られているので、一人一人の動きがわかりやすい。また、目くらましのためにカーテンをばさっと翻したときに、スローで布がふんわり広がるのも綺麗だった。血の処理も、破裂する感じとか霧のようになる感じが独特で、エグさがないのがいい。
ラストのホテルでの撃ち合いも、レッドブルの缶を蹴り上げて、落ちてくるまでの数秒をスローでとらえる方法がなんともスタイリッシュで見惚れた。

ハリウッド構想もあったようですが、公開から結構経ってしまっているのでなくなったのかな。



2007年公開。ボーンシリーズ三作目。二作目のスプレマシーはテレビでやるらしかったのと、レガシーはアルティメイタムの裏で起こっていることだという話だったので、こちらを先に観ました。

流れ的には一作目のアイデンティティーとほぼ一緒なんですね。CIAに疎まれて、追跡から逃げるという。そこに、CIA内部でのゴタゴタも関わってくる。なんとなく、『24-TWENTY FOUR-』を思い出した。CTUと現場との軋轢みたいな感じが。でも、あちらのほうがまだ現場に協力的か。

ボーンは相変わらず素性がぼんやりしているみたいでしたが、フラッシュバック的に何かを思い出しそうになってた。どうやら、スプレマシーで、一作目のヒロインであるマリーが亡くなったらしい。孤独な逃亡になるかと思いきや、一作目で敵側だった、ニッキー・パーソンズと一緒に逃げる。女性と逃げるという点もシリーズで共通しているのかもしれない。逃げる女性が髪型を変えるのも同じだった。レガシーでもジェレミー・レナーはレイチェル・ワイズと一緒に逃げているようだし。

今回のアクションは本当に見ごたえがあった。屋根の上をひょいひょい逃げるシーンや、カーチェイスなど、目が離せなかった。ブルーレイに収録されていた特典映像のメイキングを観ていると、もちろんスタントは使っているものの、結構マット・デイモンが自分でやっているシーンも多いようだった。車の運転もかなりのもの。映画内では笑顔を見せるシーンはあまりなかったけれど、メイキングではアクションシーンが決まった後にニコッと笑ったりしていて、マット・デイモンが少し好きになってしまった。

殴り合ってもそれほど傷を負わず、撃たれることもなく、車ごと立体駐車場から落ちても気絶することもなく無傷で車の窓から抜け出し、海に沈んでもすっと泳ぐ体勢に入れる。ほとんど無敵なのが痛快。ジェイソン・ボーンとして特訓をつんだおかげなのか。


予告で見たときに、トム・クルーズがロックスター役をやるというのが気になった。『トロピック・サンダー』や『マグノリア』のような、時々出てくる変なトム・クルーズを期待してしまいました。
それでも、主役はあくまでも違う人なのだからトムはあんまり出てこないのではないかということや、アメリカで興行成績がふるわなかったのも気になり、少し心配しながら観始めたんですが、オープニングでガンズの『パラダイス・シティ』が流れ始めたときに、そんな不安は一気に吹き飛びました!
また、続いて深夜バスの中で女の子が急に歌い始めて、バス内が合唱になるシーンからもうワクワクしてしまった。
ミュージカル映画好きと80’sロック好きや懐かしさを感じる人にはたまらないと思う。すごく楽しかったです。

ストーリーはあってないようなもので、ありがちだし、驚くようなことが起こるわけでもない。完全に曲の力でストーリーが進んでいくので、曲を知っているかどうかで評価が分かれるのかもしれない。歌詞をそのまま使っているのにストーリーにぴったりはまっていたあたりが、使いどころと選曲が完璧だった。
スコーピオンズやデフ・レパードなどメタル色が強いものの他にも、フォリナーやジャーニーなどの産業ロックも使われていて80’s全開。

以下、ネタバレです。




トム・クルーズは脇役とはいえ、意外と出番がありました。酒と女に溺れる、かつてのロックスター役だったんですが、股間とお尻の部分だけあいた皮パンという衣装や、乳首の周りを囲む蛇のタトゥーがセクシーと下品すれすれで強烈。頭に巻いた太いバンダナはアクセル・ローズ風。それで気だるく半裸のお姉さんたちと絡む。
ところが、歌い出すと、これがしっかりと歌えていてこれも驚いた。ボイストレーニングを何ヶ月もやったらしいが、その成果が出ています。ステージ上の振る舞いは演技でできるとは思うけれど、歌ばかりはどうしようもない。多少、声が綺麗すぎるというか、メタル向きではないけれど仕方ないでしょう。もう少し歌いこめば、いい具合の声になるかもしれないけれど、別に本職なわけではないし上出来です。

他の俳優さんたちもみんな歌がうまいので、曲を聴いているだけでも楽しい。サントラが欲しくなってしまった。
ミュージカルでよく出てくる、二曲がワンフレーズずつ交互に歌われるのが好きなので、『シスコはロック・シティ/ウィア・ノット・ゴナ・テイク・イット』がそのまま収録されているのも嬉しい。ライブハウスの前でロック好きたちが、「俺らがこの町をロックで大きくしたんだ!」と高らかに歌い、反対側で婦人団体が「私たちは受け入れられない!」と力強く歌う。

ロックは有害なものとして廃止を訴える婦人団体の代表を演じるのがキャサリン・ゼタ=ジョーンズ。彼女の、ダサいながらもキレのあるダンスが絶妙だった。きっちりした野暮ったいタイトスカートなのに、足がすごく上がっていたり。ダンサー経験があるというのも納得。『シカゴ』も観ていないので観たい。

あとは、ちょっとした話ですが、あの有名なHOLLYWOODの文字看板の裏側が見られたのがおもしろかった。あんな風になってるんだ。
とはいえ、80年代の話なので、いまは違うのかもしれない。服装や髪型など、ファッション面もしっかり80’sなので、その面でも楽しめました。

あと、トム・クルーズ演じるロックスターはサルを連れていましたが、あれはやっぱりバブルスの影響らしいです。