『ドクター・ストレンジ』
Posted by asuka at 1:57 PM
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)14作目。14作目とはいっても、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のようないきなり観てわからないような続きものではないです。
私は、原作は他のアメコミ映画同様未読、キャラクター自体もやっぱり他の映画と同様、『ディスク・ウォーズ:アベンジャーズ』で見たというくらいたったけれど楽しめました。
ヒゲ、ロマンスグレーという風貌から、ベネディクト・カンバーバッチが主演という話を聞いた時にイメージがわかなかったが、とてもよく合っていた。
監督は『地球が静止する日』のスコット・デリクソン。
ちなみに、本作のパンフレットはとても充実した内容だった。
原作の解説から、衣装や小物の説明、撮影秘話などのプロダクションノート的なもの、キャストやスタッフのインタビューと読み物が多く、本作の独特の映像手法っぽい文字組みが使われていたりと愛を感じる作りとなっていた。
以下、ネタバレです。
『ホビット』で竜のスマウグを演じたベネディクト・カンバーバッチを観た時に、竜の姿をしていても面影があるなとか似てるなと思っていたのですが、それに対しては、演じているのに失礼ではないかという意見もあった。
今回は人間役だけれど、スマウグよりもベネディクト・カンバーバッチっぽくはなさは少なく感じた。
前半、不慮の事故に遭う前の医者パートはいつものベネディクト・カンバーバッチだった。隠しきれない気品というか、上品さやエレガントさが医者っぽかったし、傲慢で高慢な態度は少しSHERLOCKを思わせた。
カマー・タージで修行がうまくいかず、他の修行している人たちの中、一人だけ曼荼羅みたいなマークが出せずに必死になっている様子は少し意外だったのだ。もう少しすましたキャラクターなのかと思っていたら、汗をかいて頑張って、焦っている。
こんな役もできるとは意外だった。
そもそも、天才外科医でありながら両手が使えなくなって焦っている点が人間臭い。そこから、才能を認められて、両手を治すか世界を救うかという選択から世界のほうを選ぶ。本作開始時の彼からは想像のつかない成長を遂げる。
普通、人物成長ものだと少年である場合が多いが、立派なおじさんでも成長するのだ。
ちょっと、ベネディクト・カンバーバッチが演じる中では珍しい役だったのではないかと思う。
まあ、単純に、外見のヒゲがカンバーバッチっぽさを隠していただけかもしれないけれど。
スティーヴン・ストレンジは軽口を叩く軽妙なキャラクターでもある。
パンフレットの表紙やポスターではキメキメだけれど、映画内ではまだそれほど魔術を使いこなせているわけではない。
本作はまだプロローグなのだと思う。スットコ魔術師奮闘記といった感じだ。
きっとこの先、自体はもっと深刻化していくだろうし、本作ではとんち合戦みたいにして危機を乗り越えたけれど、今後はストレンジが直接手をくだす場面も多くなるだろう。
それでも、本作のような軽妙さは残してほしいと思う。
赤いマントを付けた姿のドクター・ストレンジがせり上がってきた時に、やっと知っている姿になったと思って感動した。
序盤の医者姿から、修行をするために道着に着替え、両手がうまく使えないからヒゲを生やし、髪も伸びる。そして、仕上げにマントだ。少しずつ、現実の姿からファンタジーというか漫画の登場人物の姿に変わっていっていた。違和感なく魔術の世界と現実の世界が融合していた。
このマントが可愛い。マントが可愛いというと柄がとか形がかと思われると思うが、意志をもって動くのだ。ストレンジはまだまだ未熟である。その彼を時にサポートし、時に励ます。喋ることはないけれど愛嬌がある。
良いロボットが出る映画は良い映画という法則があるが、その亜種だと思う。
役者さん関連だと他には、ティルダ・スウィントンも良かった。
カーマ・タージの指導者、エンシェント・ワン役。原作ではおじいさんらしい。一体何歳なのかわからないというのは彼女のはまり役だろう。謎めいた雰囲気もいい。
エンシェント・ワンの弟子モルド役にキウェテル・イジョフォー。頭の固い善人役がうまい。真面目ゆえに、信じていたものから裏切られた時に受けたショックからの反動が大きい。本作ではいい人でしかなかったけれど、、おまけ映像の感じだと次作で悪役になりそう。
なんと原作では元々悪役らしい。
公式が“女性が好きな恋愛要素を売りにする”というようなことを言っていて少し荒れたりもしましたが、そこで初めてストレンジの相手役というのがいることを知ったくらい予告編には出てきていなかった。元恋人役にレイチェル・マクアダムス。序盤にやや湿っぽい別れのシーンがあったものの、それ以降はちょうどいいさじ加減だった。
ヒロインと言っていいのかわからないくらいの出番。でもいたほうが面白くなるくらいには出てくる。また、『ザ・コンサルタント』と同じく、主人公の足を引っ張らないので見ていてイライラしない。
悪役カエシリウス役にマッツ・ミケルセン。そのままでも恰好いいが、目の周りのメイクはより恰好よく見せるためのメイクに見える。
凶悪だけれど、直接対決ではないにせよ未熟者魔術師にやっつけられるというのは案外弱い? 単にストレンジが頭がいいということだろうか。
『ステート・オブ・プレイ』や『逃亡者 デッドエンド』でジョン・シムと共演していたベネディクト・ウォンが結構重要な役で出てきた。エンシェント・ワンとモルドが去った続編でも、是非、ドクター・ストレンジをサポートする役で出てきてほしい。
『ドクター・ストレンジ』はここから始まるし、最初はヒーロー物といった感じでもないし、ストーリーはとっつきやすいと思う。MCUの他の作品を観ていなくても大丈夫そうな敷居の低さがある。
それに、ストーリーだけでなく、本作は映像や視覚効果も見どころの一つだと思う。
覗いた先の景色が万華鏡のようになるスコープがグッズになっていたが、まさにそのような世界が目の前で展開される。
これは、元々の原作コミックスでの表現の映像化らしい。63年に初めて発表された作品のようなので、60年代といえばサイケデリックが流行ったし、同じようにトリップ感の味わえる映像なので納得した。
IMAXカメラで撮ったシーンではスクリーンが上下に広がるタイプなので、できればIMAX鑑賞がいいのだと思う。そして、3Dでないと、この映画の魅力が半減してしまうのではないかと思うくらい圧倒された。しかし、少し酔います。
病院でのバトルも面白かった。幽体離脱のように、肉体からアストラル体だけ離れて、壁をすり抜けながらバトルをする。
ファンタジーっぽくはあっても、病院は現実世界で地続きなのを感じる。
香港の住民たちの中でのバトルも、時を止めて、その中でストレンジやカエシリウスだけが動いているというのも面白かった。背景が日常生活で、その中で繰り広げられる非日常バトル。
時を止めるだけでなく、時を戻し、建物などを修復しながらのバトルも見ていて混乱するが面白かった。
是非二作目でもこの斬新な映像たちも見どころにしてほしい。
マーベル映画のお楽しみのおまけ映像にはソーが登場。次作は2017年11月3日に現地での公開が予定されている『ソー:ラグナロク(原題)』なのかなと思ったが、その前に5月5日(日本では5月12日。案外早い)『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』の公開が控えていた。『スパイダーマン:ホームカミング』も7月7日(日本では8月11日。まあまあ早め)とソーより早い。
ソーは「地球にも魔術師がいるのか」と言いながらドクター・ストレンジと向かい合って座っていた。飲み干したビールをストレンジが時を戻すことで増やしてあげるサービスも。
戦いの時にはサポートするというようなことを言っていたので、もしかしたらドクター・ストレンジも出てくるのだろうか。それとも、2018年公開予定の『アベンジャーズ』続編での共演だろうか。
二人でロキの話をしていたが、ロキとドクター・ストレンジの共演となると、トム・ヒドルストンとベネディクト・カンバーバッチということで、『戦火の馬』のイギリス軍コンビである。
また、『アベンジャーズ』に出て、ロバート・ダウニー・Jrとベネディクト・カンバーバッチの共演ということになると、映画版とBBC版のシャーロック・ホームズが揃うことになり、これはこれで楽しみである。
『ザ・コンサルタント』
Posted by asuka at 1:58 PM
ベン・アフレック主演。公式サイトや予告だと、会計士には裏の顔があって…?みたいな書き方だけれど、そんな単純なギャップ萌えの話ではなかった。でも、ネタバレっぽいものがある話だし、ちょっとこれくらいの書き方でいいのかもしれない。
監督は『ウォーリアー』のギャビン・オコナー。
以下、ネタバレです。
最初、昼は実直真面目な会計士、夜は殺し屋というような話なのかと思っていた。ネタバレをぼやかすためだと思うけれど、公式サイトのあらすじだと『しがない会計事務所へ舞い込んだ大企業の調査依頼』と書いてあるけれど、舞い込んだというか、自ら飛び込んでいった感じが強い。また、事件に巻き込まれるような書き方だけれど、それも、巻き込まれるっちゃ巻き込まれるけれど、自分で頭をつっこんだ感じである。あと、巻き込まれるというと一般人がひょんなことから裏世界に…といった印象になるが、この会計コンサルタント、クリスチャン・ウルフは最初から裏世界の住民っぽい部分が匂わされる。巻き込まれ上等といった雰囲気。
ウルフが持っている携帯には非通知で着信があり、そこで謎の女性から依頼を受けて動いているようだった。相手の顔、名前が出てこないところと、万能感から、少しノブレス携帯のジュイスを思い出してしまった。
ウルフは後ろ暗いところがあるようで、政府の一部からも目をつけられていたりする。映画を観ている側はこの主人公にどう向き合っていいのか迷うが、どうも携帯の向こうの万能な存在に従って、義賊的なことをしているのではないかと思われた。
思っていたのと一番違ったのは、最初に示される情報だが、主人公が高機能自閉症という点である。数字(というか数学?)に特別なこだわりがあるようだったので、会計士には向いている。
また、父親が軍人で、一人でも強く生きていけるようにという育て方をしたために、銃の扱いや格闘技などが身についていて、戦闘能力が突出している。最初はあの父親はどうなんだろうと思っていたけれど、結果的には正しい育て方だったということか。
仕事を完了させないと落ち着かないという面があるせいか、格闘シーンの確実な殺しっぷりが恰好良かった。殴って相手が倒れても上から銃で頭を一発、銃で仕留めても念のためもう一発。
ほぼ無表情で戦う様子も恰好良い。必死な顔にならないので何気ない動作に見える。
無表情なのは人と接するときも同じなのですが、好意を抱いたらしいデイナに対しては少し笑顔がこぼれていたり、不器用ながらも必死で伝えようとする様子が可愛くも見えた。
デイナを演じたのがアナ・ケンドリック。『バッドマン vs スーパーマン』の影響かもしれないけれど、やたらと筋肉質になったベン・アフレックに比べて小さくて可愛い。でもトイレのフタで悪漢を殴ったりと奮闘する。無駄に出しゃばって足を引っ張る場面がないのも良かった。
ベン・アフレック演じるウルフのキャラクターがとても魅力的だったので、本作は彼だけを中心にして欲しかった気がする。彼の過去と、一つの事件の解決で良かったのではないか。
なかなか最初から三部作構想もできないのだろうけれど、本作は要素がつみこみすぎではないかと思った。少しもったいない。
ウルフは影で一つの事件を解決しながらも、人も殺しているし、財務省犯罪捜査部に追われている。引退間近のレイモンドと犯罪歴のあるメリーベスというこの二人も濃い。二人ともの過去の話も出てくるが、ほぼ語りだけで済まされてしまう。この二人の側から見たスピンオフも作れそうである。それか、本作では政府も謎の男(ウルフ)を追っているという話を少し出して、二作目で本格的に追う様子を描くとか。
そして、三作目で満を持して弟の登場である。本作でもなかなか出てこなかったから満を持して感はあったけれど、ちょっと小物すぎてがっかりしてしまった。政府組二人やデイナの口からも過去の話が語られて、それを聞くとキャラクターに深みが出るが、弟はこれといったことを語らない。子供の頃はいつもウルフと一緒にいて、父親もウルフの友達は弟だけだと言っていたが、弟は子供の頃にも特に何も話しておらず、本当は何を考えていたのかわからなかった。
母の葬式にウルフと父親が二人で行ったことに怒ってはいたけれど、それよりも再会を喜んでいたし、きっと子供の頃から本当にウルフの友達だったのだろう。裏や確執などない。大体、本当に恨んでいたら、再会時に殺す手を止めることなんてしなかったはずだ。
でも、弟にも何かしら重要な役割を与えてあげてほしかったし、兄弟の確執が見たかった気もするのだ。最強のライバルであってほしい。それを三作目でじっくり描いてほしかった。ラスボスが弟でもいい。
ただ、確執があるとすると、本気で殺し合うことになるし、本気で殺しあったらきっと弟が死んでしまう。しかし、ウルフが弟を殺せるとも思えない。それに、殺させてはいけないとも思う。
そして、最後の最後に携帯の謎の声の主が、ウルフが子供の頃に行った施設の女性だったことがわかる。声もパソコンを使った音声だった。電話で「ため息だわ」と言っていた時に、なんでそんなこと言うんだろうと思ったけれど、絵文字みたいな感覚なんでしょう。
人物関連のことはおおよそ明らかになったし、丸くおさまったと言えなくもない。けれど、弟も生きているし、ウルフはまた次の事件へ向かっていくようだったし、続編がいくらでも作れると思う。是非、シリーズ化してほしい。
女性がパソコンでハッキングをして、携帯で連絡してウルフが動くという連携プレーはいつからとられたのか、そうなったいきさつや転機みたいなのもあったはずなのだ。二人が交わす秘密の契約。やはり、パズルの最後のピースを渡してもらったことがきっかけになっているのだろうか。彼女の部屋にあの時完成したパズルが飾られているのもぐっときた。
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
Posted by asuka at 9:57 PM
実在したフローレンス・フォスター・ジェンキンスについて描かれた実話。
この映画の予告編を見た時に、本当は歌が下手だけれど周囲がそれに気付かせないようにするという点が『偉大なるマルグリット』(未見)と同じだったのでこの映画のリメイクなのかと思っていた。しかし、『偉大なるマルグリット』はこのフローレンス・フォスター・ジェンキンスの話をフランスに置き換えての映画らしい。どちらも同じ人物で作られた映画なので内容が似ているというわけだった。
公開から少し経っていますが、この時期の映画賞の主に俳優部門でのノミネートが多いので観ました。
以下、ネタバレです。
主人公のフローレンスは歌が下手でなくてはいけないけれど、演じるメリル・ストリープは歌がうまい。音源をそのまま使っているのかなとも思っていたけれど、音痴を練習したというからすごい。
ただ、音痴ではあっても聴くに堪えないとか耳を塞ぎたくなるという類のものではない。実在した人物はどうだかわからないし、実際にコンサートに行っていたらどうかなとは思うけれど、映画の中では嫌な気分にはならない。
これはメリル・ストリープの演技力なのかもしれないけれど、フローレンスは楽しくてたまらないといった感じで歌うのだ。あんな幸せそうな顔を見たら、夫のシンクレアでなくとも、フローレンスの願いを叶えてあげたくなる。
衣装も、ゴージャスではあるけれど、星が付いていたり、スパンコールがたくさん付いていたりと、少しファンシーなものが多い。可愛らしいし、見ていて楽しい。
だから、後半のカーネギーホールでのコンサートで、軍人たちに笑われて戸惑った表情を見せていたのは辛かった。多分、シンクレアも彼女のこんな表情が見たくなかったから、天真爛漫にやりたいことをやらせてあげたかったから、影で記者を買収したり、騒ぐ客を追い出したりと動いていたのだろう。
シンクレアがフローレンスの影で献身的につくす様子は序盤から描かれていたし、そうゆう映画なんだとも思っていた。フローレンスの幸せのために、彼は徹しているのだと思っていた。もちろんその部分もある。
序盤で描かれる、歌ではないけれどフローレンスのパフォーマンスとその司会をするシンクレア、その後家に帰って、ベッドにフローレンスを寝かせ、眠ったところでメイドさんと一緒につけまつ毛とウィッグを取ってあげるという一連の動作はいつものルーチンのように見えた。そしてその後、家を出て、タクシーに乗り、フローレンスのホテルとは比べものにならないもう一つの家につく。そこには若い女性がいて、シンクレアのことを「ダーリン」なんて呼んでいる。おそらく、ここまでがルーチンなのだ。え? そうゆう二重生活の話なの?と混乱してしまった。
途中で、もう一人の主要キャラであるピアニストのコズメが、若い女性キャサリンとシンクレアが親しそうにしているのを見て、二人の仲を察して、「フローレンスと結婚しているのかと思っていた」と言うシーンがある。私もそう思っていたので、映画を観ている人の気持ちを代弁してくれた形になる。そこでシンクレアは「もちろんフローレンスと結婚している。この関係は彼女も承知してくれている」と言う。けれど、中盤で、もう一つの家にフローレンスが訪ねてきたときにキャサリンを隠れさせたということは、別々に住むことは了承していても、他の女性と関係を持っていることは隠していたのだろうか。
その辺がよくわからないし、実は、シンクレアの気持ちもよくわからなかった。メリル・ストリープとヒュー・グラントだとフローレンスとシンクレアはだいぶ年の差があったのかなと思うけれど、実際にはフローレンスが7つ上だったようである。
フローレンスは病気だったために、シンクレアがセックスのために若い女性を囲っていたのかというとそんな感じではなく、キャサリンとの間にもちゃんとした愛情があったようだった。
シンクレアはタクシーでもう一つの家へ向かう時に、一仕事終えたというように目を細めてタバコを吸っていた。そのヒュー・グラントが本当にセクシーだった。シンクレアはフローレンスの前ではいつでも笑顔で、彼女の機嫌を損ねるようなことはしていない様子だった。彼女の元を離れ、彼女が嫌いだというタバコを吸い、素の顔を見せたようだった。
素の顔というと、フローレンスの前では繕った顔だったのかとも思ってしまう。一体、彼はフローレンスのことは本心ではどう思っていたのだろう。
フローレンスはお金を持っている。もう一つの家だって彼女が家賃を払っていたそうだ。フローレンスのご機嫌取りは仕事で、日常はキャサリンとの生活だったのだろうか。
ある夜に、いつもの通り、フローレンスが寝たところで、シンクレアはホテルを出ようとする。すると、フローレンスが彼を引き止める。シンクレアはフローレンスのベッドで寝るけれど、この少し前に、シンクレアとキャサリンは喧嘩をしてるんですよね。もし、喧嘩をしていなかったら、シンクレアはどうしていたのだろう。
結局のところ、シンクレアはどちらのことを大切に思っていたのか、よくわからなかった。実際のシンクレアは、フローレンスが亡くなった翌年にキャサリンと結婚をしており、ますますわからない。
実話だから仕方ないのかもしれないけれど、映画ではもうキャサリンの存在は消してしまっても良かったのではないかと思う。
シンクレアのもう一つの表情を演じるヒュー・グラント自体はとても良かったんですが、映画だとキャラがブレてしまっていた。邦題ではあるが、“夢見るふたり”ともかけ離れている。
もうフローレンスにひたすらつくす役で良かったと思うのだ。もう一つの素の表情、裏の悪い顔もセクシーだったけれど、フローレンスの前でにっこり笑った顔がくしゃくしゃになるのも良かった。ヒュー・グラントは年をとって、ますますいい表情になったと思う。
もう一つ、“夢見るふたり”が違うなと思ったのは、実際には二人に雇われピアニストを加えた“夢見るさんにん”だと思うからだ。ピアニストのコズメもフローレンスとシンクレアに負けないくらい活躍していた。日本版のポスターでは消されてしまっているが、海外版のポスターには三人写っている(原題は『Florence Foster Jenkins』)。
コズメを演じたサイモン・ヘルバーグも表情の作り方がとてもうまかった。最初は他の人と同じようにフローレンスの音痴を笑っていた。けれど、フローレンスに付き合ううちに、彼女の人柄に魅了されていく。やっぱり、映画を観ている私たちと同じ目線である。そしてそれは、かつてシンクレアが辿った道でもある。
あとで知ったんですが、サイモン・ヘルバーグはピアノも実際に弾いているそうだ。素晴らしい。ヒュー・グラントも良かったけれど、彼もゴールデングローブ賞にノミネートされておかしくないのに。と思ってもう一度見直したら、ばっちりされていた。ヒュー・グラントは助演ではなく主演男優賞、サイモン・ヘルバーグが助演男優賞でした。
フローレンスがコズメの部屋に来るシーン、手が痛くて片手でしかピアノを弾けないフローレンスのサポートをするように、コズメが連弾をする。そっと優しく差し伸べられた手から、もうコズメはフローレンスを馬鹿にしてなどいないのがよくわかる。二人の距離が縮まるのも感じられるとても良いシーン。
ここで、フローレンスがシンクレアとの過去の話もして、「彼の演技が酷評された新聞記事を隠したりね」という言葉が出てくる。
後半で、フローレンスの歌を酷評した記事の載る新聞をシンクレアが隠す。結局、フローレンスはそれを発見してしまうのですが、さっきのセリフ(「彼の演技が酷評された新聞記事〜」)はこの辺の伏線なのかなと思っていたら、触れられないまま終わってしまったので驚いた。何かしら絡めてほしかった。これも、実話だから仕方ないのかもしれませんが。
『幸せなひとりぼっち』
Posted by asuka at 9:49 PM
スウェーデンで五人に一人が観たというスウェーデンで大ヒットした映画。原作小説もベストセラーになっているらしい。
気難しいおじさんが主人公ということで、『クリスマス・キャロル』とかスクルージおじさんみたいな話かなと思ったけれど少し違った。
以下、ネタバレです。
それでも、気難しいおじさんが近所の人々に振り回されながら少しずつ心を開いていくという話という点では同じ。ありきたりと言えばありきたりなのだけれど、序盤から映画全体を通して、いろんな場面で泣いてしまった。
気難しいおじいさんオーヴェはタイトル通り、妻に先立たれひとりぼっちで暮らしている。近所の自警団のようなこともやっていて、周辺の住民からは煙たがられているようだった。
ただ、やはり妻の前で見せる顔というのが別にある。妻のお墓に、愚痴混じりでありながら優しげに話しかけるシーンが、タイトルが出る前にもう出てくるんですね。彼の本当の人格は最序盤でわかる。
なんとなく『クリード』でロッキーがエイドリアンの墓の横に椅子を置いて新聞を読むシーンを思い出した。亡くなった人に想いを馳せるシーンはいつだって泣ける。そこに故人がいるようにお墓に話かけるシーンがこの映画や『クリード』に限ったことではなく好きです。タイムスリップなどで二人の時の流れがずれてしまう描写と同じような切なさがある。
オーヴェは近所の人には煙たがれる、愛する妻もいない、仕事もクビになったということで、自殺をしようとする。そこで走馬灯なのか、オーヴェの子供時代からの回想が始まる。このような形で主人公の過去を描くのは結構おもしろいと思った。
ただ、この回想が結構長かったので、もしかしたらこの映画はこの先ずっと回想なのかなと思ったら違った。邪魔が入って自殺が阻止される。
何度かこのパターンで、嫌気がさして妻の元へ行こうと自殺を試みて阻止される。そのたびにオーヴェの過去が明らかになり、同時に彼の人柄が明らかになっていく。
気難しいし、付き合いにくそうだと思っていたけれど、結局は根が真面目で正義感が強い人物なのだということがわかる。
そして、この過去パートではのちに妻になるソーニャとの出会いも描かれる。恋愛に関してもオーヴェは不器用。だけど、真面目ゆえに愛らしい。そして、オーヴェの回想だから余計そうなのかもしれないけれど、ソーニャがとても魅力的。この二人の恋に落ちる様子もロマンティックにしっかり描かれていて良かった。ソーニャを演じた女優さん自身もとても綺麗でした。
オーヴェの自殺が阻止される描写はコミカルですが、監督さんはもともと、コメディが得意な方らしくなるほどと思った。現代パートでは、ご近所さんで移民のパルヴァネ、彼女の子供たち、ソーニャの生徒、野良猫…とオーヴェの周りに大切なものがどんどん増えて行く。
パルヴァネとは特に親しくなって、走馬灯ではなくオーヴェの口から彼女に向かって過去のことが語られるシーンも出てきた。一番大切だと思われる、ソーニャが大怪我を負い、子供を亡くすシーンだ。
ただ、ソーニャは最近亡くなったようだったし、この事故をきっかけとして亡くなったわけじゃないんだろうなと思いながら観ていたら、亡くなったことについては回想映像もなく、「ガンで死んだ」と一言だけだった。
オーヴェの子供時代から、ソーニャと出会って結婚して…というところはとても丁寧に描かれていたので、亡くなるシーンも当然映像で見せてくるのだろうと思っていたけれど、敢えてぽつりと言葉だけで済ませたのは、オーヴェにとってショックな出来事すぎてまだ受け止めきれていないとか、辛くて詳細には話せないとか、あまり覚えていないとか、彼の心のうちが関係しているのだろうか。
心の奥にしまっていた大切なことを打ち明けることで人との絆が強まる。パルヴァネとの関係だけでなく、以前は一人だった近所の見回りも若者と猫が同行することになったり、仲が悪くなってしまったかつての友人が施設に入れられるのをご近所総出で阻止する中心にオーヴェが立ったりと、周囲に人が集まってきていた。
もうひとりぼっちではない。もう自殺を試みることもない。
しかし、少し前に胸を押さえて倒れるシーンがあったので嫌な予感がしていたが、このすべてが丸くおさまって幸せな気持ちになっていたところでもオーヴェは倒れてしまう。
結局、心臓が大きいということで命に別状はなかった。パルヴァネも「オーヴェったら本当に死ぬのがヘタね!」と冗談めかして言っていたし、ひやっとはしたものの、ほっとして、これでハッピーエンドだと思ったのだ。
そうしたら、ラストでオーヴェはこの心臓の病気で亡くなってしまう。病院へ行ったのに、命の危険があるならば手術をするとか薬を出すとかしなかったのだろうか? 取ってつけたようなという言い方はおかしいかもしれないけれど、不自然な亡くなり方に思えた。
映画の記事を読んでいたら、原作とはラストが違うらしいので、原作では亡くなることはないのかもしれない。監督の言葉として、「どうしてもソーニャに会わせてあげたかった」とあって、その気持ちはわからないことはないけれど、でもやはり、オーヴェには生きていて欲しかった。
自殺ではないにしても、死んでしまっては結局同じだと思う。
ソーニャが亡くなってしまった傷は癒えることはないかもしれない。だけど、周囲の人とも打ち解けて始め、ひとりぼっちではなくなったところだったではないか。孤独感だって、薄れていくだろう。オーヴェの人生はこれからも続いたはずなのだ。二人の時がズレても愛する気持ちは変わらない、そんな描写が好きだから、わざわざ死んで時の流れを揃えなくてもいいのにと思ってしまう。
オーヴェが出会いと同じ電車の中で老いたソーニャと再会し、手を取るラストの映像も美しかった。けれど、本当だったら、生きているオーヴェの日常という現実パートで終わらせてほしかった。ラストだけが残念です。原作も読んでみたい。
『ドント・ブリーズ』
Posted by asuka at 9:50 PM
最初、ホラーだと聞いていたけれど、いわゆるホラー映画とは違うかもしれない。監督のフェデ・アルバレス、脚本のロド・サヤゲス、プロデューサーのサム・ライミ、出演のジェーン・レヴィと、主要メンバーが2013年の『死霊のはらわた』と同じとなっている。
以下、ネタバレです。
最初のあらすじとして、若者たちが盲目の老人の家に強盗に入ったが、老人に襲われて家から出られなくなるというのを知っていた。だから、いきなり強盗に入る場面から始まって、舞台はずっと家の中なのかなと思っていたら、プロローグ的なものが少しあった。
本来だったら、強盗をする若者というのはホラー映画でいうイチャつくカップルと同じで襲われて当然の存在である。ホラー映画と同様、殺されて当然の若者たちが次々に殺されていくのを見る映画なのかと思っていた。
しかし、プロローグで示されるのは若者たちの境遇である。彼らが住むのは経済破綻したデトロイト。特に、ローリーという女性について詳しく描かれるのだが、典型的な貧困家庭であり、母は家に男を連れ込んでいる。彼女はお金をためて、妹と一緒にこの家を出たいと思っている。
もちろん、強盗は悪いことである。しかし、境遇が示されることで、仕方ないかな…という気持ちにもなるし、映画を観る側が彼女たちの味方になる。強盗が成功するように応援してしまうのだ。
つまり、強盗をする側が善、盲目の老人が悪である。
ただ、盲目の老人にも事情があって、盲目になった原因は戦争だし、家にある金は交通事故で亡くした娘の示談金である。
そうなると単純に強盗頑張れという気にもなれない。
映画の本題は、盲目の老人の家から金を盗み出し、無事に生きて帰ることができるかというものである。ゲームのミッションといってもいい。ただ、それは単純なものではなく、盗む側、盗まれる側にそれぞれ事情があり、最初に示されるのがおもしろい。
そして、盲目の老人なんて楽勝だろうとも思うけれど、退役軍人なので鍛えられた体を持っているし、銃器の扱いも慣れている。家にある示談金はそのまま大切な娘のような存在に置き換わっているから、二度も娘を失うわけにはいかないと躍起になっている。
更に、強盗の若者の一人が銃を持ち込んだために、正当防衛として殺されても仕方のない状況を作ってしまった。
しかも、老人は凶暴な犬を飼っていて、老人の目の代わりになるくらい懐いている。
単純に、無事に逃げ出せるかな?というところとは離れてきている。その複雑さがおもしろい。
ゲーム開始前、ルール説明の締めくくりとして、家の中をなめるように撮るのもおもしろかった。こんなところが舞台になりますよとちゃんと見せてくれた。
最初、決して広くない家の中での鬼ごっことなると、影からバンッ!という大きな音とともに鬼が出てくるびっくり演出が多いのではないかと思った。椅子に座りながらもビクッとしてしまうし、苦手だったのだけれど、意外にもその描写は少なかった。
なぜかというと、鬼は盲目だから、遭遇=死ではないのだ。遭遇をしても、気づかれなければ大丈夫。むしろ、見える場所やすぐ近くに鬼がいる、そこからバレるか逃げられるかのスリルが楽しかった。
強盗を善、盲目の老人を悪として描くのだろうと思っていたし、そのつもりで見ていたけれど、何度か選択をせまられる場面がある。まずい家に入り込んでしまったことがわかって、金は置いて逃げたほうがいいのではないかという序盤の場面、警察に電話したほうがいいのではないかという場面。両方とも、金をあきらめることをせまられるのだが、結局、どちらでも金をとってしまう。
これでは、若者側が悪になってしまうのではないか。
しかし中盤で、老人が娘の交通事故に関連した若い女性を地下で監禁していることが発覚し、終盤にはその目的が亡くした娘の代わりに新たな子供を授かることだったとわかる。こうなると、どちらが悪だかわからなくなる。
結局金を盗み出して家から脱出、女性は妹とデトロイトを出るという目的を果たし、ミッションコンプリートと思われたが、テレビのニュース番組では女性が悪者になっている。当たり前だ。盲目の老人の家に押し入って、交通事故で亡くした娘の示談金を奪ったのである。報道されれば悪いのは強盗のほうだ。
ただ、中盤から後半で老人側の罪が出てきてしまったので、これについてはどうなったのだろう。警察が来たのだから、地下室の存在がわかったと思うし、そこでしていたこともわかるのではないだろうか。しかし、報道をされている雰囲気はなかった。
娘を愛していたが故の行動ということなのかもしれないけれど、老人のほうも悪いやつだったという描写は無くても良かったような気もする。
しかも、盲目老人のほうは生きていたのが後味が悪い。大切な意味のこもったお金をとられたのだから、どこまでも追い詰めそうな気がする。けれど、盲目ゆえに、家の外には出るのは困難なのではないかとも思う。
まだ、アナウンスがあっただけのようだが、同じ監督で『ドント・ブリーズ2』の企画は立ち上がっているらしい。今回の話の続きなのか、それとも舞台を変えて同じような条件でやるのか気になる。
『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』
Posted by asuka at 12:00 AM
ヘレン・ミレン主演。軍服のヘレン・ミレンが珍しい。
他、アラン・リックマンやアーロン・ポール、『キャプテン・フィリップス』のソマリア海賊役でアカデミー助演男優賞にもノミネートされたバーカッド・アブディなど。
監督は『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』のギャヴィン・フッド。
無人ドローンによる攻撃全般について描かれているのかと思っていたが、一つの事象について濃く描かれている。
以下、ネタバレです。
無人ドローンによる“空からの目”によって、テロリストが発見される。彼らは自爆テロを計画していることもわかり、それを空中から爆撃することにより、仕留める…という計画の遂行について、ほぼリアルタイムで描かれる。
こう書くと簡単そうな計画と思われるかもしれないけれど、対象がイギリス人とアメリカ人のため、様々な場所から許可がおりないと攻撃に移せない。
現場があって、攻撃のボタンを押すドローンの操縦士がいて、計画を統括する大佐がいて、その周囲に何重にも人物が控えている。たらい回し具合はまさにお役所という感じだった。
また、そんなものかもしれないけれど、枠の外の外側にいる上層部は他人事とまでは思っていなくても呑気だなーと思わざるをえなかった。
また、関わる人が多くなればなるほど、いろんな意見が出てきて簡単には事は進まなくなってくる。
監視に気づかれていないからすぐに逃げ出す事はなくても、現場が待っていてくれるはずもなく、刻々と自爆テロに向かって準備が進んで行く。
現場を含めて、各基地や他国を訪問している外相の様子など、すべてを見られるのは観客だけで、把握できているだけに観ながらイライラが募ってしまった。それだけに、他人事ながらも、「テロ行為に手を染めたアメリカ国民に市民権などない(からやっちまえ)」と言い放ったアメリカの外相にはスカッとした。けれど、何事もなかったようにすぐに卓球に戻って行ったので、あまり深く考えてない感じもする。
ただ、ここまでが遅々として進まなかったせいで、テロ犯がいる建物の外、すぐ近くで少女がパンを売り始めて、事態は余計に複雑になってしまう。
今爆撃しなかった場合、自爆テロでの死者は80名と推定されると言っていた。1人の少女と80名の死者。数だけで言ったらそれは爆撃したほうがいいだろう。80名の中には子供も含まれるかもしれない。けれど、80名死ぬだろうというのは予測だ。なんらかの何かがあって、自爆テロは行われないかもしれない。また、爆撃した場合に少女が被害を受ける確率も出していた。高い確率だったが、死亡しない可能性もある。しかし、重症を負うだろう。
爆撃を行えば少女は確実に重症を負う、最悪死去する。しかし、この先起こるであろう自爆テロは防げるし、ずっと追ってきたテロ犯も殺害できる。
映画の中の人たちも必死に考えていたけれど、私も何が正解なのかわからなかった。“世界一安全な戦場”というサブタイトルがついているけれど、少なくとも操縦士と大佐は真剣に考えていた。別に遠く離れてるからって、モニターの中の戦場を他人事などと思っていないし、ゲーム感覚でもなかった。
特に、実際にボタンを押して手をくだす操縦士は、精神的な負担がかかっていそうだった。二人とも若かったし、経験もないと言っていた。その前に少女が遊んでいる姿を見ている。
映画の中の人々も、映画を観ている私たちも、パン売れろパンはやく売り切れろという気持ちで一致団結していた。
けれど、ようやく売り切れ、片付けている最中でミサイルが家を直撃し、少女が吹き飛ばされる。
これが最良の策だったとは思うのだ。少女がいるのに爆弾を落とすなんて許せない!とは一概に言えない。でも、これで良かったのかどうかはわからない。
もっと頭のいい人が考えたら、何かもっといい案が出てくるのだろうか。
プロパガンダの話も考えさせられた。実際に自爆テロが起こって、その後で攻撃をしたら賞賛される。けれど、少女が巻き込まれたことがどこかから漏れたら、攻撃をした側が非難の対象になる。映像は絶対に漏洩させてはならない。
普通、このように緊迫感が続く作品で、任務が無事に完了したら、イエーイ!とハイタッチでもするだろう。カタルシスがおとずれるものだ。
しかし、この作品にはそんな瞬間はない。これしかなかったとは言え、任務が完了しても重苦しいままだ。
後味が悪いというのはまた違うが、重さは残る。映画を観ていた人が全員下を向いて考えてしまう。
笑顔の一つもない。それどころか、操縦士の二人は涙を流していた。実際のドローン操縦士も、自分に直接被害がおよぶことはなくても、極度のストレスでやめていく人が多いらしい。
この映画でも、少女がいるから、と一度ストップをかけたのは彼らだ。しかし、結局上からの命令には逆らえないし、自分たちだって、このままテロリストを野放しにするのもどうかとも思っただろう。仕方ない。けれど、最初の実務がこれでは、この先どうなっていくのだろう。
結局、少女は病院で息をひきとる。映画を観ている私たちは知っても、ドローン操縦士たちにこれを知らせないのは良心だろう。もちろん、映画になってない部分で彼らは知るかもしれないけれど。
息をひきとるシーンと、少女がフラフープで遊んでいるシーンをエンドロールで流すということは、監督自身もこれで良かったとは思っていないのだろう。
けれど、どうしたら良かったのか。答えは出ない。よく考えろと言われているようだった。
パンが無事に売り切れて、少女が間一髪離れて、爆撃が起こって死ぬのはテロ犯だけでした、という映画であったら、よく考えるということもなかったかもしれない。
根本的なこと、無人ドローンで攻撃することの是非なども考えさせられた。技術力のない国からしたら卑怯だと思うかもしれない。けれど、テロ犯をそのままにしておいていいかというとそれも…。
現場で実際に動いている現地工作員役がバーカッド・アブディ。身体能力も高そうだった。本作ではなんとか被害を最小限に食い止めようといろいろ考える。彼の出る映画がもっと観てみたくなった。
ロンドンの国家緊急事態対策委員会の国防副参謀長役にアラン・リックマン、本作が実写では遺作になった。子供へのプレゼントの人形の買い方であわあわしてしまう様子が可愛かった。会議室ではキリッとしていたが、その様子を見ていただけになんとなく彼の味方になってしまう。
ロンドンの司令部の大佐役にヘレン・ミレン。脚本の段階では男性だったらしいが、監督が女性に変更したらしい。これは女性のほうが良かったと思う。なんとなく、少女のことも大切だけど、それでも!という感じが強く出ると思う。
ドローン操縦士役にアーロン・ポール。『ブレイキング・バッド』での実はいい奴な感じが今回も健在。まっすぐで青臭くて純粋。彼に合っている役。
彼らはすべて別々の場所にいるので、撮影も別々だったらしい。劇中では通信でのやりとりはあるけれど、それも相手がいない中での演技だったという。
また、アラン・リックマンやヘレン・ミレンは部屋をうろうろはするものの、基本的に現場以外の人たちは座っている。それでも、緊迫感が続くし、観ていてまったく飽きないのは彼らの演技力だろう。
また、キャスティングに関わっているのが本作のプロデューサーにも名前を連ねるコリン・ファースというのがまたすごい。
すべてがうまく噛み合っている。おもしろかった。
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
Posted by asuka at 8:32 PM
『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の始まる前、“遠い昔、はるか銀河の彼方で…”のあとの文章で、反乱軍のスパイがデス・スターの設計図を盗み出すことに成功したと書かれていますがその話。
このスピンオフも三部作なのかと思っていたけれど、一作で完結。
監督は『モンスターズ/地球外生命体』『GODZILLA ゴジラ』のギャレス・エドワーズ。
以下、ネタバレです。
ネタバレも何も、反乱軍のスパイが設計図を盗むのに成功することはわかっているし、反乱軍が甚大な被害を被ることもわかっていた。結末は明らかである。それでも十分に楽しめました。
中盤くらいまでは、おもしろくはあるけどスター・ウォーズっぽくないなと感じた。最初に“遠い昔、はるか銀河の彼方で…”の文章は出るが、あのテーマ曲は流れない。文字も流れてこない。この辺はスピンオフだから区別したのかもしれないが、なんとなく気持ちがスター・ウォーズに乗り切れない感じにはなる。
あと、なんというか、少し地味に感じた。惑星間移動はするけれど、空中戦がなかったからだろうか。なんとなく、連続ドラマでも良かったのではないかとも思ってしまった。
ただそんな中でも地上戦でのドニー・イェンは素晴らしかった。ドニーさんがこの作品に出演が決まって以来話題沸騰という感じだったが、アジア映画をあまり観ないので、ドニーさんの作品も観ていなかった。でも、こんなにバシッときまるアクションを見せてくれる人だとは。多人数に囲まれて同時にやっつけるシーンが本当にかっこよかった。
もっと長い時間アクションが観たいので、彼の主演映画も見てみたい。
個人的にはマッツ・ミケルセンが出てくることはなんとなくでしか知らなかったので、こんなにちゃんとした役で出てくるとは思っていなかったので嬉しかった。ちょっと悪役かとも思っていたけれど、主人公の父親役だった。
イードゥのシーンはいらなかったんじゃないかみたいなことも言われていたけれど、マッツの見せ場なのでいります。若い頃の、軍服で子供と戯れるマッツも恰好良かった。
『ファンタスティック・ビースト』のエディ・レッドメインはイケメン役ではなかったのでファンが激増はしないと思うけれど、これはマッツファンが増えてしまうと思った。
また、奥のリアクターに魚雷を打ち込むと連鎖反応的な爆発が起こって破壊されるというデス・スターの弱点はエピソード4(1977年)の時点で明らかになっていたことだけれど、これを仕込んだのもマッツだった。マッツというか、マッツが演じたゲイレン・アーソだった。ああ、あなたが…と思った。
思ったことがすぐに口に出てしまうドロイドのK-2SOも良かった。あまり愛嬌のある形ではないし、これもちょっと地味だと思った。顔が小さく、肩幅がある。ラピュタのロボット兵にも似ている。
しかし、思ったことが口に出てしまう=遠慮のなさがとても良く、緊迫した場面で少しの笑いをもたらしてくれる。“いいロボット(ドロイドだけど)が出てくる映画はいい映画”の法則がここでも発動。
また、形は帝国軍のドロイドだから、それが潜入作戦などに生かされるのもなるほどと思いながら観た。
反乱軍が設計図を盗み出すということだったけれど、主人公のジンは反乱軍という感じではなかった。反乱軍の人間とつながりのある外部の人間だった。まあ同盟軍なのでそれでもいいのかもしれないけれど、一員にはなっていなかったのが意外だった。ドニーさん演じるチアルートとも出会ったばかり。そのせいもあるのか、デス・スターの奥に弱点があって、そのために設計図を盗みに行きたいと評議会で発言をしても聞いてもらえない。いまいち信用してもらえていない。
けれど、少しの間行動をともにしたキャシアンはジンの話にのってくれて、キャシアンの仲間のならず者のような連中を連れて、承認を得ないまま、設計図のあるスカリフへと飛ぶ。
いままで一人だったジンが孤独じゃなくなるこのシーンが良かった。キャシアンもいままで暗殺なども手がけてきたし、明るいヒーローというわけではない。チアルートとベイズも故郷を帝国軍に破壊されている。帝国軍から脱走したパイロット、ボーディーももちろん見つかったら殺される。全員、もう前に進むしかない人たちなのだ。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のようなお気楽さはないけれど、同じようにはみ出し者である。反乱軍の制服も着ていない(でもあれはパイロット用のものなのかも…)。出会ったのは最近でも、帝国軍に対する怒りが彼らを結びつける。ジンも一人の力では怒りをためこむことしかできなかったけれど、行動に移すことができる。
このスカリフに乗り込んでいくあたりからのストーリーが加速度的に盛り上がる。盛り上がりはラストまでずっと続く。
ただ、キャシアンの連れてきた仲間などは上からの命令ではあるけれど汚いことに手を染めていて、後ろ暗いところのある輩どもだったから、この人たちはいつ死んでもおかしくないという気持ちで乗り込んでいくのだろうし、実際、反乱軍側に甚大な被害が出ることを私は知っている。ああ、きっと無事に戻っては来ないのだろうなと思う。
人数が少ない中、どうやって対抗するか。ジンとキャシアンとK-2SOが設計図が保管されているタワーへ、ボーディーは宇宙船に残り、チアルートたちは兵士を引き付けるための撹乱作戦を地上で行う。散り散りになっていく。
反乱軍の基地はジンたちが出て行ったことを知って援軍を送り出す。ここで交わされる会話がエピソード4を見ていることを前提としていて、しっかりと繋がっていくのを感じた。設計図を“彼女”に託し、クローン戦争にも参加した“彼”に渡してもらう。もちろん、彼女はレイア姫、彼はオビ=ワン・ケノービである。そして、姿こそ出てこないが「行くぞ、アンティリーズ」というセリフ。ウェッジ・アンティリーズはこの戦いにもちゃんと参加していたのだ!ファン向けではあるが嬉しい描写である。
タワーでの設計図奪還作戦と、地上での撹乱作戦と、空中戦が同時に繰り広げられる。特に空中戦だけとったらエピソード7よりも派手だったと思う。
盛り上がるが、仲間がどんどん死んでいく。主要キャラが容赦なく倒されていく。知ってはいたけれどつらい。
タワーではK-2SOをコントロールルームに残し、ジンとキャシアンが二手に分かれる。ここで、もしかしたらジンとキャシアンや他の仲間は全員死んでしまって、K-2SOだけが残ってデータを送ったりするのかな…と思った。けれど、倒れるのはK-2SOが先だった。ストームトルーパーから集中砲火をあびて、「さようなら…」なんて。でも、その前に設計図のありかはちゃんとジンたちに伝えた。
ボーディーも電源コードをつないでから、チアルートもマスタースイッチを入れてから倒れる(ちなみにこのマスタースイッチの形状があんまりにもチープなのではという意見もあるみたいだけれど、エピソード4に続く世界なのだからわざとなんじゃないかと思う。設計図もクレーンゲームを横にしたみたいな機械だったけれど、こうゆうのをあんまり最先端というかシュッとしたスマートなものにしてしまうと、世界観に違和感が出てしまう。良いほうに考えすぎかもしれない)。ジンも設計図のデータを無事に送信した。
結局はスカリフ自体がデス・スターによって破壊されてしまうのだ。それでも、全員がやるべきことをやって、希望をバトンのようにして次の人に繋いでから倒れる。
この先、受け取った兵士たちも同じです。データをディスクに保存し、レイア姫に届けなくてはいけないが、帝国軍とダースベイダーに追われ、次々に倒されていく。開かないドアの隙間からディスクだけ渡し、ドアの向こうの兵士は撃たれてしまう。けれど、受け取った兵士は無事にレイア姫に届けた。
このディスクはエピソード4でR2-D2に託され、オビ=ワンに届けられ、ルークが魚雷をぶちこみ見事にデス・スターは破壊される。
登場人物がこれほどまでに死んでしまう話は珍しいと思う。悲しいし、つらいし、ボロボロに泣いてしまう。けれど、私たちは未来(エピソード4以降)を知っている。設計図という名の希望はしっかり反乱軍に渡り、未来は続いていく。
エピソード4の前の話というのは聞いていたけれど、本当にエピソード4の直前である。おそらく5分も経っていない。『クライシス コア-ファイナルファンタジー7-』を思い出した。前日譚というにはあまりにも近すぎるので続けて観たくなる。
本作を観た後だと、何度も観たエピソード4の重みが変わってくる。今までだと、前文を読んで、それを情報として頭に入れた上で、ああいきなり佳境から始まるなと思っていた。でもこれからは、なんでこんなに佳境なのかもわかる。でも、もしかしたら、エピソード4の印象を変えてしまうことを良しとしない意見もあるかもしれない。
それでも、大きなお世話だとは思うけれど、エピソード4が好きな人には本作を観てもらって、この設計図を奪う過程でこんな犠牲が払われていたのだということを知ってほしい。
映画化されなかったら日陰者たちの活躍はずっと日の目を見ることはなかっただろう。こんなことがあったのを知ることができて良かった…という、実話感覚になってしまった。
後付けなのはわかってる。けれど、エピソード4(しつこいが1977年)の時点では、“彼ら”の活躍は文章だけで済まされ、脚本の陰に隠れていたのだ。
それにこのようにスポットライトが当たったのが嬉しい。エピソード7の時も思ったけれど、今回も作ってくれてありがとうございますという気持ちでいっぱいです。
もっといろんな、埋もれている話が観たい。ロード&ミラー監督のハン・ソロの若い頃の話も楽しみ。
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ver0.2 by バッド
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