『天才スピヴェット』
Posted by asuka at 10:18 PM
試写会にて。『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督ということで、フランス語で舞台もフランスなのかと思い込んでいたけれど、英語でアメリカを横断していた。
『T・S・スピヴェット君 傑作集』という小説が原作になっていて、作家さんは1980年生まれと随分若い。
以下、ネタバレです。
小説が原作のせいか、スピヴェットの語りでストーリーが進んで行く。視覚的な要素も絵本のように可愛らしく、効果的に取り入れられていると思ったので、あんまり説明せずとも映像だけで見せてくれてもいいのにとも思った。
ちなみに、試写会だったので2D上映だったのですが、
前半部分、スピヴェットが旅立つ前までは、時系列もばらばらだし、エピソードエピソードが短く、破片を語りで繋げて行くようなパッチワークっぽい印象で、わりとちゃかちゃかしていたので、内容があまり頭に入って来ないまま話が進んでいってしまった。
けれど、スピヴェットが家を出てからは、慣れたせいもあるのかもしれないけれど、一気に観やすくなった。登場人物が減ったせいかもしれない。
基本的に旅の道中はスピヴェット一人で、奇妙ではあるけれど優しい大人に助けられながら話が進んでいく。
合間で会う大人たちは誰も彼も魅力的。セーラー人形の船長によく似たおじさん(ホームレス?)、ホットドッグ屋台の肝っ玉おばさん、コントのような警官(たぶん演じているのはコメディアンじゃないのかな…)、ヒッチハイカーの写真を撮るトラック運転手(痩せていてヴィジュアルが特徴的)。
前半にしても、中盤にしても、話が進んでいくといった感覚は変わらない。特に中盤は電車自体がアメリカを横断しているので、ラストへ向かっていく印象を残す。
映画は大きく分けて三部構成になっていて、スピヴェットがスミソニアン博物館に到着してからが三部といえると思う。
こうゆう子供が一人で冒険する話はだいたい道中が大切で、もう到着しようがしまいがどっちでもという撮られ方や、到着したとしてもしたところで終わることが多い。でも、この映画に関しては、着いてからも長い。
頭に電流を流されているところは何か嫌な予感がしたし、スミソニアン博物館次長の女性はスピヴェットのことを持ち上げてステージママのようになっていたし、ここにきて話がそんな流れになると思わなかった。到着してめでたしめでたしで終わらせてくれたほうが良かったのではないかと思った。
でも、チラシにもなっている、スピヴェットの受賞スピーチシーンは良かった。おめかしした姿は美少年っぷりが際立っていた。
また、いままではわりとどんな大人に会っても、困難に直面しても動じなかったのに、スピーチシーンではたどたどしくなっていて、演技もうまいと思った。
このシーンは、エキストラ130人の前で10ページ分のセリフを話したそうなので、本当に緊張気味だったのだろうか。
博物館次長のステージママの売り方もあり、テレビにも出演してちやほやされて、博物館に到着して以降がこんなに長くなくていいのにとも思ったんですが、そのテレビ番組のゲストに本物の母親が来たあたりから、嘘みたいに話が丸くおさまっていく。
結局、家族ものとして帰結していくんですが、普通の家族ものと違うところは、子供であるスピヴェットはとっくに大人だったというところだ。
遊んでいる最中に双子の弟を亡くした傷を一人でずっと抱えながら生きてきた。途中、弟の幻のようなものと会話するシーンもあったが、おそらくまったく正常な状態なわけではなく、病んでいたのだと思う。
無骨な父親、変わり者で博士の母親ともに、スピヴェットとちゃんと話すということがなかったのだろう。姉にしたって、弟とちゃんと話すなんてことはしない。年頃の女の子なら当たり前だ。
それを初めて、テレビ番組収録という場ではあったけれど、面と向かって話す。あれは事故だった。あなたは悪くない。
いつまでも鉛のように心の奥底に居座っていた出来事について、初めて、許されたと感じたと思う。言葉で聞かなきゃわからない。
この映画は、子供が道中で成長するわけではなく、子供に出て行かれた家族たちが成長する話だったのだ。
スピヴェットたちの住まいは西部だし、アメリカを横断しているし、スミソニアン博物館はワシントンにある。でも、監督の反ハリウッド精神がアメリカでの撮影をよしとしなかったらしく、カナダのアルバータ州とケベック州で行ったらしい。電車のシーンはどう撮っていたのだろう。
2Dで観たのですが、3Dだと発明品やスピヴェットが頭で考えている図式などがぼんやりと手前に浮かんでくるのかもしれない。迫力面とは違う使われ方をしてそう。監督自身、3Dにかなりこだわりをもって作ったらしいので、3Dのほうがいいのかもしれないけれど、見比べていないので不明。
『ピープルVSジョージ・ルーカス』
Posted by asuka at 10:17 PM
DVDスルーだったようで、日本で発売されたのは2011年。アメリカでの公開は2010年。
スター・ウォーズのファンたちのインタビューを中心にして、ジョージ・ルーカスの過去のテレビ出演時の映像を交えたドキュメンタリー。フランシス・フォード・コッポラやサイモン・ペグなども出てくる。
ファンたちはエピソード4、5、6が好きで、コスプレをしたり、おもちゃを作ったり、パロディ映像を作ったりして一様に賞賛している。
ところが、1997年に“特別篇”と銘打たれた4、5、6が上映される。
私は、4、5、6は好きではあっても、何度も繰り返し観ているわけではないからわからなかったけれど、一部がCGで差し替えられていたり、ハン・ソロが先に撃った/撃たなかったみたいなシーンがあったらしい。
わからなくても、彼らの怒りはよくわかる。熱狂的に何度も観た映画、例えば『ダークナイト』や『インセプション』が手直しされて特別篇としてリリースされたらやっぱりすごく怒ると思うからひとごとじゃない。
しかも、スター・ウォーズに関しては過去の映像をDVDなどでソフト化する予定は一切ないそうだ。
過去のレーザーディスクがインターネット上にアップロードされているからそれを観たらいいという意見も飛び出していた。違法なのはわかっているけれど、文化を保護しているのだという言い分もあった。
まるで聖書を書き直されたようだとか、他人の記憶を押し付けられたようだとか、絵画だって手直しできないじゃないかとか、ファンの意見にいちいち頷いてしまった。
もちろん作品を作ったルーカスがその世界の神様なのはわかる。だから、神様が直したいというのなら、仕方が無いのかもしれない。でも、一度手を離れたらもう、それは作った人だけのものではないのもわかってほしい。
一度作品に触れたらもう、触れる前には戻れない。それを今更特別篇などと言われても、記憶は消せない。
一番最初に触れた時の驚きがファン一人一人の中で育っているのだ。
そして、次にファンを怒らせたのがエピソード1の存在である。
映画公開まで散々盛り上がって盛り上がって、肝心の内容が…。公開に向けて上がっていったボルテージが一気に下がっていく様子。これは、私もリアルタイムで体感した。
初日にオールナイト上映で観たので、ライトセーバーを持っている人もいた。拍手も起こっていたと思う。あの文字が流れる様子とテーマ曲は本当にわくわくした。でも、途中で寝てしまった。
映画の中でも、何かの間違いだと思って何回も観に行くファンがいたけれど、私もオールナイトだったからかなと思ってもう一度観たけれどまた寝てしまったし、テレビで観た時にも寝てしまった。
あと、映画に出てくるファンの人たちはジャー・ジャー・ビンクスのこと大嫌いすぎて逆におもしろかった。エピソード5の最後の方でハン・ソロが氷漬けにされますが、あれのジャー・ジャー版のが作られていた。ジャー・ジャーのマスクをかぶった人に物が投げつけられたりしていた。
エピソード2だったかな。ジャー・ジャーがカメラ目線になってこちらに向かって笑うシーンがあるらしい。「“不人気だけどまだ出ますよ(笑)”ってあおられてるようだった」って言ってて、そのシーンが観たくなった。
これも知らないんですが、クリスマスのホリデースペシャルみたいなのがあったみたいで、チューバッカが里帰りするらしいんですが、そこで20分くらいチューバッカが家族とうめき声だけで会話するシーンがあるらしい。字幕はなし。観たいですが、お蔵入りだそうです。
特別篇とエピソード1、2、3で打ちのめされて、嘆きながら自分たちで編集し直したり、新しいスター・ウォーズを作ったりしていた。
なんでもそうだと思うんですが、好きなんですよ。憎いわけじゃなくて、好きだから怒るし、文句をつけたい。
『レベルE』で、最初は乗る気のしなかったゲームに対して、もっと○○だったらいいのにみたいな意見が出始めて、それはハマっている証拠だと言われるシーンがあるんですが、それと同じ。
スター・ウォーズに関しては、自分で何かを作りたいクリエイティブなファンが多そうなので、余計に俺なら私ならこうする、と考えてしまうのかもしれない。
作品は誰の物なのか。作り手とファンとの間に齟齬が生じた時、どちらが譲歩するのか。いっそ離れるという選択肢は無さそうだった。
殴られるのがわかっているのに夫のところへ行く妻と同じですよ、なんて笑えない話も出てきた。
最後の人形遊びはルーカスとファンの関係でしょう。ぶちゅうっとキスをした後、お互いにうえー、うえーとなって、何事もなかったように、まあまあコーヒーでも飲みに行きましょうかとなる。
根本的に嫌いなわけではない。端から見たら面倒くさい人たちだと思われそうだけど、作品にたいして人一倍執着心とこだわりがある。
VSとは言え、完全にファン目線だし、私もファン側だから偏った意見かもしれないけれど、作る側の人たちは、ファンを決してないがしろにしちゃいけないと思う。
ところで、エピソード7はディズニーがルーカスフィルム買収して監督がJ・J・エイブラムスに決まってますが、ファンたちはこの件についてはどう思っているんだろうか。
2011年公開。アマンダ・サイフリッド主演。ゲイリー・オールドマンが出ているということで観てみました。
全体的には所謂『赤ずきん』の話はほぼ関係がない。アマンダ演じるヴァレリーが赤いずきんをかぶるのと、狼が出てくるくらい。一応、おばあさんとの会話、「おばあさんの耳はなぜそんなに大きいの?」「お前の声をよく聞くためさ」なども出てくるけれど、夢の中の話であり、ストーリーには関わらない。また、『赤ずきん』モチーフなのは、誰が狼か?という謎の騙しとしても有効だったかもしれない。おばあさんがあからさまにあやしい感じがしてしまう。あと、ラスト付近で、人狼の腹を割いて石をつめて湖に沈めるシーンはあり。人間の姿なので、多少グロテスクである。
村に狼が出て、この中の誰が人狼なのか?と疑心暗鬼になる、閉鎖された空間ではよくあるといえばよくある話。そこに、ヴァレリーと幼馴染みと婚約者という三角関係が絡む。
禁断の恋愛みたいな謳い文句だったため、出演者の中で二番目に名前の出たゲイリー・オールドマンが実は狼で、彼とアマンダ・サイフリッドが恋に落ちるのかと思っていた。もしかしたら、『ドラキュラ』を思い出していたせいかもしれない。
でも、ゲイリー・オールドマンは村を救いにきた神父役だった。ソロモン神父はかつて、人狼になってしまった妻を自らの手で殺したという暗い過去にとらわれていて、この村の人狼もなんとしても殺そうとする。まるで恐怖政治のように力で村を弾圧する。
演説調の喋り方がノリノリで、紫のビロードで大きく十字が書いてある衣装や銀の爪もハマっていて、カリスマ性を感じたが、ゲイリーだけが頑張っていた印象を受けた。彼だけ演技がうまくて逆に浮いてしまっていたというか。
でも、ヴァレリーをめぐる二人の若者があまり魅力的ではなかったので、なおさら、ソロモン神父との恋愛が見たかった。
後半であっさり死にます。悪役めいていたからかな。
そして、何が禁断かというと、結局父親が人狼で、助けにきた幼馴染みを噛んだから幼馴染みも人狼になってしまって…、でもあなたが好き!みたいな展開がラストにあったからなんですけども。確かに禁断なのかもしれないけれど、ティーン向けな感じがしてしまった。
観ていないけれど『トワイライト』っぽいのかなと思っていたら、『トワイライト』と同じ、キャサリン・ハードウィック監督だったらしい。じゃあ多分、『トワイライト』っぽいのだろう。
村の雰囲気や衣装、美術が素晴らしかった。
ソロモン神父が持ってくる巨大な象は乗り物なのかと思っていたら、乗る部分の布が上に開いて人を閉じ込める拷問器具だった。
村の宴のシーンは長めですが、まさに村の宴といった感じで良かった。狼を倒したと思い込んで浮かれているんですが、羊のマスクを被ってメエメエ言っている人がいたり、三人が豚のマスクを被って『三匹の子豚』を再現していたり。
全体的に色調が暗いんですが、アマンダ・サイフリッドが着る赤いずきんというかマントだけが鮮やかな赤なのが印象的。後ろが長いんですが、それで雪の上を歩くシーンなどとても美しかった。
また、アマンダの白い肌と金色の髪と赤ずきんがよく似合っていた。なおさら、村の若者たちが冴えなく見えてしまった。
後半、赤ずきんのお馴染みの恰好で、手に持ったかごの中にゲイリーの銀の爪付きの手が入っているのも少しホラー要素があって良かったです。
美術はトム・サンダース。『ドラキュラ』でアカデミー賞にノミネートされている。だから『ドラキュラ』っぽいと思ったのかもしれない。
『カウボーイ&エイリアン』
Posted by asuka at 1:48 AM
2011年公開。タイトルのおかしさというかB級感からは考えられないくらい、主演ダニエル・クレイグ、共演ハリソン・フォード、ポール・ダノ、サム・ロックウェルと豪華。監督も『アイアンマン』のジョン・ファヴロー。
同名のグラフィックノベルが原作らしい。
主人公が記憶喪失というところから始まるんですが、こんなタイトルで、説明を求めたいのはこっちなくらいなのに、主人公まで何もわからないなんてどうなってしまうのかと思う。そして、西部劇っぽいのに、似つかわしくない謎の最新機器のようなものを腕にはめられていて、しかもとれないらしい。
でも、おそらくタイトルからして、エイリアンに付けられたのではないかと推測できる。
このような、西部劇とSFのミックスの仕方が妙でおもしろかった。
ドラ息子(もちろんポール・ダノ)が村のバーでお金を払わず暴れている場面などは普通の西部劇のようだった。村の雰囲気も埃っぽくて、西部劇によく出てくるのと同じだった。
なのに、急にUFOが攻めてきて、人が光に吸い込まれるようにして連れ去られてしまう。
他のシーンでも、普通の西部劇と思って楽しんでると、突然エイリアンが割り込んできて、圧倒的な力で台無しになることが何度かあった。
通常であれば、宇宙人が攻めてくるような映画は、現代だったり、近未来が舞台になっていることが多いが、この映画は1873年という設定である。だから、エイリアンとかUFOという認識がないのか、悪魔と呼ばれている。教会はあったので、キリスト教上の災いをもたらすものという意味でそう読んでいたのかもしれない。
普通に考えて、カウボーイとエイリアンではエイリアンのほうが強そう。文明の差もありそう。大体、空飛ぶマシーンと馬では、馬のほうが分が悪い。だけど、カウボーイの銃や弓で、ある程度の攻撃ができているようだった。
砂漠の真ん中のような乾燥している地帯で、炎天下にエイリアンが出てくるというのも、なかなか珍しいのではないかと思う。町中や、近未来的な建物の中で出てくるのが多そう。そして、圧倒的に夜のシーンが多いはず。この映画では白昼堂々なのが、勇気があると思った。エイリアンはもちろんCGなんですが、その光のあて方なども他の映画と違うだろうし、大変だったのではないかと思う。
荒くれは村を荒らし、住民との間で争いがあったみたいだし、村の住民とアパッチ族も対立していそうだった。ここまでは普通の西部劇と同じである。しかし、宇宙人と認識はされていなくても、何か人類の敵ととらえられる圧倒的な勢力に攻めて来られては、三つ巴になって争っている場合ではない。力を合わせて立ち向かって行く、呉越同舟ものだった。とても好きなジャンルだった。
また、極限状態においての人間ドラマも多くあった。
ウッドロー(ハリソン・フォード)のお手伝いさんのような役割のアパッチ族の青年の想いがちゃんと通じたのも良かった。たぶん、ウッドローはアパッチというだけで気に食わないと思っていたようだったが、最後には理解してもらえていた。
妻を助けるために、銃を持ったことのないバーの主人、ドク(サム・ロックウェル)が銃を教わったけれどうまくいかず、しかし、ここ一番という場面で狙いが定まり、仕留められたのも良かった。銃の扱いを教えてくれた村民に感謝する気持ちと何としても妻を助けなくてはいけないという強い気持ちが伝わって来た。
子供が終盤でナイフを使うシーンがあるのも、しっかりとした伏線回収だった。かなり人間ドラマ側の小さいエピソードはちゃんと作られている感じがして、感動的だった。
ダニエル・クレイグ演じるジェイク・ロネガンに関しても、記憶を取り戻したら、元はロクでもない人物だとわかって、思い出さないほうが良かったのではないかと思った。でも、一度記憶を失うことで、そしてエイリアンと戦うことで、生まれ直しではないけれど、後悔から、もう一度、人生をやり直そうとする意志が感じられた。
ダニエル・クレイグだからかもしれないけれど、ボンドばりの無駄なセクシーシーンがあった。また、シャツの腕をまくって銃を構えている姿も、それだけでセクシーでした。
タイトルから想像するよりも、もっと真面目で大作っぽい内容でしたが、人間ドラマがしっかりしているわりに設定に無理があるから奇妙な印象が残った映画だった。パニック映画、だけど舞台は西部だからみんな武器持ってるよ…という感じだろうか。それもちょっと違う気もする。
『トム・アット・ザ・ファーム』
Posted by asuka at 10:19 PM
グザヴィエ・ドラン監督/主演。ミシェル・マルク・ブシャールの戯曲が原作になっている。登場人物が少なく、その一人一人がとても濃いのに納得。話もとっ散らからずコンパクトにまとめられている。舞台は広大な農場だけれど。
また、ドラン、ブシャールともにカナダのケベック州出身で、物語の舞台もケベック州となっている。
以下、ネタバレです。
最初にボールペンの先を水に浸して、青いインクがじわっと広がる映像が出るんですが、それがとても綺麗で泣きそうになる。紙ナプキンに詩のようなものを書いていて、それはあとで死んだ恋人にあてた弔辞だと判明する。グザヴィエ・ドラン自身も、作品のアイディアや思ったことを紙ナプキンにメモする癖があるらしい。
登場人物はトムと死んだ恋人ギョームの母と兄のほぼ三人。誰の本心もわからないし、三人は上手く噛み合ない。ただ、三人とも、ギョームが死んだことでの喪失感は同じだと思う。
ただごとじゃない気配を感じてトムは序盤で逃げようとするんですが、結局引き返すことになる。普通だったら、Uターンする車を外部から映しそうなものですが、このシーン、車内のトムの表情だけをずっと映し続けてる。日光の当たり方が変わるので明らかにUターンしているのがわかる。この時の本当は帰りたいし帰った方がいいこともわかっている、面倒なことに首をつっこみたくはないけれど、中途半端なまま帰るわけにはいかないという覚悟を決めたドランの表情が素晴らしく、監督主演だけど顔がいいだけではないか…と疑っていたけれど、この人は演技もうまいのだと驚かされた。
両側が農場で真ん中に真っ直ぐな一本道が通っていて、そこを車で戻って行くシーンは、絶望的な気分になる。
走って逃げようとするシーンもあるんですが、もう到底無理なんですよね。トウモロコシの葉は体を傷つけるし、兄の方が農場を周知しているからすぐに捕まってしまう。
トムが償うために戻ってきたと言うんですが、償いとはなんだったのだろう。息子さんと同性愛関係だったことに対しての、そしてそれについて嘘をついていたことに対しての償いだろうか。
牛の出産を手伝って血だらけになった手を見て泣き崩れていたので、もしかしたらトムがギョームを殺してしまったのかとも思ったのですが、そんな話は最後まで無かった。事故死らしいので、そのときにトムも一緒にいたのかもしれないし、そこで血を見たのかもしれない。もしくは、事故死とはいえ、間接的に殺してしまったのかもしれない。作中での言及はありません。本当に牛の出産にびっくりしただけかもしれない。
兄に対しても、素性が少しずつわかっていくので、映画自体にミステリー要素も加えられていると思った。
家に来たトムを殴り、母には恋人だったとは言うなと脅す様子は、過剰なホモフォビアなのかもしれないが、同時にホモセクシュアルでもあるのではないかと思った。
そもそも、弟のことを同性愛者だと言われたからと言って、相手の口を裂くまでの暴力はやりすぎだ。弟に対して、どんな感情を抱いていたのかも結局わからない。
また、トムに対しても、暴力をふるって農場に縛り付けても、縛り付ける原因はなんだったのだろう。
田舎で広大な農場に母と二人というのは、もう何の希望もなかったのだろう。そこへ来たトムに手伝わせて、彼のことが好きになっていったのではないか。出て行った弟の代わりと思っていたのではないか。
兄が弟に対しての愛情をすり替えるようにしてトムに押し付けていたのかもしれないが、トムもギョームへの気持ちを兄にすり替えることをまったくしていなかったとは思えない。
香水に対してもそうだけれど、二人でタンゴを踊るシーンと、兄がトムの首を絞めるシーンは、そんなつもりがないのかもしれないけれど、トムがとても色っぽくなっていた。
もちろんお互いに憎しみがあったとは思うけれど、それだけではない、何か愛情に似たものも芽生えていたのではないかと思う。
あの人には俺が必要なんだとか、レーザー式の搾乳機を買ってあげなくちゃとか話していたトムは、目つきがおかしくて見た目にもおかしくなっているのがわかった。この辺の演技もグザヴィエ・ドランのうまかった。ストックホルム症候群なのか、同情なのか。でも、恋愛感情はまったくなかったのだろうか。
最後、兄は「俺にはお前が必要だ!」と叫んで、半狂乱でトムを探していた。それは本心だとは思う。でも、トムを捕まえたら殴るだろうし、きっともう二度と逃げないように繋いでおくだろう。
だから、同情する気持ちや恋愛感情があったにしても、トムが意を決してあの家を出たのは正解だったと思う。ドラッグもやっていたし、兄がまともでないことは確かだった。おそらく、トムの力で救うことはできない。
母親も母親で、たぶんトムを息子代わりに思っていたのだろう。また、家に来ない息子の恋人に対して、怒りをあらわにしていた。母親なら当然だと思う。目の前にいる僕が恋人ですよと伝えられないトムはつらく、悲しかったと思う。
実際のところ、母に直接話したらどうなっただろう。案外、普通に受け入れてくれるのではないかと思ったけれど、兄のあの猛反対具合を見ていると、ホモフォビアというのはもっと根深いものなのかもしれない。
カトリックとか保守的な土地柄というのもあって、同性愛なんて考えられないのかもしれない。ましてや、高齢の、実の母親である。私自身、LGBTへの嫌悪感というのが本当にわからないのでなんとも言えないけれど。
ギョームの遺品を、母、兄、偽の恋人サラ、トムが囲むシーンは、ここも序盤のUターンシーンと似てるんですが、四人の表情のみを映していく。母以外は事実を知ってるんですよね。そこで、各々が微妙な、何か言いたそうな、気まずそうな表情をしている。とても舞台っぽいアプローチでもあった。そして、その何かがおかしい、嘘をつかれているのではないか、と気づいた母親が叫び出す。
母親役の方は、舞台版でも母親役をやっていたらしい。
遺品のシーンで、母が「恋人なら遺品を手に取るでしょ!」と怒る。サラはもちろん恋人じゃないからそんな演技はできないし、トムは手にとりたいけれど恋人なのがばれるからとらないし、兄はその遺品のノートに何が書いてあるかわからないのでとらない。でも、最後に逃げる時に、トムはちゃんと遺品をカバンに入れていた。
トムのギョームに対する気持ちも本物なのがわかるし、家からトムと遺品が消えていたら、おそらく母親も気づくだろう。
カバンに遺品を入れるシーンを作るだけで、直接的な説明は何もなくても、いろいろなことがわかる。
また、途中でキャリーバッグが邪魔になったトムが遺品だけをジャンパーの中に入れて、手にスコップを持って歩き出す。そこでも、何はなくとも遺品が大切だというギョームへの気持ちがわかるし、スコップが兄が追いかけてきたときの応戦用で何が何でも逃げなくてはという気持ちをもって家を出たのがわかった。
トムはおそらく、もう少しで兄と母親と農場にとらわれるところだったのだろう。最初はそれぞれ別のことを考えていて、到底わかり合えるはずもなかったのに、暴力と一緒に居ることで情がわいて、トム側が二人に気持ちを寄せたのだと思う。
そんなときに、過去の事件を知るバーのマスターの話を聞いて、正気に戻ったのだろう。それは、知った事実のせいもあるのかもしれないし、二人以外の外部の人間とちゃんと話したせいもあるのだろう。よくぞ、正気に戻ったと思う。
逃げながら寄ったガソリンスタンドで、口を裂かれた男の人を後ろから映すシーンは蛇足かもしれないけれど、あえて会わないというのが粋な感じもする。そのあと、一瞬だけ兄が脱力したように椅子に座っている姿が映ったのはなんだったのだろう。トムが少し思い出したということだろうか。
兄はトムを追いかけてきて、もしかしたら、この店にたどり着くかもしれない。そして、口を裂いた男と再会するのかもしれない。
こんな風にいろいろ考えられるので、やっぱりあって良かったシーンなのかもしれない。
グザヴィエ・ドラン出演作、初めて観たんですが、表情やたたずまいが素敵でフォトジェニック。今回、特にブロンドでゆるいパーマのかかった長い髪が顔を少し隠すアンニュイな雰囲気も良かった。ちょっとヒース・レジャーに似てた。
カンヌ映画祭審査員特別賞受賞作の『Mommy』はすでに2015年4月に日本公開が決まっている。かなり早い対応だし、メディアもこぞってとりあげているし、今回、『トム・アット・ザ・ファーム』の前の予告で日本独占のインタビューまで流れていた。主演作『エレファント・ソング』もすでに公開が決まっているらしい。ちょっと推され方が並ではない。
次々回作はジェシカ・チャステインが主演で英語作品というのも気になる。
『誰よりも狙われた男』
Posted by asuka at 8:16 PM
『裏切りのサーカス』のジョン・ル・カレ原作のスパイ映画。ル・カレも撮影現場に足を運んで、ちょっとした通行人役で出演したりもしていたらしい。
主演は今年2月に急逝したフィリップ・シーモア・ホフマン。
映画の撮影が行われたのは2012年の秋だったようなので、だいぶ前です。
以下、ネタバレです。
実は、ジョン・ル・カレという作家さんは昔の方なのだと思い込んでいたので、今回は9.11以降の話だったので驚いた。2008年刊行らしい。
更に、2010年刊行の『われらが背きし者(Our Kind Of Traitor)』の映画化も控えているらしい。主演はユアン・マクレガー。
まだ訳されてはいないようだが、2013年にも新刊を出していて、現在も精力的に作品を書き続けている。
映画化された『裏切りのサーカス』の原作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』しか読んだことがないのでわからないのですが、今作もトーンは似ていて、撃ち合いのような派手さはなく、息づまる心理戦が繰り広げられる。
あまり感情的にはならない主人公のギュンターはスマイリーを連想させ、そういえばスマイリーって太っている設定だったし、ゲイリー・オールドマンよりフィリップ・シーモア・ホフマンのほうが似合うのでは、と思ったら、やはり、ル・カレは希望を出していたらしい。
心理戦だし、9.11の関連とのことでイスラムのテロ組織との戦いなので、HOMELANDを思い出した。
あれもCIAとか海兵隊員とか大統領陣営とかアルカイダが何重にも絡まっているが、今作も登場人物が多く、ドイツのスパイ、CIA、テロ組織、銀行、人権弁護士とグループが分かれていて、対立しているようにも仲間のようにも見える。その関係性は話が進んで行くうちに変わって行ったりもする。
テロを未然に防ぐためにスパイが奔走するのだが、今回描かれているのは、おそらくギュンターたちが潰してきた事件のほんの一部に過ぎないのだろう。
あやしんでいた人物が、終盤で銀行からある団体へ資金を送る書類にサインをする。そこにこぎつけるために、二重にも三重にも慎重に罠を仕掛け、その人物を影から誘導したのだ。
それは気の遠くなるような作業であり、そのために巻き込まなくていい人を巻き込んだり、傷つけたりしたが、ギュンターは義理だけは通そうとしていた。孤高に見えたが、多方面に気を遣い、できるだけ多くの人を助けようとしていた。
細心の注意を払って作戦を完遂させようとしていた。それでも、なんとなく不穏な空気というか、嫌な予感は感じていた。
このまま終わるとは思っていなかったけれど、ここまでめちゃくちゃになるとは思わなかった。ここまで丁寧に丁寧に、慎重に慎重にやってきたことが、台無しにされる。映画を観てきた2時間くらいの静謐ながらもエレガントな時間がぶち壊される。
砂の城が大波で一気に崩されたような感じ。それか、夏休み中にこつこつ作ってきた工作をガキ大将に壊された感じ。
とにかく逮捕、疑わしきは罰するという態度は大雑把で、いかにもアメリカ様という感じがした。9.11で実際に被害に遭った国なのでわからなくもないんですが、なんのための話し合いだったのか。
ここまで感情をおさえてきたギュンターが、一気に怒りを爆発させる。車から降りて、震え声で「FFFFFFFFFFFFUCK!」と叫ぶ様子にすべてが凝縮されていた。ここまで感情がおさえられていただけに、ここでのフィリップ・シーモア・ホフマンの演技には圧倒される。
ロビン・ライト演じるCIAの女性職員とは旧知の仲だったようだし、もしかしたら好意を抱いていたのかもしれない。ギュンターにとって、また一人信用できる人物がいなくなった。
このアメリカ様描写は、ヨーロッパの作家、監督だからできることである。HOMELANDではできない。もしかしたら、ル・カレにはスパイ時代に実際にアメリカに似たような横暴な振る舞いをされて、「FFFFFFFFFFFFUCK!」と叫ぶような過去があったのかもしれない。
なんとなく海外ドラマっぽく感じたのですが、それはHOMELANDを連想していたせいもあるんですが、いきなり本題に入るからかもしれない。
登場人物が多いけれど、それぞれのキャラクターの説明は一切ないのだ。しかし、そのキャラのことをよく知っていたような気になるのは、それだけしっかりと人物が描かれているのだと思う。そして、役者さんたちの演技のうまさもあると思う。
フィリップ・シーモア・ホフマン演じるギュンターは酒も煙草もやるし、スパイだからということもあるが、影を背負っている。でも、不思議と温厚そうに見える。もしかしたら、太っているせいもあるのかもしれない。ジャマールを抱きしめるシーンは、この人は信用してもいいのだと安心感を与えられる。
部下のイルナは、ギュンターにアナベルのことが好みなのではないかと茶化し、「好みじゃない」と言われると、「じゃあ、あなたの好みは?」と聞く。ああ、この人はギュンターのことが好きなのかなと思っていたら、ギュンターは張り込んでいるのがバレないようにキスをする。その後、ギュンターはすまんなというような仕草をするんですが、それで、この人は気づいていないのだというのがわかった。
直接は語られなくても、登場人物たちの気持ちや、どんな人なのかというのが伝わってきた。
イルナを演じているのはニーナ・ホス。『素粒子』の奔放な母親役が印象的。あの時にはつーんとしていて、いかにも女優という感じでしたが、だいぶ年をとった感じ。でも、いまでも綺麗です。
ギュンターのもう一人の部下役にダニエル・ブリュール。それほど大した役ではないんですが、だからこそ、説明がないまま始まるので無名な俳優では顔がおぼえられない。ましてやスパイものなので、バーなどで紛れて対象人物の調査をするシーンもあるんですが、顔がおぼえられない俳優では、いるのも気づかない。
また、顔のおぼえられない俳優についてはしっかり名前を呼ぶなどの工夫がされている。登場人物が多く一人一人について人物の説明がなく、純粋に起こっている一つの事象のみが描かれているだけだが、わかりやすい。
ギュンターたちのチームが全員良かったし、CIAとの確執も解消されていなかったので、また別の事件について描いた続編が観たい。イルナとのロマンスもあってもいいかもしれないし、今回あんまり目立たなかったマキシミリアン(ダニエル・ブリュール)が活躍する回もあってほしい。でも、ル・カレが続編を書くことがあったとしても、もうフィリップ・シーモア・ホフマンはいないから、永遠に実現することは無い。
アントン・コービン監督の次回作は『Life』。デイン・デハーンとロバート・パティンソン共演の、ジェームズ・ディーンと彼を撮ったカメラマンの話。
作品のせいかもしれないけれど、今作はじっとり、じっくりとした人物の描き方と対照的な乾いた風景の雰囲気が良かったので、次回作も楽しみ。
『ニンフォマニアックVol.1』
Posted by asuka at 2:59 AM
四時間超えのポルノだと騒がれていましたが、二部構成にて無事に公開されて良かった。
ラース・フォン・トリアー監督だけれど、語り口はユーモラスだし、舞台作品のような面もあるし、なによりポルノと言われているけれどそれほどどぎつくなく、どちらかというと淡々としていた。そのため、一部と二部を続けて観るのは少し飽きてしまうような気がする。
以下、ネタバレです。
路上で倒れていた女性を初老の男性が助けるところから話が始まる。
ストーリーは初老の男性(ステラン・スカルスガルド)が女性ジョー(シャルロット・ゲンズブール)の半生の話を聞くことで進んで行くのだが、この二人のやりとりがすごく淡々としていて味がある。
また、男性の部屋の中での出来事なので、ワンシチュエーションということで舞台っぽく思えた。
自分のことを色情狂だと言うジョーは、自分に起こった出来事を幼少期から話して行く。色情狂の人の話なので、それなりに過激ではあるんですが、それに対する男性の相づちのうちかたが滑稽。
初体験の時に突かれた数をジョーが「前で3、後ろで5」と言うと、「3+5? フィボナッチ数列だ!」などと返す。
他にも、釣りとか音楽とか文学とか、ジョーの話に対しての例え話がいちいちずれている。博識なのも魅力的だし、そのずれ方が可愛い。でも、どうしてずれてしまうのか。
なんとなく、ジョーの話している内容に対して、現在の部屋の中の二人は淡々としすぎている気がしたのだ。
話の通りだと、手当り次第に男をひっかけてきたジョーは、部屋の中の男性についてはどうでもいいのだろうか。年齢差のせいだろうか?とも思ったし、最初に初老の男性と書いてしまったんですが、ステラン・スカルスガルド、まだ63歳だった。役の上ではいくつなのかわからないけれど、ジョーは50歳という設定みたいなので、それほど年の差も開いてなかった。
また、男性も男性で、そんな話を聞いていてもまったく欲情している感じではなかった。電車の中で何人ひっかけられるかみたいな話をジョーがしている時も、フライフィッシングと一緒だなどと言っていた。
学校に通っているジョーを想像するときも、エロではあったけどコミカルな姿だった。実際その後、自分で笑っちゃってた。エロい子だと思ってないわけではない風なのに、部屋に二人きりでもまったくそんな雰囲気にはなっていなかった。
怪我をしているからか、単純に彼女の話が気になるのか、それとも単に映画の進行上の都合なのか。わからないが、セラピストと患者のようなこの二人の関係が後編でどうなるかも気になる。
ジョーが話すのは自分のセックス遍歴みたいな感じなので、過激ではあるけれど、一回言われていたようなハードコアポルノといった感じとは違う。
先程のフィボナッチ数列のシーンも画面に大きく“3+5”と出たり、オルガンの低音中音高温に例えて三人の男性との関係を語るシーンでは画面が三分割されたり、車の駐車シーンでは図式が出たりと、映像にふんだんに遊びが盛り込まれていた。楽しいし、おしゃれでもある。
四章では病床の父親との別れが描かれるのですが、四章だけがモノクロであり、ジョーの感情を表しているようだった。
三章のミセスHは、話される内容もワンシチュエーションで、より舞台っぽかった。ジョーの部屋に、不倫中の男性と、その妻が三人の子供を連れて乗り込んで来る。ジョーは修羅場を修羅場と思わない感じだったので、ほとんどミセスHの独壇場で、わーわーと喋り倒し、ひっかきまわすだけひっかきまわす様がおもしろかった。子供を使ったコントはずるい。
ミセスH役はユマ・サーマン。本当に年をとっているせいもあるかもしれないけれど、あまりメイクをしてないからか、地味だったからか、最初は気づかなかった。
章ごとにカラーが違っているけれど、シャイア・ラブーフが演じるジェロームは、何度が出て来る。ジョーの初体験の相手であり、おそらく、唯一好きになった相手。
叔父がもっている会社に叔父の代わりで働いているんですが、そのボンボンっぽさがシャイア・ラブーフによく合っていた。
なんとなく二世俳優とか親の七光りっぽいイメージがあったんですが、そうではなくてただ単にスピルバーグの秘蔵っ子というだけだった。Wikipediaによるとご両親は元ヒッピーだそう。
でも、本人はあんまり頭が良くないけれど、育ちの良さとか優雅さが身に付いてしまっている感じが、はまり役だと思った。下品だけれど根本的には上品というか。
撮り方のせいもあるんですけれど、指先の動きとか、細かいところがとてもセクシーだった。
ちなみに、悪い方にはまったのが『欲望のバージニア』。あれも、ボンボンっぽい三男だったけれど、世間知らずや考え方の甘さのせいで、酷い方向へ事態が動いてしまった。
手を引き上げた時に、エレベーターの中で引き上げてもらったことを思い出すのもロマンティックだった。
電車の中のシーンも切なかった。もう会えない彼のことを思って、彼に似てるパーツをいろいろな乗客からさがして、パズルのように頭の中で組み合わせる。
そうやって彼のことを思い出しながら電車の中で…という描写がなければ、普通の恋愛映画でも見かけないくらいセンチメンタルなシーンだった。
ロマンティックといえば、最初のほうで「私に罪があるとすれば、夕日に多くを求め過ぎたこと」というポエティックなセリフも良かった。 過激な面よりも、このようなロマンティックな面と、ステラン・スカルスガルドとのぼけぼけした掛け合いのコメディ面がこの映画のおもしろさだと思うし、好きでした。
シャイア・ラブーフはきっと後編にも出てくると思うので楽しみ。できれば重要な役割で出てきてほしい。ジェロームはジョーにとっても、重要な位置をしめているといい。
でも、そもそもこの話のスタートがすべて終わったあとだったようだし、その時のジョーは路上に倒れていて怪我もしているようだった。表情はすっきりとはしていても、幸せとは言えない状況だと思う。
ジョーの身に何が起こったのかも気になるし、ジェロームとどうなってしまうのかも気になる。それに、ステラン・スカルスガルドとの関係も。このままずっと、観客の代弁者のような位置で、ジョーの話を引き出すだけの役割なのだろうか。
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