『人生はシネマティック!』
Posted by asuka at 9:00 PM
『17歳の肖像』『ワン・デイ 23年のラブストーリー』のロネ・シェルフィグ監督。
プロパガンダ映画の脚本をまかされた女性が、1940年のダンケルクの戦いを題材に映画を作る。
イギリスでは今年4月に公開されていてこれはクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』の前になるが、日本ではダンケルクの戦い自体があまり知られていないためか、『ダンケルク』の二ヶ月後の公開になった。これは(私のように)『ダンケルク』でダンケルクの戦いに興味を持った人も見るし、いいタイミングだと思う。
主演はジェマ・アータートン。共演はサム・クラフリン(ニコラス・ホルトかと思った)、ビル・ナイ。
以下、ネタバレです。
舞台は1940年、実際にダンケルクの戦いが起こった年である。民間船がフランスに取り残された兵士33万人を救ったというのは、“奇跡の撤退劇”として厳しい戦況ながらも明るいニュースではあったようだ。
『ダンケルク』は兵士たちがフランスから逃げる話だったが、本作はその頃ロンドンでは…といったことが描かれている。違う方向から見ることができておもしろかった。
民間船の召集はラジオで行われたらしい。きっとそれを聞いて、『ダンケルク』のドーソンさんとピーターも家の船を出すことにしたのだろうなと考えた。
ロンドンが激しい空襲に遭っていて、市民は地下鉄に避難していましたが、これが、1940年9月から翌年5月まで続いたロンドン大空襲ですね。
一方その頃、空軍はバトルオブブリテンに駆り出されていたというのが流れでわかっておもしろい。
戦争中でも兵士は軍服のままパブに来ているし、映画も観に来ている。市民も家に閉じこもって震えていたわけではないようだ。ただ、急に空襲が始まったりはしていて、やはり大変ではあったようだ。
映画は娯楽の中心だったようだ。なので、それを市民の戦意向上にあてようと、プロパガンダ映画が作られたらしい。
双子の姉妹がダンケルクの兵士の救助に漁船を出したというのは変わってるし、確かに題材にしやすそう。ところが、実際に話を聞きに行ってみたら途中でエンストしてしまい、大型船に牽引されて兵士を乗せただけだったということがわかる。
でも、兵士が持っていた鞄から犬が出てきたとかフランス人兵士にキスされたとか細かいエピソードを中心にして、脚本を膨らませていくのがおもしろい。
しかし、『ダンケルク』を観ていたら、武器はフランスに置いていっていたようだったが、犬は連れて帰ったんですね。可愛かったのだろうし、撤退できるかわからない間の癒しでもあったのだろう。
あと、フランス人は助けてくれたイギリスの姉妹にキスするなんてロクなことしないと思った。そりゃあ、カエル野郎とも呼ばれますよ。
脚本家たちが話し合いながら、三人でプロットを組み立てていく様子はスリリングでおもしろかった。意見を交わしながら、少しずつ物語が出来上がっていく。
しかし、プロパガンダ映画である。そこに、軍や政府が関わってくるからすべて自分たちの好きには作れない。
お偉いさん役にジェレミー・アイアンズ。彼が出ているのを知らなかったので嬉しかった。
アメリカ人も出したいということで、俳優ではない空軍に属している軍人さんを連れてくる。歯は白く恰好は良くても演技ができない。「あの歯は本物?」というセリフにも笑った。なんとなく、『ヘイル、シーザー!』のカウボーイを思い出しました。
ビル・ナイ演じるピークを過ぎた老俳優もクセモノ。わがままだけど恰好良くてチャーミングだった。歌も披露しています。
彼のエージェント役にエディ・マーサン。彼も出ているとは知らなかったので驚いた。
しかし、空襲に遭って結構序盤で死んでしまうのが残念。本当に死と隣り合わせなのだ。
ダンケルクに見立てたロケ地の海辺の町は、ロンドンの市街地よりは穏やかなようだった。
透明なプラ板に多数の兵士と駆逐艦などが描かれているのを海に透かして撮影していた。『ダンケルク』でもノーラン監督は兵士を書き割りで作ったらしいのでほぼ同じである。工夫が感じられる。
ロンドンの空襲はどんどん激しくなっていっているようで、ロケが終わり、他の部分をスタジオで撮影している最中にも襲われる。
主人公のカトリンと一緒に脚本を書いていたバックリーはいい雰囲気になるが、バックリーのいた場所が空襲を受けてしまう。でも、生きていて、良かった…と思ったのもつかの間、スタジオの中のものが倒れ、下敷きになり死んでしまう。
一度ほっとしたので、このまま終わるのかと思ったのにショックだった。
部屋にこもりきりだったカトリンは、老俳優のヒリアードに促され、完成した映画を観に行く。
テクニカラーで本当におもしろそうな出来になっていたので、完全版を観てみたい。DVDなどには特典映像として入らないだろうか。
カトリンの横のご婦人は映画内のセリフを同時に発して、観るのは5回目よと言っていた。
映画内で船のスクリューにロープが絡まるトラブルを解決する役割を双子の姉妹にまかせたことで、現実の双子の姉妹も整備士を目指すことにしたと言っていた。
カトリンが作った物語が人を動かしている。
また、この劇中劇の映画のラスト、なくなってしまった映像の代わりに、現代の映像を加わっていた。海辺の町でのロケ中、バックリーが食べかけていたポテトをカトリンが奪ってポイと捨てるシーンが入っていたのだ。
ここ、最初に出てきたときに、そんなー!と思って爆笑してしまったシーンだったのだ。もうバックリーは死んでしまった今となったらちょっと違う意味合いになってしまうけれど、それでも微笑ましい。
その人自体はいなくなってしまっても、思い出や物語の中では生き続けるというのに涙が出た。これ、実は『KUBO』と同じテーマではないかと思った。
これもまた、人はどうして物語を必要とするのかを考えさせられる映画だった。
BBCウェールズ製作(2016年)。NHKでも2016年に放映されました。全八回。
ジャック・ロウデンとアナイリン・バーナードが出ているということで見直してみました。
前回見たときには、トルストイの『戦争と平和』だとは知らなくて、イギリス人(と一部アメリカ人)がロシア人を演じているのに違和感があったのと、歴史ものなのでどこか重苦しい雰囲気に馴染まずにだいぶ適当に見てしまった。
しかし、今回、目当ての俳優がいるとなるとだいぶ違った感じで、最後までおもしろく見ることができた。
前回も一応ポール・ダノ目当てではあったのですが…(地上波の連続ドラマでポール・ダノ主演!と大喜びしていた)。
『戦争と平和』ですが、読んだことがなかったんですが、あらすじを読んでみる限りでは結構原作通りだったみたい。だけど、すごく長いことと、もっと膨大な量の人物が登場するみたいなのであらすじをなぞった感じなのかもしれない。
ポール・ダノ演じるピエールとリリー・ジェームズ演じるナターシャ、それに、ジェームズ・ノートン演じるアンドレイの三人が中心。
それにいとこや兄弟などが絡み合って複雑に恋愛をしていく。男たちは戦争に行く。
ですが、この感想は、ジャック・ロウデンとアナイリン・バーナードについて書いています。
ジャック・ロウデンが演じるニコライはナターシャの兄、アナイリン・バーナードが演じるボリスはナターシャの幼馴染で結婚の約束もしている。
二人とも最序盤から出てきて驚いたんですが、出てきて早々、ニコライはナターシャたちのいとこのソーニャとキスするし、それが見えるくらいの場所でボリスもナターシャとキスをしているのでこれにも驚いた。
恋愛の要素もあるし、二人のキスシーンなんかもあるのかなと思ったら、おそらく開始10分も経ってないうちに、二人まとめて見ることができた。
ボリスの母親は上に取り入るのがうまくて、近衛兵になるし、女性も金持ちを取っ替え引っ替え味見していた。ナターシャのことはそんなに好きではない風で、ピエールの金を目当てに結婚したエレンと愛人関係にもなっていた。
エレンに会いに行くときの黒いコートが恰好良かった。目がぎょろっとしていて整った顔をしている人が黒い服を着ると、悪魔的な美しさになる。
また、終盤、ロシア皇帝からナポレオンに伝令を伝える役目を担い、ナポレオンに耳を触られて気にする様子が可愛かった。
満遍なく、ちょこちょこと出てくる感じでした。ただ、ちょっと太っていて、顎の肉が気になった。もう少し痩せていていい。
吹き替えが川田紳司さんでした。それを演じているのがアナイリンだとは知らなかった。前回も川田さん目当てではあったのだけど…。
ニコライに至っては五話以外には全部出ているし、三人の次の準主役級に出番が多かった。『ベルファスト71』とは比べものにならないくらい多い。
今から考えると、なんで前回ジャック・ロウデンを見て全然引っかからなかったんだろう?と思うくらい、すべてのシーンで恰好良かったです。
最初に戦地に赴くときにナターシャが「お兄様の軍服姿、素敵」と言っていたけれど、本当にナターシャの気持ちがよくわかりました。素敵でした。
しかし、最初の戦地では、馬が撃たれ、単身、剣をかざして敵の只中に勇敢に立ち向かっていこうとするも、正気になって逃げ戻る。情けないけれど、それが彼の命を救ったし、ジャック・ロウデンに合う。
『The Tunnel』のときにも思ったけれど、結構ダメ男を演じさせて輝くタイプではないかと思った。
三話では愛するソーニャにちょっかいをかけてきたドーロホフにカードの勝負を挑み、ムキになって一晩続けた結果、莫大な金額の借金を背負う。
取り返しのつかないことをした朝、自宅に戻るとソーニャのピアノでナターシャが歌っている。それに合わせてニコライも歌うシーンがある。
ジャック・ロウデンのロシア語の歌が聴けるのも貴重ですが、このときに、涙ぐんでいるのが本当に良い。この娘たちはこんなに純真で美しいのに、自分ときたらどうだとでも思っていそうだった。大変なことをしてしまったという後悔しかなさそうだった。
結果、家を破産させてしまう。キング・オブ・ドラ息子。やっぱりダメ男である。
四話ではナターシャとソーニャと一緒に親戚の家へ行くのですが、そのときの服装がもこもこと着膨れしていて、帽子も毛のもふっとしたもので本当に可愛い。
幼い頃からずっとニコライのことが好きだったソーニャに感情移入して見ていたんですが、ニコライは途中でアンドレイの妹マリヤに心変わりしてしまう。マリヤもいい子だったし、マリヤと結婚すれば家の借金もどうにかなるし、家を潰したニコライはそうするしかないけれど、ソーニャが可哀想だった。ニコライが二人いたらよかったのにと思ってしまった。
ラストではその後の様子が描かれている。ここにもニコライは出ているので、本当に最初から最後までちゃんと出ている。軍服姿もよかったけれど、ここで着ているテロッとした記事の真っ赤なシャツも似合っていた。
ここまでちゃんと出ていてこんなに恰好いいのに、本当になんで見逃していたのかまったくわからない。しかもこれがNHKで放映されていたというのは今から考えたらまったく想像がつかない。地上波でこんなにジャック・ロウデンの姿が見られたとは…。
『ジャスティス・リーグ』
Posted by asuka at 1:01 AM
マーベルのヒーロー集合ものがアベンジャーズですが、こちらはDCのヒーロー集合もの。
様々な企業とのコラボの方向性が少しおかしかったのでどうなることかと思ってましたが、前作の『ワンダーウーマン』がおもしろかったし予告編も恰好良い仕上がりだったので期待をしていました。
まだMCUほど作品が出ていないし、いきなり本作から観ても大丈夫といえば大丈夫ですが、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』は観ておいたほうがいいかもしれない。サブタイトルからも本作の直接的な前日譚だと思う。
以下、ネタバレです。
相変わらずアメコミの原作を読んでいないため、細かいこだわりなどはあとから調べて知ったので、たぶん知っていたらもっと楽しめたと思う。
おおまかなストーリーは、海底とワンダーウーマンの故郷セミッシラと地球に分散されてい保管されていた三つのマザーボックスを、今回のヴィラン、ステッペンウルフが入手するのを阻止する。
セミッシラはワンダーウーマンですが、海底を守るのはアクアマン、地球で保管されている場所はサイボーグであるビクターの父が働くラボである。
ワンダーウーマンとバットマンは、『ワンダーウーマン』の最後でメールを送っていたこともあって、最初から顔見知りの状態で、すでにチームに参加することになっている。なっているが、ブルース・ウェインがいまいち積極的ではないというか、アルフレッドがいないと何もできないというか、ダイアナが積極的なしっかり者で良かったねという感じだった。
フラッシュをスカウトに行くときにもバリー・アレンにいきなりコウモリ型のカミソリ(何か名前があるのかも…)を投げつける始末。バリーはブルースがバットマンだとわかり、ノリノリで仲間になるけれど、ブルースには他に方法がなかったのだろうか。でも、このシリーズのブルースらしいといえばらしいのかもしれない。
バトルでもバットマンだけあまり活躍してなかった。バリーに「あなたの能力は?」と聞かれて「I’m RICH.」と答えていたけれど、本当にそれだけの可能性があるし、映画を観た後だと“この映画内ではあまり活躍しないけれどそうゆうことですよ”という前振りにも思える。
一回目のバトルの時に出してきたカニのような乗り物(追記:クモらしい)のナイトクローラーは恰好良かったけれど、その操縦もサイボーグが機械と一体化することで行っていた。バットマンは一体化できませんものね…。
序盤、人々の希望であるスーパーマンの死を市民が悼んでいていて、そこで流れる歌とスーパーマンの胸のマークが黒くなっている大きな喪章が掲げられている画が陰鬱でとても良かった。
でも、どこかで復活するんだろうなとは思いながら観ていた。復活させようと言い出したのはブルースなんですが、原作を知っている人たちからすると、それがかなり意外だったらしい。私はなんとなくこのメンバーのリーダーだし、特に意外には感じなかった。
ただ、蘇らせるためにバリーとビクターが墓を掘り返していて、これは常識的じゃない方法なのだなと実感した。なんであの二人が墓をあばく係になってしまったのだろう。若手だからでしょうか。
バリーがここで『ペット・セメタリー』のタイトルを出して怯えていて可愛い。とにかく友達が欲しいバリーは、一緒に墓あばきをしたからビクターともイエーイと拳を付き合わせようとしていたけれど、相手にされていなかった。かわいそうではあったけれど距離のつめ方がおかしいのかもしれないとも思った。
結局、復活したクラークは大暴れをしていて、バリーが「やっぱり『ペット・セメタリー』だった!」と言っているのも可愛かった。暴れているクラークを止めようとしてメンバー総出で押さえ込もうとするシーンでは、速いバリーの姿をギロリとクラークが目を動かしてとらえている様子がぞくっとしたし恰好良かった。
ザック・スナイダーの手法として見せ場でスローになるというのがあるけれど、フラッシュは速いから相対的に周囲がスローになる描写が使われていて、この手法によく合っていると思った。けれど、ザック・スナイダーは途中で降板しているので、ザックの手によるものなのかわからない。
復活したクラークが大暴れしているときにブルースだけ遅れてくるので、何かしらブルースがクラークを鎮める役目を担うのかと思ったら、アルフレッドに「“切り札”を」と言ってロイスを連れてこさせていた。最初に切り札と言ったときからロイスのことだろうなとは思っていたけれどそのまんまで少しがっかりした。
大規模なチーム戦は映画内で二回あるんですが、一回目は地下、二回目はロシアの住民が少ないところと、市街地を避ける傾向が見られた。おそらく、『マン・オブ・スティール』や『ジャスティスの誕生』でも、市民がだいぶ巻き込まれていると言われたから意識的に避けたのではないかと思う。
二回目のバトル時も、フラッシュが少ない住民(というか一家族だけですが)を精一杯遠いところへ移動させていた。
一回目のバトルではメンバーの協力プレイが見られた。二回目も途中までは協力プレイでしたが、スーパーマンが遅れてくると彼の独壇場になる。ものすごく強い。たぶん、一人でも倒せそうだった。
でも三つのキューブを離すのはサイボーグとスーパーマン二人でやっていたから一応協力プレイかな…。
最後にはフラッシュもサイボーグと拳を突き合わせてもらって、ちゃんと友情が芽生えていたのを見てホッとした。
ビクターは父親に勝手に体を改造されて生き返ったことを怒っていたけれど、最後はラボで父親の手伝いをしていたので和解も見られた。
今回の新メンバーとしてもう一人アクアマンがいますが、全身刺青上半身裸のビジュアルがものすごく恰好良いのと、強がっていてもワンダーウーマンの真実の投げ縄で本当は怖いことを告白しちゃうあたりが可愛い。マッチョでコワモテなのに。
フラッシュ、サイボーグ、アクアマンについてはおそらくこれから単独の映画が控えているのだと思いますが、それも楽しみになった(『アクアマン』は北米で2018年公開予定とのこと)。
今回の映画の中でのバトル関連だと、序盤、セミッシラでのマザーボックスを守る様子も良かった。アマゾンたちが、まるでラグビーかアメフトのようにボックスを次々にパスしながらなんとかステッペンウルフから遠ざけようとする。結局奪われてはしまうけれど、恰好良いアクションで見ごたえがあった。
ジャスティス・リーグのメンバーたちは、なんとなくまだ全員が意気投合している感じではない。かといってギスギスしているわけではない。ある程度仲が深まらないとギスギスもしない。まだその前の段階という気がする。
アベンジャーズの場合、寄せ集められてもすぐに意気投合していたように見えたけれど、ジャスティス・リーグのほうがリアリティがある。急に寄せ集められたら実際はこんなものだと思う。
この人たちがどんどん仲を深めていくのだと思うとわくわくするので、早く続編を公開してほしい。
おまけ映像では、フラッシュとスーパーマンがブランチを賭けて競争していた。バリーはクラークとも仲良くなれたんだね、友達できたね、良かったねとほっこりした。
バリー・アレンを演じているのはエズラ・ミラー。イケメンだけれど、早口だったりとオタク気質なのが合っていた。全体的に本当に可愛かったので、単独作も早く観たい。けれど、ジャスティス・リーグメンバーとの絡みももっと観たい。
あと、できるならば、アルフレッドにおやつを用意してもらっているバリーが見たかった。
今回も、ジェレミー・アイアンズのアルフレッドはとても良かった。小粋なことを言いつつ上品。アルフレッドはノーラン版のマイケル・ケインもドラマ『ゴッサム』のシーン・パートウィーも好きです。
もう一つのおまけ映像ではレックスも出てきていた。この辺も原作を知らないのでわからなかったのですが、次作へのつながりに期待。
エンドロールでは予告編でも使われていた『Come Together』のカヴァーが流れた。言わずと知れた“Come together right now over me”の歌詞がよく合っている。彼らのテーマ曲にしてほしい。
『ローガン・ラッキー』
Posted by asuka at 8:38 PM
監督はスティーブン・ソダーバーグ。
チャニング・テイタムとアダム・ドライバーが冴えない兄弟役で、強盗を計画するクライムムービー。
以下、ネタバレです。
中盤以降は強盗シーンであり、強盗シーンになるとそれほど気にならないが、前半のテンポが悪く感じた。
説明不足な面も多く、ローガン兄弟がそもそもなぜ強盗をすることになったのかがいまいちわかりづらかった。仕事を解雇されたからだろうか? ジミー(チャニング・テイタム)が離婚した妻が親権を持つ娘が引っ越してしまうからだろうか。
しかも、弟のクライド(アダム・ドライバー)を誘っての強盗は二回目らしく、一回目の時には失敗して弟は刑務所に入ったらしい。
ただ、金庫破りのプロで現在は刑務所に入っているジョー・バング(ダニエル・クレイグ)とも友達のようだった。友達というか知り合いかな。
予告編を見る限りだと冴えない兄弟が急に刑務所の面会に行ったのかなと思われたけれど、まったくの初対面ではない様子だった。
小さな田舎町が舞台なので、全員知り合いみたいなところがあるのだろうか。
ただ、舞台となる場所についても、どこどこ州のどこと場所が日本語テロップで出る。英語での字幕は出ていなかったので、日本語でのみ丁寧に付けられたのだと思う。やはり説明不足な面がありそう。
でも、もしかしたらアメリカ人には理解のできることなのかもしれない。
いわゆるニューヨークなどの都市が舞台ではない。
そこまでちゃんとは理解できなかったのだけれど、想像以上に背景の厳しさがあるのかもしれない。
仕事がない、離婚率も高い、犯罪も多発している地域で、だから兄弟も手軽に強盗を計画してしまったのではないだろうか。
ましてや、ジミーはNFL花形選手だったのに足を怪我して挫折している。そのことも周囲には知れ渡っているだろう。弟のクライドはイラクに戦争に行って片腕を失った。
だから、ローガン家は呪われているなどとクライドは言っていたけれど、周囲にも噂をされていたのかもしれない。
ジミーの娘が、発表会でリアーナの『アンブレラ』を歌うべきところを、急遽、パパの好きな曲ですと言って、ジョン・デンバーの『カントリーロード(TAKE ME HOME,COUNTRY ROADS)』を歌うシーンがある。
まさにウエストバージニア州の、地元の歌で、会場は合唱に包まれる。歌の内容は故郷の美しさと、生活のつらさが歌われている。
この土地柄のことは日本人にはなかなか理解しづらい。
脚本のレベッカ・ブラントが実際にウエストバージニア州ローガンの炭鉱の家庭で育ったらしく、その辺のテイストが組み込まれているのではないかとも思う。
(ただ、このレベッカ・ブラントという方の素性は不明らしくソダーバーグの妻ではみたいな話も出ているらしい。謎)
あと、日本人というか、私は知らなかったのですが、NASCAR(National Association for Stock Car Auto Racing、全米自動車競争協会)の方々が多数カメオ出演されていたらしい。強盗の場面がレーシング場なので、全面協力してもらったのだろうか。
強盗シーンは地上でレーシングが行なわれていて、その地下でわたわたやっているという作りが面白かった。また、強盗を行うにあたっての前段作戦として、ジョー・バングの脱走作戦もある。それにあたって弟のクライドがわざと捕まって刑務所に入ったりと凝っていた。
ただ、ジョーの弟さんたちはあまりにも雑で強盗向きではないし、ローガン兄弟もあまり向いているようには見えなかった。ローガン妹は運転とサポートで活躍していたと思うが、地下にいなかったのでいまいち登場シーンが少なかった。
ジョーだけが玄人で、一人大活躍をしていた。グミベアは娯楽で買ったのかと思っていたら、それで爆発物を作るというアイディアがおもしろかった。
爆発物を仕掛けた後、ジョーがひょいひょい逃げて、顔を見合わせたローガン兄弟が慌てて逃げ出して建物が爆発というシーンが予告編で使われていたけれど、これは騙しで、本編では違うシーンで爆発する建物だった。
ここで、不発だった手作り爆発物がクライドの手に戻ってきちゃうのが面白かったので騙し予告にしてくれてよかった。一瞬何が起こったのかわからない感じになりつつも、完全に固まってしまうクライドが可愛い。
ただ、タイトルで言われているからそうなんだろうとは思うけれどまさにラッキーの連続でトントン拍子で進んでいき、わりとスムーズにことが済んでいた。
成功をして、でも結局お金は返して…ということでなぜかなと思ったら、自分たちの必要な分や、計画に巻き込んでしまった人の分はちゃんと別の場所に取ってあった。
ジョーの弟たちを信用してなかったのかもしれないけれど、強盗は実は二重作戦で、本当の計画はローガン家の三人で行われていたというネタバラシも面白かった。
ただ、この後にFBIがしつこく追いかけてくるのはちょっと蛇足気味かなと思ってしまった。
しかも、最後にはクライドの店に現れていて、不気味でした。
クライドは簡単に騙されてしまいそうだから、FBIの女性に心を開いた末に犯罪を告白する未来が見える…。
内容やテンポなどを考えると完全に好みという感じではなかったけれど、キャラクターや演じた俳優さんは好きでした。
特に、クライドを演じたアダム・ドライバーが本当に可愛い。
結局演技でしたけれど、腕を吸い込まれた時の取り乱しかたは笑ってしまった。
ジミーが最初に強盗計画を話す時も「朝食を作ってくれたし、ベーコンの焼き加減が僕好みだったから話を聞く」と言っていて、可愛すぎてびっくりした。図体の大きい大人の男の言うことではない。
兄のジミーを演じたチャニング・テイタムも体が大きいから、二人ともぬぼーっとしていて朴訥兄弟具合が愛らしかった。
結局ネタバラシの時には二人が素早く動いていたけれど、その前にはとても強盗向きではないと思った。素人臭すぎる。動きも鈍そう。
だから、ダニエル・クレイグ演じるジョー・バングの凄腕具合が目立った。007で見せたスマートさがまったく無くて、刺青が入っているし、ランニングも似合う。田舎のヤンキーくささも出てたし、演技がうまいのだなと思った。
あと、ちょい役だけれど、いい役だったのが上でレースをしているドライバー役でセバスチャン・スタン。
立て看板が作られるくらいだから人気なのだろうし、やり手なのだけれど、「自分の中のOSを…」とか言うことがいちいち胡散くさくて笑ってしまう。嫌な感じだけど憎めない役が彼に合っていた。
『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』
Posted by asuka at 9:00 AM
『コララインとボタンの魔女』、『パラノーマン ブライス・ホローの謎』のスタジオライカ作品。ストップモーション自体もものすごいけれどストーリー展開の確かさにおいて、スタジオライカの右に出る制作会社はいまのところないと思う。
今回もまったく心配をしないで観て、やはり安定しておもしろかったのですが、それより日本の公開が一年と三ヶ月も遅れているのが納得いかない。
日本が舞台で主人公が三味線を持って戦うのもそうなんですが、日本の文化にまで言及されているから、はっきり言って、外国の人よりも生まれながらにその文化に触れてきている日本人の心に沁みる作品だと思うし、これが日本でヒットしなかったらスタジオライカに失礼です。
本当はお盆の時期に合う作品だと思うけれど、夏休み映画として弱いのはわかるので、夏休み前、7月上旬くらいには公開して欲しかった。それか、アカデミー賞やゴールデングローブ賞を始め、アニメのアカデミー賞といわれるアニー賞にも多数ノミネート、受賞もしているので、アカデミー賞直後くらい、今年の春くらいには公開できなかったのか。それか、これだけ遅れるならもっと大々的に宣伝をしてほしかった。宣伝次第では人が入る映画だと思う。
今回、吹き替えで観ましたが、ピエール瀧や小林幸子も合っていてうまかったし、クボを狙うおば役の方も声が歪ませてあるからそれほど気にならなかった。
また、エンディングが吹き替え版では吉田兄弟なのですが、これはスタジオライカ側からのオファーだったらしい。吉田兄弟が弾くビートルスの『While My Guitar Gently Weeps』、三味線が主人公の武器のようになっている映画だし、当然合っていた。オリジナル版を観ていないのでわかりませんが、こちらの主題歌の方が合っているのではないかと思ってしまった。
(追記:字幕も観ました。シャーリーズ・セロンのサルの凛々しさとマシュー・マコノヒーのクワガタの飄々としていて剽軽ながらも強さを見せる様はよかったけれど、今回は吹き替えも負けていないと思う。字幕を読まずに画面に集中するためにも吹き替え推奨。また、エンディングテーマは吹き替え版よりも歌が多かった印象。三味線も入っていたけれど、こちらも日本版だとちゃんと吉田兄弟という名のある方々が手がけているからいいと思う)
以下、内容についてのネタバレを含みます。
ストップモーションアニメということで一週間で平均3秒しか制作できないとか、主人公のクボの顔だけで4800万通りあるとか、途方もない労力が費やされている。メイキングを見るのも楽しいです。
クボは赤ん坊のころ、闇の力を持つ祖父に父を殺され、クボも片目を奪われて母と一緒に暮らしていた。
昼間には村に出て行き、三味線の音色で紙を折り、その折り紙を動かして物語を紡ぐという不思議な力を使って大道芸を行っていた。
このシーンからして本当にわくわくする。
クボの周囲に人の輪ができて、みんな目を輝かせていたが、私も同じ顔で見守っていた。
三種の神器を使って侍が悪者を倒すという昔話のようなストーリーもよかった。
ある日、クボは夜になっても外にいたために、母の姉妹で祖父と同じく闇の力を持つものたちにもう片方の目も奪われそうになる。そこへ母が来てクボを助けたが、命を落としてしまい、クボの三種の神器を手に入れて、祖父を倒す旅が始まる。
一緒に旅に出ることになるサルは珍しく女性の声で、クボにやたらと世話を焼いている様子がお母さんっぽいなと思ったらお母さんだった。
クボとこのサルと折り紙で作ったハンゾウ(父?)とクワガタとの冒険である。仲間がだんだん増えていく様子や、三種の神器を探して敵を倒すという目的がゲームっぽいと思った。
そして、クワガタも父だったんですが、それは観ているとなんとなく予想はつく。
途中でサルが母、クワガタが父だとわかっても、意外性はそれほどない。でも、そこが主題ではないのだ。
だって、この先、クボはサルとクワガタとクボは末長く仲良く暮らしていきましたとさ、おしまい。という話ではない。母上、父上と会えてよかったねという話ではないのだ。
もちろん会えてよかったとは思う。それに、物心ついた時から父の姿のなかったクボが「いつも母上と二人だったから、食卓を囲んだのは初めてだ」と言ってたのも、良かったね…とは思った。
しかし、この時間が長くは続かないだろうというのはなんとなくわかる。
実際の母も父も死んでいて、魂だけがクボに一時寄り添っているのがわかる。なんというか、濃厚な死の予感が漂っている。
そして、実際にサルもクワガタも消えてしまう。それでも、クボの中には、母と父と一緒に冒険をした思い出は残る。
クラマックスでは村民が川に流した灯篭のぼんやりとした美しい灯りが亡くなった人の形になる。明確なワードは出てこないが、もちろん、時期はお盆でこれは灯籠流しである。
お盆の時期だけ亡くなった家族の魂は戻ってきて、時期が過ぎればまた帰って行ってしまう。でも、心の中に生前の人々の思い出はずっと残っている。
死者の魂を弔う気持ち、すでに亡くなった人に想いを馳せるこの感じは、もうどこから学ぶでもなく、生まれた時から備わっているものというか、日本人ならば根本的な部分でわかるものだ。
海外の映画でも感動できる映画は山ほどあるが、文化的な面では初めて見るものや理解できないものもある。それは映画で学べばいいことだ。
この映画は海外の映画なのに、日本人の心の奥を突いてくる。
海外ではかなりヒットした映画だけれど、外国の人よりも、日本人のほうが自然に受け入れらる部分が多い内容だと思う。だからこそ、日本でヒットしてほしい。
感動というか、自分で体験したことなどを思い出して、自然と涙が出てくる。
最後、月の帝だった記憶をなくしたクボの祖父に対して村民たちが優しく接しているのも良かった。村をぐちゃぐちゃにされるなど、酷い目に遭わされたのに。それでも、優しかったエピソード(おそらく嘘)を話して、記憶を上書きしてあげる。
サルとクワガタのことはそれほどびっくりするネタばらしではないが、それでも、最初から知った上で観るとまた違った伏線などにも気づけそう。
できれば、もう一度観たい。今度は字幕で。
『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』
Posted by asuka at 12:46 PM
2013年公開。ライブDVDかと思ったらライブツアードキュメンタリーだった。
曲も一曲まるまるは入っておらず、音も悪い。曲を聴くための映画ではない。
しかも最新のものではなく、1998年に行われた113本という長期のツアーを振り返るという内容。なぜこんなに間が空いているかというと、ツアー長すぎるが故に、裏でかなり大変なことが起きていたからだ。時間が経たないと明かせない真実。
ANNIEが腰がおかしくなって、インタビュー中は座れなかったけどライブ中は座らざるをえなくてきつかったみたいな話は序の口。吉井の妻が精神的におかしくなって、途中からツアーに帯同してたという話は壮絶。途中で事故でスタッフが亡くなったりもしている。
最初のほうで『SUCK OF LIFE』でおなじみギターフェラもおさめられている。ひざまずいた吉井がエマのギターを歯で弾くんですが、股の間から手を突っ込んでエマの尻を鷲掴みしてて変な声出た。ギターだけじゃなくて腹とか胸あたりにも頬を寄せたりキスをしたりしていた。ものすごく綺麗に撮られていたけれど、これはこの映画のサービスシーンで、他のシーンは結構ずっと厳しい。
ホール公演の最終日のMCで、吉井が「このツアーは失敗だった。ほかのメンバーはどうかわからないけど個人的には失敗だった」とMCで言っていて、いつもの冗談だと思ってる客席が笑ったり、「えー」と言ったりしてるけど、このドキュメンタリーを観た後だと、冗談でもなんでもなく、吉井が本心で言っていたのがわかってぞっとする。
スタッフの「フラッシュバックが起こる人はもう一回その場所に行って何もないんだって確かめないと克服できない」という話をしていてそれもつらかった。もう一度その場所を訪れる前にバンド自体が解散してしまったとのこと。
監督は高橋栄樹。『SPARK』以降のPVを多く手がけているけれど、最近だとAKB48のドキュメンタリーでも話題になってた。AKB48はまったく知らないから観てないけど、かなり厳しい内容だという話は聞いたことがある。本作の厳しさ見るとそれも納得出来る。
厳しいというのは駄作という意味ではなくて、観ていて、心が削られる。観ていてつらいから、二度は観られない。
『PUNCH DRUNKARD』というアルバムはそこまで好きじゃないからこのツアーは行ってないだろうと思ったけど、この前年がフジロックで、フジロックの時はイエモンが大好きだったのでこのツアーも多分行ったのだと思う。
『真珠色の革命時代』をステージにオーケストラを配して演奏したものは、観に行った気もするけれど、このことを雑誌で読んだか行った人の話を聞いたのか、情報として仕入れただけなのかわからない。
終盤の『ROCK STAR』は普通のライブDVDのように音もちゃんとしてるし、一曲丸々入ってる。横浜アリーナでのツアーファイナルの様子なので、私が行ったとしたらここかもしれない。113箇所のツアーをやると、こんなことになるんだって知らなかった私は、たぶん無邪気に観てたのだろうし、でもその楽しみ方で正解なのだとも思う。
この時に、「内容の濃い充実した旅でした。みなさんにもこの先、内容の濃い旅が絶対に待っています。頑張って乗り越えてください」というMCをしていて、“濃い”の部分を卑猥に強調して言っていてここでも客席からは笑いが起こっているけど、“頑張って乗り越えてください”と言ってしまっているということは、濃い=つらいorしんどいだったのだと思う。君らも乗り越えて大人になってねということ。
ただ、これを観て、またイエモンが好きになるかといったら、それはまた別の話だ。あの頃の、イエモンが好きだった頃の私と対話をするだけです。
最後に入っていた『SO YOUNG』もフルバージョンだった。今あらためて聴くと“いつか忘れて/記憶の中で死んでしまっても/あの日僕らが/信じたもの/それはまぼろしじゃない/ない/ない”のあたりがまさに現在の私とイエモンの関係みたいでちょっとだけ泣いた。
ブラーのドキュメンタリー映画、『ニュー・ワールド・タワーズ』を観た時にも思ったけれど、バンドのドキュメンタリー映画だと思ってひとごとのように観ていると、急にその奥に自分が透けて見えてきて、映画の内容と自分が繋がってしまいハッとする。
『ノクターナル・アニマルズ』
Posted by asuka at 10:52 PM
トム・フォード監督作品。
前作『シングルマン』がとても好きだったので楽しみにしてました。7年ぶりの新作(しかも日本では約一年遅れでの上映)。
エイミー・アダムス主演、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、アーミー・ハマー出演。
以下、ネタバレです。
太った女の人が裸で踊っているというちょっとギョッとしてしまうようなオープニング。これがエイミー・アダムス演じるスーザンの作品だとわかる。
ちょっとこのセンスは理解できなかったけど、どうやら芸術家として成功しているらしく、展覧会会場も会社も家も高級そうだしとてもハイソだった。
この辺の美術が素晴らしくて、さすがトム・フォードだなと思った。
色はモノクロと赤が中心。形もぱっきりしていて無機質。いる人間にも血が通っているように見えない。
スーザンも目の周りを黒く縁取っていて、濃い赤の口紅の攻撃的なメイク。不眠症とのことだったが、人間味が感じられないのでそれも納得の風貌。
また、会社にいる人(デザイナー?)も通常では着ない服、ファッションショーで披露されるような服を着ていた。
仕事相手の女性が、ベビーシッターが信用ならないと言って子守アプリを見せてきたのにはどんな理由があったのだろう。赤ちゃんが映っていて、その信用ならないベビーシッターが出てくるびっくり描写は個人的には最近観た『IT』よりビクッとしてしまった。
『IT』は怖いという話だったけれど、青春描写や出てくる子役たちが可愛いとかピエロの中のビルスカルスガルドがイケメンであるとかの癒しがあった。本作はただただひんやりしている。
スーザンのパートは全体的にさめた印象で、悪夢のようだった。ハットン(アーミー・ハマー)と結婚していても、浮気されていることもわかっているし、お金や名声があってもとても幸せには見えなかったし、自分でも不幸だと言っていた。
そんなスーザンの元に、別れた夫エドワードから小説が届く。
スーザンは小説を読み進めていくのだが、それが映像として出てくる。
スーザンパートではそれほど登場人物が多くなさそうだったし、出演者はみんなどこで出てくるのだろうと思ったら小説の中の登場人物だった。
小説の舞台はテキサス州。砂ぼこりと気だるく張り付くような空気感とテンガロンハット。こちらのほうが映像的に人間味にあふれている。これが、スーザンパートの合間に挟み込まれる。映画が進むうちに、逆に小説パートの合間にスーザンパートが入るようになってくる。また、スーザンがエドワードとの再会から結婚、別れを思い出すスーザン過去パートも少し入ってくる。
小説の最初のページにはFor Susanの文字。“君との別れからインスパイアされた”と同封の手紙に書かれていた。
小説パートはスーザンの頭の中で展開されていることだ。エドワードが自分を題材にして書くことを知っているからなのか、小説の主人公トニーにはエドワード(ジェイク・ギレンホール)が配役されている。
トニーと妻と娘で旅行に行くために車を運転しているが、夜中に人気のない道でチンピラたちの乗った車にイチャモンをつけられる。
ここで気になったのが、トニーの妻役はスーザンではないんですよね。トニーがエドワードなのに。スーザン自身はスーザンの頭の中には出てこない。あくまでも物語なのだ。
チンピラの一人がアーロン・テイラー=ジョンソン演じるレイ。こいつが嫌な部分しかない悪党キャラクターなのだけど、アーロン・テイラー=ジョンソンがとてもうまい。何も言わずに挑発するような表情をするのが最高だった。
イチャモンをつけられた上、妻と娘はさらわれてレイプされ殺される。ここでスーザンは苦しそうな顔をしていたけれど、自分と重ねていたわけではなく、ただ内容に衝撃を受けただけだと思う。自分と重ねるなら頭の中でも自分で配役すると思うから。
トニーは地元の刑事(マイケル・シャノン)と一緒にチンピラを追いつめていく。
結局、肺がんで死ぬのがわかっている刑事が違法な手段でチンピラを監禁、一人を撃ち、銃を渡されたトニーがレイを撃つ。相討ちのようになっていたが、トニーはよろよろになりながらも生きていた。結局、自分の銃の暴発(?)で死んでしまう。
スーザン過去パートでは、エドワードと別れた理由やエドワードとの間にできた子供を堕胎したことなどが明らかになる。
過去パートのスーザンは過去なこともあるけれど、メイクもナチュラルで、現在のスーザンパートのような悪夢っぽさはない。
スーザンが不幸な理由はおそらく過去への郷愁なのではないかと思う。あの時こうしなければ今の不幸はなかったのにという後悔。
でも、エドワードとは根本的な考え方が違っていたようだから、どちらにしてもうまくいかなかったのではないかと思う。
スーザンが現在、アーティストとして成功(自らの幸せではなく名声や金銭面での成功)したのはエドワードと別れたからだと思うし、育ちのせいもあったと思う。
エドワードとスーザンは育ちも違っていたみたいだし、スーザンの母親(超保守)も反対していた。
スーザンは過去パートで、エドワードのことを「あなたは弱い」と罵っていて、その喧嘩が別れた直接の原因ではないのかもしれないが、かなり印象的に使われてる。
そして、小説内でレイがトニーを「お前は弱い」と罵ったのでぞっとしてしまった。
そうか、スーザンは小説には出ていないと思ったけど登場していた。。悪を固めたような存在として描かれていたレイがスーザンだったのだ。
トニーが小説内で妻子を守れなかったと慟哭していた。妻はスーザンなのかもしれないし、家族というぼんやりしたものなのかもしれない。娘はあの時スーザンがおろした子供だろう。生んでいたらあれくらいの年齢だ。別れて19年と言っていたから。
小説内ですべてをめちゃくちゃにしたのはレイで、現実世界ではエドワードのすべてをめちゃくちゃにしたのはスーザンだ。
スーザンの会社に芸術作品としてREVENGEと書かれたポスターだかタペストリーだかが飾られていた。
それが関係あるのだとしたら、小説はエドワードからの復讐だったのではないか。
でも、スーザンは頭の中でレイに自分を配役していなかったから、たぶん気づいていなかったのかもしれない。
気づいてたら、怖くて、申し訳なくて、とても食事になんて誘えないだろう。
スーザンはエドワードとの食事に行く前に、ワクワクしているようだったしおめかしもしていた、指輪まではずして何を期待していたのか。
現実が不幸だから過去にすがりたいという気持ちもわかるけれど、エドワードのことをまったく考えていない。
読解力がなさすぎる。読解力というよりは物語を読む能力かな。
案の定、待ち合わせのレストランにエドワードは現れないまま映画は終わる。
あの後来た派の人もいるみたいだけど来るとは思えない。
ただ、レイがスーザンだとかも、すべては私の解釈なのでどうかわからない。特にREVENGEのくだりはどうかなとは思う。トム・フォードにしては俗っぽすぎる気もする。
もう少し俗っぽい方向の解釈をすると、小説の中に出てきたマイケル・シャノン演じる刑事は現実世界のスーザンの兄なのではないかと考えた。
スーザン過去パートで、スーザンの兄はエドワードのことが好きだったと明かされていた。そして、スーザンは「喜ぶと思うから兄にも連絡してみて」と言っていた。
その時点で連絡したかどうかはわからないけれど、エドワードはスーザンが好きだったのだし、スーザンに言われたらいずれかの時点で連絡はとったのではないかと思う。スーザンと別れた後、スーザンがエドワードの人生をめちゃくちゃにした後、連絡をとったのかもしれない。
小説ではトニーが刑事に助けを求めるし、刑事と一緒にレイを追い詰める。現実世界でも、あの後にエドワードに誰か協力者がいたのだと思う。
現実世界ではスーザンの兄は、ゲイだと超保守の親にバレたときに勘当されている。
エドワードも結局上流社会に負けたという部分もあると思うし、エドワードとスーザンの兄が協力して上流社会(=スーザン)にREVENGEしたということもあるのではないか。
実際のところどうなのかと知りたいので、原作小説があるようだし読んでみようかなとも思うが、映画はだいぶ変えられているようなので読んでもわからないかもしれない。
おもしろい作りだと思うし、特にアーミー・ハマーや過去のジェイク・ギレンホールはとても綺麗に撮られている。美術もさすがに素晴らしかった。
でも、好きかどうかというと、特に好きではなかったのが残念。つまらなくはないので好みの問題です。
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