『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ SPECIAL SHOW』
Posted by asuka at 10:21 AM
1997年のオフ・ブロードウェイにて上演。その後、2001年(日本では2002年)に映画化もされた。
日本では2004年、2005年に三上博史主演版、2007年、2008年、2009年に山本耕史主演版、2012年に森山未來主演版が上演されたが、今回は本家、ジョン・キャメロン・ミッチェルご本人版が上演。東急シアターオーブにて。
以下、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のストーリーと今回の演出についてネタバレです。
森山未來版については触れたくないので置いておきます。森山未來が悪いわけではなくて大根仁のせいですが。
三上博史主演版と山本耕史主演版は演出がほとんど同じだった。水を口に含んでから噴水みたいに吹き出して、「パンクロックの精神は自己犠牲!」というセリフがあるんですが、これは三上博史版のアドリブみたいなものかと思っていて、でも山本耕史版でもやっていたので、こんな細かい部分まで一緒にしなくてもいいのにね、と思っていたけれど、今回の本家版でもそのセリフがあったので元々あったものらしい。
ライブ形式だと聞いていたから、本当にジョン・キャメロン・ミッチェルが歌だけ歌うもかと思っていたけれど、よく考えれば三上博史版、山本耕史版もライブ形式といえばライブ形式なのだ。
ヘドウィグがライブをしていて、観客(私たち)はそれを観に来ているという設定。ヘドウィグのMCで過去が語られるという流れ。場所は小さいライブハウス。隣りの巨大な会場ではトミー・ノーシスがライブをしている。
ただ、三上博史版、山本耕史版はもちろん、MCの部分もヘドウィグで演じていたが、今回はMC部分はヘドウィグの夫でありしもべでありバンドメンバーでもあるイツアク役の中村中が担当をしていた。この部分で賛否両論あるらしい。
ヘドウィグ部分はすべてジョン・キャメロン・ミッチェルにやってほしかったし、私もやってくれると思っていたから気持ちはわかる。
でも、最初のあたりは、「あなたはヘドウィグの操り人形ね」と言ってきたないウィッグを雑にかぶせて、ヘドウィグ自身は後ろのソファにゆったりと座っていたから、前までのヘドウィグよりも態度が横柄で自分の役割までイツアクに任せたと思えばキャラクター的にも納得がいった。
ちなみに、後ろのソファに座っていて、それがシルエットになってもものすごい存在感で、私は正面で話しているイツアクよりもシルエットのヘドウィグを見てしまっていた。親に暴力を振るわれることを語っているシーンで頬を叩かれた動きをしていて、それだけでもドキドキした。
また、イツアクの語りのシーンでヘドウィグがステージからいなくなることも多かったが、その分、お色直しも多く見られたと思う。
あとは、語りの部分はテンポが大事だから、いちいち字幕を読んでいたら楽しみにくいとも思うし、ジョン・キャメロン・ミッチェルは体力的に厳しいという話も聞いていたから仕方がなかったのかなとも思う。いくらでもこのような演出になった要因はわかるし、私はこれでも別に良かったです。
それより、ご本人が最初に“HELLO TOKYO”と書かれたマントで出てきたときにこんな日がくるとは夢にも思っていなくて感動してしまったし、あのメイクも動きも本物だった。『SUGER DADDY』のときにフリンジが付いた衣装で出てきて、その時からわくわくしていたけれど、生カーウォッシュ(ステージから降りてきて観客にまたがって腰を振る)が見られたのも感動。
『WIG IN A BOX』のみんなで歌おうのコーナーは一回しかなかったけどもう少し長くてもよかったかなと思う。でもそれも体力の問題かもしれないしなんとも言えない。
ベビーシッターの仕事でトミーの家に行くシーンとそのあとのシアトルコーヒーのカフェでライブをするシーンは、トミーがヘドウィグを女性と思っているくらいなので化粧もごてごてせずにウィッグも抑えめのボブ。ここは映画でもヘドウィグがとても綺麗なんですが、ステージでもご本人がとても綺麗だった。また、『WICKED LITTLE TOWN』がいい曲なんですよね…。もちろん顔拓タオルもあり。後ろのトミーに投げていた。
『THE LONG GRIFT』も好きなんですが、これはイツアクが歌っていて少し残念でした。が、三上博史版でも(山本耕史版もかも)バンドのギターの人が歌っていたと思う。ヘドウィグ(三上博史)がこの曲を歌おうとして、ジャジャジャジャ…というカッティングギターの不協和音のイントロのあとワンフレーズだけ歌って、“だめ、歌えない”というように歌うのをやめて、ステージの端にあるソファに座って丸くなってしまうんですね。で、代わりにギターの人が歌うという。この時はイツアクにも愛想を尽かされているのでステージにはいない。
最初に見に行った時に、ヘドウィグというか三上博史が本当に歌えなくなっちゃったのかと思って驚いた記憶があるのでよく覚えている。もちろんそんなことはないんですが、ヘドウィグが小さく見えて悲しいシーン。
ただ、あの不協和音イントロが好きだったので、それが変わってしまっていたのは残念だった。
『EXQUISITE CORPSE』の最後で三上博史版は(山本耕史版もかも)胸につめていたトマトを投げて前方の席のお客さんがトマトまみれになったものですが、それはなかった。これに関しては別にやってほしかったとか残念とかの話ではないです。
トミー・ノーシス姿のジョンキャメロンミッチェルは上半身裸ではなかった。これも別に裸がよかったとかの話ではないです。見えないけど54歳ということなので、まあ普通に考えて裸じゃないでしょう。
トミー関連だと、ヘドウィグの語りで何度か隣の大きい会場の様子をうかがうんですが、三上博史版は(山本耕史版もかも。山本耕史版はほぼ一緒だったという記憶しかない)重そうな扉をよいしょと開けると眩しいくらいの光源が差し込む演出だったんですが、本当は今回もそれがよかった。球場のライトくらい眩しい。
今回はトミーの『WICKED LITTLE TOWN』か『MIDNIGHT RADIO』の最後にヘドウィグ(トミー)が帰って行く時に同じような光が使われていたので、そこを強調するためかもしれない。
『MIDNIGHT RADIO』の最初で、ヘドウィグがイツアクから奪ったウィッグを戻してあげるシーンでいつも泣いてしまう。ヘドウィグは歌いながらなんですが、ウィッグを渡し、イツアクがいつものようにヘドウィグにかぶせようとすると、“いいえ、あなたのよ”というように戻すんですよね。それは、しもべとしていたイツアクを解放してあげているような仕草で、ここまで横柄だったヘドウィグが慈愛に満ちて見える。
このあと、イツアクはそのウィッグを持ってステージから降りるんですが、かつてのドラァグクイーン、クリスタルナハトの姿で戻って来る。本当はイツアクとクリスタルナハトの違いが大きければ大きいほどいいから、本当はイツアクがむさければむさいほどいいんですよね。RENTのTシャツにバンダナ、ヒゲのコスプレの人もいましたが、あの姿が一番いい。森山未來版のイツアクはただの女の子だったので本当に論外なんですが、今回はヘドウィグの操り人形役を兼ねていたので仕方がない。でも、女性の服装でも華美にはならない真っ黒な衣装だったし、ヘドウィグをやるときのウィッグも適当なものだったのは好感が持てた。
そして、クリスタルナハト姿で戻ってきたイツアクの頰にヘドウィグが優しくキスしてあげていたのが本当にぐっときました。反則。これが見たかったんだと思った。思いながら、♪Lift up your hands で両手をあげました。
ちょっと中村中に頼りすぎな部分もあるかなとも思うけれど、仕方ない面もあると思うし、私は納得できました。それよりなにより、本家のヘドウィグがこんなタイミングで見られると思っていたかったので、それだけで十分嬉しいです。あの声であの姿だった。動きも愛らしいし、綺麗で、なによりキュートで可愛いかった。観られて良かったです。
また、東京楽日のみのお楽しみとして、『THE ORIGIN OF LOVE』の対になる新曲『THE END OF LOVE』がカーテンコールで披露された。歌詞が知りたい。またどこかで聴けるといいな。
『The Last Post』(一話、二話)
Posted by asuka at 12:45 AM
BBC Oneにて放映中のトム・グリン=カーニーが出演しているドラマ。主演なのかと思ったが違った。けれど、群像劇のため、明確な主役がいないのかもしれない(二話現在)。一応、一話の最初で基地に駐留してきた大尉が主役かも。
1965年のイエメンのアデンが舞台(撮影は南アフリカ)。アデン危機の話。
脚本はジョン・シムが出ていた『The Village』のピーター・モファット。彼も軍人の家族として基地に駐留していたことがあるらしい。自伝のような部分があるのだろうか。
まとめて書くとすごく長くなりそうなのでとりあえず二話まで。
以下、ネタバレです。
ネタバレといっても英語字幕で観ているので完全には理解できていないと思う。
出て行く大尉の代わりの大尉が来るところから始まる。運転手として迎えに行くトニー・アームストロング下級士官(これがトム・グリン=カーニー)が迎えに行くのが遅くなってしまって怒られていた。トニーはドライバーとしての仕事を任されることが多いようだ。下級士官だからか。
駐留している兵士の妻たちも独特。アリソンはアルコールに溺れているがたぶん夫が仕事で忙しくて相手にされていないことが理由みたい。別の兵士と浮気をしている(入れ替わりでアデンを離れる大尉)。一人は新しく来た大尉の妻で天真爛漫。たぶん新婚かな。二話ではアリソンと友達になっていたが夫には反対されていた。私もアリソンのせいで彼女が傷つく出来事が起こりそうな気がする。もう一人は小さい息子を育てていてお腹が大きい。二話では出産していて、出血多量で死んでしまうのかと思ったけれど命を取り留めていた。妻たちはこの三人が中心(二話現在)。兵士の戦いと同じくらい彼女たちの生活も描かれている。基地の兵士ではない家族の生活が描かれるのはおもしろい。
女性陣はだいぶクセ者揃いかなんですが、二話で出てきた女性レポーターもいちいち兵士にちょっかいをかけていて、今後何かやらかしそう。三話の予告で新米兵士に手を出している風だった。
一話では兵士たちと妻たちの日常と新任大尉の迎い入れがありつつ、最後に反イギリスゲリラ部隊(たぶん)によって戻る大尉が殺されてしまう。二話はそのゲリラ部隊の掃討作戦だったが、結局、一部隊が滅ぼされ、首のみを持ち帰るという屈辱の結末になっていた。その裏でアリソンと新任大尉の妻がプールで楽しく遊んで仲良くなったり、危険な出産があったりする。
群像劇なのでトニーも飛び飛びに出てくる。最初、アラビア語(?)を復唱していて、現地の女性ユースラに手紙を渡していた。そして、一話の後半のゲリラ部隊に襲われるシーンにも彼はいる。車を運転していたが、スコッチをズボンにこぼしてしまい、脱いで車の上で乾かそうとすると、同乗していた大尉がいたずら心で車を発進させてしまう。「止まってください!」と言いながらパンツ一丁で追いかける様はコミカルでもあるけれど、銃を持ったゲリラ部隊に待ち伏せされているのを発見。本気で「止まってください!」と言っても、冗談だと思われてしまう。
トニーは命からがら逃げ出して、ユースラに手当をしてもらい、駐屯地へ帰る。
一話はここまで。
二話は一話であれだけ大怪我をしてしまったのでもう出番がないかと思ったけれど、ちゃんと出てきた。ただ、足を怪我しているので掃討作戦には置いて行かれる。相変わらずユースラには手紙を渡すが、会わないほうがいいと言われてしまう。上官にも手当をしてもらったことを言えない。悲恋の予感がする。
もちろんトム・グリン=カーニー目当てで見てるんですが、『ダンケルク』よりだいぶ普通の青年っぽい感じ。『ダンケルク』のピーターは理知的すぎるというか冷静すぎたけれど、こちらは年相応というか。どちらも好きです。
それはいいんですが、もう少し歪んだ見方をすると、車の上で目玉焼きが作れるくらい暑いため、最初のシーンでは兵士たちが上半身裸でトランプに興じている。もちろんトムもです。
あと、パンツ一丁で逃げるシーンはトランクスなので、そのまま転んだり崖を転げ落ちたりしていて、あわや中が見えそうな感じでつい身を乗り出してしまう。下尻くらいは映ります。
二話だと怪我した足を冷やすために素足を氷水に突っ込んでいたり。また、兵士たち全員なのですが、暑い地域のせいか軍服が半ズボンで、そのまま車の荷台に座り込んだりすると太ももがいい感じに見えます。
戦争ものだから人がばんばん死にそう(二話時点でもだいぶ死んでる)だし、つらいことはこの先も起こりそうだけれど、話の内容自体もおもしろいし、トムのいろいろを見るのにも良いと思うので最終話まで見たいし、DVDが出たら買いです(二話現在)。
できれば日本語字幕版が欲しいけど、アデン危機の知名度などを考えると内容的に厳しそう。
『ダンケルク』(7回目IMAX)
Posted by asuka at 1:35 AM
そろそろIMAXでの公開が終わってしまうようなので最後のつもりで行ってきました。感想というより『ダンケルク』と私というまとめ。
以下、ネタバレです。
エキスポシティの次世代IMAXレーザー後の鑑賞なのでやはり比べてしまうと断然次世代IMAXレーザーのほうがいいです。
わざわざ行ったという思い出補正が入っているかもしれないけれど、没頭感とVR感がまるで違った。あと色合いもレーザーのほうがくっきりしていたと思う。
中でも一番違うと感じたのが、コリンズが水面に不時着するシーンのコリンズ目線のところ。普通のIMAXでは迫力不足に感じてしまった。
あと、IMAX関係なく気づいたところとして、前回気づいたドーソンさんの家にいる女性は、料理をしているというより洗濯物をたたむか、何か作業をしているようだった。
最初に降ってくるチラシの音と最後の紙の音が同じという話を聞いて、耳を澄ましてみればなるほどと思った。最後の紙の音は新聞紙をたたんでいるのかと思ったが違ったらしい。最後にトミーが視線を上げるのはアドリブということだったが、私はこれもアレックスを見ているだけかと思っていたけれど、チラシと同じ音だとするならなにか別の意味があったのかもしれない。
結局ここまで試写会含めて7回観ました。通常スクリーン(試写会)、IMAX(としまえん・試写会)、フィルム、IMAX(品川)、次世代IMAXレーザー(エキスポシティ)×2、IMAX(新宿)という内訳でした。エキスポシティと品川はいつか行ってみたいと思っていたのでこの機会に行けて良かった。フィルム上映はもう少しどうにかなったのかなと思う。
もちろん、CGほとんど使ってないのすごい!とかスピットファイアから作ったとかIMAXカメラの無理な使い方とか陸海空に分けての群像劇とか、見所はたくさんあるしそれありきだと思うけれど、それだけではここまで何度も観に行かなかったと思う。
私は出演俳優陣の魅力にやられました。
7回目の時にはトム・グリン=カーニーが出てきただけでにやっとしてしまったから(まったくにやけるシーンではない)、“Afternoon.”でどんな顔してたかはもうわからない。
元々はトム・ハーディとキリアン・マーフィのノーラン組とジェームズ・ダーシー(好き)が出ることしかわからずに、若手は(日本では?)ほぼ無名の役者さんばかりだったのでわからなかった。ワン・ダイレクションも知らなかったので、ハリー・スタイルズもわからなかった。
それより何より、一回目は俳優を追っている余裕などなかった。常に追い詰められててすごく疲れるという印象の映画だった。こんなに何度も観ることになるとは思わなかった。
ところが、何度が観ていくうちに登場人物を判別し、細かいシーンを見て彼らのキャラクターの奥深さにはまってしまい、ついには出演者のことまで調べ始めたから今は大変なことになっている。
ほぼ知らない出演者ばかりだったので、調べ甲斐があるし、今後出演予定の映画もたくさん控えている。原作本を読むなどもしている。
こんなはまり方をしてしまったから、映画はどのシーンにも好きな人が出ているという状態で幸せ極まりない。以前は、どのシーンもピンチで心が休まらなくて大変…と思っていたのに。
『インセプション』を今観ると、なんていい俳優が揃えられてるんだ、出ている人全員好きという気持ちになるけれど、そもそもが『インセプション』がきっかけだったと思うのだ。だから、後々『ダンケルク』を観たときに同じようにいい俳優が揃えられてていい映画みたいなことを思いそう。
この二作品、両方とも同じ監督というのが驚く。クリストファー・ノーランおそるべし。
出演者の中でも、ピーターを演じたトム・グリン=カーニーが一番好きになってしまったんですが、彼の出演しているドラマ『The Last Post』を見ていると、もうだいぶ大人になってしまってるんですよね。もちろん髪型とか演技のせいもあると思うけれど。『ダンケルク』のプロモ中に南アフリカで撮影をしていたみたいなので、今年の春先くらいだと思う。
『ダンケルク』の撮影が2016年5月とのことなので、ちょうどその1年前くらい。少年の面影が残るぎりぎりの季節を撮影したのかもしれないと思うと、もう本当にノーランおそるべし。
原題は『Hidden Figures』。直訳すると“隠された数字”という意味。1961年、NASAの有人宇宙船計画に関わるある計算手の実話だから“数字”なのかもしれない。けれど、この計画に黒人でしかも女性が関わっていたというのは今まで知らなかった事実で、彼女たちにスポットが当てられているのでタイトルにはこの辺の意味も含まれていそう。
監督は『ジーサンズ はじめての強盗』のセオドア・メルフィ。
以下、ネタバレです。
NASAで働く三人の女性が主人公。その中でも計算手のキャサリンが中心になっている。
女性であるというだけでも差別されるのに、おまけに黒人であることでも差別される。おまけに1960年代のアメリカ南部である。コーヒーのポットも別、トイレも別だ。
才能があるから仕事は任される。その辺でしっかりと評価されていたのはほっとしたが、キャサリン以外の二人は才能を発揮する場を与えてもらうのにも一苦労だった。
黒人の男性陣は怒りを爆発させ、デモなどへも参加していたが、彼女たちはそちらへは進まない。もちろん怒りが原動力になっているのかもしれないけれど、ひたすら前進していくのが気持ちいい。捻くれることはない。
徐々に肌の色、性別関係なく、認めてもらえるのが観ていても嬉しい。特に、冷淡かとも思われる上司のハリソンを演じたケビン・コスナーが良かった。仕事一番だから仕事ができる人間は外見を問わずに認めるのだ。有色人種用というトイレの看板を壊すシーンは涙が出た。
また、同じように差別なくキャサリンを認めていたのが宇宙飛行士のジョン・ハーシェル・グレン。最初からキャサリンたちに一目置いているようだったが、会議の場で計算を展開したキャサリンに完全な信頼を置いていた。君に任せれば間違いないねという顔をしていたのが印象的。最後の飛行の時もキャサリンに検算を頼んでいた。いくら火の玉になっても、着地だけは安心していたのだと思う。
もちろんそんな人だけでなく、心無い人もたくさん出てくる。冷たく当たる女上司や同僚は、仕事ができるできない以前にとにかく気に食わなかったのだと思う。
でも映画の中ではそこまで陰湿ないじめは出てこず、冷たい人々も必ずギャフンと言わされる展開があるのでスカッとする。
会社でのことだけでなく、家族内や黒人コミュニティの話も出てくる。でもそこでも迫害されて悲観にくれるというわけではなく、さりげなく背中を押してくれたり愛を与えてくれたりと、ほっとするエピソードが多かった。
夫がデモに参加して警察沙汰なんていうギスギスしたエピソードはない。
頑張る人がしっかりと報われたり、痛快さや爽快さはなるほど、監督が『ジーサンズ』の脚本の方だなと思ってしまった。泣いてしまうシーンがないわけではないけれど、感動を押し付けられたり説教くさくなることがない。
メイクやファッションについても色合いが明るいのも良かった。キャサリンを演じるタラジ・P・ヘンソンと中心となる二人、ジャネール・モネイ、オクタヴィア・スペンサーの三人が並んでいるポスターや画像を見ていると元気が出てくる。
また、作品のポップさにファレル・ウィリアムスの音楽がよく合っているのも良かった。
『ダンケルク』(の出演者の今後の予定)
Posted by asuka at 1:13 AM
映画の感想ではないのでネタバレはないと思います。
本作ではキリアン・マーフィー、トム・ハーディといったクリストファー・ノーラン監督のお気に入り俳優に加え、ケネス・ブラナー、マーク・ライランス、ジェームズ・ダーシーといった実力派も揃えられている。
それに加え、本作が映画初出演になる俳優や舞台に多く出ていた俳優など若手がかなりフレッシュでとても良い。ノーラン監督はどこから見つけてくるんでしょうか。趣味が合う。
よく出ている海外俳優ムックのニューカマー欄を完全に過去のものにする面々の今後の活動について調べた。どちらかというと自分用のメモ。
トミー役:フィン・ホワイトヘッド(Fionn Whitehead)
なぜか“フィオン”表記のところもあるけれど、呼び方はフィンなのでフィンでいいと思う。
イアン・マキューアン原作の『The Children Act』が今年9月にトロント国際映画祭でお披露目された。原作小説の邦題は『未成年』。
夫婦関係がうまくいっていない裁判官フィオナと、彼女が担当することになった信仰を理由に輸血を拒む少年アダムの交流が描かれている。
原作はまだ途中までしか読んでいなくてアダムが出てきていません(追記:読みました。アダムはいろんな意味でまっすぐで信じるものを決めたら考えを変えないイノセントの塊みたいな男の子。これをフィンが演じるのはとても合っているし、一刻も早く観たい。キャスティングしてくれた方に感謝)。フィオナ役はエマ・トンプソン。日本で公開してほしいがどうなるか。
ギブソン役:アナイリン・バーナード(Aneurin Barnard)
今年12月2日に『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』が日本公開されます。モーツァルト役なのでタイトルからすると主演かもしれない。
彼とコリンズ役のジャック・ロウデンはBBCドラマ『戦争と平和』でも共演している。
トミーとギブソンは同い年くらいに見えたが、フィンが1997年生まれなので19歳か20歳(誕生日は秘密らしい)、アナイリンは30歳です。
アレックス役:ハリー・スタイルズ(Harry Styles)
ワン・ダイレクションのメンバー。だけど、私は1Dを知らなかったので、今回俳優として初めて観ました。ミュージシャンには見えなかった。逆に、え?歌えるんだ?と思ってしまった(いい声)。今年12月にソロでの来日公演があり、来年5月にも神戸と東京で来日公演があるみたい。
ジョージ役:バリー・コーガン(Barry Keoghan)
今年の11月3日に『The Killing of a Sacred Deer(原題)』がイギリスで公開される。監督は『ロブスター』『籠の中の乙女』のヨルゴス・ランティモス。たぶんカリスマ医師役のコリン・ファレルが主役でその妻役にニコール・キッドマン。三番目の主役がバリー・コーガンかな。よくわからないけど予告編を見る限りは不気味そうな少年役。
コリン・ファレルとニコール・キッドマンなら日本公開もありそうだけど、夜ゴス・ランティモス作品、シュールでわかりにくいのだけど今回はどうなんだろう。
コリンズ役:ジャック・ロウデン(Jack Lowden)
アメリカで去年6月、イギリスでは今年1月に公開された『Danial(原題)』が『否定と肯定』というタイトルで今年の12月8日に日本公開。
主役はたぶんレイチェル・ワイズ。マーク・ゲイティスやアンドリュー・スコットも出ます。ホロコーストまわりの実話。映画を観る予定なので内容は詳しくは調べない。
ジャック・ロウデンは黒髪です。予告編を見る限りだとちょっとした役の様子。
日本公開が決まっていないものとして、『Tommy's Honour(原題)』というジェイソン・コネリー監督(ショーン・コネリーの息子)の作品がある。2016年のBAFTAスコットランド・アワードで作品賞を受賞している。全英オープンで四回優勝したトム・モリスとその息子という親子の物語。息子のトム・モリス・ジュニアも全英オープンで優勝している。ジャック・ロウデンはこの息子役。実在する人物なので実話だと思うが、なかなか馴染みの無い選手(ゴルフを知っている人にどれくらい有名なのかはわからない)なので日本公開はあるか。ただ、アメリカでも今年4月公開だったようなので、まだ希望は捨てない。金髪。
また、モリッシーの伝記映画『England Is Mine』が今年8月にイギリスで公開された。ジャック・ロウデンはモリッシー役なので主役です。これも黒髪。これも実話。モリッシー役なので歌うシーンもある。
『ダウントン・アビー』のシビル役のジェシカ・ブラウン・フィンドレイも出ている。
モリッシーは日本でも人気があるし公開されると信じているがどうなるか。
(この予告のサムネイルはSuedeのブレット・アンダーソンにも似てる)
(追記:『ダンケルク』にも出ていたジェームズ・ダーシーが監督・脚本をつとめる『Made In Itary』に出演するらしい。あらすじは“自由奔放なロンドンのアーティスト、ロバート(ビルナイ)は疎遠になっている息子ジャック(ジャックロウデン)と亡くなった妻から引き継いだ家を売るためにイタリアに戻る”とのこと。奥さんがイタリア人ということかな。コメディで、来年トスカーナとロンドンで撮影予定とのこと。詳しくはこちらの記事参照(http://deadline.com/2017/10/billy-nighy-jack-lowden-made-in-italy-1202190489/)『ダンケルク』の俳優さんたちが今後もノーランの映画に続けて出たらいいなあと思っていたんですが、俳優さん同士のつながりでも嬉しい。楽しみです)
ピーター役:トム・グリン=カーニー(Tom Glynn-Carney)
BBC Oneにて『The Last Post』というドラマが10月1日より始まった。脚本はジョン・シムの『The Village』のピーター・モファット。
南アフリカロケで1965年のイエメンが舞台。イギリスの兵士が現地の女の子と恋に落ちる話。このイギリス兵士役がトム・グリン=カーニーなので、主役かなと思っていたけれど、いろんな兵士がいろんな女性と恋に落ちるのかもしれない。また、恋に落ちないイギリス兵なのかもしれない。「ちょっとした『ロミオとジュリエット』だよ」とインタビューで話していた。
(追記:一話だけ見ました。アデン危機の話。トム・グリン=カーニーは若手兵士の役。で、現地の女性と恋に落ちるのは多分彼だけ。序盤から手紙を渡し、終盤はその女性に怪我を治してもらっていた。でもラブストーリー要員なら怪我をしていてもいいのかも)(感想を別の記事にしました)
また、『アメリカン・ビューティー』『007 スペクター』のサム・メンデスが手がける舞台、『THE FERRYMAN』にも出演中。主役はパディ・コンシダイン。1981年のアイルランドが舞台。IRA後のある家族の話らしい。かなり評判が良さそう。
サム・メンデス監督がトム・グリン=カーニーのオーディション映像を気に入ったが、彼は南アフリカで『The Last Post』のロケ中だった。しかしちょうど、『ダンケルク』の宣伝のために一時ロンドンに戻ってきたときに会ったらしい。
アイルランドには縁もゆかりもないので言葉が難しかったし完璧にはできていないとインタビューで言っていた。
エモーショナルで野性的な役らしく、ピーターとはだいぶ違うので気になる。革ジャンを着ていてピアスをしていて(追記:ピアスはこの舞台に限らずプライベートでもしている模様。片耳だけ開けているみたい。おしゃれ)髪色も赤い。
両方とも観たいけれど、日本からでは難しそうなのが残念。
(追記:『ロード・オブ・ザ・リング』の著者、J・R・R・トールキンの伝記映画に、トールキンの友人クリストファー・ワイズマン役で出演するようです。トールキン役はニコラス・ホルト。10/24にリバプールにいるらしきツイートをしていましたが、10/18に撮影クルーがリバプールの博物館のあたりにいるのが目撃されているので、彼もこの撮影のためだったみたい。詳しくはこちらの記事参照http://variety.com/2017/film/news/tom-glynn-carney-tolkien-movie-1202598670/ )
『ダンケルク』(五回目と六回目IMAX次世代レーザー)
Posted by asuka at 1:17 PM
『ダンケルク』はほとんどのシーンが70ミリ15パーフォレーションフィルムを使っている。鮮やかさなどもそうなのですが、一番ぱっとわかる違いとしては、普通のIMAXスクリーンとは画角が違い、上下が大幅に切られてしまう。(109シネマズの記事参照:http://109cinemas.net/news/2983.html)
IMAX次世代レーザーは大阪のエキスポシティの109シネマズにしかないし、切られたサイズで観ていたのですが、せっかくなので遠征してきた。
劇場に入った瞬間から明らかに違っていて、ほとんど真四角に見えたけど、高さ18メートル幅26メートルらしい(ちなみに大きさの比較としてガンダムが18メートル)。ただ、IMAXの中でも大きい成田HUMAXシネマズが高さ14メートル幅24.5メートルなので、他のスクリーンと比べると真四角気味です。
予告編は普通のスクリーン向けで撮られているせいか上下が黒くなっていた。上映時に真四角に変換されるのかどうかはわからないけれどどうだろう。
そして、実際に『ダンケルク』の上映が始まったとき、最初のドイツ軍からチラシがばらまかれるシーンからもう違っていて感動しました。
視界がぱっと開けたようになるし、空が高く、チラシも大量だった。
以下、ネタバレです。
圧倒的に明るいし、空もダンケルクのビーチも広大だった。
ドイツの戦闘機の目線だろうか、上空から桟橋にいる兵士を見下ろすシーンでは、浜で逃げようとする大量の兵士が米粒のように見えて、適当に爆弾を落としても簡単に着弾しそうで、もう逃げることはできないという危機感を感じた。
真ん中に兵士が待機する桟橋をとらえたショットでは、より奥行きが感じられて、兵士の数も多く見えた。
編隊を組む飛行機が広い空を飛ぶ様子や、ファリアのスピットファイアがビーチへゆっくり降下していく様子はより綺麗に見えた。スクリーンが広いため、ドッグファイトや追いかけっこも縦横無尽に動いていてより迫力があった。また、各戦闘機の動きも把握しやすかったと思う。
攻撃するファリアの目線になるシーンがあるが、IMAXの“スクリーンが視界いっぱいに広がっています”が上にも広がっているから本当に視界いっぱいで、それはスクリーンというよりももはや自分の視点のようになっていて、これぞメガネなしのVRだった。私もトム・ハーディと一緒にコックピットにいる気持ちになった。
コリンズとも一緒に水面への不時着した。この映画に関しては4DXはいらないと思った。
撃墜された戦闘機が煙をあげて堕ちていくときの煙も長く引いていた。
人物に関しても足まで映っているのが新鮮なシーンがあった。
何度か観ていても、今回は違った印象を受けた。わざわざ遠征して観る価値はあった。せっかくなので二日連続で観ました。
一応、2019年度には池袋に開業する109シネマに次世代レーザーが入るらしいので、その際にはリバイバル上映があるといいなと思っています。
ちなみにIMAXシーンがくっきりしてるし上下に広がるし明るいしで、普通に撮ったシーンとの区別がよくわかった。
ドーソンの船の上でのシーンと、桟橋のシーンと、商船の中のシーンと、最後の電車のシーンがIMAXではなかった。電車はすべて違ったが、他は一部IMAXもあったと思う。
特に桟橋のシーンは、狙ったわけでは無いのだろうが、ニッチもサッチもいかなくなってウィナント大佐がボルトン中佐に文句っぽいことを言っているシーンはスクリーン上下が黒くて圧迫感があるが、そこへイギリスからの民間船がたくさん来るシーンでぱっと上下に広がって明るくなる。音楽も不穏なものからガラッと安心感があるものに変わる。印象の変わり方がより明確になった。
以下、次世代レーザー以外で気づいたことと思ったこと。
ギブソンについてですが、特にトミーは彼に何回も助けられている。出会ったシーンでは水を分けてくれる、一緒にけが人の担架を運ぶ、桟橋の下に隠れるよう導いてくれる、戻るボートからロープを投げてあげる。
どれも眉間に皺を寄せながらのちょっとしたサポートなんだけど、魚雷が来たときには逃げようとして、船室にトミー(とアレックス)がいるから律儀に戻る。しかも船が傾いているから船室の扉のところへ行くのも大変。このような必死な様子をトミーとアレックスにも見てもらいたかった。
ギブソンはフランス兵だから喋らないからわからないけれど、あのシーンではすでに友情を感じてたんだな…。
商船の中でゴタゴタするシーンのアレックスには何も通じていなかったのだろうかと思う。ギブソンのことを「フロッグ!」と呼びますが、これはイギリス人が使うフランス人を示す蔑称で、カエルを食べることに由来するらしい。カエルらしく(イギリス人の)列を飛び越えてきたのか?みたいなことを言っていた。
ひどいなと思うけれど、逃げるときには、ちゃんと「ギブソン!」と名前で呼んでいた。もうギブソンって名前じゃ無いこともわかっているのに。さっきまではフロッグと馬鹿にしていたのに。
本当に憎かったらそもそも呼びかけもしないだろう。アレックスがギブソンにひどいことを言ったのは追いつめられていたからだけだろうとは思うけれど、さっきまで一緒に行動してたのに銃をつきつけるのはどうなのかと思う。本当にドイツのスパイだと思っていたのだろうけれど。
もちろん本当にギブソンがドイツ軍の人間だとしたら追い出していたか、その場で撃っていたとも思う。
ハイランダーの乗った船が沈められて、桟橋に隠れていた二人がアレックスを救ったのが出会いである。ボルトン中佐は「ハイランダーは別の船へ移れ」と言うのを聞いて、トミーとギブソンも一回海に潜って体を濡らしてハイランダーに混じって脱出しようとする。ずぶ濡れになった二人を見て、アレックスはお前らよくやるなという顔でにやりとしていた。助けられた直後だからかもしれないけれど、このときはハイランダーに二人が混じっていても隊が違うくせに云々と文句は言わない。
その次に乗った船でギブソンが船室に入らなかったのを見たときに最初におかしいなと思ったのだろうか。
それで、船室でトミーに「友達はどうした?」と聞いたのも探りを入れていたのかもしれない。トミーもギブソンが見つけられなくて、「逃げ道をさがしてるんだよ」と答えたあとで、二人ではっとした顔をして、扉付近へ移動する。呑気にジャムパンを食っている場合ではないのかもしれないと思い出したのだろう。この判断がなければ二人はここで魚雷の攻撃を受け、死んでいたかもしれない。
トミーとアレックスは同じ商船から逃げ、おそらくアレックスのほうが抜け出したのは遅かったのでは無いかと思う(ギブソンに声をかけていたから)けれど、ドーソンの船に着いたのはアレックスがだいぶ早かった。
ハイランダーの身体能力の高さなのかもしれないと思ったけれど、商船の中でリーダー格だった男はオイルに火がついたときに燃えてしまったし、判断力もあるのかもしれない。
空が一時間、海が一日だからということもあるかもしれないけれど、時間軸的にも空がだいぶはやい。
一番最初に登場したときに、3機で編隊を組んで飛んでいる下にドーソンの船が見える。これが、ドーソンがロールスロイス製エンジンの音が心地いいと言っているシーンである。その前にドーソンが見てないのに「わが軍だ」と言うシーンがありますが、この時に飛んでいるのは1機なので、他の隊員は撃ち落とされて、生き残った一機が帰るところだったのかもしれない。帰還した1機と交代で、ファリアたち3機が出て行ったのではないだろうか。
陸よりも時間軸がだいぶはやくて、沈みゆく商船から人が海へ逃げ出しているのもファリアは空から見ていた。その近くには船(ヴァンキッシャー?)が倒れ、オイルが流れ出ている。ドーソンの船も近くにいる。
陸のほうでは商船すら出てきてないうちに空のほうではすでに沈むことがわかっていたのだ。このあと「射撃訓練だ」とか「穴を塞げ」とか「オランダ人です」とか「フロッグ!」とか狭い中でだいぶゴタゴタするがわかっていたのだ。
あともう一つなんですが、ドーソンとピーター、そしてハリケーンで出撃して3周目に亡くなった兄の話は出てくるけれど、妻(母)の話は出てこないし、なんとなく父と息子二人暮しなのかなと思っていた。
けれど、最後、ジョージの記事が載った新聞が届いたときに、一瞬だけ台所が映り、そこで、誰だかはわからないけれど女性が洗い物をしていた。
妻(母)かもしれないし、娘(姉)かもしれないし、お手伝いさんかもしれない。ピーターよりは年上のようだった。ソフト化されたら一時停止して確認したい。後ろ姿だったし説明もないからどちらにしてもわからなさそうだけど。
あと、改めてですが、ピーター役のトム・グリン=カーニーの見る演技が素晴らしい。セリフ無くじっと見つめるシーンが多く思えたけれど、その力強い視線から感情が溢れ出してる。
キリアンのいる船室に迷ったすえ鍵をかける判断を決めた顔、ジョージを突き飛ばしたキリアン(仮名)に向けられた怒り、墜落した空軍兵を救うため船を飛ばすドーソンを見る心配そうな顔、ジョージが死んだあとにキリアンに大丈夫だと嘘をついてその後ドーソンにこれで良かったよね?と問うような顔、イギリスに帰ってきた後、船から運び出されるジョージの遺体を見て振り返ってキリアン(仮名)を探す顔。
あの時、キリアンは一瞬前にジョージの姿を見ていたから、大丈夫ではなかったのがわかっただろうし、大丈夫ではないのに大丈夫だと言ったピーターのことも何か思ったはずだ。でも何もせずに行ってしまった。今回のキリアンはここを含め、すべてにおいて仕方が無いにつきる。
ピーターは振り返ってもたぶんキリアンの背中すら見つけることはできなかったと思う。
『スイス・アーミー・マン』
Posted by asuka at 6:35 PM
ポール・ダノ演じる青年が遭難、無人島に流れ着いた死体のダニエル・ラドクリフと友達になるというキワモノっぽい内容を聞いた時から期待していました。
以下、ネタバレです。
無人島に一人きりで残されて助けも来ない。主人公のハンクが絶望し、首を吊ろうとしているシーンから始まる。
悲壮感に溢れていて、人を発見したと思ったらそれは死体で…という普通なら踏んだり蹴ったりの状況である。
けれどハンクは、死体の中に溜まった腐敗ガスがオナラとなって外に出ていて、それを動力として海へ進んで行くのを見て、死体の上に乗ってジェットスキーのようにして海へ出る。
ポスターなどでも使われていたからこれがクライマックスなのかと思っていたらオープニングだった。
ついさっきまで死のうとしていたとは思えない。笑顔で拳を突き上げる様子は生命力に満ち溢れている。音楽も力強く、希望と勇気が湧いてくる。タイトルが遠くからバシーンと出る様子を見て、まだ序盤だというのに泣いてしまった。
それで、序盤なのでここから抜け出してはい終わりというわけでは当然無い。
無人島内の話だと思っていたが、ゴミなどから人の気配のある場所へたどり着いていた。ただ、携帯電話は圏外で連絡は取れない。声を張り上げても反応はない。遭難状態は変わらずだ。
遭難して、一人きりのときに自分と向き合って内面が成長していくというのはよくある話だと思うのだ。一回り成長したところで救助されて、家族や恋人とも和解、幸せに暮らしていきましたとさ…というような。
本作は一人きりではあるけれど、自分の内面ではなく死体とコミュニケーションをとっていく。奇抜なアイディアである。どうしたらこんなこと思いつくのか。
死体はおもむろに口をききだすのだが、本当に喋り出したわけではなく、ハンクの内面と考えるのが妥当だと思う。
でもメニーという名前がつけられると(というか名乗られると)、もうそれはハンクの内面ではなく死体が自己を持ち始める。
序盤のジェットスキーからしてもそうだけど、死体の歯でヒゲを剃ったり、体を押して中にたまった水を出したり、死後硬直の始まった腕を使って丸太を折ったり、メニーがいればサバイバルもなんのそのといった感じである。
タイトルの『スイス・アーミー・マン』は“スイス・アーミー・ナイフ”から来ていると知ってなるほどと思った。確かに十徳ナイフくらい便利。
こんなことも本物の死体を使ってはできないと思うのでファンタジーである。
それらを使う様子は面白おかしく描かれるので劇場では笑いが漏れていた。死体なので不謹慎というむきもあるかもしれないけれど、やはりこの辺もファンタジーということで許してほしい。不謹慎と思う人はそもそもこの映画を観に来てはいないと思うけれど。
メニーとの対話を通じてハンクの日常生活がわかってくる。父親とはうまくいっていない、バスで偶然見かけた美しい女性サラを好きになったけれど話しかけることもできない、彼女には夫もいる…。どうして遭難したのかは明らかにはされないが、楽しかったとは言い難い日常はあらわになる。
ハンクが女装をしてサラになるシーンがある。ハンクも好きな人が好きすぎてその人になってしまいたいと考える人間だった。このタイプの人間はいろいろな物語に出てくるが、叶わない恋であることが多い。相手のことを思い焦がれるあまり、自分が対象になってしまいたいと思うようになる。
現実では背中を追うだけで話しかけられない。おそらく彼女のことをこっそり調べ、インスタグラムのアカウントも探して、彼女の私生活を覗き見し、夫がいることも知った。それでも好きだった。たぶん、夫から奪いたいとかそんな気持ちはなかったとは思う。この引っ込み思案な人物がポール・ダノにとてもよく合っていた。
バスまで作って、その時の様子を再現していた。ハンクがサラになり、メニーがハンクになっていた。メニーにだったらいくらでも恋のアドバイスができる。でも実際に行動には移せない。もしかしたら後悔もあったのかもしれない。
メニーがサラを好きでサラもメニーのことが好き、という寸劇。ハンクがサラとしてメニーを好きになるのは、ハンクが現実世界ではサラと結ばれなかったから、こうだったらいいなという願望だったのだと思う。
ねじ曲がっている。それでも、このバスでのやりとりや、落ちていたトウモロコシからポップコーンを作って一緒に観た映画、即席パーティーでのダンス…すごく楽しかったのだろう。それは遭難する前にも味わったことがないような高揚感だったと思う。
ハンクはサラとしてマニーを愛したし、マニーはサラを愛していた…というのもハンクの脳内のことかもしれないけれど、確かに愛し愛された。
映画はところどころギャグがちりばめられていたから、この一人二役というか、冷静に見てしまえば死体と女装の絡みはいくらでも茶化すことができたと思う。それでも、パーティーやバスのシーンはきらきらしていたし、水中でのキスは過剰にロマンティックに撮られていた。
映像が綺麗だと思って観ていたら、監督のダニエルズ(何ダニエルズなの?と思ったら、ダニエル・シャイナートさんとダニエル・クワンさんのダニエル二人でダニエルズだった)はミュージックビデオを手がけているらしく納得した。
こんなに美しく撮るということは茶化すシーンではないのだ。
ハンクは無事に民家のある地域(しかもサラの家の前。ここは個人的には別の人の家のほうがよかったのでは…と思ってしまった)へ戻る。戻ることを目的にしていたはずなのに、そこには少し前までのシーンにあった高揚感はない。
警察が来る。サラとサラの夫と娘もいる。父親が来る。なんだかメニーとハンク、二人の世界を邪魔する不純物のように見えてしまった。
さっきまでの濃い二人だけの空間は夢のようだった。現実はまるで魔法がとけてしまったかのよう。撮り方も明らかに違っていた。戻ってきてからは一歩引いたような、さめたような撮影方法だったと思う。何が原因でそのような印象を受けたかはわからない。色合いかもしれない。
映画を観ながら、うーんでも死体なんだよなあとは時々思い出していたが、途中からはとても一人には見えなかった。でも、現実に戻ってしまえば、作ったバスなども異常者が作った夢の残骸にしか見えない。パーティーにたくさんいた人物(手作り)も不気味な人形にしか見えない。サラや警察はギョッとしていた。それも正しい反応だと思う。
でも、最初からそっち目線で撮っていないのがこの映画のいいところだと思う。ハンクのことを決して笑い者にしない。ハンクの側に立って撮られていた。引っ込み思案だしどこかさえない部分もありそうだったけれど、そんな人物に優しい映画はいい映画である。
ハンクは最後の抵抗として、メニーを死体袋から出してやる。メニーはまたオナラの力で海上を走っていく…。この時、父親は力強く頷いていて、なんとか父親とは和解できたのだなと思った。
ハンクはまたメニーのジェットスキーでどこか遠くへ行ってしまうのかなとも思った。無人島からやっと戻れたことは変わりないし、いつまでもメニーと戯れてもいられないことも自分でもわかっていたのだろう。
メニーが海上をオナラを動力として飛ぶように遠ざかっていく様子はまるで魚雷のようで、コミカルにも見えた。劇場内では笑っている人もいた。
でも私は本当の決別とか、それでも手元に残った強さを思わずにはいられなくて少し切ない気持ちになっていた。
メニーと一緒のサバイバル生活で心から楽しいと思う気持ちなど、得たものもたくさんあったと思うのだ。そして、サラへの想いも完全に断ち切って、新たにスタートするのだろう。
夢の終わりと青春の終わり。恋も終わった。でもこれで、ハンクは一からやり直せる。
じめじめはしない。別れを惜しむ暇もなかった。爽快な別れから感じるのは、たぶんハンクは大丈夫だという予感である。
だから、きっと笑うのが正しいシーンだった。
死体と友達になるということでもっとキワモノコメディーなのかと思った。もちろんその面もあって、他では見られない不謹慎ギャグも多い。でも描かれているのはとても真っ当なことであり、勇気がわいてきたり切なくなったり、登場人物の成長が見られたりと青春映画そのものだった。いや、そのものは言い過ぎかも。
calendar
ver0.2 by バッド
about
- asuka
- 映画中心に感想。Twitterで書いたことのまとめです。 旧作についてはネタバレ考慮していませんのでお気をつけ下さい。
Popular posts
-
フランスCanal+、イギリスSkyの共同制作のドラマ。トンネルってタイトルはドーバー海峡のトンネルのことだった。もともとはデンマークとスウェーデンの共同制作で『The Bridge』というドラマだったらしい。 見たのは2013年のシリーズ1(全10話)。来年シーズン3が放映され...
-
ほぼ半月あけて後編が公開。(前編の感想は こちら ) 以下、ネタバレです。 流れ自体は前編と同じ。ジョーがこれまであったことを話し、それに対して、セリグマン(今回はちゃんと名前が出てきた。ステラン・スカルガルドが演じている男性)が素っ頓狂なあいづちをうつ、と...
-
原題『Birdsong』。Wikipediaにはカタカナのバードソングで項目が作られているので、『愛の記憶はさえずりとともに』というのは、WOWOWが独自で付けた邦題なのかもしれない。 エディ・レッドメイン主演で約90分、前後編の二回のBBCドラマ。 もっと昔なのかと思っ...
-
2007年公開。このところ、ダニー・ ボイル監督作品を連続で観てますが、 こんなSFを撮っているとは知らなかった。しかも、 主演がキリアン・マーフィー。でも、考えてみればキリアンは『 28日後…』でも主演だった。 映像面でのこだわりは相変わらず感じられました。 宇宙船のシールド...
-
『九十九』がアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされたのも記憶に新しい森田修平監督作品の一気見に監督のトークショーが付き、更にこの7月からの新アニメ『東京喰種』の一話の放送まであるイベントに行ってきました。 いままで森田監督作品は『FREEDOM』しか観ていなかったので...
-
2002年にBBCで放送された二時間弱のドラマ。ジョン・シムとの共演も多いマーク・ウォーレンがゲイ役だということで観ました。字幕が無い中で観たので完全には理解しきれていません。 主人公ティムが恋するのが教授だったので、学校内でのいざこざなのかと思ったら、早々に学校外の話にな...
-
2013年に公開されて(アメリカでは2012年)思わぬ大ヒットをした『テッド』の続編。前作のときに、テディベアが動いて喋るというのは可愛いけれど、かなりブラックだし、マニアックな小ネタが満載で、なぜこれが大ヒットしたのだろうと思った。 前作は昔のアメリカのテレビ番組のネタが多く、...
-
マーベル・シネマティック・ユニバースの10作目ではあるけれど、この前公開された『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のように、直接アベンジャーズ等の続きではないです。原作ではこことここが繋がっていて…というのはもちろんあると思いますが、原作を知らないのでわかりません。...
-
2007年公開。サム・ライミ版。1から3まで観ていません。いきなり3から観るのはどうかと思ったけれど、やっぱりわからない部分がいくつかあったのでまたちゃんと観たいです。 以下、内容に触れます。 ジェームズ・フランコと戦ってるけどなんで戦っているのかわからなかった。少し...
-
2000年公開。曲や映像づくりなど、とてもダニー・ ボイルらしい映画だった。 幻のビーチに辿り着くまでの話なのかと思っていたけれど、 かなり序盤でビーチには辿り着いてしまう。 そこから物語が展開していくということは、 ビーチがただの天国ではなかったということ。 一人旅の若者が...
Powered by Blogger.
Powered by WordPress
©
Holy cow! - Designed by Matt, Blogger templates by Blog and Web.
Powered by Blogger.
Powered by Blogger.