『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』
Posted by asuka at 9:05 PM
ジェイク・ギレンホール主演。監督は、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のジャン=マルク・ヴァレ。
あんまりな邦題だと思ったけれど、原題は『Demolition』で、デモリションではなんとなくシルヴェスター・スタローンを思い出してしまうから避けたのかなというのは考えすぎだろうか。そのまま“破壊”ではイメージが違うし。また、この邦題も勝手に考えられたものではなく、映画内に出てくるフレーズである。
以下、ネタバレです。
ある日突然、妻が自動車事故で他界してしまう。
近くにいすぎて、仕事が忙しすぎてというのは言い訳っぽいと思うけれど、主人公のデイヴィスは、あらゆることに興味がなくて、そのあらゆることの中には妻も含まれているようだった。
毎朝同じ時間に起きて、ヒゲと胸毛を剃って、同じ電車に乗って、働いて、帰ってきてディナーを食べて、寝る。デイヴィスは機械的に毎日のルーチンをひたすらこなして生活しているようだった。そこには何の感情もなさそうだった。
救急病棟で妻の死を聞かされた直後、病院に設置してあるお菓子の自動販売機でM&M'Sを買おうとするけれど、よりによってひっかかって出てこない。普段でもいらいらするけれど、妻を失ったばかりという状況でこの仕打ちはひどい。多分、普通この状況だったらナースステーションで怒鳴り散らして怒りをぶつけ、別にそれほど欲しい訳でもないM&M'Sをなんとか入手しようとすると思うけれど、デイヴィスの場合は、「苦情はベンダーの業者に」と言われたら素直に聞いて、冷静に連絡先を携帯で写真に撮っていた。
この時点でおかしいといえばおかしい。
さらに、その業者にあてた手紙に苦情だけでなく、丁寧に事故のことを書いていた。事故のことだけではない。今までの暮らしについて、仕事のこと、妻についてのことも事細かに。心の内を一気にさらしているように見えた。デイヴィスには友達がいなそうだったけれど、いたらその人に向かって話すかのような内容だった。でも、相手の顔が見えないからこそできることなのかもしれない。誰でもいいから聞いてもらいたかったのか、書くことで吐き出して満足だったのか。
まるで日記のようだった。取り繕ってもしょうがないのでおそらく彼の本心なのだと思うが、妻が死んでも悲しくないと書いていた。鏡の前で泣き顔を作ってみて真顔に戻るみたいなこともしていたし、本当に悲しくなかったのかもしれない。でもそれは、悲しいという感情がわからなくなっていたのではないかと思う。
それは行動にも表れていて、さっそく朝のルーチンがこなせなくなっていた。鏡に向かってみてもヒゲが剃れない。電車内でいつも会う顔見知りの乗客に急に話しかける。電車の非常停止ボタンを押す…。
本人はいたって普通のつもりだし、冷静なつもりだけれど、周囲からは、あの人は最近奥さんを亡くしたから…と同情の目を向けられる。
また、感情の動きがあまりよくわからないデイヴィスに対して、義父が「心を分解して、悪いところを見つけ出して、もう一度組み立て直せ」と言う。それがデイヴィスの心のどこかに引っかかっていたのかどうかはわからない。ただの、映画内でのメタファーなだけかもしれないけれど、事故に遭う直前に妻に言われた水漏れしている冷蔵庫、義実家の点滅する電気、会社のトイレの軋む扉など、次々に分解してしまう。けれど、組み立てられないのは、技術的な問題なのか、それとも、バラバラにすることはできても元へは戻せない心の状態を指しているのか。
そんなだから、会社からは休職を命じられる。デイヴィスの分解行動はエスカレートして、金を払って解体業を手伝ったりしていた。タイトルにもなっている“破壊”行動である。
それでも、解体作業中はいきいきとしていても、それがどんな結果をもたらしているのかは不明だった。まるで、玉ねぎの皮のように、むいてもむいても、本心にはたどり着けない。
そんな中で、ベンダーのお客様係のカレンから電話がかかっている。あんな長いお手紙を何通も書かれたら気になるのもわかる。そして、彼女と彼女の息子と交流を持つことになる。おそらく、デイヴィスにとって、いつ以来かわからないけれど、久しぶりにできた友達なのではないだろうか。
仕事上のしがらみもないし、前までの自分も知らないから気楽に付き合えたというのもあるだろう。彼女たちの自由さに触れて、自宅すら破壊しながらデイヴィスは少しずつ感情を取り戻していく。
まるで、痺れた足をバシバシ叩いて感覚を取り戻すかのようだ。また、歯の治療時に麻酔をかけ、唇まで感覚が無くて噛んでいる時の感じ。麻酔が切れた時、本当の感覚が戻ってきた時にとても痛い。
妻の不倫が発覚しても、自分のやってきたことに気づいたから怒りなどはない。ああ、そうだろうなというあきらめと後悔とが混じったような気持ちになったのだと思う。
思い出す彼女は自分に対して愛を向けていてくれたのに、それにまったく応えていない自分に気づいた。遅すぎる。もう亡くなっているのだ。謝ることも、許してもらうこともできない。
ラストシーンで、デイヴィスは関係がこじれた義父と一緒に、壊れたメリーゴーランドを直す。実家も割れたガラスは直らないけれど、暮らせる程度までは修繕したようだ。やっと、分解したものを組み立て直すことができた。完璧な形では無くても、元には戻せた。
破壊と再生の話だが、妻が亡くなる前の状態に戻った訳ではない。感情は妻が亡くなる前よりもっと昔に死んでいた。それ以前に戻ったのだ。
だから、妻との関係がどうこうというラブストーリーというよりは、デイヴィス個人の話だったと思う。
予告編を見た時にはボロボロに泣くのではないかと思っていたが、そういうタイプの話ではなく、エンドロールの音楽を聴いている時に余韻で泣けてしまった。
妻を亡くした悲しさもある。生きている間に接し方を見直さなかった後悔もあるだろう。けれど、それよりはもう一度、立ち上がって笑って走れるところまで戻ってきたデイヴィスの姿が良かった。
デイヴィスを演じたのがジェイク・ギレンホール。この人のどんよりした底無し沼のような瞳が、何を考えているかわからなくてはまっていた。本心がわからない役を演じさせたら右に出るものはいないと思う。
カレンの息子クリスは、映画内で「15歳、見た目は12歳、やることは22歳」と言われていた。確かに幼い顔のわりに、タバコを吸ったり、化粧をしてクラブで踊ったり、大音量でロックを流したりと大人顔負けだった。演じたのはジュダ・ルイス。プロデューサーにもディカプリオの再来と言われていたらしい。ドラムも即興演奏だったとは。
トム・ホランドが演じる『スパイダーマン:ホームカミング』のピーター・パーカー役の最終候補6人のうちの1人にもなっていた。2001年生まれなので実際にも15歳。
『アイアンマン3』『キスキス,バンバン』のシェーン・ブラック監督。
だからというか、やはりというか、ロバート・ダウニーJr.がカメオ出演しているらしい。後から聞いたけれど、本人かどうかなんてわからない役でした。
主演はライアン・ゴズリングとラッセル・クロウ。
以下、ネタバレです。
70年代風のサイケなフォントでタイトルとキャスト名が出る。おしゃれな車とレトロな服装で雰囲気もいい。
本作の主人公コンビの私立探偵マーチ(ライアン・ゴズリング)と示談屋ヒーリー(ラッセル・クロウ)は、同じ案件に関わったことで会う。ただ、マーチが探偵として追っていた女性に、ヒーリーは近づくなという件で現れたので、マーチがヒーリーに殴られる。ここで、痛めつけられて「キャー!」という悲鳴をあげるライアン・ゴズリングに笑った。本当に「キャー!」だった。
結局は同じ敵(?)と対峙していることがわかったので、二人は協力することになる。ポルノ女優が集まるあやしげなパーティーに潜入するが、裸などはでてきても、どぎつさや見ていて引いてしまうような下品さはなかった。
人魚が泳ぐプールも、上半身裸ではあるがおしゃれ。金持ちの集まる場みたいだったので、どうしてもおしゃれで洗練されたものになってしまうのだろうか。それとも、美術の人がちゃんとしているのかも。
このパーティーだけではなく、映画全体がどぎつい印象にならない理由として、二人とも妻はそれぞれの理由で今はいないけれど、そこまで落ちぶれていないことが挙げられると思う。
マーチは情けなく見えるし、すぐに酒に逃げるアル中気味の男だ。しかも職業が探偵である。
それでも、愛娘のホリーには愛想をつかされていない。むしろ、パパ大好きである。それだけで、情けないように見えても、この人は本当にダメな人間ではないのだなというのがわかる。
ヒーリーも酒を断っていたから、昔、酒で何かやってしまったのかと思っていた。レストランでの食事中、妻から「あなたの父親と寝たわ」と言われるシーンを思い出した時に、心を静めようとしていたので、その場で何か殴る、暴れるなどをしたのかと思った。腕っ節が強そうだったから、もともとはカッとなりやすいタイプなのかと。
途中で警察が、レストランの事件の件と話していたのも、「銃を持った男がレストランに来て、後先考えずにそれを止めた」ということだったが、もしかしたら、その銃を持った男がヒーリーだったのかなと思ってしまった。でも、別にそんなことはなかったので、本当にただの正義感の強い、腕っ節の強い男なのだ。酒も仕事中だから断っていただけなのだろう。
ということで、二人とも基本的に良い奴なのだ。まさに、タイトル通りのナイスガイズである。
しかし、ガイズと言っても、バディものでもないのかなとも思う。マーチの娘、ホリーはキュート要員以上の活躍を見せていた。
この子を主人公にして、ダメなおっさん二人をひっぱっていくというストーリーでも良かったのではないかと思う。そういう一面もあったとは思うけれど、もっと全体的に強くしてもよさそう。ポスターにも出して欲しいくらいだ。
演技もうまいこの子はアンガーリー・ライス。『スパイダーマン:ホームカミング』でピーター・パーカーの恋人、ベティ・ブラント役を演じることも決まっている。
下品だったりつきぬけたギャグは薄めでも、ストーリーがしっかりしていて、ミステリーとしても二転三転する展開がおもしろかった。
また、ただのおしゃれ70年代“風”ではないこともわかる。多分、最初には時代は出ていなかったと思うのだけれど、最後の方の自動車ショーのシーンで初めて、これが何年の話なのかが出てくる。おそらく、本物のその時代、70年代と思われる映像も使われていた。
二人は事件に巻き込まれる形で政府を敵にまわすことになってしまう。一応は“勝った”ものの、私立探偵などでは、大きな力にはかなわない。
しかし、「自動車産業は死なないわ」と力強く言っていたが、映画を観ている側の私たちはその時代よりも未来にいるので、そこからどうなるかを知っている。
自動車産業は徐々に衰退し、リーマンショックでGMは破綻し、なんとか持ち直したものの、デトロイトは2013年には財政破綻してしまう。
悪態をついていたマーチとヒーリーは知らないけれど、こんな未来が待っているのだ。
ラストに出てくる私立探偵のチラシにはヒーリーも描かれていた。メキシコ人っぽいと言って嫌がるそぶりを見せていたけれど、嬉しそうだった。このコンビの続編も見たいけれど、今回、70年代と時代を明確にしてしまったのでどうだろう。あと、アンガーリー・ライスが成長してしまうから難しいかな。
『彼は秘密の女ともだち』
Posted by asuka at 9:47 PM
2014年公開。日本では2015年公開。フランソワ・オゾン監督。
タイトルからもわかるが、“彼”なのに“女ともだち”である。予告編を見たところ、平凡な女性が女装をした男性と出会い、意識を変えていく話なのかと思っていた。けれど、それよりずっと複雑だった。
いきなり棺桶の中の女性が映り、お葬式のシーンから始まって驚く。若い綺麗な女性で、ウェディングドレスを着ている。
亡くなったローラの幼馴染であり親友のクレールのスピーチ内容なのか回想なのか、二人がどれだけ仲が良かったかというのが、子供の頃から遡って映像で流れる。セリフはほとんどないけれど、唯一無二の親友といった感じだった。それぞれに恋人ができた様子を見ていると、少し、もしかしたら親友以上だったのかもしれないとも思った。
そこまで仲の良かった親友を失ったのだから、クレールは傷ついている。しかし、傷ついているのは彼女だけではなかった。
ローラの家に行ったところ、ローラの夫のダヴィッドがローラの服を着て、ウィッグをかぶり、赤ちゃんをあやしていた。
予告やタイトルに出てくる“女ともだち”が親友の夫だとは思わなかった。
しかし、同時に納得してしまったのは、彼が「彼女の服を着ると落ち着く」と言っていたからだ。
相手を失った悲しみからとか、相手を恋い焦がれるあまりとか理由はいろいろあるが、相手を愛するあまり、自分がその対象になってしまいたくなる。この現象は他の映画や小説やアニメでもよく出てくるのでポヒュラーなのかもしれない。
ただ、ダヴィッドの場合は、ローラが亡くなってから女装をしたくなったわけではなくて、その前かららしい。ローラもそれは知っていたし、恋愛の対象は女性だという。このあたりがこの作品を複雑にさせる部分である。
ダヴィッドがローラの服だけではないにせよ、女性の格好がしたくて、さらに男性が好きというならシンプルだったと思うのだ。
クレールと女性の格好をしたダヴィッド(ヴィルジニアという名前)は、一緒に出かける。服を選んだり、クラブで一緒に踊ったり。
クレールとしても、最愛の親友を失ったさみしさを、ヴィルジニアと一緒に遊びに出かけることで癒しているように思えた。
話が進んでいくうちに、ダヴィッドは女装をしたいだけではなく、自分を女性であると思っているらしいというのがわかる。けれども、恋愛の対象は女性。
ダヴィッドはダヴィッドとしてなのか、ヴィルジニアとしてなのか、クレールにひかれていく。クレールもダヴィッドとしてなのか、ヴィルジニアとしてなのか、好きになっていってしまう。
ホテルで二人で会った時に、二人の思惑がわからなくなってしまった。
ダヴィッドは女性の格好をしていたので、おそらくヴィルジニアとしてクレールを誘う。クレールもその誘いにのっていく。ということは、クレールもレズビアンなのだろうか。でも、夫とも普通にセックスをしているようだった。それとも、ヴィルジニアの中のダヴィッドを見ていたのだろうか。
けれど、体は男だから、当然勃起してしまう。そこに触れたクレールは夢がさめたように、行為を中断してホテルの部屋を出る。一気に親友の夫と不倫という感じになってしまう。それは自分としても許せなかったのだろう。
セクシャリティは個人的なものだし、全員違う。だから、体が男性で、自分を女性であると認識して、女性を好きになっているダヴィッド/ヴィルジニアは結局何をしたかったのかがわからなくなってしまった。
そのまま男性の機能を使ってセックスができるのだろうか。ローラとの間に子供もいたからできるのか。
でも、クレールとしては、ヴィルジニアとは関係を持ってもいいけれど、ダヴィッドととなると話は別のようだった。けれど、もしかしたら、親友に悪いと思いつつもダヴィッドにもひかれていたのかもしれない。
この後、ダヴィッド/ヴィルジニアが交通事故に遭ってしまう。そこで、クレールは本当の気持ちに気づいたのだと思う。けれど、それは明かされない。
話は7年後に飛ぶ。ローラとダヴィッドとの子供も大きくなり、ダヴィッドはヴィルジニアの姿で迎えに行っている。その隣にはお腹の大きいクレールがいる。クレールにも子供ができて、ヴィルジニアとも仲良くやっているみたいで良かったと思ったけれど、よく考えてみたら、夫が出てきていない。
クレールのお腹にいるのは当然夫との間の子供だと思っていたけれど、もしかしたらヴィルジニアとの子供なのかもしれない。意図的に明かさない、遊びを残した形で終わっている。
でもこれ、もしも夫との子供ではないとしたら、クレールの夫の立場がなくないか…とも思った。ストーリー上、ラストシーンのどっちの子なの?と考えさせるためだけに出てきたとしか思えない。
この可哀想な夫を演じているのがラファエル・ペルソナ。アラン・ドロンの再来と言われている美形の彼です。
『たかが世界の終わり』
Posted by asuka at 8:45 PM
グザヴィエ・ドラン監督作。すっかりカンヌの常連ですが、こちらもグランプリ受賞作。
カンヌだとアート系の作品が多くて、ふんわりとしか意味がわからない作品も多いけれど、グザヴィエ・ドランの作品はどれもわかりやすい。
本作はレア・セドゥ、マリオン・コティヤールなど旬の有名フランス俳優が揃えられているせいもあって、とっつきやすくもある。主人公はギャスパー・ウリエルです。
戯曲が原作になっている会話劇とこじれた家族の話というところから、『8月の家族たち』を思い出した。
以下、ネタバレです。
会話が多く、その喋っている人をクローズアップするショットが多い。また、舞台はほぼ家の中である。
対話劇なんて言葉があるのかわからないけれど、会話というよりは二人が面と向かった形の対話が多かった。
『8月の家族たち』は中心となる濃い人物とその周囲といった感じだったが、本作は主人公とその母、妹、兄と兄の嫁という5名と人数が少ない。けれど、少ない分、全員が濃いというか濃厚なやりとりが繰り広げられる。
主人公のルイは、自分が死ぬことを伝えるために12年ぶりに家に帰る。
すぐ伝えるのかと思ったけれど、12年ぶりの帰宅に家族も歓迎ムードでなかなか切り出せない。それでも、空元気っぽくも見える。
そんな中、兄だけはずっとイライラしている。でもそれも、母や妹の隠しているイライラを一心に受けてのことなのかもしれない。
二人だって、イライラしていないわけはない。おめかしをして綺麗にしていたし、料理を作っていたし、歓迎ももちろんしている。久しぶりに会えたのも嬉しい。
でもきっと、ルイのことがわからないのが怖くもあったと思う。
家族といえども同じ人間じゃないから考えていることなどわからない。しかも12年も離れて暮らしていたら、ほとんど他人だ。
ルイは都会(?)で劇作家として成功しているようだった。
時々送ってくれる絵葉書も二、三語しか書いていない。この日だって、みんなが話すのを聞いて、ほとんど喋らず、曖昧に笑うだけだ。
これは最後までわからないんですが、ルイが家を出て行った原因が謎のままだ。
34歳になったというセリフがあったので、22歳で家を出たということになる。単純に、仕事のためなのかもしれない。
でも、もしかしたら、ゲイであることが原因だったのかもしれないとも思う。
ルイの母はルイが来る前にマニキュアを塗りながら「ゲイっていうのは綺麗なものが好きなのよ」と言っていたけれど、かなり偏見が混じっている。
「ルイは綺麗なものが好きなのよ」と言うならわかる。個人ではなく、何かよくわからないぼんやりとしたものとして息子をとらえている。
もしかしたら、ゲイであることを告白した時か知られた時に、何か距離を置かれたのかもしれない。そして家にいづらくなったのかも。
何をしに家に来たのかをルイが言えないまま、気まずい時間だけがどんどん過ぎていく。
そんな中で兄の嫁が真っ先に察する。演じているのがマルオン・コティヤールなのですが、これがとても上手かった。いつもはゴージャスな印象が強いけれど、まさに庶民の嫁という感じだった。顎の肉の付き方と常に夫の機嫌を伺っているようなおどおどした表情がリアル。
でも、このどん臭そうで空気の読めなさそうな感じなのに、真っ先に気づくということは人を観察する能力には長けている。
夫に対しても、ひどいことを言われているようだったけれど、それだけではない面も見えているのだろう。暴力をふるわれているわけではなさそうだった。
それに、家族ではなく外部の人間だから気付けたのかもしれない。
妹は、兄は恰好いいし、会えて嬉しいと純粋に思っていそうだった。
でも、どこか得体が知れないとも思っている。
子供の頃しか知らないと言っていたけれど、ルイが22歳で家を出た時に子供なのだとしたら、子供がいくつを指すのかはよくわからないけれど、10代前半かそれくらいだろうか。結構、年が離れた兄妹なのかもしれない。
演じているレア・セドゥは31歳だけれど、19歳の時に22歳のルイを見ていたとは思えない。
レア・セドゥはメイクをほとんどしてないとだいぶ幼く見えるし、もっと若い設定なのだろう。
兄のことが好きで、知らないことが多いからもっと知りたい。私のことも知ってほしいけれど、よく知らないしそんな恥ずかしい部分は見せられない。そんな遠慮があるように思えた。家族としてはよそよそしい。
母もルイのことがよくわからないと言っていた。でも愛していると。
本当は父親がいない家を長兄だけでなく、あなたにも守ってほしいと言っていた。仕事で成功しているのかもしれないけれど、戻ってきてほしいのだろう。
それを聞いても、ルイは何も言わず、というか言えずに、曖昧に笑っていた。
また、「シュザンヌ(妹)に家に遊びに来いって言ってあげて」と言っていた。次の約束などできない人物にそれは厳しい言葉だ。
でも、ルイのそんな事情を知っているのはルイ自身と映画を観ている私たちだけなのだ。
ルイは家族一人一人と順番に話しているのですが、一番言わなきゃいけないことは言えない。兄とも二人で話す機会があった。
「朝早く空港に着いちゃったから喫茶店へ行って時間をつぶしてた。あの二人に言うと気を使わずに家に来たら?って言われるから兄さんにしか言えないんだよ」と、妹と母相手にはほとんど聞き役だったルイがやけに話す。もちろん、兄が言うように沈黙が怖かっただけかもしれないけれど、本当に兄にだけ話せることというのもあるのかもしれない。
兄はずっとイライラしていて、ここでもやっぱりイライラしてるから、こんな話聞かせてほしいと思ったのか!と言ってくるが、この先のシーンを考えると、謎のルイが多分自分にだけ打ち明けてくれた話があるというのは、特別に思ってくれたようで嬉しかったのだろうと思う。
序盤でルイは、おそらく恋人と電話をしていて、「デザートを食べ終わったら言おうと思ってる。それで今日中に帰る」と話していた。
映画を観ている人たち(と兄嫁?)だけは彼の秘密を知っているから、デザートのシーンでああ、ついに言うんだな…とひやひやする。
しかし、ルイは「実は…」と真実を言いかけて、母に言われた通り、妹に向かって「家に遊びにおいで」だとか、ありもしない次の約束だとかを展開し始める。
そこで、兄は「約束があるから帰るんだろ?送ってく」とルイの腕をとるのだ。
兄から見たら、さっきの話を聞いた後だと、ああ、こいつ無理してるな、母と妹に向けていい感じで振る舞おうとしているだけで、本心で話しているわけではないなというのがわかってしまう。何か事情があってこの場には居づらいのだろうから、助け舟を出してやろうと思ったわけだ。
けれど、母と妹からしたら、やっと心を開いてくれたルイともっと一緒にいたい、会話をしたい、できれば泊まっていってと思っているから、長兄はそれをぶち壊す悪魔に見えていたのだと思う。
実際、映画を観ていた私も兄は嫌なやつだなと思ってたけれど、途中から、たぶんそこまで悪いやつじゃない、不器用なだけだと思えてきた。
「遊びに来なよ」とか「もっと頻繁に帰ってくるよ」なんていうルイの言葉は、結局、否定も肯定もしない、何も言わないお得意の曖昧な笑みと一緒。その場だけの誤魔化し。
けれど、それは、母や妹を悲しませたくなくて出た嘘なのだ。
母と妹だって、困らせたくてルイに泊まっていってと言ったわけではない。本当に、良かれと思っての言葉だ。兄も、ルイのためを思って助け舟を出した。
全員が相手のことを大切に思っている。けれど、かみ合わないからギズギスする。
ルイは結局、自分が死ぬことを家族に伝えられなかった。
兄はあの場面で助け舟を出したが、気づいていたのだろうか?
妹と母はどうだろう? 頑なに帰ろうとする様子に、結局、12年ぶりに帰ってきた目的を言わなかった様子に、さすがにおかしいと思っただろうか。妹は気づかず、母は気づいたとしても信じたくないという感じかもしれない。
それで、ルイのお葬式のときに、この日の会合を思い出すのだろう。あの時のルイの目的を思うのだろう。
おそらく勘づいたと思われる兄嫁は、あとで知っていたのになんで教えてくれなかったのと攻められるかもしれない。
けれど、彼女だって、秘密を抱えて生きていくのはつらいのだ。本心では、ルイと秘密の共有をしたくなかっただろう。
なんでもいい。ルイが12年ぶりに帰ってきたことで、変わったことはあったのだろうか。
不毛ではないか? ルイは家族に会うのが怖いと言っていたが、こんな風にギスギスすることがわかっていたのだろうか。だから帰ってきたくなかったんだよと思っただろうか。
でも、自己満足だとしても、死ぬ前に家族の顔が見られて良かったとは思っているはずだ。そして、愛されていることにも気づけたはずなのだ。
序盤では「言っても、あの人たちは泣かないかも」なんて電話で冗談っぽく話していたけれど、家族と話をして、確実に泣くのはわかったし、悲しむだろうというのもわかったのだと思う。だから言えなかった。だから、叶えられない次の約束をした。すべては悲しませないためなのだ。
2014年公開。『マグニフィセント・セブン』がおもしろかったので、同じアントワーン・フークア監督の別の作品も観てみました。
80年代にアメリカで放映されたテレビドラマの劇場版とのこと。
以前、映画館で予告を見た時には、16秒でコロスとか娼婦の少女を救うためみたいな印象だったので、『レオン』っぽいのかと思った。
けれど、観てみるとそのイメージとは違っていた。昼はホームセンター勤務、夜は殺し屋(?)ということで、『ザ・コンサルタント』っぽいのかと思った。実際には殺し屋ではなかったけれど、確実な仕事っぷりと日常生活を普通に送っているけれど世を忍ぶ仮の姿があるというのは同じなのかもしれない。
でも、別に誰かから依頼があってやっているわけではない。
主人公のロバート(デンゼル・ワシントン)は娼婦テリーを痛めつけた悪の組織に乗り込んでいく。目をギロッとさせて、周囲を観察して頭の中でシミュレーションして、その通りに動く。流れるような動きが恰好いい。あっという間に死体の山の出来上がり。
しかし、ダイナーで本を読んでいるときも、ホームセンターで日中働いているときも、穏やかこの上ない感じの人物がこんな只者ではない動きをするとは。一体何者なのだろう。
ホームセンターの同僚の実家が悪徳警官にひどい目に遭わされた時にも、赴いてやっつけていた。この事件は最初に出てきた娼婦と関係がないし、テリー役はクロエ・グレース・モリッツだったが、決して主役級ではないのだということがわかった。
その次はホームセンターのレジに強盗が来て、レジの金とレジ係の女性の指輪を盗んでいく。このシーンでは、ロバートがこらしめるシーンはもうわかったでしょ?とでも言うように省略されていた。ただ、ホームセンターの売り物のハンマーに付いた血を拭いていて、ああ、それを使っただなということがわかる。けど、売り物…。
こんな感じで、何者かわからないけどとても強いロバートがどんどん悪を倒していく世直しアクションなのだろうか?と思っていたら、こてんぱんにした娼婦宿の元締めであるロシアンマフィアが暗躍している様子が映される。自分の店をめちゃくちゃにされて黙ってはいられないだろう。
全身刺青の様子をなめるように撮り、「フハハハハ…」といかにも邪悪そうな笑い方をしていた。
また、残虐な手段で殺している様子から、相当怖い連中だということもわかる。
なんだかよくわからない謎の男が正義の味方よろしく悪を倒していき、最終的にロバートの正体が何者なのか発覚するという作りなのかと思っていた。しかし、中盤くらいで元CIAということがわかる。『RED』と同じような感じだ。
あと、奥さんを亡くしているのは、ダイナーでテリーも言っていたけれど、ここでも話に出てくる。おそらく、自動車事故でロバートだけが生き残ったのだろう。
けれど、一人で生き残った後の日常はつまらなそう。
時間をきっちり管理して行動し、生活しているようだった。どことなく寂しそうで、生きる目的を見失っている。毎日が楽しいとは言えなさそうだ。
ロバートはロシアン・マフィアに目をつけられるけれど、きっちりと影で対応していた。自分の方が強いことをそれとなく見せて、穏便に事を済ませようとする。
石油タンカーを爆破するシーンは迫力があった。後ろで大爆発が起こっているのに、振り返らずにこっちに歩いてくるロバートというかデンゼル・ワシントンが笑っちゃうくらいかっこいい。
ロバートはあなたたちが仕掛けてこなければこちらから乗り込むことはないよと示していたが、ロシアン・マフィアは、ロバートが働くホームセンターの職員たちを人質にとる。
観ながら、あーあ、怒らせた、知ーらないと思った。他の人、特に親しい人たちを巻き込むのはロバートが一番嫌いな事だと思う。
そこで『エージェント・ウルトラ』を思い出すようなホームセンターバトルが開幕する。ホームセンターにあるものを使って戦うのだ。ここはロバートの職場、つまりホームかアウェイでいったら完全にホームなわけである。負けるはずはない。
『マグニフィセント・セブン』でもデンゼル・ワシントンが砂埃や返り血で汚れることはないという指摘があった。
本作では、血が滴るナイフを持った男にのしかかられても、その血液は落ちることはない。
スプリンクラーが作動するのですが、それが土砂降りみたいに見える中、棚の向こうからデンゼル・ワシントンが現れる。恰好良すぎて、思わず変な声が出ました。
スローで、顔を伝う水滴がぽたりと落ちる。まさに水も滴るいい男である。
監督は本当にデンゼル・ワシントンが好きなんだ…というのを再確認した。
これは、映画館で見ても変な声が出てしまったかも。
それで、ロバートというかもうデンゼル・ワシントンなんですけど、話のバランスがおかしくなるくらい強い。ホームセンターにいるボスもあっさり倒す。
更に、その大ボスの自宅に忍び込んで感電死させていた。
まったくピンチらしいピンチがない。最強としか言いようがない。しかも、冷静にちゃっちゃと短時間で仕事を終える姿勢も恰好良い。
本作の最大の敵はロシアン・マフィアであり、ロバートが目をつけられた原因がテリーなのだから、テリーは一応ヒロインなのかもしれない。
最後にも出てきて、ロバートにお礼を言いに来る。でも予告ほどはまったく活躍していない。恋愛もない。
ロバートの妻に関しても、映像や声も出てこないし、ラストでも言及は無し。
ロバートは悲しみの中で戦っているのだと思うが、妻の名前を叫んだり、許しを乞うたりと、湿っぽくならない。
ただただ、ひたすらロバートが強い。そして、それを演じているデンゼル・ワシントンが恰好良く撮られている。
完全に監督の趣味映画だった。
なるほど、この過剰なまでの魅せ方は、『マグニフィセント・セブン』に受け継がれると思う。繋がっていくのがよくわかる映画だった。
『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』
Posted by asuka at 9:05 PM
原作は『ハヤブサが守る家』というファンタジー小説。2011年のベストセラーにも選ばれたらしい。
映画の邦題もこのままの方がわかりやすいのではないかと思ったけれど、ティム・バートン監督の映画なら『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』というタイトルの方が合っている気もする。
以下、ネタバレです。
謎の島にある謎の屋敷、そしてそこに住まう謎の人々…。そんな設定からしてわくわくする。
キャラとキャストがばっちり合っていたと思う。またキャラ造形が可愛いというよりはちょっと不気味なのもいい。金髪縦巻きカールのお人形さんみたいな少女の後頭部にもう一つ巨大な口があったり、双子が謎のマスクを付けていたり。
空気より軽い少女、エマの鉄の靴のデザインも凝っていて、見ていて楽しい。衣装は今回もコリーン・アトウッドです。
屋敷の女主人、ミス・ペレグリンの髪の毛が真っ黒ではなく少し青っぽいんですが、青いハヤブサに変身するのも綺麗。
前半は、ジェイクの目を通して、奇妙なこどもたちとペレグリンを観察するといった感じ。自己紹介パートだったと思う。
中盤、ペレグリンが悪いやつにさらわれてからは、こどもたちがそれぞれの能力を生かして戦う。まるでX-MENのようだった。
特に、ブラックプールの遊園地でのバトルは音楽を含めて楽しかった。イーノックの能力で命をさずけられたガイコツたちが触手のモンスターに果敢に挑んでいく。
序盤でも出てきたけれど、イーノックが命をさずけたものの動きはCGのようななめらかさではなく、コマ撮りのようにカクカクしているのがいい。本当にコマ撮りなのか、CGをコマ撮り風にしているのかわからないけれど、ティム・バートンだから本当にコマ撮り撮影なのかもしれない。
この遊園地の乗り物にティム・バートンが乗っているのも発見できて楽しい。
この後の建物内のシーン、炎を操る少女と氷を操る悪者のシーンは少し対決があるけれど、もう一声欲しかった。物足りなさが残った。
あと、マスクを取って石にする双子は、あの能力は1日一回しか使えないとか、充填する時間が必要とかなのだろうか。あの能力があったら、二人だけで倒せそう。
物足りないといえばペレグリンなんですが、自分でも言っていたけれど、彼女には鳥に変身する能力と時を戻せる能力しかないんですよね。バトルはできない。だから、後半のバトルで見せ場がないのが残念。せっかくの女主人というかボスっぽい存在感なのに。途中からずっとハヤブサの姿です。檻から放たれても飛んで逃げるだけ。
ファンタジー特有というか、作品内のルールがいまいちよくわからなかった部分もあった。
一番重要なループまわりです。島のトンネルを抜けると現代から過去に戻る(このループを作ったのがペレグリン?)。それは屋敷がドイツ軍の爆撃に襲われる日なので、ペレグリンが爆撃直前から朝に戻して同じ日を繰り返す。
ペレグリンがバロンにさらわれるが、その向かった先がブラックプールのループをくぐった場所。現代だけれど、ジェイクが来た時間(島のループを通った先の現代)よりは少し前である。このループは戦いの日の夕方にとじることになっていて、ジェイクはそのまま現代に残って、少し前ではあるけれど自分の世界に戻った感じになる。
ただ、冒頭の祖父の死は回避できたものの、そこから何度かループを通って、閉じたブラックプールのループの先へたどり着く。ここまでの紆余曲折をジェイクが話すけれど、結構早口なのと、途中でおもしろ日本が出てきて注目してたら字幕を読み損ねて何を言っているのかわからなかったのと、最後まで言い終わらないうちに、ジェイクの口をエマがキスで塞ぐんですよね…。
どんな過程を経たのかわからないけれど、世界各地にあるループを通って、何度か行き来を繰り返すとブラックプールのループが閉じる前に戻れたってことなのだろうか。でもそうすると、倒したはずのバロンも生きてたりしない? バロンを倒した後、ループの閉じる直前だろうか。でもそうすると、ループのこちら側で座り込んでいるジェイクはどうなる? 同じ人間には会わない仕組み?
考えれば考えるほどわからないし、これがラストシーンなので、なんとなく腑に落ちないまま幕が降りてしまう。なんとなく不完全燃焼だった。
あと、これは個人的なストーリーの趣味なんですが、行きて帰りし物語方式にしてほしかった。
現代でジャックはバイトもつまらなそうだったし、お友達もいないようだった。でも、本当だったら、過去でもなんでも冒険先で成長して、戻ってきて、現実とも折り合いをつけて生きていくというようにしてほしかった。
本作はただの一般人巻き込まれものではなく、ジャックにも実は特殊能力があったから、奇妙なこどもたちの仲間には入れるんですよね。祖父も、現代に戻ってきて後悔したのだろうか。ジャックも現代でこのまま生きていても、変人扱いされるだけだと思ったのだろうか。でも、戻ってきて、祖母と結婚して、ジャックの父が生まれて、ジャックが生まれた。そのジャックに向かって、彼女たちの元へ行けなんて言うだろうか。祖父にとって、ペレグリンの屋敷から帰ってきた後の人生はなんだったのだろう。まったく話に出てこなかったけれど、祖母のことはどう思っていたのだろうか。ずっとエマを想い続けていたのだとしたら失礼な話である。
それに、現代に残した父母や序盤で気遣ってくれたバイト先のおばさんはどうするのだろう。もう2度と会えないけれど、何か説明をして出かけたとも思えない。第一、そんな説明は通じないだろう。また病院に連れて行かれるだけだ。それでも、父母なんだし、黙って出かけて2度と会えないというのもどうなのだろうと思う。
この辺、原作も同じなのだろうか。
『マグニフィセント・セブン』(二回目)
Posted by asuka at 2:31 PM
一回目がおもしろくて二回目を観ましたが、二回目のほうがさらにおもしろかったパターンです。
以下、ネタバレです。
ネタバレというか、妄想と個人的なこと。
この話の主人公はサム・チザムで、最後に彼の復讐だったと明らかになる。知っている状態で観ると、最初にエマからの依頼に興味がなさそうだったけれど、ボーグの名前を聞いた時にちょっと表情が変わったり、グッドナイトに「妹が生きていたら彼女(エマ)と同じ年くらいか?」と聞かれたりしているのが気になってしまう。
サム・チザムに関しては命をかける理由があるのがわかるけれど、他のメンバーは何故着いてきたのかわからないなどと言われていたけれど、全員について考えることはできる。
例えば、サム・チザムの話が進行している裏で、ファラデーの話も同時に進行していると思う。
彼は最初、さびれた酒場のテーブルで物騒な連中とギャンブルをしている。トランプを使っていたのでブラックジャックか何かかと思いますが、配られたカードを見て、「いいカードが来ない。ツキを変えたいな」とぼやいている。
これは彼の最後のセリフ、「ツキがまわってきたぜ」と対になっているように思える。
ツキを変えたいというのは何もギャンブルだけのことではなく、何かおもしろいことないかなあ?くらいの意味も含まれているのではないかと思う。
それまでのファラデーはギャンブルで小銭を稼いだり、負けて馬をとられたり、時にはイカサマをしたりという毎日だったのだろう。銃のことを妻と呼んでいたから家族もいないようだった。父親はいないというセリフもある。小さい頃から今まで、孤独に暮らしてきたのだろう。
イカサマがバレて、劇中では襲いに来た兄弟があんな感じだったから手品で気を引いて逃げられた。けれど、それが2度3度と通用するとも思えない。冒頭のギャンブル相手はあの兄弟よりもよっぽど怖そうだった。あいつでないにしても、どこかでイカサマがバレて、誰かに殺されるオチだろう。
それでも、きっと、いつ死んでも別にいいという風に生きていたのだと思う。
そこに舞い込んできたサム・チザムからの誘いである。もちろん、馬を取り返したかったというのもあるかと思うが、彼に着いていったらおもしろいことが起こるのではないかという予感があったのではないか。
着いていったファラデーは他の仲間に会って、笑いながら酒を飲んで、結局他の仲間と村を救うためにガトリング銃を破壊しに突っ込んでいく。道中はこれまでの人生よりも楽しかったと思うし、敵陣地へ向かっていく時に仲間から後方支援を受けられたのは嬉しかっただろう。何より、敵さん達がまんまと騙されてくれたのが痛快で、満を持しての「ツキがまわってきたぜ」という言葉だ。
ツキを変えたいとぼやいていた彼にやっとツキがまわってきたのだ。
だから、結果的に敵もろとも爆死してしまうが、後悔はなかったと思う。悲しいけれど、サム・チザムに着いていかなかったらロクな死に方をしなかったと思う。
他のメンバーに関しても、グッドナイトはサム・チザムに命を救われた過去がある。亡くなった妹のことも知っているくらいだから、付き合いも深かったのだろう。恩を感じていたはずだし、それをいずれは返さないといけないと思っていたはずだ。
ビリーはグッドナイトと行動を共にするので、二人は一緒にサム・チザムに着いていく。
バスケスは賞金首で、サム・チザムに着いていかなかったらあの場で彼に殺されていただろう。それに、着いていった場合はどうするかという条件として、「お前は賞金首のままだが、俺はお前を追わなくなる」と言われる。俺はお前よりも上だが、お前はそこらのバウンティーハンターよりは強いだろうという意味がこめられていそうだ。バスケスのことも認めつつ、でも、俺の方が強いぞと暗に示しているサム・チザムの粋な言葉。これに心を奪われたのだろう。
レッドハーベストはどんな理由があってのことなのかはわからないけれど、長老から一人で行動しろと言われてしまう。畏怖なのかもしれないし、何か悪いお告げみたいなものなのかもしれない。少なからず孤独だったと思うのだ。そんな彼が認め、認めてくれる人物がサム・チザムだった。運命的な出会いだったのではないか。
ジャックはすでに隠居の身だったようだけれど、このままゆっくりと死んでいくのもつまらないと思ったのだろうか。血が騒いだとか、それくらいの理由かもしれない。
彼に関してはあまり素性も明らかになっていないが、殺したネイティブアメリカンの頭皮を集めていたとか物騒な話は出てきた。それは、結局敵方のインディアンに殺されてしまうことと関連付けられているような気もする。因果応報というか。
2度目なので、キャラクターについての裏の設定やサム・チザムに会うまでの人生などを考えながら観ていた。あと、とても気になったビリーを集中的に見てしまった。
登場人物の多い話なので、前の方で話の中心になっているメンバーの後ろでも別のメンバーが動いている。ビリーはナイフさばきなど、戦闘はもちろん恰好いいし、賞金首時代のグッドナイトが認めたくらいだから強いのだが、それ以外だとわりと気遣いの人でもある。グッドナイトだけに関してかもしれない。
決して口数は多くないけれど、常に気を配っていた。一本のタバコを二人で吸うシーンは気づいていたけれど、その後ろで、ビリーが二本くわえて両方に火をつけてやって、一本グッドナイトに渡すというシーンもあった。
また、グッドナイトが錯乱した時に慌ててタバコをつけてやっていたので、タバコを吸って落ち着けというよりはやはり阿片なのかもしれないとは思った。
どちらにしても、ビリーはグッドナイトに拾われなかったら、グッドナイトでないにしても別のバウンティーハンターに殺されていたと思う。殺されないにしても、各地で暗殺を繰り返し、一人きりで逃げ続ける廃れた生活になっていただろう。
グッドナイトもPTSDで不安な気持ちになったときに、隣に誰かいるのといないのでは大きな違いだと思う。
サム・チザムもグッドナイトのPTSDに関して理解は示していたし心配もしていたけれど、そこまで深くは立ち入っていなかった。
ビリーとグッドナイトの互いが互いを理解し、気遣う関係が良かった。全員に関しての過去が知りたいけれど、断然、この二人のスピンオフが観たいです。
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