『ボヘミアン・ラプソディ』
Posted by asuka at 7:45 PM
クイーンとフレディ・マーキュリーの自伝的な映画。監督はブライアン・シンガー。
クイーンの曲が素晴らしいので、それだけでも失敗はないだろうと思っていたけれど、メンバーを演じる俳優が似ているのと、クイーンに対する敬意のようなものが存分に感じられた。
以下、ネタバレです。
ネタバレとはいっても、クイーンでライブエイドに出ることは知っていたし、ジム・ハットンがパートナーであることも知っていたし、エイズで亡くなることも知っていた。だから、クライマックスはわかっていたのだ。私は普段はネタバレを絶対に入れないようにして映画を観ますが、逆に、ネタバレを入れて、展開がわかった上で安心して映画を見る方もいるようで、今回はその気持ちがわかりました。でも、基本的にストーリーで驚きたいのでネタバレは入れません。
ただ、結成までの話や、フレディ・マーキュリーの生い立ちなどは知らなかった。根本的なところというか、フレディ・マーキュリーがザンジバル出身なことも知らなかった。本人は隠したがっていたとのことだったので、曲は好きというくらいの好き具合では入ってこない情報だったのだろうか。
どの程度実話なのかはわかりませんが、「パキ(スタン)野郎」と罵られながら空港で働いていたことも知らなかったし、その時に出会った女性と一度は恋愛関係になったものの、別れ、それでも友情は続いたということも知らなかった。
もちろん音楽映画なのですが、セクシャリティが揺らぎ、それは公表できずに、男性や多数の人間と関係を持ち、エイズになってしまうという、80年代を舞台にした同性愛映画の側面もあると思った。現代なら、あの時代ほど同性愛に厳しくないだろうし、公表をしていたかもしれない。また、エイズも不治の病ではなくなっている。
今年はNTLですが『エンジェルス・イン・アメリカ』や『BPM』など、80年代同性愛映画をよく観ているんですが、この映画もその一端だと思った。しかし、これはフィクションではなく、フレディ・マーキュリーの人生だというのもすごい。
バンド自体というか、この映画本編として、ファンとして観に行っていたバンドからボーカルが抜けて雇ってもらう→売れる→ボーカルのワンマンになっていき、バンドが不仲になる→一人になったボーカルが荒れた生活をする→ボーカルが反省をしてバンドに戻る→ライブで大成功というのは、よくあるといえばよくある展開だと思うし、他のバンドとさほど変わらない。『ジャージー・ボーイズ』も再結成はしないけれど似たような展開である。
それでも、曲のワンフレーズをぽろんと弾いただけでどの曲がわかるのもバンドとしてすごいし、タイトルにもなっている有名曲、『ボヘミアン・ラプソディ』のレコーディング風景は曲が良い上に、バントとしても楽しそうで、観ていて笑いながら泣いてしまった。
フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックが好きなので、抜擢された時には全然似てないけど大丈夫なのかなと心配になった。でもそれを吹き飛ばすような演技だった。特に、ライブシーンのパフォーマンスが本人しか見えなかった。
また、それとは別に、ブライアン・メイ役のグウィリム・リーはブライアン・メイに瓜二つだった。特にこちらもライブシーンが本当にブライアン・メイにしか見えなかった。
また、ジム・ハットン役の方も似ていた。
エイズなのがわかるタイミングは実際にはどうだったのかわからないけれど、この映画ではライブエイド前にわかっていた。曲を作った時とは『ボヘミアン・ラプソディ』を歌う心境は明らかに違っていたのでは無いかと思うけれどどうなのだろうか。歌詞に意味なんてないと言っていたから別に変わらないのかな。
また、ジム・ハットンとの出会いと再会はフィクションのようです。
メンバー役の俳優さんたちについて、本当によくぞここまでという感じだったのですが、脇役のアレン・リーチ、トム・ホランダー、エイダン・ギレンの三人もかなり良かった。三人とも出てくるのを知らなかったのですが、三者三様それぞれうまい。特に、トム・ホランダーは重みに少しの愛嬌もあってうまかった。
もちろんクイーンのいろいろな曲が使われていますが、個人的には『Under Pressure』の使われ方が特に好きでした。荒れた生活を送った後で、考え直し、家で一人反省している場面で流れる。きっと、フレディにもプレッシャーで押しつぶされそうな時があったのだ。
ライブエイドのシーンはライブエイドの音源が使われているが、これはサントラに入っているらしい。また、序盤のライブシーンの音源も入っているようなので、サントラが欲しくなる。最初の20世紀フォックスのブライアン・メイが弾いたファンファーレも入っています。
『バトル・オブ・ブリテン〜史上最大の航空作戦〜』
Posted by asuka at 4:23 PM
いわゆるロードショー公開はされない注目作を上映するのむコレ2018にて上映。
今年公開された映画らしい。
あまり内容を調べずに観たので、タイトルと、主演が『ゲーム・オブ・スローンズ』のラムジー役でお馴染み、ウェールズ出身のイワン・リオンだったため、RAFのイギリス部隊の話かと思っていた。
しかし、原題がまず『HURRICANE』。戦闘機の名前だった。そして、イワン・リオン演じるヤンは、最初、イギリス人のつもりで見ていたので、ドイツ軍に対して「スイス人で時計を売りに来た」と言っていて混乱した。それは中立国のふりをする嘘だったのですが、それで本当は何人なのかが途中までわからなかった。
結局ポーランド人だったんですが、映画自体もドイツ軍に故郷を追われたポーランド人がイギリス空軍でさながら傭兵のように活躍する姿を描くものだった。RAFはRAFでも、イギリス人ではなくポーランド人の話。ハリケーンも彼らが乗っていた機種だった。
バトル・オブ・ブリテンに外国人部隊が参加していたことは『空軍大戦略』(1969年)でも取り上げられていましたが、まさかそこが描かれた作品なのだとは思わなかった。
個人個人はもちろん実在しないけれど、このポーランド人の部隊、第303戦闘機中隊が最高の撃墜記録をあげたことは実話らしい。
以下、ネタバレです。
ポーランドの飛行機乗りたちは、イギリスに亡命して来て、最初は野蛮人などと呼ばれているし、英語の勉強をしなくてはいけないし、余所者ということで差別のようなものを受ける。しかし、腕は確かなので、一目置かれるようになり、プロパガンダ広告に使われたりと、パーティーに呼ばれるようになる。
全編を通して、イギリス人とイギリスという国の身勝手さが目立つ内容で、イギリス人中心の話だと思っていたのに真逆で驚いた。
特にラスト、ポーランド人のヤンと、RAFにいた女性とのメロドラマ的な展開があり、これは必要だったろうか…と思いながら観てたんですが、「結局君は俺についてくることなんてできない。ロロ(RAFのイギリス人)のことが忘れられないからだ」というセリフがあって、この女性もイギリスを表す符号でしかなかったと痛感した。
あれだけ活躍した303中隊のポーランド人たちは、戦争が終わったらイギリス国外に追放されたらしい。世論も、56パーセントが出ていってほしいとの考えだったようだ。追放された後に国に戻れば処刑されるか、強制労働をさせられたらしい。
現代の移民排斥や不寛容社会にも似ていて、もしかしたら、2018年の今、この映画を作った意味はこの辺なのかもしれないと思った。
ちなみに、303中隊を描いた『壮絶303戦斗機隊』(1960年)というポーランド映画もあるらしい。これも、ポーランド部隊の武勲について描かれているのか、その後の酷い仕打ちについても描かれているのか気になる。
全体的にイギリス人はひどいという映画だったが、製作国がイギリスとポーランドなことに驚いた。ポーランドが一方的にイギリスを糾弾する映画ではないのだ。ちゃんとイギリスも反省しているようです。
ポーランド人たちは、国に侵攻され、家族や仲間を殺されたのだから、ドイツ軍への恨みは人一倍なのだ。だから、士気が高く、撃墜数が多かったというのも納得である。もちろん腕もあるのだろうが、なんとしても倒したかったのだろう。
けれど同時に、国で酷い目に遭い、祖国もなくなってしまっているため、トラウマも抱えている。この映画では兵士たちの持つ心の傷についても、描かれていた。
また、兵士たちの死に方については、燃料不足でホワイトクリフにぶつかって機体が大破というのが一番辛かった。撃墜されたわけではないのだ。生き残って、帰って来て、祖国を目の前にしての無念の死。
また、ハリケーンに乗った兵士がトラウマのフラッシュバックでぼんやりしているときに、パラシュートで脱出した兵士に近づきすぎてしまい、プロペラがパラシュートを切り裂き、パラシュートの兵士が落下というのも辛かった。
主演はイワン(イヴァン)・リオンは『ゲーム・オブ・スローンズ』のラムジー役で有名ですが、あれは嫌な部分しかない役で、『インヒューマンズ』もまあ悪役だったので、なんとなく嫌な奴のイメージでしたが、今回は主役だしそんなところはなかった。
特別良い奴といった感じではないけれど、世捨て人っぽく、欲望も何も消えて、ただ目の前の敵を倒すのみといった役柄が良かったです。
マーベルキャラクターですが、MCUとは別です。ソニー・ピクチャーズが手掛けるユニバース "Sony's Universe of Marvel Characters" の最初の作品とのこと。新しいユニバースが始まってたの知らなかった。
もともと2008年くらいから会社関連でごたごたがあって、ようやくの映画化という感じらしい。
監督は『ゾンビランド』、『ピザボーイ 史上最凶のご注文』のルーベン・フライシャー。
以下、ネタバレです。
本国公開時の評価が微妙だったのと、どうやら予告編のようなダーク路線ではなくファミリームービーだというのを聞いていたので、覚悟をして観ました。
何も知らないまま観たら、おそらく私も思っていたのと違うと言って文句をつけていたかもしれない。
アバンは確かにダークでした。宇宙から持ち帰った謎の生き物が人間に寄生して…ということで、ホラー的でもあった。
主人公、エディ・ブロック役にトム・ハーディ。エディは結婚間近の恋人と住んでるんですが、寝ているところを起こされてキスをねだるシーンが序盤からあって、このタイプの普通のトムハは久々だと思った。
冗談も言うし、すべて許してしまいたくなる笑顔も見せるキュート系。こんなトムハを最後に観たのは2012年の『Black & White』ではないかなと思うので久しぶりです。
私は特に、『ロックンローラ』のハンサム・ボブ、『インセプション』のイームスが好きで、あんな役をまたやってほしいと思っていたので嬉しかった。けれど、まさかそれが『ヴェノム』になるとは思わなかった。
エディは正義感の強い記者で、その正義感のせいで大きな団体を敵に回してしまい、自分の仕事を奪われ、恋人も奪われる。
失意の中で謎の生命体に寄生されるんですが、そいつが決して悪い奴ではないんですよね。
予告編を見る限りでは、エディは体を乗っ取られて、自らの意思に反して犯罪を犯し、思い悩むのかなと思っていた。
しかし、最初からヴェノムはエディを助ける。悪者から救う。逃走の手助けをする。お前の体は乗り物だとか悪いことを言ってたけど、協力的である。
隣の住民のギターの音がうるさく、エディは扉の前に立ってイライラするだけだったが、寄生されてからは一瞬だけヴェノムが怖い顔を出して脅す。優しい。
だいたい言うことを聞いて引っ込んでるし、ピンチの時には出てきて助けてくれる。元恋人には「謝ったほうがいいぜ」みたいなアドバイスもしてあげる。それに従ってエディが謝ると、少し仲が修復したりして。予告編だと敵同士なのかと思っていたので、まさか恋愛相談に乗ってあげるタイプだとは思わなかった。普通の親友である。
元恋人の体にも寄生していたが、こうなると、エディの体に戻る時にキスしていたのは元恋人なのかヴェノムなのかわからない。
ビルに忍び込めないときにも、エディはヴェノムに入れ替わって壁をつたっていく。最上階でエディに戻ってしまい、外壁を滑り落ちてピンチ!みたいなのもなんだかほっこりエピソードに感じられた。一人でヴェノムに変身するというより、エディとヴェノムが話し合って入れ替わっていくあたりが、新しいバディものにも感じられた。
ライフ財団のリーダー、ドレイク役にリズ・アーメッド。とても綺麗で驚いた。彼も自分の体に寄生させるんですが、見た目はヴェノムっぽいけれどライオットだった。シンビオートという寄生生物で、ヴェノムとかライオットはそれぞれの名前だった。
最終決戦は、形が自在に変わって混じり合うので見難いといえば見難かったけど、この時点でこの映画はバトルメインではなく、二人の可愛さを観る映画なのだな…と思っていたのでその辺は気にならず。
最後もエディとヴェノムは二人で元恋人について話していたり、「犬食いたいな…」「やめとけよ」みたいな会話があったりと友達のようだった。ヴェノムのほうが多少野生的だから、ペットと飼い主といった感じ。でも、基本的に仲が良いです。映画中、もうずっと仲良し。だから、一人称がWeになるところもとても良かった。
予告編で見た、ヴェノムの顔半分だけエディの生身の顔が出て「We are Venom.」と言うシーンも、エディが完全にヴェノムに飲み込まれてしまい、言わされているのかと思った。デビルマンのジンメンのようなイメージです。
でも、実は、普段お世話になってるコンビニのようなお店に来た強盗をやっつける時のセリフだったんですね。エディは店員を助けたい、ヴェノムは人間を食べたいということで意気投合してる。
最後に悪党を食うというのは、結局、ドレイクが社会的弱者は甚大実験に使ってもいいというのと似ていると思う。ただ、エディのやんちゃ度が高まったようにも見えてしまう。“最悪”のポスターは恰好良かったが、あのイメージとはほど遠く、ただの可愛い二人組だった。
ヴィランと聞いていたけど、悪役っぽい部分はなく、ヒーローまでは強くない。けど、二人がごちゃごちゃ言い合ってるところが可愛いし、ラスト付近ではエディがちゃんと、飼い慣らしていたので続編も観たい。
エンドロールにはウディ・ハレルソンが出てきて、『ゾンビランド』の監督だからかと思った。今回も髪型が違うタイプのウディ・ハレルソンです。カーネイジというヴェノムの敵らしい。続編が企画されているということらしい。
また、エンドロールの最後にスパイダーマンのCGアニメがあった。クオリティがそれほど高くないというか、『シュガー・ラッシュ』の映像特典に入っていたようなラフなCGにも思えた。スパイダーマンとの絡みがあるのでは?という噂があったけれど出せないけどこれでお茶を濁したのかなと思ったけど、年末にアメリカ公開予定の『スパイダーマン:スパイダーバース』の予告のようなものだったらしい。日本では2019年公開予定とのこと。
『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』
Posted by asuka at 12:17 AM
17世紀のオランダでチューリップの球根が高値で売買されていたことを背景にしたメロドラマ。
監督は『ブーリン家の姉妹』のジャスティン・チャドウィック。
主演はアリシア・ヴィキャンデルとデイン・デハーン。単なる富豪の若い妻と貧乏画家の不倫の話なのかと思ったら、そうではなかった。この二人が中心でもない気もする。
以下、ネタバレです。
まず、アリシア・ヴィキャンデル演じるソフィアは元は孤児院にいて、そこから富豪に買われる形で嫁入りした。「子供が産まれたら安泰よ」と言われているのと、修道院の衣装から『侍女の物語』を思い出してしまった。
富豪役がクリストフ・ヴァルツで、出ているのを知らなかったので驚いた。どんな人物なのかわかりづらくはあるけれど、なんとなくヴァルツの印象で、悪い奴のイメージで見ていたんですが、途中から違うことに気づかされた。
この家の女中、マリアが語り手なんですが、この作品自体が彼女が主人公でもあると思った。画家と富豪の妻の不倫が中心とも言えない作りなのだ。
話の流れ自体は複雑ではないんですが、登場人物それぞれに対するエピソードがいくつか出てきて、それが絡み合い、その背後には高騰するチューリップの球根が関わってくる。
じっと見ていないとわからなくなるということはないけれど、全編にエピソードが詰め詰めになっている。
ソフィアは富豪との間に子供ができずに悩んでいたが、そんな折、肖像画を描かせるために雇った画家、ヤン(デイン・デハーン)と恋に落ちる。
人が恋に落ちる瞬間が描かれた映画が好きなんですが、これほど唐突に、両者が一気に燃え上がるのはなかなかない。
ただ、ヤンが思い出していたソフィアの姿は確かに、これは恋に落ちる…と思えるほど綺麗だった。青いドレスと手にはチューリップ。窓辺に立って、かすかな憂いを浮かべた表情は、その前のシーンでも尋常ではない美しさで、うっとりと見ていたところ、ヤンもその姿を思い出して、「I'm in love.」と言って、ソフィアのもとへ駆け出す。やはり、特別美しく撮ろうと意識されたシーンだったのだと思い、納得した。それと同時に、これは好きになっても仕方ないという説得力もあった。
女中のマリアは魚売りの男ウィレムと逢瀬を重ねるが、金のないウィレムは一攫千金を狙ってチューリップの球根の投機に手を出す。
金を得たものの、二人は些細なことですれ違い、ウィレムは金を失って海軍に一年入隊させられてしまう。マリアはそれを知らず、お腹にはウィレムの子供を宿す。
そこでソフィアが、マリアの子供は私が産んだことにすると言い出す。富豪の男は跡継ぎができて嬉しい、マリアは子供のそばで働き続けることができる、ソフィアは出産で死んだことにして屋敷を離れヤンの元へ行ける…win-winではないかという案だ。
そんなことうまくいくとは思えなかったし、ソフィアにだけ都合のいい案に思えた。
ここで私は『光をくれた人』を思い出してしまった。あのアリシア・ヴィキャンデルも自分さえ良ければいいといった感じだったし、彼女はまたこんな役なのか…と思ってしまったのだ。
ソフィアとマリアが共謀する様子は奥様と女中の秘密の共有という濃厚な関係で、それは良かったんですが、騙されて自分の子供ができたと思い込んでご機嫌な富豪の男が不憫になってしまった。クリストフ・ヴァルツが演じていても、子供二人と奥さんも亡くしている悲しい過去があるし、どうも嫌な奴ではなさそうだった。
その裏では、金のないヤンが新生活に向けての金稼ぎとして、チューリップの球根の投機にはまっていく。順調に稼いでいたけれど、前半で魚売りのウィレムが酷い目に遭うのを見たから、きっとこのままではいかないだろうと思う。
バブルは弾けるのだ。
出産替え玉計画もうまくいって、ソフィアは棺桶で屋敷から運び出される。このまま、ソフィアとヤンの二人は楽しく暮らしていきましたとさ…というエンディングだったら、そんなうまい話があるかと怒っていたと思う。
けれど、ヤンの元へは向かうことができない。罪悪感からだろうか。それに、情熱的な愛は消えてしまった。これはチューリップの球根の高騰にもかかっている。愛のバブルも弾けた。だから、恋に落ちる時もあんなにあっという間だったのだ。ぱっと燃え上がった炎は消えるのもはやい。
マリアの元には海軍での兵役を終えたウィレムが帰ってくる。誤解は解けて、「私たちの赤ちゃんよ」と話している時に、富豪の男はそれを聞いてしまう。
ここでもまだヴァルツの印象で、この男はここで暴れ出して、赤子もろとも皆殺しにしてソフィアとヤンを探し出して殺すのではないか…と思ってしまっていた。しかし、この男はヴァルツらしからぬ物分かりの良さで、自分がソフィアを金で買ったことを反省し、屋敷と家柄をマリアにゆずり、自分は一人インドへ旅立って行った。いい人すぎる。疑ってごめんなさい。
ヤンは結局は修道院からの罰で一文無しになる。しかし、画家の腕を認められて、教会の絵を描く仕事が与えられる。
ソフィアも逃げ出したあとでどこに行くのかと思っていたら、生まれ育った修道院に戻っていた。
二人がどうなるのかは明らかにはされないけれど、アイコンタクトをとって、幸せそうに笑い合っていた。再び会うことができて、近くにいられるのだから、それだけでも幸せなのだと思う。もう燃え上がるような愛ではなく、穏やかさを感じた。
ソフィアがトンデモ計画を出してきて、それが成功した時にはちょっと強引すぎるな…とも思ったけれど、いつの間にか、最後には全員幸せになっていて驚いた。ここまで丸くおさまる話だとは思わなかった。
思っていたよりもちょっと変わった話で面白かった。
ヤン役にデインデハーン。彼目当てで観ました。
最初、なかなか出てこなかったのでやきもきしたし、出てきてもソフィアとヤン中心の話ではなかったから、そこまで出番が多いわけではなかった。
でも、暗いところもある役ということで、久しぶりにデハーンのあの暗い目が生かせる、らしい役だったかなとは思う。二人が関係を持ったあとで、すれ違いざまに手を軽く絡ませる動作も色っぽかった。
また、時代ものなのでコスチュームプレイ的な見所もありました。似合う。とはいえ、貧乏画家なので、そこまでばきばきの装飾の付いた衣装ではなかったのは少し残念。ばきばきも似合うと思います。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』
Posted by asuka at 10:32 PM
『イット・フォローズ』がスマッシュヒットしたデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督作品。
失踪した美女を追いかける青年の話。ですが、散りばめられたヒントは膨大ですべて拾いきれていないし、主人公の青年自体が何者なのかもいまいちわからず、少なくとも清廉潔白という人物ではなく、妄想と現実の境も曖昧。
なのでストーリーがきっちり理解できたわけではないし、謎がすべて明かされたわけではない(私が理解できていないのでそう思うのかも)けれど、全体を貫く不気味な雰囲気と次々出てくる謎のセンスが好みで、謎が解けるとか解けないとかはどうでもよくなる。
万人におすすめできるタイプの映画ではないと思うけれど、デヴィッド・リンチというか、『ツイン・ピークス』好きの方は好きなのではないかと思う。
以下、ネタバレというより、私の考察です。
(あとで公式サイトの解説やパンフレットを読みます)
まず、主人公のサムですが、最初は何者だかまったくわからないんですが、LAに住んでいる、映画・ゲーム・音楽・アメコミ(スパイダーマンのコミックを放り投げるシーンは笑った)などのポップカルチャーが好き、現彼女が売れない女優、元彼女は売れた女優などから映画関係者なのかなと思った。
でも、家賃を滞納していたり、働いていると言っていたけれど無職っぽかったので、成功したけれど転落した映画関係者なのかと途中で思った。
しかし、彼が住んでいる場所、タイトルにもなっているシルバーレイクは映画業界を目指す若者が住む場所らしく、転落ではなく売れようとしているところだったようだ。
ただ、車が高級車だったり、派手な友人(ジミ・シンプソンが演じていた)がいたりと、一度は成功しかけたのではないかと思う。
この辺、映画内ではまったく明らかにされません。
サムは隣人のサラのことが好きになる。家でいい雰囲気になっていたところにルームメイトが帰ってきて、解散。明日また来てということになる。
このルームメイトが怪しい男とサラを含めて二人の女性。この先もこの映画に出てくる女性は大体三人組で出てきて、いよいよ何か意味がありそうだなと思った時に、その謎はラスト付近で明らかにされる。
翌日、彼女の家に行ってみるともぬけの殻。不動産屋に聞いてみたところ、引っ越したとのこと。この不動産屋はサムの家も担当していて、延滞している家賃を催促する。この不動産屋は何回か出てきますが、全体的に悪夢っぽく夢か現かわからない映画の中でこの人が出ているシーンだけは現実なのだなと思えた。家賃の催促という行為が現実としか思えないからだろうか。
サムは彼女の行方を探し始めるが、その途中途中で出てくるモチーフがどれもぐっときた。怪しいゴスバンドは〝イエスとドラキュラの花嫁〟という名前も大概ですが、イエスという男性とゴスウェディングドレスの女性が三人という四人組。ここも女性が三人。曲も好みでした。
何度か出てくる芸能関係者(たぶん)が集う怪しいパーティもおもしろい。風船を体に沢山つけた女性が踊り、終わったところで観客が入り口で渡された針で風船を割っていく。この女性はこの先も風船を手にくくりつけていた。
シークレットライブのチケットがクッキーで、当日ライブ会場の入り口で齧れと言われていた。しかも、ドラッグ入りのクッキーで、ハイになりながらライブを楽しめるという仕組み。
このライブ会場の地下のクラブはテーブルが墓石になっていた。
バンドの曲の歌詞から暗号を読み解いたり、腕輪の暗号から地図に隠された謎を探り当てたりと、どれもこれも見ていて面白かったが、一つ謎を解いても何も解決しないどころかむしろ謎は深まっていくのも不気味だった。深みにはまっていくばかりで、謎が解けてもすっきりはしない。
ただ、ストーリーがわかりにくい中で、金持ちのみの特権としてのカルト宗教めいたものが彼女の失踪の原因だったということで、ぼんやりと金持ちに対する憎悪が見えた。サムは序盤から家賃を滞納していることが示される。ホームレスに対する行き過ぎた嫌悪からも、絶対にホームレスにはなりたくないという思いが感じられるが、それは彼が限りなく近い場所にいるからだ。仕事も金もなく、成功もしていない。金持ちに対する気持ちは憎悪であり、憧れなのだ。
また、もう一つのテーマとして、ポップカルチャーは偽モノというのもあると思う。謎の老人がいろんな時代のヒット曲をピアノで弾いて、これは私が作った売れるために作ったというシーンがある。演奏されるのは実際の楽曲である。
特に、ニルヴァーナの『Smells like teen spirits』をピアノで弾きながら、「ギターの歪みなんてない、ピアノで片手間に作った、これでティーンが反抗心を掻き立てられるとか馬鹿」みたいなことを言うシーンは、サムもショックと怒りをおぼえていたが、私も同じ気持ちだった。
ポップカルチャー好きのサムは私だった。ニルヴァーナで衝撃を受けて、影響された過去を持つ。それが全部嘘だったら? 観た映画、読んだ漫画、すべてがメッセージを隠すためだけの偽モノだったら? そんなのは悲しすぎるし、好きなもの、影響されたものを否定されたら、私を形づくるものすべてが無くなってしまう。私自体が無くなる。まるで私という存在を否定されたようだ。
ただ、この老人も金持ちだったから、結局金持ち憎悪の話とも繋がってくるのかも。
サムはもちろんサラを探していたのだけれど、曲に隠された暗号や昔のゲーム雑誌に隠された地図を探っている時には楽しそうだった。謎解きを楽しんでいた。これは、本作に散りばめられた謎を探して考察する私と同じ姿である。ちょっとしたことから意味をさがすのはなんで楽しいのだろう。
US版のポスターには様々なモチーフが隠されていて、それはWEBではわからなかったけれど映画館に実物か貼ってあって、なるほどこれか…と思いながら写真を撮ってた私もサムと同じなのだ。
ホラーの皮をかぶった青春映画『イット・フォローズ』の監督だけあって、青春映画の一面もある。一作目、『アメリカン・スリープオーバー』も未見ですが青春映画らしい(上映か配信して欲しい)。
ラスト付近、どこかの地下室にいるサラとサムはテレビ電話で会話をする。
サラからの「ここに来なければ良かったと思う?」という質問にアンドリューが同意をすると、「そっか」と少し残念そうにしていた。もう自力で逃げようとかそんなことは考えない。あきらめてるから。でも、もっとはやくに二人が会ってたら、事態は違ったのかもしれないとも思ってしまう。
この電話の時に、サラは「犬を飼ったら?あなたには無償の愛が必要」というようなことを言っていた。
サラの失踪事件と並行して、連続犬殺し事件が町で起こっていることが示される。この事件については犯人はわからないし、解決もされない(私が見落としているだけかもしれない…)。けれど、もしかしたら、犬=無償の愛の象徴なのかもしれないと思った。それはささくれ立ったサムの心の中を示しているのではないだろうか。
サムがこの先どうなるのかわからない。隣人の老婆の家でセックスをしていた(この時、カーテンを閉めた時に映るベランダの鳥かごと鳥がきれいだった)のもなんのためかわからない。これはただ単にセックスがしたかっただけかもしれないし、不動産屋と警察からの退去命令を避けるために家から出たかったのかもしれないし、オウムが何を話しているのか知りたかったのかもしれない。理由はわからないけれど、最後の何かを睨むような、決心するようなサムの顔が不気味でもあり、恰好良くもあった。この映画内で、ここまで見せていなかった表情である。
今年はNTライブ『エンジェルス・イン・アメリカ』でアンドリュー・ガーフィールドのことを好きになったんですが、本作でますます好きになってしまった。
母親が好きな女優やサムのTシャツ、部屋のポスターなどにも意味があったのかもしれないけど、拾いきれていません。
パンフや公式サイトの解説を読んでみます。
『永遠のこどもたち』
Posted by asuka at 12:59 PM
2007年公開。J・A・バヨナ監督初長編作。製作総指揮にギレルモ・デル・トロ。
原題は『El Orfanato』で、スペイン語でそのまま“孤児院”の意味らしいので、良い邦題だと思う。
まず海辺の元孤児院というのが、ロケーション的にぐっとくる。窓からはかつて動いていたけれど、今は使われていない灯台が見える。
これは、2016年の『怪物はささやく』で子供の部屋から古い大木が見えるのにも似ていると思った。
また、孤児院といってもお屋敷のようで、これは今年公開された『ジュラシック・ワールド/炎の王国』に出て来たお屋敷にもよく似ていて、監督の趣味はまったくぶれていないのがよくわかる。何かが潜む不気味な館という構図も同じですね。
『インポッシブル』もですが、バヨナ監督作はどれも子供がキーになっているようだ。
前半は、実は館にはおぞましい秘密があった!ということで、思ったよりもホラー映画のようだった。
特に、息子は見えないお友達と海辺の洞窟で会い家に連れて来てしまうとか、そのお友達に息子が連れ去られたのか神隠しに遭うなどのエピソードはよくある感じだと思ってしまった。
また、謎の老婆が車に轢かれてしまい、そのぐちゃぐちゃになった顔を映すなど、怖がらせようという意図も見えた。
しかし、話が進んで行き、主人公ラウラがいた孤児院でラウラが出たあとにあった事故など、事実が明らかになっていく。
霊媒師などが家の様子を見にきて、霊と対話をするが、ラウラは事情がわかっているし、実際に被害に遭ったから霊を信じるけれど、夫はまったく信じていない。でもこのままここにいたら、妻がおかしくなってしまうと思い、家を出ることにする。
ここでラウラは、家を出るのは反対をして、2日間だけお別れの期間をくれと申し出るんですね。ここまでは、怪奇現象が起こっても、夫がいるしまあ大丈夫だろうと思っていたけれど、ここでラウラ一人になってしまったら、おそらくすごく怖い目に遭うだろうというのは想像できた。でも彼女も同じ孤児院だったということで関わっている以上、彼女が子供の霊たちと戦うしかないのだ。戦って、自分の息子を取り戻すしかないのだ…と思った。
だが、ここから話が変わっていく。屋敷内を掃除して、全員分の食事を作り、孤児院の服を着たラウラは、人形を置いてみんなでテーブルを囲む。
「1回2回3回、壁を叩け」という、だるまさんがころんだのようなことをする。これはラウラが小さいころ、死んでしまった孤児院の子供達と遊んだ遊びだ。
ここのカメラワークも面白い。壁側に顔を伏せているラウラを映して、ラウラが振り返るのと一緒にカメラもラウラの後ろを映す。まるで、映画を観ている側が、ラウラのすぐ横に立たされたようだった。何度めかのだるまさんがころんだで後ろに子供達が現れる。次第に近づいて来る様子には多少の不気味さはあるけれど、もうホラーという感じではない。
それよりは、殺されてまさに“永遠のこどもたち”になってしまった彼らとの心の交流が哀しい。姿も普通の子供だし、先ほどまでの怖がらせようとする意図が消える。
普通のホラー映画なら、ラウラが一人屋敷の中に残されての霊との戦いをクライマックスにして、ここからどんどん怖くしようとするはずだけれど、まったくそうはならない。
結局、地下室の階段の柵が壊れて転落したであろう息子の遺体が見つかる。それも、誰のせいというよりは事故であり、ただ哀しい。
ラウラが「息子を生き返らせて」と願うと、灯台が光るのも美しい。生き返るというよりは、ラウラが彼ら側へ行ったのだ。かつての友達らがラウラの元に集まってきて、その中には醜い顔と言われていた子もいたけれど、前半でその顔を怖く映していたのに、ラストでは全く怖くない。むしろ優しい。
向こう側に行ってしまったというのに、音楽も感動的なもので、ああ、これホラー映画じゃなかったんだな…と確信した。ホラー映画なら、向こう側へ行ったラウラはあんなに優しげな顔をしないし、恐怖の中で震え、夫が助けに来る展開である。
ラスト、夫が妻や子供たちが一緒に埋葬された墓に花を手向けていた。その表情も、怒りや悲しみや恐怖ではなく、穏やかだった。屋敷内で妻のロケットを見つけた彼は、おそらくもう、霊が存在するなんてとバカにしてなさそうだったし、ちゃんと信じていそうだった。
幽霊怖い!というところから、彼らだって生きていたのだし、どんな形でも時を超えて会えるのは素晴らしいでしょ、怖くないよというロマンティックですらある結論が出る。
生きている者と死んでいる者の境界が曖昧になる。想いはそんなものを超えていくという感じは、デル・トロっぽくもあるし、バヨナっぽくもあるなと思った。暗黒童話感が似ている。
前半はこんなに怖いなんて聞いていない…と思ったけれど、結局、ホラーではなく、映像美に彩られているゴシックファンタジーでした。バヨナ監督の原点であり、まだまだ今も失われていない監督色の出所が見えておもしろかった。
『クワイエット・プレイス』
Posted by asuka at 7:57 PM
音を立てると即死、というキャッチコピーから、スマッシュヒットした『ドント・ブリーズ』と何が違うのかと思っていて、本編自体にはさほど期待せず、ノア・ジュプ目当てで観に行ったんですが、内容も全く違うし、おもしろかった。
『ドント・ブリーズ』はじめ、『イット・フォローズ』『ゲット・アウト』『ヴィジット』など、最近のアイディア系ホラーにまた新たな一作という感じでした。
ただ、ホラー色は弱いので、怖さを求めていくと物足りないかもしれない。
作品の性質上、シーンとしてるところから大きな音とともに怖いものが出てくるビックリ演出が多数あるのでは…と思っていたけれどほとんどなかった。
以下、ネタバレです。
予告などだと音を立てたら死ぬことしか明らかになってなかったので、何が襲ってくるのかも、一体どうやって生活をするのかもわからなかったけれど、序盤にルール説明がある。
最初から兄弟の一番下の小さい子が危なっかしいんですけど、予告やスチルやプレミアの画像などで事前に見ていた限り、四人家族だと思っていたので、この子は早々に離脱するんだろうな…というのはなんとなく察しがついていた。ただ、長女のリーガンが渡したおもちゃのせいで死んでしまうとは思わなかったので切なかった。最序盤だけれど、これがこの先、リーガンの心に大きな影を落とす。
一番下の子が襲われた時には、相手が何者なのかはまったくわからない。けれど俊敏な生き物だった。決して人間ではない。
やはり『ドント・ブリーズ』のように相手が人間のほうが怖いのではないかと思う。これで、怖さはあまりなくなった。
父はこの生き物について調べている。壁に貼ってある新聞などから、メキシコに落ちた隕石がキーワードになりそうだったので、どうやら宇宙から来たのではないかということがなんとなくわかる。本当に何者なのかというのは最後までわかりません。ただ、音を察知して襲ってくるということだけが、はっきりしている。
前半は静寂の中での家族の生活が描かれる。リーガンは聾者らしく、耳に補聴器をつけている。それでおそらくこの謎の生き物が襲来する前から家族で手話を日常的に使っていたのか、セリフはほとんど手話である。アメリカ手話らしい。手話部分は英語字幕と日本語字幕が同時に出るので勉強になる。
セリフや音楽がない中で、微かな生活音を立てながら、家族が身を寄せ合って、少し不便なサバイバル生活をしている様子は、映画として観たことがないものだった。牧歌的で、少しほのぼのとも見えてしまった。かなり実験的だったと思う。
あまりホラーっぽくはないな…と思っていたところで、妊婦である母が一人家に残されている時に事件が起こる。洗濯物が入った袋を引き上げようとするが、階段の釘に引っかかってしまい、その釘が飛び出てしまう。
ああ、これは後で踏むんだろうな…と思っていたら案の定。しかも、破水している時に。
当然謎の生き物がやってくるんですが、それから逃げつつの出産するまでのシーンの緊迫感が素晴らしかった。怖いというよりはいろいろなアイディアがちりばめられていておもしろかった。
家の周りには電球があって、夜に灯るのが綺麗だった。質素な生活の中で豊かに生きる知恵なのかもしれない。謎の生物は目が見えないようなので、視覚表現はいろいろとできるようだった。
ただ、その電球は、家の中でピンチなのを伝えるために色が赤くもできるとは知らなかった。遠方にいる家族にピンチを伝えるために声を出すわけにはいかないのだ。なるほど。そして、真っ赤な電球が多数灯っている様子は見た目的にもピンチなのがよくわかる。
それで、家から離れた場所にいる父と息子が音を出して謎の生物の気を引いてピンチを脱した。
リーガンの弟、マーカスは臆病者で家から離れた場所に出かけるのも嫌がっていた。けれど、母に年をとったら守ってくれと言われて、いやいやながら父親と狩りへ出かけていく。
ここで、父と語っていたし、謎の生物の気をひくための花火も一人で点火しにいって、ちゃんと成長していた。母を守ったのだ。
ホラーというよりは家族愛の映画の面が強いと思う。
父も子供達に手話で愛していると伝えてから、絶叫して生物を引き寄せていた。つらかったが、手話があれば、少し離れていても声を出せなくても思いが伝えられるというのも面白いアイディアだと思った。
また、いくつか、えっ?それ伏線だったの?というものが回収がされていくのがおもしろかった。ルールが明示されて、少し後にそれが応用される。とはいえ、最初に出て来た時にはそれがルール説明なのだとはわからないのが巧みだと思う。
滝に行って、もっと大きな音がしてる場合は声を出しても大丈夫というルールが、親子の狩りシーンで出てきて、その後に家の中の水漏れで地下室がピンチというシーンが出てくる。水漏れも結局、滝と同じである。
細かいところだけれど、遊ぶことも限られていて、マーカスが暇つぶしに車を運転するようにハンドルを持っているシーンが序盤に出てきますが、後半に子供二人で車で逃げて来るシーンがあって、なるほど繋がっていると思った。
ただ、ここまで世界観がちゃんと作られているのに、なぜこの中で子供を作ってしまったのか。赤ちゃんはいつ大きな声で泣くともしれないのに。
ホラー映画を観ていると、ルールにのっとった生き残りゲームというように見えてくることがあるけれど、赤ちゃんはルールをより厳しくする要素の一つに思えてしまった。
けれど、幼い子供を失ったからかもしれないし、もう一人作ることでリーガンを安心させようとしたのかもしれない。それとは関係なく、もう一人子供が欲しかったのかもしれないけど。
この映画はほとんど家族四人の俳優しか出てこないが、四人とも上手くて見応えがあった。
エミリー・ブラントは安定してますが、特に最後の銃を構える顔ですね。リーガンとともに、戦う覚悟を決めた顔がとても恰好よかった。一気に表情が変わっていた。
弱点もわかったし、何匹いるからわからないけどきっと一掃できる日も近いのだろうという、希望と強さが感じられた。
監督であり、父親役のジョン・クラシンスキーは実生活でもエミリー・ブラントの夫らしい。片耳ずつイヤホンをつけてダンスを踊るシーンが美しかった。やはり、『ベイビー・ドライバー』や『タリーと私の秘密の時間』でも出て来たけれど、最近はワイヤレスが主流でも、この場合のイヤホンは有線に限る。糸というか、コードで繋がれているところに情緒がある。
リーガン役のミリセント・シモンズは、実際に聾者だというのに驚いた。今年四月に公開された『ワンダーストラック』にも出演していたようで観たい。まだ映画出演経験が少ないようだけれど、これから増えそう。
マーカス役のノア・ジュプは、予告で見た限りだとだいぶ幼く見えたけれど、映画で全身が映ったら結構頭身が高かった。童顔なので、幼く見えていただけのようでした。『ワンダー 君は太陽』よりも更にお兄さんっぽく見えて、順調に成長してるなという感じ。ただ、怯えた顔も泣き顔も可愛かったです。
毛糸の帽子も可愛いけど、とったときのくるくるの髪型も可愛い。
これまでの出演作については『ワンダー』の感想の最後のあたりに書きました。
あと、出演ドラマ『ナイト・マネジャー』の感想はこちら。
今後の予定は
12月にアメリカで公開予定のウィル・フェレルがシャーロック・ホームズ、ジョン・C・ライリーがジョン・ワトソンを演じる『Holmes and Watson』。
2019年はシャイア・ラブーフの自伝映画『Honey Boy』にシャイア・ラブーフの少年時代役で出演。ちなみに青年時代はルーカス・ヘッジズが演じる。
もう一作は『Ford v. Ferrari』。フォードのデザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)とドライバーのケン・マイルス(クリスチャン・ベイル)がフェラーリをル・マンで倒そうとする姿を描く伝記映画で、ノア・ジュプはケンの息子のピーター役。
また、『HHhH』が原作の『The Man with the Iron Heart』(2017年)にもアタ・モラヴェツ役で出演していて、『ナチス第三の男』の邦題で来年一月に日本でも公開されます。
『クワイエット・プレイス』は続編構想もあるらしい。別の家族の話になるのか、敵は同じままなのか、いろいろと気になるけれど、今のところは続けなくてもいいのではないかと思ってしまう。
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