『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
Posted by asuka at 2:51 PM
ホロコーストのユダヤ人列車移送の最高責任者、アドルフ・アイヒマンの裁判をテレビで放映すべく、奮闘したジャーナリストと映画監督の実話。
テレビのプロデューサー役にマーティン・フリーマン、彼が連れてきた番組を作る映画監督役にアンソニー・ラパリア。
日本ではマーティンが主演というような扱いだけれど、二人が主演です。
監督は『アンコール!!』のポール・アンドリュー・ウィリアムズ。
以下、ネタバレです。
裁判をテレビで放送するまでのすったもんだかと思っていたが、その部分は少なく抑えられ、裁判自体のシーンが多い。
裁判中にカメラを意識しないように壁の中に隠すとか、判事の何人かの賛成を得ないといけないとか、困難はある。
プロデューサーもナチスから脅迫を受け、それって最大の困難じゃないの?こんなに序盤に出てきてしまっていいの?と思っていたら、裁判が本編で、流すまでの困難は前段階だった。
困難を乗り越えて、最後、裁判シーンが10分間くらいあって、ちゃんと流せました、めでたしめでたしな作品ではない。というのも、実際の裁判が4ヶ月と期間が長かったからだ。
そして、序盤は繋ぎ方とかがうまくないのかなとかテンポが悪いとか思いながら観ていたけれど、裁判に入ってから映画自体のおもしろさも加速する。
監督としては、アイヒマンの人間らしさをとらえたいようだった。そうすることで、悪魔ではなく普通の人間が残酷になる場合があるというのを示したかったのだ。これは、6/17公開の『帰ってきたヒトラー』でも警告のように描かれていることだ。
ただ、プロデューサーとしてはテレビのショーとしておもしろいものを撮りたいから、意見が対立する。
アイヒマンの表情を追うあまり、証言した人が倒れるシーンは撮れていなかったことで言い合いになる。
この二人がまったく正反対なのがおもしろい。
映画監督は寡黙だが頑固。つれてこられた身であっても、こだわりがある。対するプロデューサーはぺらぺらと喋りまくり、軽薄そうだがこちらも頑固。この一見冷たいようでいて実は頑固、飄々としているが家族想いの優しい面もあるという役柄がマーティンによく合っていた。
番組づくりでの意見は対立しても、目の前にいるアイヒマンという大きな存在に対する思いは同じなために、徐々にスタッフを含めて結束していく。
裁判が始まったのが1961年4月11日なのだが、ガガーリンの有人宇宙飛行成功が翌日4月12日、更には1961年1月にケネディ大統領が就任し、4月15日にピッグス湾事件が起こったり、キューバ危機のまっただ中だったりと、視聴者は序盤は別のニュースに夢中だったらしい。
わくわくするような出来事と今現在進行しているニュースのほうが重要で、過去に起こった出来事がもう終わったこととして軽視されるのもわかる。
ただ、ホロコーストを生き残ったユダヤ人の方が証言台に立って語り、そこで何が起こっていたのかが明らかになるにつれ、視聴者は裁判にも目を向け始める。
今では常識だし、教科書にも載っているおぞましい実態や非道な行為が、ここで初めて知らされたらしい。衝撃的で信じられなかっただろうし、それは釘付けになるだろう。
彼らが証言する様子と、それを聞いても口を歪めるくらいしかしないアイヒマンは本物の映像が使われている。
ちなみに、本物のドキュメンタリー映像だけを使った『スペシャリスト/自覚なき殺戮者』という映画もあるらしい。また、関連作として、裁判の傍聴席にいた女性が主人公の『ハンナ・アーレント』もあげられている。
ジャーナリストができること、世間に知らしめるための裏での奮闘という意味では、『スポットライト』とも通じるところがあると思う。正しいと思ったことは反対されても続けることと、意志を通すことは重要だということがわかる。
また、序盤は、写真や証言のみだったけれど、収容所の様子がありありと頭に思い浮かんできたのは『サウルの息子』を観ていたせいもあると思う。ゾンダーコマンダーとして働いていいて生き残った男性も証言していた。字幕には出ていなかったけれど、ソンダーコマンダーというセリフは出てきた。
実際の映像を見せたら、アイヒマンの表情に変化が現れるのではないかと流された映像では、大量の死体がまるで物のように扱われていた。こちらが目を背けたくなるようなものだったが、アイヒマンはやはり少し歪めたものの基本的には涼しい顔。涙の一つも流さない。もちろん謝罪も出ない。
映画監督は映像の力を信じてアイヒマンの表情をとらえ続けたが、変化はなく、何故だとカメラ越しに問い続けていた。けれど、それで収穫がなかったわけではなく、それを観ていた視聴者の気持ちはつかんだのだから、やはり映像の力はちゃんと示されたのだと思う。
calendar
ver0.2 by バッド
about
- asuka
- 映画中心に感想。Twitterで書いたことのまとめです。 旧作についてはネタバレ考慮していませんのでお気をつけ下さい。
Popular posts
-
2013年公開。リュック・ベッソン監督作品。 アメリカ版だと『The Family』というタイトルらしい。フランス版は同じく『マラヴィータ』。イタリア語で“暗黒街での生涯”とかの意味らしいですが、主人公家族の飼っている犬の名前がマラヴィータなのでそれだと思う。別に犬は活躍しま...
-
アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、歌曲賞ノミネート、脚色賞受賞。その他の様々な賞にノミネートされていました。 以下、ネタバレです。 北イタリアの別荘に夏の間訪れている家族の元に、一人の青年が訪れる。家族の父親が教授で、その青年は教え子である。 まず舞台の北イタリアの夏の風景が素晴...
-
2007年公開。このところ、ダニー・ ボイル監督作品を連続で観てますが、 こんなSFを撮っているとは知らなかった。しかも、 主演がキリアン・マーフィー。でも、考えてみればキリアンは『 28日後…』でも主演だった。 映像面でのこだわりは相変わらず感じられました。 宇宙船のシールド...
-
原題は『The Young Pope』。ジュード・ロウがローマ教皇を演じたドラマの後半。(前半の感想は こちら ) 前半は教皇が最強でもう誰も逆らえないみたいになったところで終わった。 ジュード・ロウ自体が美しいし、そんな彼が人を従えている様子は、神というよりは悪魔のよ...
-
Netflixオリジナルドラマ。 童貞の息子とセックス・セラピストの母親の話と聞いた時にはエロメインのキワモノ枠かなとも思ったんですが、母子の関係がメインではなく、そちらを描きつつも、学校生活がメインになっていた。 ドラマ開始から学生同士のセックスシーンだし、どうだろう...
-
試写会にて。わかったことと、わからないこと。 以下、ネタバレです。 クーパーがどうやって助けられたのかがよくわからなかったんですが、あの時のアメリアの顔は幻じゃなかった。映画の序盤でワームホールを通る時に、アメリアが“彼ら”の姿を見てハンドシェイクをする。結局“彼...
-
ドルビーアトモスで観たんですが、席が前方だったせいもあるかもしれないけれど、あまり音の良さはよくわからなかった。前回がIMAXだったからかもしれない。 IMAXと同じく、最初のプロモーション映像みたいなのはすごかった。葉っぱが右から左へ。 以下、二回目で思ったことをちょこ...
-
ほぼ半月あけて後編が公開。(前編の感想は こちら ) 以下、ネタバレです。 流れ自体は前編と同じ。ジョーがこれまであったことを話し、それに対して、セリグマン(今回はちゃんと名前が出てきた。ステラン・スカルガルドが演じている男性)が素っ頓狂なあいづちをうつ、と...
-
ウェス・アンダーソン監督作品。前作の『ムーンライズ・キングダム』は、ブルース・ウィリスやティルダ・スウィントンは良かったし、家の中の撮り方も良かったけど、お洒落映画でしかないかなという感想だった。そのため、今回もかまえてしまっていたけれど、すごく面白かった。 やはり、撮り方な...
-
フランスCanal+、イギリスSkyの共同制作のドラマ。トンネルってタイトルはドーバー海峡のトンネルのことだった。もともとはデンマークとスウェーデンの共同制作で『The Bridge』というドラマだったらしい。 見たのは2013年のシリーズ1(全10話)。来年シーズン3が放映され...
Powered by Blogger.
Powered by WordPress
©
Holy cow! - Designed by Matt, Blogger templates by Blog and Web.
Powered by Blogger.
Powered by Blogger.
0 comments: