『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』



ホロコーストのユダヤ人列車移送の最高責任者、アドルフ・アイヒマンの裁判をテレビで放映すべく、奮闘したジャーナリストと映画監督の実話。
テレビのプロデューサー役にマーティン・フリーマン、彼が連れてきた番組を作る映画監督役にアンソニー・ラパリア。  
日本ではマーティンが主演というような扱いだけれど、二人が主演です。

監督は『アンコール!!』のポール・アンドリュー・ウィリアムズ。

以下、ネタバレです。







裁判をテレビで放送するまでのすったもんだかと思っていたが、その部分は少なく抑えられ、裁判自体のシーンが多い。
裁判中にカメラを意識しないように壁の中に隠すとか、判事の何人かの賛成を得ないといけないとか、困難はある。
プロデューサーもナチスから脅迫を受け、それって最大の困難じゃないの?こんなに序盤に出てきてしまっていいの?と思っていたら、裁判が本編で、流すまでの困難は前段階だった。

困難を乗り越えて、最後、裁判シーンが10分間くらいあって、ちゃんと流せました、めでたしめでたしな作品ではない。というのも、実際の裁判が4ヶ月と期間が長かったからだ。
そして、序盤は繋ぎ方とかがうまくないのかなとかテンポが悪いとか思いながら観ていたけれど、裁判に入ってから映画自体のおもしろさも加速する。

監督としては、アイヒマンの人間らしさをとらえたいようだった。そうすることで、悪魔ではなく普通の人間が残酷になる場合があるというのを示したかったのだ。これは、6/17公開の『帰ってきたヒトラー』でも警告のように描かれていることだ。
ただ、プロデューサーとしてはテレビのショーとしておもしろいものを撮りたいから、意見が対立する。
アイヒマンの表情を追うあまり、証言した人が倒れるシーンは撮れていなかったことで言い合いになる。

この二人がまったく正反対なのがおもしろい。
映画監督は寡黙だが頑固。つれてこられた身であっても、こだわりがある。対するプロデューサーはぺらぺらと喋りまくり、軽薄そうだがこちらも頑固。この一見冷たいようでいて実は頑固、飄々としているが家族想いの優しい面もあるという役柄がマーティンによく合っていた。

番組づくりでの意見は対立しても、目の前にいるアイヒマンという大きな存在に対する思いは同じなために、徐々にスタッフを含めて結束していく。

裁判が始まったのが1961年4月11日なのだが、ガガーリンの有人宇宙飛行成功が翌日4月12日、更には1961年1月にケネディ大統領が就任し、4月15日にピッグス湾事件が起こったり、キューバ危機のまっただ中だったりと、視聴者は序盤は別のニュースに夢中だったらしい。
わくわくするような出来事と今現在進行しているニュースのほうが重要で、過去に起こった出来事がもう終わったこととして軽視されるのもわかる。

ただ、ホロコーストを生き残ったユダヤ人の方が証言台に立って語り、そこで何が起こっていたのかが明らかになるにつれ、視聴者は裁判にも目を向け始める。
今では常識だし、教科書にも載っているおぞましい実態や非道な行為が、ここで初めて知らされたらしい。衝撃的で信じられなかっただろうし、それは釘付けになるだろう。

彼らが証言する様子と、それを聞いても口を歪めるくらいしかしないアイヒマンは本物の映像が使われている。

ちなみに、本物のドキュメンタリー映像だけを使った『スペシャリスト/自覚なき殺戮者』という映画もあるらしい。また、関連作として、裁判の傍聴席にいた女性が主人公の『ハンナ・アーレント』もあげられている。
ジャーナリストができること、世間に知らしめるための裏での奮闘という意味では、『スポットライト』とも通じるところがあると思う。正しいと思ったことは反対されても続けることと、意志を通すことは重要だということがわかる。

また、序盤は、写真や証言のみだったけれど、収容所の様子がありありと頭に思い浮かんできたのは『サウルの息子』を観ていたせいもあると思う。ゾンダーコマンダーとして働いていいて生き残った男性も証言していた。字幕には出ていなかったけれど、ソンダーコマンダーというセリフは出てきた。

実際の映像を見せたら、アイヒマンの表情に変化が現れるのではないかと流された映像では、大量の死体がまるで物のように扱われていた。こちらが目を背けたくなるようなものだったが、アイヒマンはやはり少し歪めたものの基本的には涼しい顔。涙の一つも流さない。もちろん謝罪も出ない。

映画監督は映像の力を信じてアイヒマンの表情をとらえ続けたが、変化はなく、何故だとカメラ越しに問い続けていた。けれど、それで収穫がなかったわけではなく、それを観ていた視聴者の気持ちはつかんだのだから、やはり映像の力はちゃんと示されたのだと思う。



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