『グランドフィナーレ』



『グレート・ビューティー/追憶のローマ』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したパオロ・ソレンティーノ監督作品。イタリア人監督ですが、登場人物にハリウッド映画監督がいるため、本作は英語作品。
出演は、マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル、ポール・ダノ、レイチェル・ワイズと豪華。
本作で『シンプルソング #3』が主題歌賞にノミネートされています。

以下、ネタバレです。







老いて引退した元指揮者フレッドのもとに、もう一度振ってくれと依頼が来て、なんやかんやあって最終的には振る話なのだろうと思っていた。それはその通りなのだけれど、元指揮者のみの話ではなかったのだ。

フレッドはスイスの山奥の施設に滞在していて、そこが何なのか、途中までわからなかった。お年寄りが多いみたいだし、体のケアもしてくれるみたいだし、老人ホームみたいなものなのかとも思った。けれど、若者も滞在している。
山奥で下界とは切り離された世界のため、もしかしたら天国とか、SF的なもの(全員改造されたサイボーグとか)なのかとか、ここにいる人間以外は絶滅した世界なのかとか、これ自体がすべてフレッドの夢なのかとか、いろいろ考えてしまった。
建物内にいる人物たちに共通の目的がある『ロブスター』タイプかなとも思ったけれど、それぞれに繋がりはないようだった。それに、別に閉じ込められているわけではなく、外へは出られるようだった。ただ、異世界っぽくはある。

結局は滞在型の超高級リゾートホテルだったのだと途中で判明する。そういえば、最初のほうで毎年スイスに来ていると言っていたし、別に隠されていた事案ではなく、私の観る力が足りないだけだったのかもしれない。

映画はほとんどこのホテルでの出来事で綴られるため、世間とは隔絶された蠱惑的な世界が描かれている。
マッサージ、泥パック、健康を害してないか医師の診断も受けられ、広いスパやプールもある。食事は毎日、ドレスアップして食べにいく。娼婦も常備。毎晩、歌やパントマイムなどの出し物も見学できる。日中はアルプス山脈を見ながらの散歩。本当にこんな場所があるのだろうか。
泊まっているのも、女王陛下から依頼のくる元指揮者、ハリウッド監督、俳優、“彼”と呼ばれていたけれどマラドーナを彷彿とさせる有名人、ミス・ユニバースと格が違うので、こんな場所が実際にあったとしても、私は泊まることはできないけれど。

映画では、このホテル内での出来事を奇妙に、そして圧倒的な映像美で描写する。
元指揮者フレッドの話が中心ではあるけれど、宿泊客だけでなくマッサージ師の女性も加え、登場人物それぞれについて語られるので、まさにグランドホテル方式の群像劇になっている。

映像美と言われるとアート系とかわかり難いかと思われるし、実際、最初は場所も主旨も本題もわからなかったしわかり難い作品かも…と思ったけれど、観ていくうちに、描かれているのは変に俗っぽいというか、キャラクターがそれぞれ人間味溢れているのがわかる。

細かいエピソードがぱらぱらと出てきてまとまりはないけれど、そのまとまりの無さも夢のように思える。一人について一つのエピソードではなく、二つ三つ出てきたりもする。でも、その一つ一つが意味がないようでいて、今思い出すと、どれもキラキラ輝いている。

元指揮者のフレッドとハリウッド監督のミックという、長年の友人二人が一緒のエピソードだけでもかなりたくさんの話が出てきた。

おしっこが数滴しか出ない話はお年寄り特有の病気話だけれど、昔二人で同じ女性を好きになった話や、喋らない夫婦の宿泊客についての賭けのあたりは年齢は関係なく、ただの友人同士だった。

特に、二人が風呂でゆっくりしているところに、全裸のミス・ユニバースが入ってくるあたりは本当に若返っていた。ミス・ユニバースも最初、一瞬だけ躊躇したものの、お年寄り二人だとわかると堂々とした感じで入ってくる。
お年寄り二人だから、というわけではなく、二人は完璧な裸体の前に動くことができない。女神に魅入るように、ただただ見つめている。
この時、マイケル・ケインが困ったような表情になっているんですが、あれ、切ない顔なんですね。恋に落ちた顔です。この映画のどこかの国版のポスターにもなっているくらい、傑作の表情。
このシーン以外にも裸が何回か出てくるせいで年齢制限がかかっているのではないかと思うけれど、まったくいやらしくない。

二人はそれぞれ、相手に「いい話しかしないから」と言っていた。これが友情が長続きする秘訣なのかもしれない。
二人が一緒の時は一気に悪ガキに戻っているように見えた。友達ってそういうものなのかもしれない。

この他に、一人一人、別々のエピソードもあるけれど、そこでは老いと向き合うシーンが多い。
他の登場人物も、いろいろな話をしていても、結局は過去と未来について話しているようだった。
だから、タイトルは原題の『Youth』で良かったのにと思う。“若さ”とか“青春”とかそんな意味。ユースホステルのユースですね。

全体的に夢のような映像だけど、登場人物が夢を見るシーンも多い。フレッドとその娘レナは父娘そろって悪夢を見ていた。

レナはポップスターに夫を寝取られてしまうんですが、そのあとの夢で、歌手名と曲タイトルが最初に左下に出て、曲が始まるというMVのようになっているシーンがあった。ちなみに、そのMVに出てくる悪魔が自分です。
映像美に特化した映画を撮っている方はよくMVを撮ったりしていることが多い。実際に撮っているいるのかはわからないけれど、作品中に出てくるとは思わなかった。
ちなみに、そのポップスター、パロマ・フェイスはご本人だそうなので、曲もご本人のものなのだろう。こんな遊び心もまじえている。

父娘、二人並んで泥パックをするシーンも良かった。レナは小さい頃から、仕事に没頭して家族を顧みなかった父を恨んでいて、まるで呪詛のような言葉を吐き続ける。長い長いセリフだけれど、カメラはずっとレナを撮り続けている。フレッドがどんな表情をしているかはわからないけれど、泥パックをしているから隣りで動けないのは映像に映っていなくてもわかる。逃げたいだろうに逃げられないのだ。

映像は綺麗でも、そこで描かれているのはただの人間だ。娘の気持ちの吐露を見ていてもそう思えた。

フレッドが指揮をするのを断った理由も、その曲を歌った妻と恋に落ちたから、別の人が歌うのは耐えられないというものだった。
芸術家だから、何か小難しい理由があるのではないかと思ったけれど、ひどく人間味があり映画を観ている側にも理解が出来る。

最後にコンサートのシーンがあるが、BBCオーケストラとソプラノ歌手スミ・ジョーもご本人とのこと。豪華である。

映像とともに一番好きだったのは、ホテルの土産物屋さんのような場所でのシーンである。視線上部には風鈴だかびいどろだか、ガラス細工の何かが下がっている。鳩時計など多くの仕掛け時計が並んでいて、一斉に鳴り出す。
ポール・ダノ演じる映画俳優は一つの出演作が大ヒットしたが他の作品は…という役柄だった。本人はそのヒットした映画はあまり好きではない様子。
「ミス・ユニバースにも、あの映画観ました!(あの映画しか観てません)」というようなことを言われていたし、傷ついていそうだったから、そのガラス細工をめちゃくちゃに壊したりしそうだった。何を考えているかわからなそうな、危うさのある役だったので。
でも、そこへ少女が表れて、その映画ではない映画を観たと告げる。セリフまできちんとおぼえているくらい、ちゃんと観てくれているようだった。少女だし、まるで天使のようにも見えた。
自信を失いかけて、おそらく、こんなことならもうやめちゃおうかなくらいのことは考えていたはずだ。けれど、しっかりと観ていてくれる人もいることがわかった。一人でもいれば、気持ちがまったく違うだろう。人が救われた瞬間が見られた。ほっとしたような、傷の癒えた表情がとても良かった。
また、このシーンはフレッドが左利きの子供にバイオリンを教えるシーンとも繋がってくるのかなとも思った。両方とも、自分が悲観してるほど酷い状況じゃないよというのが示される。

哲学的にも思える名言の数々と、ポストカードや写真集にしたいような名場面の数々。そのすべてについて語りたくなってしまう。あのシーンも良かった…というのがいくつも出てきて(僧侶は本当に浮いてたなとか、“彼”の左利きの話とか、歴代の撮ってきた女優が勢揃いするシーンとか、牛に向かって指揮の真似事をするシーンとか、ポール・ダノのコスプレ風メイクとか)、きりがない。
思い出すと、大切な宝箱をそっと開けたような気持ちになる。
登場人物が全員愛しくて、胸がいっぱいになってしまう映画だった。



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