『神様メール』
Posted by asuka at 12:01 AM
ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート作品。監督はベルギーのジャコ・ヴァン・ドルマル。
神様の娘が人間たちに余命をメールしてしまい大混乱といった内容。
以下、ネタバレです。
予告で観た感じだと、娘はポップでキュートなほんの軽はずみな行動や遊び心で余命をメールしたのかと思ったら違った。
父親を困らせてやろうという気持ちはもちろんあったにしても、反抗期などという生易しいものではない。
この神様である父親が思っていたよりも酷い人物だった。
ブリュッセルを舞台に天地創造していくのですが、人間を創り、どんどん増えてからはゲームのように扱い始める。パソコンで操作しているので余計にそう見えたのかもしれない。
“食パンはジャムを塗った面から下に落ちる”、“スーパーでは隣りの列のほうがはやく進む”などのマーフィーの法則のようなものも彼が作っていた。
その他、家を燃やすとか嵐を起こすとか、もうやり口が神様というよりは悪魔である。
神様といえども見た目は普通の男性で、普通の妻と娘と三人で暮らしている。妻のことは怒鳴りつける、娘はベルトで打つなど、好き放題。暴君である。見た目が普通なので、神様云々抜きにして、崩壊している家庭である。もっと重かった。おてんばや跳ねっ返りというような理由ではなく、誰もが家出したくなる。
娘のエアはいたずらで余命を送信したわけではなく、ちゃんと意志を持ってやったのだ。見た目は少女でも、中身は思っていたよりも断然大人だった。
ただ、その余命宣告のせいで、人間たちは大混乱に陥る。エアはそれを鎮めるために人の暮らしている世界へ行くのだが、その行き方が楽しい。家のドラム式洗濯機を特殊な操作をすると、トンネルのように移動できるようになる。チューブを辿っていき、着いた先がどこかのコインランドリーというのもまたおしゃれ。
このアドバイスをしたのがエアの兄なんですが、JCと呼ばれていて、誰かと思ったら、Jesus Christ、イエス・キリストでした。
彼の使徒が12人、人間の住む世界へ行き、エアも使徒を6人集め、合計18人にしたら、野球好きのお母さんの好きな数字になり、そこで何かが起こるとのことだった。
使徒を集めるとか、新・新約聖書を書けとか、○○(人の名前)の福音書などというのが出てくるので、もしかしてこの映画もキリスト教に明るくないとわかりにくいのかなとも思ったんですが、大丈夫でした。ちなみにフランス語タイトルは“Le Tout Nouveau Testament"、新・新約聖書って訳されていたのがたぶんこれかなと思う。
要は6人のお悩み相談オムニバスですね。一人一人について、エアがちょっとだけ魔法を使いながら問題を解決していく。そうすると、自宅の最後の晩餐の絵画の後列に人が増えていくといった感じ。
悩みといっても、やはりそれにはそれぞれの余命が関わってくる。最初に余命が出ていたので、各人のストーリーが始まる前にもう一度見せてほしかった。出る人もいましたが、各人のタイトルが出る時に余命も一緒に出るように統一したら良かったんじゃないかと思います。
大部分の人が、本当の愛を見つけるパターンだった。いままで会ったことがなかったり、幼い頃一度だけ会ったとか、そういう相手である。また、余命が設定されていて、それが短いこともあるので余計にドラマティックだった。恋に落ちる瞬間がたくさん観られて、そのどれもが素敵だった。
カトリーヌ・ドヌーヴ演じるマルティーヌはゴリラと恋に落ちる。ゴリラって、ゴリラっぽい男性というわけではなく、サーカスにいた正真正銘本物のゴリラである。ゴリラに一目惚れしていたときには笑ってしまったけれど、そのうち本当にお似合いに見えてきたし、夫よりもゴリラのほうが恰好良く見えてしまった。夫を追い払うシーン、良かったです。
エアの夢を見せてあげる魔法が、ちょっとしたものだけれど映像が綺麗でした。
特に、最後の男の子に見せてあげる夢が好きでした。魚のレントゲンみたいな、骨だけで透けたものが、口をぱくぱくさせながら『ラ・メール』を歌っている。あの、『裏切りのサーカス』で印象的な使われ方をしていた曲です。目が覚めても、男の子の頭上にその魚がいて、ぽこぽこと泡を吐き出しているような音混じりで歌っていて可愛かった。
男の子は余命わずかで、死ぬ場所を海(ラ・メール)に決めていたんですが、どうも海で死にたいという人がたくさんいるらしく、大盛況。
そこでは、「亡くなる方は黒い腕章、見送る方は白い腕章で」なんていう呼びかけが行われいて、みんな腕章を付けて、思い思いに別れを惜しんでいた。黒と白のソフトクリームまで売り出されて、ビジネスが展開されていたのも笑った。
余命がわかっていると、死に場所が決められて、そうするとみんな海を選択し、人が集まる場所では商売を考える人がいるだろうというところまでの想像力がすごい。
他にもこの独特の想像力が生かされた、“階段を転げ落ちる真珠のような笑い方”とか“30人の男がクルミを割るような声”という詩的な表現とその映像がおもしろかった。
この状況を救うのは母である。
父には「音を立てるな」と言われていたから、喋ることもあまりしない。テレビのチャンネル権もなし。「お前は何も考えてない!」と怒鳴られても言い返すこともしない。
でも、もしかしたら、本当に何も考えてなかったのかもしれない。ただ、父親が娘を追いかけて家を出て行って一人になってからは、見たくないスポーツ中継も消したし、服装がフリフリになって、うきうきしながら掃除機をかけて、ハッピーではあるようだった。
この状況をなんとかしなきゃ!とか、救わなきゃ!みたいな使命感や気負いはまったくない。兄も何も助言していなかったけれど、置物でなくなるのは妹の前だけなのかな。家出した娘をさがすことも嘆くこともしていなかった。ぽやぽやしながら家の掃除をしている。
でも、本当に何も考えてなかったからこそ、掃除機をかけるときにパソコンのコンセントをブチッと引っこ抜いちゃったんだと思うんですよね…。
そして、パソコンの再起動をする。父が神様なら、母は女神様である。
そこで余命が消えて、カウントダウンが0になった男の子も死ななかった。
これ、新たに余命が設定されて、それが人々には知らされないということだと思うけれど、もしかしたら、不死になったのかもしれない。
空が母の好きな花柄になったり、重力が無視されたり、男が妊娠したりと、好き放題な世界に変わっていた。母、やっぱり何も考えてなさそう…。なので、寿命を無くすこともしそうだと思った。
余命がわからなくなったことで、不便に感じる人もいたのではないだろうか。死ぬ覚悟を決めた人とか、スケジュールを立てた人とか…。
でも、余命表示なんて現実世界にはありえないものだし、元の状態に戻っただけと考えればいいのだろう。
どちらにしても、こんな風に深く考えるのは無粋なのだと思う。海は祝福ムードに包まれていた。
父親はエアを追いかけて人間の暮らす世界に来た。ドラム式洗濯機を使うのはエアと一緒なのだが、まず、大人で体が大きいから上手く通れない、たどり着いたコインランドリーでも不審者扱いされ、催涙スプレーをまかれる。
その他、自分の考えたマーフィーの法則にことごとくひっかかり、「俺は神だぞ!」と叫んでももちろん周囲からはおかしな人だと思われる。
なんとかエアを追いつめても、エアは水の上を歩いていき、父親は水に沈む。父親だけ神の力が消えてしまったようだった。
挙げ句の果てに、ウズベキスタンで強制労働である。というか、この映画の中のウズベキスタンはまるで地獄のようだった。北極の空も花柄になっていたし、世界中がハッピーになったのかと思ったけれど、ウズベキスタンだけは状況が違っていて、この区別はなんなのだろうと思った。
父親は神様とはいえ、完全に悪役の扱いである。家では横暴に振るまい、人間の世界では悪い目ばかりに遭う。最後まで改心もしない。神様の威厳も父親の威厳もなかった。
普通ならば、追いかけてきた父親が改心して、娘との仲も回復、一緒に家に帰って、母親と三人(JCも入れて四人でも)幸せに暮らしましたとさという、家族愛も描かれそうなものだけれど、その辺はまったく無視されていた。エアの家族はバラバラのままである。
映画の終わり方だと、エアはホームレスの男性と男の子と一緒に暮らしていくのが一番良さそうだけれど、この先どうなるのかがまったくわからなかった。
人のお悩みは解決しても、自分の悩みはちゃんと解消されたのだろうか。それとも、父と離れ、家を出て、使徒との出会いがあったことでもうオールオッケーなのか。使徒6人の気持ちはよくわかっても、エアの気持ちは察し難かった。オムニバス6本のあとにエアが主人公のエピローグが付いたら良かったのに。
エアが出会った6人の使徒に「一人一人、音楽を持っていて、私はそれが聞こえるのよ」って言いながら、心臓のあたりにぴたっと耳をくっつけるのがキュートだった。出会ったばかりの女の子が、警戒心もなく急に接触してくる様子が可愛い。カトリーヌ・ドヌーヴが肩を抱いちゃっていたのも、思わずといった感じなのではないだろうか。
あと、「私は泣けないの」と言いながら、小ビンに涙を集めていたのも可愛かった。小さな魔法で、ハムサンドを二つにするのもささやかでおもしろかった。「失敗して片方にハムが入っていない場合もある…」って言っていたのも笑った。
エンドロールが母の趣味の刺繍だった。
作中にも出てきたんですが、エンドロールの曲がAn Pierléの『Jours Peinards』。歌詞が日本語字幕で出ていましたが、父に反抗する娘の曲だった。パンキッシュでかっこいい、ベルギーの女性ボーカル曲です。
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