『シン・ゴジラ』



邦画、しかもアクションは観るつもりがなかったんですが、あまりの高い評価につられて行ったらとてもおもしろかった。
私は怪獣映画や特撮にはあまり詳しくなく、ゴジラシリーズも特に観ていないです。根っからのゴジラファンが観たらどう思うかは不明。

以下、ネタバレです。









最初に出てくる東宝ロゴが昔風で、その時点でまずニヤニヤしてしまった。そういえば、『シン・ゴジラ』の昔風のタイトルロゴが一番最初に発表されたときにも同じような気持ちになった。
そして、最初に場所を示すテロップがエヴァンゲリオンを彷彿とさせる明朝体だったときになるほど、と思って、最初に出てきた未確認生物が真っ赤な体液だか血液をぶっしゃー!とぶちまけたときに、ああ、これエヴァンゲリオンでいいんだと確信した。
この最初の生物が這って出てきて、ガメラ風だったので、ゴジラが出てきてこの生物と戦うのかなと思っていた。完全にギャレス・エドワーズ版の影響です。
ところが、この生物がやおら立ち上がって、形を変える。どんどんゴジラっぽくなってくる。形態を変える様子もエヴァンゲリオンに出てくる使徒のようだったし、これを見てる官僚たちが信じられないように「進化だ…」と話している様子も、NERVのようだった。

そして、なんとエヴァンゲリオンと同じ音楽が使われていた。別にレアBGMというわけではなく、テレビシリーズを見たことがある人なら誰でも知っているBGMである。これで、今まで観てきた既視感は意識されたものだったのだと確信した。

ヤシオリ作戦という名前のヤシマ作戦に似た名前のものも出てくるし、よく考えてみたら、『シン・ゴジラ』と言うタイトルからして『シン・エヴァンゲリオン』じゃないか。

もちろんゴジラが出てくるシーンは大きいスクリーンのほうが迫力があっていい。けれど、そこまでゴジラがたくさん出てくるわけではないので、IMAXや4DXじゃなくてもいいかもしれない。
けれど、これでいいと思うのだ。どうせ邦画だとそれほどお金もかけてもらえないし(15億とのこと。これは海外だと低予算の部類)、そのせいでどうせゴジラシーンはしょぼくなってしまうのだ。
邦画のアクション映画の何がいやかって、見ごたえも何もなく、安っぽくなってしまうところだ。予算のせいではなく、単純に下手なのかもしれない。

そうなるならば、ゴジラのシーン(アクションシーン)を一気に削ってしまえばいい。
それで、この『シン・ゴジラ』は何のシーンに割いているかというと、ほぼ会議である。官僚たちがあーだこーだと話し合っている。作戦を立てている。
そんなのがおもしろいのかと思うかもしれないし、書いていておもしろいとも思えないけれど、これがおもしろいのだ。これが一番テクニックがいるところなのかもしれないと思った。

ほとんどの人物は早口で、その喋っている人を正面からとらえるカメラが次々と切り替わる。めまぐるしいし、ちゃんと聞いちゃうから集中して観る。
ゴジラはほとんど最初から出てくるから、日常シーンはなく、ずっと緊迫した状況が続いている。だから、余計なシーンが無くて映画全体が引き締まっている。

どれだけエヴァンゲリオンっぽくてもエヴァンゲリオンではないのだから、当たり前だがエヴァンゲリオンは出てこない。本来ならば、未知の生物に対してエヴァンゲリオンをぶつけるところだが、この世界には存在しない。

ではどうするか。単純な話だが、知恵を出し合うのだ。官僚も自衛隊も学者も、みんなで力を合わせて、巨大な脅威に立ち向かっていく。
「あなた…生きて帰ってきて!」みたいな直接的な表現じゃなくても、とても感動的である。こんな描き方があるのだ。
ちなみに、今まで無表情で捲し立てていた市川実日子が、事態が解決したあとにふっと笑うのがとても可愛かったです。

みんなが自分の出来ることを精一杯やる。登場人物が多く、その一人一人についての描写もちょっとだけしかないけれど、キャラクターが濃くておもしろかった。
スピンオフでもやらないだろうか。
第二、第三の使徒という感じに、第二のゴジラが攻めてきてもいい。日本壊滅しちゃうのでそれはないと思いますが。

ゴジラは東京と神奈川に上陸する。
最初の上陸は東京湾から入り、蒲田、品川と進んでいき…。進んでいくルートは映画を観ながらもリアルに思い浮かべることができる。位置関係がわかる。
二度目も鎌倉に上陸して、多摩川を越えて東京に入ってくる。わかる。
一回目の上陸のあとは、直接被害がなかったところは電車を運行させていた。「横浜まで折り返し運転をしております」というアナウンスが遠くで流れたときに、まあそうするだろうなというのがリアルに想像できた。

そして、緊急事態があったときのテレビのL字型画面。一つのチャンネルだけ変わらず、みなしごハッチを放送する様子。すべて知っている風景だ。

この有事が起こった時の既視感は、3.11の大災害を経験してるから感じるものなのだろう。あの時のことを思い出して、漠然とした不安感に包まれる。

ゴジラと言えば放射能熱線を発射したり、なにかと放射能と関わりがある。洋画だと、核兵器とか放射能の扱いはだいぶ雑なんですが、邦画ではデリケートな問題だし、扱い方によっては、不謹慎と言われるのではないかと思った。
けれど、私たちが放射能の怖さを知っていることを、うまく利点に変えて、怖さだけが助長される作りになっていたと思う。

この映画では、ゴジラの上陸が他人事とは思えない
例えば、アメリカの知らない風景やCNNのニュース速報画面を見ても、このような気持ちにはならない。日本人だからこそ味わえる感覚だ。邦画ならではなのだろう。

リアリティを追求していても、安易に流行りのPOVに逃げていないのもいい。ゴジラを下からみるショットや、最初の船の中を録画している様子など、少しは使われていたけれど、そこまで多用していないのも好感が持てた。

特撮やCGに関しては、詳しい人からはもう少しがんばってくれという声もあるようだけれど、そこまで気にはならなかった。熱戦を背中から出しているシーンは確かに安っぽくは見えた。
在来線爆弾についても、あんな動きしないと言われているのを見たが、あの、電車が蛇のように絡み付くショットは強く印象に残っているので、もうかっこよければそれでいいのではないかと思う。



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