『われらが背きし者』



ジョン・ル・カレの小説が原作。エグゼクティブ・プロデューサーにも名を連ねていた。2010年刊行なので、最近の作品だった。

良い邦題だと思ったけれど、小説も日本ではこのタイトルだったみたいなので、良い仕事をしたのは映画の人ではなく、出版の人だったらしい。

監督はベネディクト・カンバーバッチの『パレーズ・エンド』のスザンナ・ホワイト。
ユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルド、ナオミ・ハリス、ダミアン・ルイス、マーク・ゲイティスとキャストも豪華。

以下、ネタバレです。







ジョン・ル・カレなので、一応スパイものだけれど、そこまでゴリゴリのスパイものではなかった。脇役というか、巻き込まれる大学教授、ロシアンマフィア、MI6の三つ巴といった感じ。
また、ダミアン・ルイスは『Homeland』と『ウルフ・ホール』からなんとなく印象が悪かったので、今回もどうせ犯人だろと思っていたけれどそうゆう話ではなかった。今までは食えない役が多かったけれど、良い役でした。ラスト付近でエプロンをしながら料理している様子は可愛かった。
そういえば、同じジョン・ル・カレ作品の映画化『裏切りのサーカス』でスマイリー役のゲイリー・オールドマンも慣れない料理をしていた(映像特典にて)。両シーンは原作にあるのだろうか。

普通の大学教授ペリー(ユアン・マクレガー)がロシアンマフィアのディマ(ステラン・スカルスガルド。ちょっと大げさだけれど、ロシア訛りの英語を話している)が偶然レストランで知り合う。ディマのMI6に情報提供する代わりにイギリスへ家族と一緒に亡命させろという希望を叶えるために、ペリーが尽力することになる。

最初、ペリーは相手がロシアンマフィアということで、恐怖心からしぶしぶ従っていたのだと思う。テニスの誘いだって、別に得意なわけではないし、接待のような形で受けていたのだろう。

ところが途中から二人の間に奇妙な友情が芽生えてくる。これはペリーがいい人すぎることもあるだろうし、ディマの家族思いで豪快な人となりのせいもあるだろう。もちろんその人柄を、ステラン・スカルスガルドとユアン・マクレガーが完璧に演じているのがいい。
一歩間違ったら、ディマが映画の中でずっと悪者になってしまう。ペリーが気が弱いだけの人物なら、悪い奴に脅されながら、嫌嫌付き従い、後半で逃げ出すかもしれないし、それが叶わなければディマを殺してしまうかも。この映画では二人の関係は殺伐としたものにはならない。

ペリーは自分から進んでディマとディマの家族を助けていた。後半では、いつか、ロンドンで一緒にテニスをやろうという約束もしていた。そこで、ディマが「ウィンブルドンで!」という冗談を言うのも二人の良い関係が表れている良いシーンだった。
また、二人で話しているシーンで一回だけペリーが顔をくしゃっとさせて笑うシーンがある。ユアン・マクレガーはだいぶ歳をとったので笑うと皺も目立つのだけれど、その顔はとても素敵だった。けれど、それと同時になぜか泣きそうになってしまった。
なんとなく、未来がないというか、約束は叶わないのがそこでわかってしまった。

この映画、序盤に人が残忍な方法で殺されるシーンとセックスシーンもある。序盤に過激な映像を見せておくことで、映画内で何が起こってもおかしくないことが示唆されていると思った。ちなみに残忍な方法で殺されるのはその最初のシーンだけであり、セックスシーンもそこだけである。

様々な妨害と困難を乗り越えて、ようやくディマの乗ったヘリコプターがロンドンへ向けて飛び立つ。そこで、ペリーが乗らなかった時にもとても嫌な予感がした。
飛び立ったヘリは爆破されたのか、砲撃を受けたのか、煙を上げてくるくるとまわりながら落ちていく。派手な爆発などしない。ヘリに乗っている人物が焦る顔も映らない。静かに、けれど確実に殺されてしまったのがわかる。

映画中、何度も、亡命なんてうまくいかないのだろうと思っていた。ペリーだけでなく、MI6のヘクターも尽力していたけれど、結局上司(マーク・ゲイティス)には許しがもらえてなかった。
けれど、ああ、それでもハッピーエンドなのだなと思った時に、それが打ち砕かれる。やっぱりという思いもあり、絶望感もあった。

そして、マネーロンダリングに使われる銀行も何事もなかったようにロンドンにオープンし、イギリスの議員でもある裏切り者ものうのうとのさばったまま…。日常は変わらない。無力感だけが残る。
そんな虚しい終わり方なのかと思ったら、ディマが文書を残してくれていたという…。

その発見方法も粋だった。ディマの形見とも言える銃をペリーがヘクターに渡しに来る。ヘクターは「これで自殺しろってことか?」と笑って冗談のように言っていたけれど、一人残った時に銃と向き合っていて、本当に自殺してしまうのかと思った。けれど、ヘクターはなにか、逆らえない大きなものに向かってなのか、銃を構える。そこで、中に入っていた丸めた紙に気づいたのだ。
そこにはマネーロンダリングに使われる銀行口座と名前が書かれていた。これで一網打尽にできる。

本当だったら、ディマも生きてイギリスに亡命できたらよかっただろう。ディマは居なくなってしまった。ほろ苦さは残るけれど、それと同時に爽快さも感じられるラストだった。
ジョン・ル・カレ原作ものは『裏切りのサーカス』と『誰よりも狙われた男』しか観ていないけれど、ほろ苦さは共通している。

今回、主演の二人はもちろん良かったんですが、ダミアン・ルイスが役柄もあってとても良かった。スマイリー三部作みたいな感じに、ヘクターシリーズ出てほしい。

あと、ディマの妻、タマラ役のサスキア・リーヴスもとても良かった。マフィアの妻らしく、最初はツンとしていたんですが、ディマにネクタイを結ぶシーンでは少し叩いたりとディマよりも強い気丈な面の見えた。ディマが一人ロンドンへ飛び立つ前には長いキスをして、ちゃんと愛情のあるところも見えたし、ヘリ爆破の一報を聞いた後には、みんなから離れた場所まで駆け出して声をあげて泣いていた。劇中ではほとんど喋らないし、出番もそんなに多くないのですが、どんな人物か完璧にわかったし、印象深いキャラクターだった。

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