『イレブン・ミニッツ』



ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の新作。
『エッセンシャル・キリング』の監督であり、ロマン・ポランスキーの『水の中のナイフ』のセリフも書いている。
最近では『アベンジャーズ』にも出演し、俳優としても活躍している(冒頭のナターシャを尋問しているロシア人役)。

5時から5時11分の間に登場人物たちの間に起こる出来事を視点を変えながら描く群像劇。

以下、ネタバレです。









登場人物が多い作品であり、時間とカットがかなり細かく刻まれているので、観ている途中で図を描きたくなる。また、ホットドック屋の主人が「世界で一番長いホットドックは何センチでしょうか?」みたいなクイズを出すシーンがあり、その後ろを別の登場人物が通りかかったりしていて、なるほど、これとこれが同じ時間なのねというのがわかったりもする。わかったりもするが、やはり混乱もするので、図を描きたくなる。

登場人物全員がちょっと不穏な雰囲気になっているので、殺人でも起こるのかなと思ったけれど起こらない。最初に出てくる登場人物の、妻がホテルの個室でのオーディションに出かけてしまい嫉妬する夫も、ホテルの部屋の前で死にそうな顔をしてウロウロしていたけれど、別に妻が殺される危機ではない。せいぜい貞操の危機である。妻の貞操の危機というのも大変だとは思うけれど、そこまで必死になることかなとも思ってしまった。

ただ、部屋の中では監督が駆け引きをしながら妻を誘っているし、ホットドック屋の主人はどうやら学校で何かやらかして捕まっていたようだし、バイク便の男は家で留守番をしていた人妻と何かしていたところを夫に見られそうになるし、ゴンドラに乗って建物の修復をしていた男はその建物の一室の女性とポルノ映画を見ているし、少年は質屋に盗みに入って主人の首吊りを見てしまうし、パンクファッションの女性は元彼の部屋を燃やすし、救急隊員は部屋になかなかたどり着けないし、外で絵を描いていたおじいさんの絵には黒いシミが付いてしまうし、全体的に不穏なのだ。

おじいさんの絵もそうだけれど、登場人物の何人かは空に黒いシミを見ていた。監視カメラには謎の黒い点が付いていて拭いても消えない。不穏さと相まって、何か悪いことが起きそうな予感だけは漂っている。

11分間というのは中途半端なようだけれど、監督としては「単純さとシンメトリの美しさに魅かれた」とのことだった。
10分ではなく11分というのが実はミソで、人は10分を境というか合図にして行動を起こす。キリがいいから。
そして、その結果、全てが破滅する。

群像劇というのは、最後に奇跡が起こる場合が多い。その奇跡で、最後は丸く、平和に収まるじゃないですか。全員とは言わないまでも、ほとんどの登場人物に平穏が訪れる。一人一人ではどうにもならないことでも、袖振り合うも多生の縁ではないけれど、出会わないはずの人と偶然出会って、事態が解決する。

けれど、この映画の場合は、奇跡が全て悪い方向に作用する。
夫がホテルの部屋に突撃する。消火器を持っていて、それから泡が出て、見事に転ぶ。監督は具合の悪くなった妻を介抱しようとベランダでお姫様だっこをしていて、それに向かってすっ転んだから、監督も妻も落ちていく。落ちる途中で、ホテルの建物の修復をしていた男性のゴンドラを巻き込んで一緒に落ちていく。男性の手にはバーナー。下に落ちて、大爆発。下を走っていたのは、盗みの少年とパンクの女性、シスターと絵描きの老人が乗ったバスと、バイク便の青年の後ろにホットドック屋の主人が乗ったバイクと、妊婦と救急隊員を乗せた救急車。
登場人物が奇跡的に一同に会し、その全員が巻き込まれた。

呆然としてしまった。群像劇でこんなラストってあるのだろうか。

この事故現場が無数の監視カメラの映像に紛れる。無数のありふれた風景の中、最後にはドット抜けのように、黒いシミになっていた。何も特別なことはない、よくあることだとでも言うように。

黒いシミと合わせて、何か、登場人物の罪と罰みたいな話だろうか。私が知らないだけで、キリスト教の何かなのかもしれない。
登場人物が7人で七つの大罪だったかなと思ったけど、嫉妬が一人と、色欲が多数みたくなってしまったので違いそう。それに、シスターや救急隊員たちは別に罰せられるようなことはやっていない。

監督のインタビューでは、「悪夢の積み重ね」とか「いつ事故に巻き込まれるか、我々は少し先のこともわからない」という話をしていて、キリスト教は関係なさそう。

アバンは、携帯カメラとかパソコンのカメラ、刑務所の監視カメラを使ってのファウンドフッテージで、スクリーンサイズよりも小さく、黒い枠ができてしまっていた。これもなんだか不穏だったのだけれど、監督の話によると登場人物の墓地なのだそうだ。死んでしまっても、これらの映像は残り続ける。映像の中では彼らは生き続ける。文字通りの後から見つかった映像ということだった。墓地なら不穏なのもわかる。

また、犬(監督の飼い犬だそう)目線のPOVがあったり、登場人物の正面にべったり張り付くカメラ(アクションカムの自分撮り?)など、流行りの映像手法が取り入れられていて、とても78歳とは思えない感覚に驚く。
最後のシーンも落ちていく人物を上からという撮り方が面白かった。恨みとかではなく、驚いたような表情で落ちていくんですね…。表情と、空中でおかしな形に曲がった足などをとらえる。
クライマックスのようなシーンだったので、ここを映画の最初に持ってきて、ここに至るまでの過程を描く映画にするパターンはよくあると思うんですが、そうしなかったのは正解だと思う。最後の衝撃が全く違う。

また、音も不穏だった。低い位置を飛ぶ飛行機の轟音がなんども出てきて、落ちるんじゃないかなと不安になる。
街の様子をぐるりと一周見渡す映像では、車の音や人の声など街のノイズが鳴って、無音になり、またノイズが鳴って…と交互にやられ、これも不安になった。と同時に、なぜか『ハイ・ライズ』を思い出した。あれも、何かわからないけどモヤっとした気持ちになるのは同じだった。
ただ、どちらも嫌なんだけれどクセになるというか。スカッとして明るい気持ちになる映画ばっかりではありきたりで楽しくない。このタイプはこのタイプで好きです。

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