『スリー・ビルボード』



今年度のゴールデングローブ賞ドラマ部門で作品賞と脚本賞、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞と主要部門をほぼ受賞した。
アカデミー賞でも主要7部門にノミネートされている。
監督は『セブン・サイコパス』のマーティン・マクドナー。

ハーヴェイ・ワインスタインというハリウッドの重鎮のセクハラ疑惑以降、#me tooやゴールデングローブ賞のスピーチでも話題になったTime’s Upという抗議運動が盛り上がっている。
今まで泣き寝入りをしてきたけれど、お前らが好き放題搾取してきた時間は終わりだと俳優さんや被害者がこぞって声をあげはじめた。
今年、ほとんどの出席者が黒いドレスに身を包んだゴールデングローブ賞も、受賞一覧を見るとそのあたりがテーマになっていたのではないかと思う。
テレビ部門でも『ハンドメイズ・テール/侍女の物語』など女性を中心としたものが多かった。特に、『ビッグ・リトル・ライズ』はまさに女性が立ち上がる話だったので、テレビドラマ部門で多数受賞したのも納得した。

おそらく来月のアカデミー賞でも、このあたりがテーマになってくるだろうと思う。個人的には監督賞がグレタ・ガーウィグだといいなと思っている。『レディ・バード』はは6月公開とまだまだですが。

以下、ネタバレです。









そして、ゴールデングローブ賞の作品賞を受賞したということで、娘を殺された母親ミルドレッドが犯人を逮捕できない警察を批判する看板を立てて騒動を起こすということで、これもTime’s Upというか、泣き寝入りをやめて行動を起こす映画なのかと思っていた。
この看板をきっかけにして、警察は職務怠慢を直して犯人を捕まえるというストーリーなのかと思っていたが、そう単純ではない。

署長を批判する看板を立てていたが、その署長ウィロビー役がウディ・ハレルソン。しかし、彼は事件に真面目に取り組んでいた。なんとなく彼が警官役をやるとどうしても『True Detective』を思い出してしまって、あまりよくない警官の印象を抱いてしまっていたが違った。

おまけに末期がんであり、ミズーリ州の田舎町エビングの人たちはでほとんどその事実を知っており、彼の味方である。保守的な考え方の人が多そうで、教会の神父まで、騒動を起こしたミルドレッドを説得しにくる。
しかも中盤で、彼は病気で残された家族を思って自殺してしまう。そのせいでミルドレッドと看板に批判が集まるし、彼女自身も自分を責めそうになっていた。

Time’s Upなど、声をあげること自体もなかなか難しく勇気のいることだと思うが、それだけでなく、いざ声をあげてもその先にも困難が多数ある。

結局、自殺したウィロビーから手紙が届いて、彼女のせいではないと書かれていたし、看板の設置の代金も一ヶ月分払ってくれていたし、逮捕に尽力してたこともわかった。死んでしまってはどうしようもないけれど、ミルドレッドは署長に対して怒りしかおぼえていなかったと思うけれど、ここで許したのだと思う。

序盤からいけすかなかったサム・ロックウェル演じるウィロビーの部下のディクソン。助演男優賞にノミネートされていたけれど、このいけすかない演技か!と思った。署内では机に足を乗せているし、家では超保守の母親と二人だし、人種差別主義者である。体も腹が出てだらしない。
それでも彼はウィロビーを尊敬していて、自殺したことで心底悲しみ、怒り、批判の看板のせいだと思い込む。

そして、看板を立てた業者へ乗り込んで暴行を加える。
業者レッド役にケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。去年の『バリー・シール』もひどい役だったらしいが未見。『ゲット・アウト』はひどい役だった。この人も、他の出演者に負けず劣らず癖がある。今回は役自体は癖は少なめ。まつ毛がバサバサしていて、服装もおしゃれでキュートでした。でも、ことなかれ主義というか、ミルドレッドの味方になろうとはしなかった。
結局、乗り込んできたディクソンに窓から投げられて病院行きに。

ディクソンはそれを見られたのと、バカにした態度をとったことで、新しい署長にクビにされる。
しかし、死んだウィロビーからの手紙が届いて、心を改める。ウィロビーの懐の深さがわかる手紙だった。

しかし、タイミング悪く、ディクソンが心を入れ替えたその時に、ミルドレッドが警察に火をつける。まさかこれで死んでしまうの?と思っていたら、大やけどを負ったものの、命からがら逃げ出していた。この時に、ミルドレッドの娘が殺された事件のファイルは持ち出していて、彼が完全に心を入れ替えたことがわかる。

また、ディクソンが運ばれた病室は、彼が怪我を負わせたレッドと同室だった。
包帯ぐるぐる巻きだから気づかないで、「ジュースをあげるよ、ストローもあるし」などと話しかけていたけれど、ディクソンは知らないふりをせずにしっかり謝る。
まだ怯えや怒りは残っていたようだったが、レッドはコップにジュースをついでやる。この時点でもまだ中身をひっかけたりするのではないかと思ってしまった。しかし、ストローをさして、さらに飲み口をディクソンのほうへ向けてあげていた。ディクソンを許したのだ。

ウィロビーが自殺してからの一連のこの流れが完璧だった。それぞれの人物がこういう行動をとるだろうなというのに無理なくて、しかもそれが人物間できっちり噛み合って、ストーリーが前に進む。
ミルドレッドは怒りを持ち続ける。でも警察については許す。犯人に対する怒りだけが残る。
レッドが襲われたのはとばっちりみたいなものだけど、彼が変わったことがわかったのか、ディクソンを許した。
ディクソンはウィロビーの遺志をついで、事件の捜査を続けようとする。レッドにも謝った。

サム・ロックウェル特有のいけすかなさとかムカつく感じが消えて、弱い部分は残るけれど正義の人になっていた。これが助演男優賞の演技だった。素晴らしい。

ディクソンが飲んでいたバーで、後ろの席に座った男が過去のレイプのことを自慢げに話し出す。
ウィロビーがミルドレッドにあてた手紙で、“今の所、事件の証拠はないけど何年か後に犯人が店で自慢げに話しているときがある”と書かれていて、映画を観ている側はこのことかと思う。
ディクソンは車のナンバーをおぼえ、頰を引っ掻いてDNAを採取する。

しかもこの男は、ミルドレッドの店に来て不穏な態度をとっていた。絶対にこいつだろうと観た人は思う。
登場人物たちも和解しはじめたし、これで犯人が捕まって映画が終わるのだと思う。

でもDNAは一致しない。ミルドレッドはもちろんがっかりするし、観てる側もがっかりしてしまう。
それでも捜査は続くということで終わるのかと思ったら、ディクソンはミルドレッドにある提案をする。

「犯人ではなかったけどレイプ犯なことは変わらない。殺すか?」という乱暴とも思える提案だ。真犯人は見つからないが、それでも気持ちが少しは落ち着くだろうということなのかもしれない。ディクソンは警察をクビになっているし、ミルドレッドもだいぶ無理をしているから二人とも後がない。

映画は、二人でそいつの家に車を走らせているところで終わる。二人とも、殺すのは気がすすまないと言っていた。いろいろ考えさせる余韻もたまらない。
普通なら殺さないんだろうなと思う。けれど、そのレイプ犯は、わざわざミルドレッドが働く店に来て難癖をつけていたやつである。あいつがどうしてあんな態度をとったのかわからないけど、犯人でないことは確実なのだ。
どうするのだろう。脅して犯人について何か聞き出そうとするのかもしれないし、難癖をつけてきたやつだとわかったら、犯人でないにしてもミルドレッドは逆上して殺すのかもしれない。
ミルドレッドは普通の善人の主人公とも少し違う。常人離れしている。娘が殺されて悲しみにくれるよりも怒りで行動をする。虚無に飲み込まれない激しさを持っている。警官のことは許しても、犯人は決して許さないと思うのだ。
フランシス・マクドーマンドがとても合っていた。他の俳優さんが演じるのは想像できない。

ミルドレッドの息子役に『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズ。強烈な母親のせいで学校でも嫌な目に遭ったみたいだし、やりすぎだとか嫌悪感もあったみたいだけど、看板を貼り直すのを手伝っていたし、心からの嫌いというわけではなさそうだった。彼も、結局許したのかもしれない。

ミルドレッドにほのかな想いを寄せているジェームズ役にピーター・ディンクレイジ。彼女を庇っていたりと唯一の味方のようだったけれど、ミルドレッドは対等に見てあげていなかったのがかわいそうだった。

こう並べてみるだけでも俳優陣のアクが強さがわかる。全員うまいし見応えがある。映画内のキャラが全員濃いので、これだけアクが強い面々を取り揃えないと飲み込まれてしまうだろう。

アカデミー賞前に日本で観ることのできる作品は限られているけれど、やはり観ると愛着がわく。単純なTime's Upものではなかったけど、何か賞をとってほしい。






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