『ボストン ストロング~ダメな僕だから英雄になれた〜』



ボストンマラソン爆弾テロ事件で両足を失った被害者、ジェフ・ボウマンの実話。
『パトリオット・デイ』は同事件を捜査する側の話でしたが、そこにも彼はちらっと出てきました(と思ったけれど、もしかしたら勘違いだったのかも)。

以下、ネタバレです。









『パトリオット・デイ』のラストで、足を失った男性が数年後にボストンマラソンを完走したというシーンがあったので、私はこの人がジェフなのかと思っていて、この映画は、彼が足を失ってから、リハビリをしてマラソンに再び挑戦するまでのスポーツ映画の色が強いものなのかと思っていた。だから、『アイ,トーニャ』と同じく、毒親とスポーツの話なのかと思っていたのだ。

しかし、自分の感想を読み返してみたところ、『パトリオット・デイ』でボストンマラソンを完走するのは片足を失った男性だったため、どうやらジェフではないようである。でも映画内ではこの男性の彼女(妻?)も看護師だったようだけれど…。でも二人は同棲していたし、やはり別人なのかもしれない。それか、『パトリオット・デイ』は実話とはいえ、数人を一人にしたキャラクターもいたようなので、この男性についても創作なのかも。

本作の最後では、数年後にボストンマラソンに出たのは彼女のエリンでした。ジェフは応援に行っただけのようだけれど、テロの現場であるゴール付近に行くだけでも、相当勇気がいったと思う。

『パトリオット・デイ』は群像劇っぽくはありながらも、テロ捜査が中心で犯人が捕まるまでの話なので、被害者の人となりについてはさほど触れられない。だから、このジェフという人物(『パトリオット・デイ』はジェフじゃなかったのかも…)は、被害に遭ったにも関わらず、勇気があるし、立派で真っ当な人物かと思っていた。

それは、本作内で、外側の人たちがジェフに抱くイメージそのままである。
本作はジェフが主人公で、彼の側から描いている。サブタイトルにもある通り、ダメな僕の面を出している。
でも、ダメな僕などという一言で済ますのは酷な話である。
両足を失っているのに、生き残ったために、“ボストンストロング(ボストンよ、強くあれ)”(がんばろう、○○(地名)みたいなもの)という標語のアイコンのようにしてまつりあげられる。それは、ジェフにとってはまるで呪いの言葉のようにのしかかってくる。

母親やおばさんなども同じようにジェフをまつりあげる。息子や親戚が彼を誇らしく思うのはわかるけれど、当事者の気持ちを全く考えていない。取材もどんどん受けてしまう。
本人はまだ事件のことがフラッシュバックしているし、なにしろ、両足を失った姿で人前に出るのが嫌だろう。

人前に立ったり、有名人の取材を受けたり、アイコンとして振る舞えないからといって、ダメな僕とは一概には言えないと思うのだ。仕方ないと思う。

その上、ダメな僕“だから”英雄になれたわけでもないと思うから、ダサいだけではなく、おかしなサブタイトルだと思う。
また、『ボストン ストロング』というのも、ジェフにかかる重圧としてあまり良い意味ではなく映画内で出てきた言葉だし、後半以降には多分意図的に出てこなかったので、タイトルには適さないと思う。最後のレッドソックス戦でこの言葉が出てきて、それごと克服したという描写があったのならまだわかるけど。
だからわざわざ原題は『Stronger』だったのだろう。かといって、邦題が『ストロンガー』ではわかりにくいし難しいところだとは思うけれど。

母親や親戚がジェフの気持ちを無視して、もう半分浮かれたみたいにして好き勝手に振る舞う中、ジェフに寄り添っていたのが彼女のエリンだった。
そもそもジェフは、エリンの応援をしに行って事件に巻き込まれたのだから、彼女はいたたまれない気持ちだったと思う。それでも、看護師だったせいもあるのか、献身的にジェフの世話を焼いていた。

中盤に結構直接的に描かれるセックスシーンがあるけれど、いやらしくはなくて、足のあるなしは関係なく寄り添うという、愛の力強さみたいなものが見えた。セックスシーンが始まったときには必要なのか?とも思ったけれど、必要なシーンでした。
ただ、私はジェフがここでトラウマを克服するのかと思ったけれど、違った。

被害者なのはわかるし、エリンに甘えるのもわかるけれど、ジェフはエリンにつらくあたりすぎだし、「足を失ったのは君のせいだ!」と言ってしまうシーンもあった。そんなのは仕方ないとわかってるのかと思ったけれど、結局、それ、言っちゃうんだ…とがっかりした気持ちになった。

それで、ジェフが克服するのか、事故の時に助けてくれたカルロスの言葉を聞いてというのが…。実話なのだろうからジェフがそういう人物なのだろうけれど、今までエレンがあれだけ献身的につくしてくれたのに、それは無視無視無視の上、酷い仕打ちまでしたのに、あっさりと改心してしまったのが驚いたし、エレンがかわいそうだった。カルロスも命の恩人なのだからわからなくもないけれど。

ラストでは子供の親になる決心をしていたし、エレンに「愛してる」とも言っていた。エレンもジェフのことをわかっているから、酷い仕打ちを受けたのも仕方ないと許したのかもしれないけど善人すぎると思ってしまった。
ジェフはもっと前に、その態度は取れなかったのだろうか。

カルロスと話した後のレッドソックス戦では、他の人が話しかけてきて、ジェフに好意的な言葉を投げかけてくるのも素直に受け止めていた。以前までなら重圧になっていたような言葉を、だ。それだけ、カルロスがジェフにとって重要な人物だったのはわかる。でも、エレンのことももっと考えてあげてほしかった。

リハビリのシーンはほとんどなく、心のリハビリという感じの映画でした。でも、それにしては徐々に回復していくわけではなく、急に克服したように見えてしまった。もっとも、印象的な言葉を聞いて一気に改心するということもあるのかもしれないし、ジェフの回顧録を元にしているようだから、実話なのかもしれないけれど。

悪い映画ではないけれど、ちょっともやもやしたところが残った。
主演のジェイク・ギレンホールとエレン役のタチアナ・マスラニーの演技も良かったです。というか、私がエレンのことを好きすぎただけかもしれない。

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