『わたしは、ダニエル・ブレイク』
Posted by asuka at 1:56 PM
2017年公開(フランスでは2016年公開)。ケン・ローチ監督。
『フロリダ・プロジェクト』を観たときに、『アイ,トーニャ』『ボストン・ストロング』と続けてホワイト・トラッシュが扱われた映画を観ていると思ったけれど、本作もまた、イングランド北部の貧困地域の問題が取り扱われている。
本作は第69回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したが、先頃発表された第71回のパルム・ドールは是枝裕和監督の『万引き家族』で、まだ公開されていないので観ていませんが、おそらく日本の貧困家庭について描かれていそう。
これだけ立て続けに公開されていると、もう無視できないテーマなのではないかと思う。
舞台はイングランド北部のニューカッスル・アポン・タイン。
ここに住む初老の男性ダニエル・ブレイクは、心臓発作で仕事を辞めざるをえなくなる。しかし、役所の融通がきかずに支援が受けられない。
医者に働くなと言われているのに、働けるから求職活動をしろと言われたのはなぜなのだろう。見た目で元気そうだと思われたのだろうか。オンラインで申請しろと言われても、全員がパソコンを使えるわけではない。ダニエルは大工だったようだし、パソコンなど使ったこともない。かといって、役所の女性が教えてあげるのも注意されていた。前例を作るなということだろうか。
役所には役人たちの融通の利かなさに苦しめられる市民がたくさんいて、シングルマザーのケイティもその一人だった。
ダニエルとケイティは交流を持ち、互いに助け合う。ダニエルは妻を亡くしていて孤独だったので、ケイティのみならずケイティの子供達との絆が持てたのも良かったと思う。ケイティも、子供の面倒を見てもらって助かっているようだった。
ダニエルが住んでいる場所は隣の黒人の若者が偽物(おそらく)のスニーカーの売っているなど、あまりいい場所ではない。
ニューカッスル自体も、造船業が廃れ、炭鉱が閉山した余波がまだ残っているようで、失業率も高いらしい。
フードバンクに長蛇の列ができている描写も出てきた。
ここでケイティがもらった缶詰を思わず開けてその場で食べてしまい、「ごめんなさい、空腹で…」と泣くシーンがつらかった。その前に、子供達に食事を与えて、「私はさっき食べたから」と言っていて、多分食べていないんだろうとは思っていたけれど、こんな形で伏線が回収されるとは思わなかった。
また、フードバンクに生理用品がないというのも盲点であり、厳しいところだ。生活必需品である。
結局ケイティは、スーパーで生理用品を万引きしてしまうが、それがバレてしまう。そして、セキュリティの男性に紹介された仕事が売春だったというのは悪い方向へ悪い方向へどんどん転がっていってしまうのが見て取れた。
女性の貧困家庭の場合、最終手段として体を売るしかないのだろうか。『フロリダ・プロジェクト』でも出てきただけにきっと、よくある話なのだろう。『そこのみにて光輝く』も思い出した。
そもそも、ケイティが支援を受けられなかった原因が、バスを間違えて役所に着く時間が遅れたからだった。越してきたばかりで右も左もわからない。ましてや小さい子供が二人もいる。少しは考えてほしい。
きっと役所の人たちは生活に困窮している人々をどこかで馬鹿にしているのだろう。一人一人に向き合うということは一切していない。決められた規則通りにやるだけなら機械にでもやらせたらいい。人間がやっているのだから、しっかり話を聞いて、対応することができるだろう。
映画で描かれているのはわかりやすい問題提起である。どうにかしてくれ、どうにかしろよという怒り。『フロリダ・プロジェクト』もそうだったけれど、知らなかった実態を公にすること。これは映画の役割でもあると思う。
『ボブという名の猫』も貧困について描かれているけれど、あの映画は猫が現れて救われるという実話とはいえおとぎ話に近いものだった。大抵の人には救世主の猫は現れないのだ。奇跡が起きないと貧困から抜け出せないなんてことはないはずだ。
ダニエルは怒りのあまり、役所の壁にスプレーでメッセージを書いてその前に座る。けれど、市民はそれを奇行とは思わない。むしろ、歓声が上がってもっとやれ!といった具合で盛り上がる。酷い目に遭わされているのは、ダニエルやケイティだけではない。みんななのだ。
ケイティがダニエルに紹介した仲介の男性もまた車椅子だった。障害者も苦労していると思う。おそらく彼はその経験を元に仕事をしているのだと思う。
結局、うまくいきそうなところで、ダニエルは心臓発作で亡くなってしまう。最初から心臓発作だったのだから、危ういとは思っていたけれど…。
けれど、彼は壁のペイントにも、手紙にも“私はダニエル・ブレイクだ。”と書いていた。役所の人間にとっては処理するべき面倒臭い案件の一つなのだとしても、一人の人間なのである。
貧困の中でも、尊厳は守られていた。
だから、映画を見終わった後で、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(原題も『I,Daniel Blake』)というタイトルを観るとその力強さに泣きそうになる。
『アイ,トーニャ』もそうでしたが(奇しくもタイトルも!)、そこには怒りとプライドがある。
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