『イングランド・イズ・マイン モリッシー、はじまりの物語』



マーク・ギル監督。ジャック・ロウデン主演。
モリッシーになる前の何者でもなかったスティーヴンについて描かれている。監督のティーチイン付きの先行上映に行ってきた。

以下、ネタバレです。






まず、スミスやモリッシーの映画と思って観に行くと思っていたのと違う…と思われそう。ただスミスやモリッシーの映画と宣伝もされているし、そう言うしかないからその面だけを期待して観に行く人が多いだろうなとも思う。
私はスミスやモリッシーは数曲知ってるくらいでそこまで思い入れはなく、ジャック・ロウデン目当てでした。

音楽はたくさん使われているけれど、いわゆる音楽映画ではない。心配しすぎかもしれないけれど、『ボヘミアン・ラプソディー』のヒットがあったので、あの辺りを想像すると全く違う。
まず、モリッシーの曲は使われていない。スティーヴンと音楽の繋がりというシーンもそれほどない。モリッシーなんだから音楽が好きなんだろうなという脳内補完で観ていたけれど、彼が音楽好きなのかも不明。どちらかというと、楽器や歌よりも文章を書いているシーンが多かった。それもポエム的なもので、のちのちの作詞に関わってくるのかもしれないけれど。
しかし、この辺はもともとのモリッシーの気質なのかもしれないし、実際にこの時期のスティーヴン自体が音楽をやりたいのかわかっていないのかもしれない。

ジョニー・マーが出てくるのは本当に最後のほうなので、そこでやっと物語が動き出す。音楽映画ならここをスタートにすると思うが、本作はここまでの話である。なので、モリッシーにはまだまだ遠い、普通の青年の話なのだ。

それまでのスティーヴンはあまりにも内向的。芸術少年特有の、自分は特別なんだ理解しない周りが馬鹿という思想を抱えている。だからあまりにも自分勝手。周囲を敬うことをしないから、コミュニケーションがうまくとれない。
職も見つからない。でもこれは、あまり説明はされないけれど、失業者が列を作っていたので、景気の悪さがうかがえ、当時の社会情勢批判なのかもしれない。

双方向のコミュニケーションはとれなくても、なぜか周囲に女性は絶えず、彼をサポートしようとする。全員が恋愛感情があるのかどうかわからないけど、映画の中にキスシーンなどはないのと、接し方も恋人のそれというよりは、母親のようなお節介が多い。

それもそのはずで、ジャック・ロウデン演じるスティーヴンがとんでもなく可愛い。駄目な人間だけど憎めない。ぐずぐずしていてイラッともするけど許しちゃう。
これは、女性特有のものなのか、好きな俳優だからなのかわからない。

眼鏡をかけたり外したりする落ち着かなさ。ペンをくわえて打つタイプライター。瞬きをバチバチバチっとするところ。いつも不安そうな瞳。伏せた時の睫毛。ちょっと嬉しいことがあると現金なほど浮かれてカバンをぐるぐるまわしてしまう部分など本当に可愛かった。周囲が面倒を見たくなってしまうのもわかる。
だが、一挙手一投足、表情含めてすべてかわいいが、もしも、ジャック・ロウデンではない俳優が演じていたら、ただ苛々していただけかもしれないとも思ってしまう。また、ジャック・ロウデンの演技というより(演技の面もあるとは思うけれど)、私がジャック好きであるという部分がとても大きいような気がする。冷静な判断ができていないと思うけれど、少なくともジャック・ロウデンファンには大満足の内容です。ほぼ全てのシーンに出ている上、その全てが見どころなので。

モリッシー自身がインタビューで過去のことなどをほとんど明かさないらしい。そのため、本作は自伝映画というよりは、モリッシー好きの監督のこうだったらいいなが詰め込まれているということで、どちらかというと二次創作に近いのかなと思う。
監督の言葉としては、「スミスの映画というよりは、スミスのアルバムを聴いた時の気持ちになってほしいと思って作った」とのこと。
モリッシーはベジタリアンらしいが、「彼が豆のスープを作ってる映画なんて観たくないでしょ?」とのこと。事実を描くとしたらそうなってしまうとのことだ。
モリッシーもマーク・ギル監督もマンチェスター出身ということで家も近所だったらしい。本作はそんな愛着のあるマンチェスターで撮影されている。

特別な自分には特別な出来事が起こるべきという青春時代特有のくすぶりは『アメリカン・アニマルズ』で描かれていたテーマとも似ている。
監督も「普遍的なものをテーマにした」と言っていた。特別な人の特別な話ではないのだ。まだ片鱗すら見えていない。

でも、ラストでジョニー・マーが部屋に来てレコード見ながら「趣味いいね」なんて話しているシーンでは、スティーヴンは、やっと見つけた!という顔をしていた。やはり、運命の出会いというのはきっとわかるのだ。これから新しい世界が開けるのを確かに感じているわくわくした表情がとても良かった。
そして、イギリス版のDVDのジャケットやポスターなどでも使われているメインビジュアルの一つ、何か越しにスティーヴンの姿が見えるという写真は、ラスト、ジョニー・マーの家を訪ねてきた姿で、扉のガラス越しだった。ここだったのか!という驚きがあった。やっとスティーヴンが自分で動いて世界を変えようとするシーンだ。ラストシーンをメインビジュアルに使うとは…。

モリッシーの音楽は使われていなくても、音楽自体はたくさん使われている。70年代から80年代の音楽が多かった印象で、描かれている時代に合わせていたと思う。スティーヴンが影響を受けた曲というよりは、単に監督の好みの曲なのかもしれない。正確な年齢はわからないんですが、監督、幼少期にテレビでスパンダー・バレエやデュラン・デュランが流れていたということは、40代だろうか。
100曲くらいピックアップした中から曲を選んだとのこと。中でも重要な曲は母とスティーヴンが語るシーンで流れる曲。母の「この曲であなたはテーブルの上で踊っていたわね」というセリフがあったけれど、母が初めてスティーヴンに買ってあげたレコードとのこと。
あと、ジョニーがスティーヴンの部屋で選ぶアルバムも重要とのこと。両方とも、実際にあったエピソードというよりは創作なのかなとは思う。
他には、定石の逆を行くような音楽の使い方をしたとのこと。
クスリを初めて飲むときには普通なら悲しい曲が流れそうだけど、アッパーな曲にしたとのこと。ちなみにこのレコードは母のコレクションらしい。
クリスティーンの家のドアを閉める時に、モット・ザ・フープルの『シー・ダイバー』をかけるのもこだわりとのこと。
ちなみに、「サントラはSpotifyにありますよ」とのことでした。

監督の過去作でジョイ・ディヴィジョンについてあつかった映画があるとのことだけど、また音楽映画撮りたいですか?という質問には「never!」と答えていた。

次作は日本の写真家の話らしい。リサーチに3年かけていて、愛と芸術はどのように生まれ滅びるかというラブストーリーらしい。それで、今回の監督の滞在も長くなっているのだろうか。

監督はInstagramに東京の、主に渋谷の風景を写真や動画であげてくれていたけれど、そのすべてが、当たり前だけどプロの映画監督ってすごいなと思ううまさ。見慣れた風景が映画や写真集のよう。
監督はそれをジャック・ロウデンに送っていたらしく、そのお返しのように今回、来日は叶わなかった彼からのビデオメッセージが届いていた。2分ほどの長さの中に、彼のなんとかおもしろくしてやろうみたいのおちゃらけと、茶目っ気を感じるスペシャルな動画だった。何より彼が日本にファンがいることを認識し、日本のファン向けにこんな風なメッセージをくれたことが嬉しい。
監督が日本びいきでよかったし、監督とジャック・ロウデンが友達で良かった。嬉しいサプライズをありがとうございました。

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