『北のカナリアたち』


東映創立60周年記念作品という謳い文句と吉永小百合主演というのと『北の零年』を想起させるタイトルから、大作っぽいものを想像していたんですが、それとは少し趣が違う作品でした。湊かなえ原作というのも知らなかった。
以下、ネタバレです。









湊かなえが悪いわけではないんですが、サスペンスだとは思わなかった。もっと壮大なものを想像していたんですが、案外こぢんまりしてしまっていた。映画というよりは二時間ドラマのように思えた。

教え子の一人が殺人事件を起こし、その真相を探すために北海道の各地を回る吉永小百合は少し、ファミコンのゲームの『オホーツクに消ゆ』を思い出させました。

吉永小百合が教師だった時代と現在の映像が変わる変わる出てきますが、その切り替えがあまりうまくなかったため、観ていても流れが感じられず、気持ちもぶつぶつ切れてしまった。
かつての生徒に話を聞いて、その人物が話す内容が子どもの頃の映像として出てきて…。それを生徒一人一人について、基本的に同じように繰り返していく。
また、原作が小説だからなのかもしれませんが、会話で事足りるというか、セリフでほとんど説明してしまうのもどうかと思う。だから、吉永小百合と誰か一人が話しているというシーンがすごく多くて、画的に単調になってしまっている。その背景で吹雪いていても、そんな場所で話し込んでいる状況が不自然に思えるだけで、舞台を北海道にした意味が感じられない。造船所で働いていたり、母親がスナックで働いていたり、噂がすぐに広まってしまうのも、別の漁村が舞台でも良さそう。

大人になった生徒を演じた俳優さんたちの演技は全員うまかった。勝地涼さんだけ知らなかったのですが、満島ひかり、宮崎あおい、小池栄子、松田龍平と、最近の映画界を牽引している若手を揃えてきた。特に、最後に出てきた森山未來は迫力があった。演技だけでなく、合唱曲を歌うシーンもさすが。

ただ、これらの俳優さんたちが一人一人、別々に出てくるので、それぞれの出番が少ないのがもったいない。そのために、更に映画自体の印象もバラついてしまう。せっかくこれだけ揃えているのだから、もっと共演シーンを多くしてほしかった。逆にこれだけ役者さんを揃えたせいで、スケジュールなどの関係上、合わせられなくなってしまったのかもしれませんが。

最後、やっと全員が勢ぞろいして合唱をする。それは中盤くらいからずっと観たかったシーンなので、一気に盛り上がることは盛り上がるのですが、そこに辿り着くまでが退屈だった。130分は長すぎる。

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