『ピエロがお前を嘲笑う』



何の情報も入れないまま観たほうがおもしろい系統のドイツ映画。
宣伝が多くうたれていたのはソニー・ピクチャーズだからかもしれませんが、なんとトム・シリングが主演でびっくり。全国公開もされているし、満席続きらしい。トム・シリング主演の映画が、日本でこんなに注目されるのは初めてだと思う。
また、かなりヒットしているらしく、ハリウッドリメイクも決まっているそうです。

以下、ネタバレです。








なんとなくピエロというと殺人鬼のような印象があって、そのマスクをかぶった人物が使われているポスターとそれが“お前を嘲笑う”というのだから、きっとホラーなのだろうと思っていた。
けれど、ハッカーということで、ピエロのマスクはアノニマスのガイ・フォークスのようなものだった。ホラー的な怖さはないです。
たぶん、ジャンルとしてはクライムムービーになるのではないかと思うけれど、私は犯罪よりも青春の成分が多く感じた。

主人公のベンヤミンは孤独で友達も彼女もいない。強いて言えば、コンピューターだけが友人。顔つきも暗い。
最初、トム・シリングはこんな役かと思ってしまった。素材はいいのに恰好良くはない。でもこんな役もできるんだと驚きもした。
そんな彼がマックスという人物と出会い、影響されて変わっていく。

マックスはエキセントリックだが、求心力のある人物で、ベンヤミンにとって憧れの人物となる。ベンヤミンは自分の得意分野であるハッキングを通して、マックスと、ステファン、ポールと仲間になる。
このグループの名前がClowns Laughing At You、この頭文字をとってCLAY。“ピエロがお前を嘲笑う”という邦題はここからつけられている。
原題は『WHO AM I-Kein System ist sicher』。WHOAMIがベンヤミンのハンドルネーム、そのあとのKein System ist sicherはドイツ語で“完璧なシステムは無い”という劇中でも何度か出てきたセリフ。
邦題も原題もどちらもいいと思う。Clowns Laughing At Youというのは何か決まり文句なのかもしれないけれど、これでGoogleで画像検索をするととても怖い。

いままで一人で行動してきたベンヤミンにとって、仲間と行動するのは犯罪行為であれ楽しそう。些細ないたずらは通り越しているけれど、『クロニクル』を思い出した。
マックスと自分の違いを思い知らされ、ブチ切れ、逆恨みし、爆発する様子も『クロニクル』のようだった。
ベンヤミンの淡すぎる恋心や、ポルシェを盗んで四人で大はしゃぎで夜の街を走る様子など、甘酸っぱくてこれは青春映画以外の何ものでもないと思う。

そんなヒューマンドラマのような描写もありつつ、アングラサイトのチャットのイメージ映像みたいなものは非常にスタイリッシュだった。
地下鉄の電車内に例えられていて、アイコンや匿名性を表すかのように、全員マスクをつけている。
CLAY前のベンヤミンはウサギのマスクをつけていて、いかにもという感じ。CLAY後はピエロです。
その中でカリスマ的な存在のMRXという人物がいて、彼は顔に×かXと書いてあって、特に正体が明かされていない。
MRXからデータが送られてきて、それがCLAYの面々をバカにする内容だった、というなんてことないエピソードも、地下鉄描写だと、MRXからピエロのマスクをかぶった四人がプレゼント箱を受け取り、ワクワクしながら開いたら中にマラカスが入っているというようになっていた。おしゃれ。

音楽に関しても、全体的にインダストリアルテクノが多く使われていて恰好良かった。映像とも合っていました。

結局、MRXの正体に焦点が当たってくるのかなとも思っていて、あの人では…というようなことをいちいち考えつつ観ていたのですが、それは別に関係なかった。今まで出てきてない、話の筋には関係のない人物だった。
少しポール・ダノに似ているこのLeonard Carowという俳優さん、映画版の『戦火の馬』にも出ていたらしい。

映画を観ているうちに忘れてしまうんですが、ベンヤミンのモノローグなんですよね。モノローグというか、自白というか。彼一人がそう話しているだけで、それが本当か嘘かなんてわからない。
そこを逆手にとってのどんでん返しがある。

ベンヤミンの部屋に貼ってある『ファイト・クラブ』のポスターがわざとらしい。これは、観客に対する暗示でもある。
そういえば、マックスが「そうだ!マスクを被ろう」と言った時、マスクは一個しか無かったとか、おチビ、人気者、入れ墨、ふくよかと四人が四人とも特色がありすぎる。特に、マックスはなりたい自分の投影だったのではないか。
そうなると、『クロニクル』よりつらい。『クロニクル』は短い時間ではあったが、友達と仲良く楽しく過ごす時間があった。それすらもない。ずっと一人だった。友達すら、自分で作り出していたのだ。友達にキスされまくっていたのもすべて妄想と考えるとさみしすぎる。これでは青春映画にすらならないではないか。かなしい。
胸が締め付けられて泣きそうになった。

ところが、ここで、もう一ひねりあった。
ベンヤミンのキャラクターとして、『ファイト・クラブ』が好きだったからこそ、こうするアイディアを思いついたのかもしれない。

ベンヤミンは真っ黒な髪を金色に染めて、キメキメになっている。表情は自信に満ちあふれ、姿勢もしゃんとしているのも勘違いではないはずだ。
友達も彼女も自分に対する自信も、すべて入手していた。『クロニクル』ではなかった。こちらは大勝利である。
でも別に、それらを急に入手したわけではない。ベンヤミンは、偶然に会った好きな女の子に勇気を持って話しかける、ピンチに陥った友人のために自分を犠牲にしながら動くなど、今までの彼からは想像できない行動に出た。出会った友人たちによって自分が変わったのだ。主人公成長ものと言ってもいい。
『クロニクル』のアンドリューが童貞をバカにされてうじうじしてマイナス方向にエネルギーを溜めていったのに対し、ベンヤミンは自らを向上させ、しっかり前に進んで行ったのだ。

それにしても、この最後のシーンのために、トム・シリングは今までわざとどんくさい演技をしていたと考えると素晴らしい。
演技内の演技ですが、ユーロポールに忍び込む時、「財布忘れてパパに怒られちゃう。うっうっ」みたいな学生さんになりすますこともしていた。目をうるうるさせていて、いかにも情けない様子で、ユーロポールの警備員も「仕方ないな、2分だけだぞ」と中に入れてしまう。トム・シリング、33歳。

ラストでは、金髪のトム・シリングがカメラ(というかスクリーン越しの私たち)を真っ直ぐに見て、楽しんでもらえたかな?とでもいうようにちょっとウインクをする。
ふいに殴られて頭がクラクラするような感覚をおぼえた。こんなカットを入れてくるとはずるい。
これは、トム・シリングファンが増えるのではないかと思う。ファンにならないまでも注目俳優にはなるのではないか。
結局、犯罪映画でも青春映画でもなく、トム・シリングアイドル映画の面が強い。大歓迎です。

以下、当ブログのトム・シリング出演過去作感想まとめ。
こう並べてみると、どれもいい映画ばかりなのがわかる(カッコ内はいずれもドイツ公開年)。

コーヒーをめぐる冒険』(2012年)
ルートヴィヒ』(2012年)
素粒子』(2006年)
エリート養成機関 ナポラ』(2004年)
アグネスと彼の兄弟』(2004年)


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