『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』



ザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの半生を描いた実話。60年代のブライアンを演じるのがポール・ダノで80年代がジョン・キューザック。
監督はビル・ポーラッド。『ブロークバック・マウンテン』や『ツリー・オブ・ライフ』など、様々な映画の製作には関わっていたものの監督作は久々。
音楽はアッティカス・ロス。本作は音響面でもある工夫があるので、家のスピーカーなどが整っていない場合はDVDよりも映画館で観たほうがいいと思った。家のテレビではキモになる部分がまったく変わってしまう。

ザ・ビーチ・ボーイズは有名曲くらいしか知らないし、特にファンというわけではない。また、ポール・ダノが年をとってジョン・キューザックになるというのも、外見や雰囲気など似ても似つかない二人だし違和感があった。
そのため、観るのを見送ろうかとも思っていたけれど、映画館で観て本当に良かった。ビーチ・ボーイズのファンでなくても楽しめます。

以下、ネタバレです。






ポール・ダノとアッティカス・ロスのために映画館で観ました。
伝記映画ということで、若者パートが少なくてすぐにジョン・キューザックになってしまったらどうしようかと思ったけれど、60年代と80年代が交互に出てくるので、全体的には半分ずつくらいでした。決して、ジョン・キューザックが嫌いというわけではないです。

意外にも、二人の俳優の親和性がものすごく高かった。どこからどう見ても別人なのに、同じ人物を演じているという説得力があった。そういえば、この二人、演技がうまかった。
天才故なのか、少しタガがはずれ、次第に道をそれて行く。60年代パートがどんどん道を外れて行くのに対し、80年代は外れた状態からスタートし、そこからの回復が描かれている。
ポール・ダノとジョン・キューザックは精神的な不安定さを演じさせたら右に出るものはいない二大巨頭と言ってもいいだろう。普段からそのような役がまわってくることも多い。

最初、ポール・ダノは太り過ぎではないかと思っていたけれど、ブライアン自体が後に酒とドラッグに溺れ、136キロ(と映画では言っていたけれど、本当だろうか)まで太り、ほとんど寝て過ごすことになるらしいので、役の上で太っていたのだろう。
60年代パートはあとになればなるほどポール・ダノが太っていく。

最初はビーチ・ボーイズがテレビ出演をしている映像で、がざがざした古い効果が加えられている。ご本人ではなくこの映画の役者さんが演じていて、ミュージックビデオのようにもなっていた。バンドとしてもっとも華々しい時代である。

逆に華々しさは最初にしか描かれていない。バンドについてというより、ブライアン個人についての映画なのだ。
メンバー抜きで、スタジオミュージシャンを招いてのレコーディングは、当然メンバーがおもしろいはずはない。次第にブライアンのスタンドプレーになっていく。

頭の中で鳴っている音楽を再現するために何度も何度もやり直す様子は『セッション』を思い出した。こだわりが病的になり、気分が乗らないことを理由に予約したスタジオをキャンセルし、スタジオ代を無駄にしたり、消防士の恰好をしてバカ騒ぎしながらレコーディングしたり。

メンバーや父親との確執も深まって、彼自身はアルコールとドラッグへ逃げて、表舞台からは遠ざかる。

ここまで一気にやって80年代へ移るわけではなく、80年代パートも随所に入ってくるのがおもしろい。具体的には昔のテレビ出演時の映像のあとで、すぐに80年代へと移る。
ブライアンは車を買いにきて、その販売員のメリンダを好きになる。ブライアンは少し挙動がおかしくはあるけれど、純粋で優しかったし、メリンダも最初から興味を持っていたようだった。

ブライアンは常に精神科医と一緒に居て、監視されていた。これも、映画だからどこまでが真実なのかわからないけれど、薬の過剰投与で余計に具合が悪くなっていたようだ。
精神科医ユージン役はポール・ジアマッティ。80年代ということで少し昔風の髪型のかつらをかぶっていて、ジュリーのようにも見えた。
最初は本当にブライアンのことを思っているようだったし、136キロの肥満で寝たきりの状態から戻したと言っていて、いい医者なのだと思っていた。
けれど、無理矢理曲を作らせている様子や薬漬けにしている様子、ブライアンを軟禁して監視している様子はまるで悪役だった。メリンダの職場に乗り込んで行って罵声を飛ばす様子も怖かった。

そこから救い出したのがメリンダである。献身的で、誰よりもブライアンのことを考え、理解しようとする。ブライアンからも、ブライアンの周囲からも決して逃げずに立ち向かう、強い女性だった。彼女が手を伸ばして、ブライアンを底から引っ張り上げたのだ。その勝ち気な彼女は現在のブライアンの妻である。

メリンダに最初に会ったときにブライアンは、“Lonely,scared,frightened(孤独、怖い、怯えている)”と書かれた紙を渡す。メリンダはそれを見て、彼のことを気にした面もあるだろう。
本作についてのインタビューで「現在の精神状態を3つの言葉で表すとしたら?」という質問には、“Thank you,God,for another day(ありがとう、神様、新たな一日を)”と答えていた。平穏そのものである。本当にメリンダに会えて良かったと思う。

最後に“精神科医の薬を絶つことで劇的に回復した”と書いてあったので、ユージンのような存在は実際にはいたのだと思うけれど、実際にその医者がブライアンを肥満状態から回復させるなど彼のためになるようなことを何かしたのかとか、途中で悪い考えが芽生えたのかとか、彼の本当の狙いはわからない。

ブライアンは1960年代からずっと、声や音楽が頭の中で鳴り響いていたとのことだけれど、どんなものなのか、もちろん、彼の頭の中のそれを聞くことはできない。
けれど、映画では、左右や後方から音が少しずつ重なって、頭の中でいっぱいいっぱいになって破裂しそうになってしまう様子が体感できる。映画館ならではだと思う。音に包まれ、覆われる感覚が味わえる。

本作の音楽は、ナイン・インチ・ネイルズにも参加し、トレント・レズナーと組んでの映画音楽活動も活発なアッティカス・ロス。『ソーシャル・ネットワーク』ではアカデミー賞作曲賞を受賞。『ドラゴン・タトゥーの女』『ゴーン・ガール』でも様々な賞にノミネートされた。
どことなく不安にさせる音楽やキーンと澄み切ったきれいな音楽が得意だと思う。

本作のブライアンの頭の中の音のリミックスも彼が作ったのではないかと思われる。無音のヘッドフォンをつけると音が鳴り出すシーンがあったんですが、エンドロールに“Headphone”というタイトルでBy.Atticus Rossと書いてあったと思う。見間違えかもしれませんが。

最後のほうで、60年代のブライアンが80年代のブライアンを見ているシーンがある。何か言いたそうな、さみしそうな顔が印象的で泣きそうになった。おそらく、過去の彼もちゃんと救われた。
ちなみに、ここのポール・ダノは痩せていました。

ポール・ダノ関連だと、途中でピアノを弾きながら歌うシーンがありますが、実際に彼が歌っているとのこと。さすが、バンド活動もしているだけに、いい声でした。

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