『黄金のアデーレ 名画の帰還』
Posted by asuka at 9:39 PM
実話ですが、事実を知らなかったので、主演がヘレン・ミレンだしBBCフィルムだし、イギリスが舞台なのかと思っていた。イギリスは出てきません。アメリカとオーストリア、そしてドイツの話だった。
以下、ネタバレです。
高齢の女性と若い男性二人の冒険という点で、『あなたを抱きしめる日まで』に雰囲気が似ていると思った。若い男性側はお手伝いのため、目的が違っていた(『あなたを抱きしめる日まで』では名声、本作では金)が、次第に絆が深まっていき、自分とも無関係ではないと思い親身になっていく点も似ている。
また、『あなたを抱きしめる日まで』で「ゲイだからかしら?」みたいな差別発言がさらっと出ていたけれど、本作でも「裁判官が女性で良かったわ」と少し馬鹿にしたような発言が出てきた。これはおばあちゃんらしさというか、ならではのギャグなのかもしれない。
主人公マリアを演じたヘレン・ミレンはそんなとぼけた発言をしつつも、凛としていて気品があった。お供する新米弁護士ランドル役に、『デッドプール』もひかえているライアン・レイノルズ。
『あなたを抱きしめる日まで』のジュディ・デンチとスティーブ・クーガンも合っていたけれど、この二人もいい。ただ、題材が違うから当たり前ですが、本作では二人の関係が疑似家族のようにはならない。二人の関係は近づきはしない。それは、マリアが常にしゃんとしていたからかもしれないし、最初は頼りなかったランドルがどんどんしっかりしてきたからかもしれない。ランドルは、それでも驕ることなく、どこか飄々としたような、呑気な表情は変わらなかった。これはライアン・レイノルズならではなのかもしれない。
イギリスが舞台だと思っていたくらいなので話をまったく知らないまま観たんですが、裁判ものというだけでなく、戦争ものともいえる作品だった。マリアはオーストリアで暮らしていて、そこにドイツ軍が侵攻してきてアメリカに亡命したのだ。
映画の中に現代パートと過去パートがあったけれど、現代は後半までわりと事実をなぞっているだけというか、乾いた印象だった。仕方ないことだけれど、判決が出るまでとかの○○ヶ月後みたいな感じにすぐに時間が飛んでしまい、ぶつ切りの印象も受けた。
それに比べて過去パートは、マリアと姉、父母、叔父叔母と一緒に暮らしていた家も豪華で見ごたえがあった。問題の絵のモデルであるアデーレ役の女優さんが綺麗で、衣装やきらびやかな宝石がよく似合っていた。そこから、ドイツ軍が侵攻してきて、暮らしがめちゃくちゃになり、命からがら亡命をし…というドラマティックな展開だった。
現代パートも、マリアが最後の裁判に臨む決心をするあたりからは俄然盛り上がりを見せた。ドイツ人記者役のダニエル・ブリュールは何か腹に一物抱えていそうな雰囲気だったけれど、終盤まで味方で、何もないのかなと思ったら、父親がナチスだったという告白があった。それが許せないという話だったので衝突はしない。
ドイツ人記者役だし、現代のオーストリアでのシーンがそれほどないから仕方ないけれど、もっとダニエル・ブリュールが見たかった。ヘレン・ミレンの従者のようにライアン・レイノルズとダニエル・ブリュールが並んでいる姿は結構良かった。
俳優関連だと、トム・シリングがどこで出てくるのかと思ったら、過去パートのドイツ軍役だった。マリアの家を監視する。
もちろん、ナチスのやったことは許せないし、今回、この映画を観て怒りもわいたけれど、それとは別に、トム・シリングの軍服姿は恰好良かったです…。体が小さいため、細身で黒だときゅっと締まった感じになるし、頭が小さいので上に広がる形の大きい帽子も似合っていた。
トム・シリングはドイツ俳優だからなのか、映画で軍服姿を見ることが多いように思う。来年一月に公開される『フランス組曲』でも軍服です。それにしても、こんなにトム・シリング出演作の公開が続々決まっていていいのか…。
ラスト、現在のマリアがかつて住んでいた家を訪れる。今はオフィスになっていて中を見学させてもらうのだが、映像は一気に過去パートとなる。その過去パートの中に、現代のマリアが入っていくという演出が良かった。
タイムトラベルものや、片方が長く生きるドクター・フーのようなものでもいいんですけれど、かつて、同じ時を過ごした人物たちの時間がずれてしまうのが好きです。片方が若いままで片方が老いているというような。その他にも、SFでなくてもこのような演出も好きなのだなというのが、今作とこの前観た『あしたのパスタはアルデンテ』でよくわかった。
マリアは自分の結婚式のダンスのシーンで楽しげに手拍子をしていたんですが、あのダンスはユダヤ人の伝統のダンスだったらしいんですね。まだドイツ軍が侵攻して来る前の、幸せな時代の象徴でもある。ここにあるのは、単なる郷愁だけではないのだ。
マリアご本人は2011年に亡くなったらしい。けれど、最近の話であり、クリムトなどというともうだいぶ昔の、歴史上の画家かと思っていたけれど、ちゃんと現在に繋がっているのだと驚いた。
そんな、案外最近の話なのに、映画の撮影時には実際にウィーンの街に鍵十字の旗を掲げたらしい。なかなか大胆なロケである。
この出来事自体が2006年と最近のことだし、きっと有名な話なのだろうから仕方ないのかもしれないけれど、タイトルに“名画の帰還”というのを付けてしまうのはどうなのだろう。返ってこなかったら映画化されていないのもわかるけれど…。
どうなるかわからないドキドキはなくても楽しめる作品ではあります。
ただ、権利は返ってくるとしても、ウィーンの美術館に残るの?ニューヨークに行くの?というのは少し考えて、ああ、でもタイトルが…となった。この、“アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 Ⅰ(黄金のアデーレ)”自体は有名な絵画だし、それがどの美術館にあるというのももしかしたら有名なのかもしれないけれど。
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