『エージェント・ウルトラ』



予告だともっとコミカルなのかと思っていたけれど、少し重めだった。ただ、“ゲラゲラ笑ってなにも考えずに観られる”というような感想もあるので、深く考える必要はないのかもしれない。
ハイスピードで展開していく勢い重視の作品なので、96分という上映時間がちょうどよい。
主演はジェシー・アイゼンバーグとクリステン・スチュワート。監督はイギリスでCMやMVなどを中心に活躍しているニマ・ヌリザデ。

以下、ネタバレです。





最初に「僕たちはバカップルだ」というモノローグが入ったけれど、単にいちゃいちゃするカップルではなくて、マイクのどうしようもなさが本当にどうしようもなく、フィービーが保護者というか、庇護しているように見えてしまった。マイクは「彼女に会って人生が変わった」と言っていたけれど、フィービーはどうして彼と一緒にいるのかよくわからなかった。よくできた人間なのか、天使なのか。
首を傾げながら観ていたら、マイクもフィービーのことを縛り付けているのがわかっているようで、そこでする“木と車”の例え話が泣けてしまった。
思っていたよりも切ないラブストーリー…と思いながら観ていたら、急にCIAが出てくる。
田舎町のカップルとCIAというのはまったく繋がりが見えない。けれど、お偉いさんが若者を監視しているというのは、某映画を思い出した。タイトルを書くとその映画のネタバレになってしまうので書きません。

そして、あんなにダメダメでふにゃふにゃしていたマイクが、何かを覚醒させたかのようなキレッキレの動きで、“悪をやっつける”。“悪をやっつける”というのはマイルドな書き方で、殺されそうになって逆に相手を殺す。要は正当防衛ではあるけれど、人を殺してしまう。
そのあとで、マイクがまた元のように戻って、どーしよーどーしよーと弱気で動揺しているのが可愛かった。これはジェシー・アイゼンバーグのギャップ萌え映画なのでは…。
彼によくある童貞演技、そして『ソーシャル・ネットワーク』などでも見せた人に話す隙を与えない早口、『グランド・イリュージョン』で見せた頭の切れるイケメン風といろんな面が見られる。ジェシー・アイゼンバーグの演技の幅にも驚かされる。

アクションも素晴らしかった。特に後半のホームセンターでの死闘が面白かった。ホームセンターが舞台で、そこに置いてあるいろいろなものを使う。キッチン用品の包丁なんて当たり前、トンカチや冷凍肉や缶など。その前にもちり取りやスプーン、フライパンなどを使っていた。一筋縄ではいかないアイディア満載の戦闘がわくわくする。

ここで、ゼムクリップが少し映るんですが、これを使って何をするんだろうと思っていたら、手錠を外していた。この針金を使って手錠を外すという知識は、少し前のシーンで、悪い友達の家で得た知識である。
その他にも、アロハシャツを着て後部座席に花火を積み込んで突っ込んで行ったりと、勢い重視の作品でありながら、細かい伏線や前に出てきた小道具などを見事に回収していって気持ちがいい。

CIAの電話の相手が誰か?という大きなところはもちろんだけれど、プロポーズの機会もずっとうかがっていたマイクが、そこか!という部分で思い切る。死闘を終えた後だから、二人とも顔がめちゃくちゃに腫れ上がっている。ホームセンターの外は警察が包囲していて、出てきた二人をライトで照らし、そのグロテスクなまでの顔が露になる。しかし、二人にはまるでそれがスポットライトのようになっていてロマンティックにも見えた。

ラブストーリー要素には実はまったく期待していなかったのですが、このプロポーズのシーンも良かったし、木と車の話が後半でもう一度出てくるのも良かった。フィービーがマイクのそばにいるのが最初は不可解だったけれど、次第に明らかになる。
そして、最初の空港のシーンで受けた違和感も納得がいった。

二人でハワイに行こうとしていて、マイクは飛行機の時間になってもトイレから出てこない。フィービーは待合室のイスに座って泣いているんですが、普通だったら、怒りだったり、あきらめのため息をついていたり、トイレに乗り込んで行くと思う。しかし、この時のフィービーは悲しくて仕方がないという泣き方だった。ハワイにそんなに行きたかったとも思えないし、怒りを通り越して悲しくなるにしても、そんなに怒るのに別れることはないのもおかしいと思っていた。

マイクが町を出られない理由を、フィービーは最初から知っていたのだ。その申し訳なさからの涙だった。そんな細やかな気持ちまでもがちゃんと描かれているのもいい。

ただ、展開は強引だし、これで一流諜報員誕生!という落としどころも、それでいいの?とも思ってしまった。一応、頭の中をいじられているわけだし。

それでも、最後に髪も切り、びっちりキメたジェシー・アイゼンバーグは恰好良かったし、エンドロールではマイクの代わりにマイクが描く猿のアポロが“悪者”をどんどんやっつけるアニメーションになっていて、アニメなので、やりたい放題やってもそれほど気分も悪くならない。それどころか、悲壮感もぶっ飛ばす爽快感。後味も最高。

本編中は実写だし、血なまぐさい成分は多い。おまけに、終盤でわかることだが、マイクに襲いかかるのは、命令されていて自分の意志では動いていない人間である。マイクと同様、頭の中をいじられている。マイクも一歩間違えたら…などと考えてしまうが、それも重い内容とは考えずに、作品に潜む毒とかぴりりとした隠しスパイスとして楽しめばいいのかもしれない。

荒唐無稽な展開と血の飛び散る量、弱い男の子、そしてそれを中和するようなポップさから、なんとなく『キック・アス』を思い出してしまった。本作ももしかしたら原作がコミックなのかと思ったら、『クロニクル』の脚本を手がけたマックス・ランディスによるオリジナルらしい。それはそれで、なるほどと思った。


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