『ブリッジ・オブ・スパイ』


スピルバーグ監督、コーエン兄弟脚本、トム・ハンクス主演。冷戦時代、アメリカとソ連がお互いの国にスパイを送り込み、誰を信じていいかわからなくなっていた頃の実話。
最近のトム・ハンクス出演作は安定して良いんですが、今回も裏切られなかった。
いつものことながら、この出来事自体を知らなかったため、どうなるんだろうとハラハラしながら楽しめました。

以下、ネタバレです。









最初、ソ連のスパイの無罪を信じて弁護する善人の話なのかと思った。でも、さっき細工コインをいじってるシーンがあったしスパイなのは間違いないのはわかっている。裏切られるんだろうな…と思いながら観ていたけれど違った。
「逆に、ソ連にアメリカのスパイが捕まったときに交換材料になるから生かしておいてほしい」と話しているのを聞いて、そういえば、スパイ交換をする話だったと思い出した。
というのも、この話が出てくるまでが案外長い。トム・ハンクス演じる弁護士のドノヴァンが交渉のために東ベルリンへ向かうんですが、そこからが景色がかわって個人的にはとても面白かった。

まず、ベルリンの壁を作っている映像というのがぐっとくる。建物の窓から脱出している人物もいたけれど、この建物の窓も、いずれ板で塞がれてしまう。
また、一箇所空いている場所があって、そこから入っていったものの、出ようとしたらもう塞がれていた、というシーンもあって、こんな感じで、事態が急速に変わってしまったんだろうというのがよくわかった。

ソ連の経済学を勉強しているアメリカ人の学生が、東側に教授と娘を迎えにきて、結局壁は閉じられ、学生もアメリカ人ということと勉強している内容からスパイ容疑をかけられ拘束されてしまう。この学生さんと娘さんの話も中心になっていくのかと思ったら、学生さんは話に出てくるだけだったし、教授にいたっては姿すら出てこなかった。あくまでもドノヴァン(トム・ハンクス)メインだった。

ドノヴァンが滞在することになるホテルは汚くて寒そう。ただ、アメリカとはまったく違う、その頃のドイツの景色が興味深かった。そして、そこから電車で東ベルリンへ向かうのだが、まず、向かう電車が長蛇の列。警備が厳重。
東側についたらついたで、ガラの悪いちんぴらのような若者に囲まれてしまう。ドイツ語の字幕は入らなかったけれど、カシミアのコートを置いてけというようなことを言っていたようだ。たぶん、わざと字幕を入れずに、異国の言葉で脅されるドノヴァンの気持ちになれということだったのだろう。コートを脱げというのはジェスチャーで、カシミアというのはなんとなく聞こえた。

ソ連の大使館で会えと言われた人物は出てこない。怪しげな男はあとでKGBだとわかる。おまけにコートをとられたから風邪をひく。警察に一晩拘束される。
もう散々な目にしか遭わない。一応、政府は関係ない民間人ということで行っているから、汚いホテルには一人で、他の人らは綺麗な、おそらく暖房もしっかり入ったヒルトンに泊まっている。

こんな中で、ドノヴァンはソ連に拘束されているアメリカ人パイロット一人と、ソ連のスパイのルドルフと、拘束されている学生という二人の交換を要求する。しかも乗り込んでいっての仕事である。かなりタフであり、正義感のかたまりだと言える。

最後のスパイを交換するシーンは、実際に交換の行われたグリーニッケ橋でロケをしたらしい。
ここに、ルドルフがおどおどしながら連れてこられて、ドノヴァンの姿を見つけ、安堵に包まれた表情を見せる。
そういえば、ドノヴァンがベルリンに来てから、アメリカの様子はまったく流れなかった。だからルドルフの様子もわからなかった。弁護されている間、ドノヴァンが近くに居たときには、たとえ一人でも味方がいたからまったく気持ちが違っただろう。ただ、ドノヴァンがベルリンに行ってからは、敵国であるアメリカで一人、いつ殺されてもおかしくない状態で戦々恐々としていたのだと思う。
あのルドルフの表情で、ドノヴァンがいなかった間の生活や気持ちが想像できたし、久しぶりの再会を心底喜んでいることがわかった。
彼らの間には確かに友情が生まれていた。U-2撃墜事件からスパイの交渉という話が出て、ベルリンに来る、その前までが少し長いように感じたけれど、彼らの友情を描く時間として必要だったのだ。

ただそこで交わされる会話はほんの少し、ルドルフはソ連へ帰っていく。ただの好々爺ではない、毅然とした態度だった。ソ連に戻れば殺されるかもしれない。そんなことは覚悟ができているというような表情を見て、やはりスパイなのだなと思った。

ルドルフを演じたのがマーク・ライランス。トニー賞を三回受賞している舞台俳優。ローレンス・オリビエ賞も二回受賞。そして、本作でもアカデミー賞助演男優賞にノミネートされている。中盤ではまったく出演シーンがないが、橋の上での演技が見事だった。

ドノヴァンと別れるときにルドルフは「車の後部座席に座らされたら、きっと射殺されるのだろう」と言っていて、結局後部座席に座らされていたので、やりきれない気持ちになったが、最後に“ソ連はルドルフをスパイだと認めなかった”という文が出たので、殺されることはなかったらしい。実際、ルドルフ・アベルはこの9年後である1971年に死去しているらしい。ちなみに、ドノヴァンは1970年に亡くなっているのがなんとも言えない。

帰国したドノヴァンは自宅のベッドに倒れ込むようにして眠っていた。ベルリンの汚いホテルの固そうな寝床を思うと、お疲れさま…と思った。でも、この功績を認められて、ケネディ大統領に別の交渉も依頼されたというから驚いた。
少し前までただの弁護士だったのに、頼り過ぎである。しかも、この橋での交渉が1962年の2月、次のキューバでの捕虜帰還交渉が12月と同じ年内という。
橋での交換も政府は関係ないからみたいなひどい態度での依頼だった。大統領からの依頼では仕方がないのかもしれないけれど、また引き受けてしまったのだ。

実際のドノヴァンがどんな人物なのかはわからないけれど、そもそもソ連のスパイの弁護を引き受けた点と、そのために東ベルリンにまで行ったということを考えてもおそらく善人だったのだろうと思う。

そして、この頼りにできる安心感、味方にしたら百人力というようなイメージがトム・ハンクスに合っている。『キャプテン・フィリップス』を思い出した。

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