『オーバー・フェンス』



佐藤泰志による函館三部作の三作目。映画化された一作目の『海炭市叙景』は観ていないのですが、『そこのみにて光輝く』は観た。ただ、三部作と言えども、函館が舞台というだけで、似てはいない。
ただ、(海を越えるとすぐに青森とは言え)函館の端っこ感とかどんづまり感は同じかもしれない。

以下、ネタバレです。








ラブストーリーならば、恋に落ちる瞬間が描かれているものが好きである。
本作ではポスターなどで、オダギリジョー演じる白岩と蒼井優演じる聡が恋仲になるのはわかっていた。だから、二人が初めて目があった時、出会いの瞬間、何かが変わるのかなと思っていた。だが、そこでは恋に落ちず。

その後、スナックで再会したときにもここかな?と思ったけれど、ちがった。その後でお店から二人で一緒に帰ったときかなと思ったけれどそこでもなく。

その後、夜の動物園でギャーギャーという鳥の騒ぐ声の後で空から大量の鳥の羽根が降ってくる描写があった。それについて、あとで説明があるのかと思ったけれど特に無かった。雪に見立ててるのかと思ったけれど、季節が違っていた。大量の白い羽根が降ってくるのは綺麗だし夢のようだしロマンティックだから、聡か白岩の心象風景をファンタジーっぽい映像で見せたのかと思った。けれど、その後で聡が羽根を持っていたので、現実だったっぽい。鳥の喧嘩かなにかだったとしても、あんなには抜けないだろう。

まあそれでも、ロマンティックだったし、これで本格的に恋に落ちたのだろうと思ったら、聡が理不尽であったり正論であったりする文句をヒステリックに叫び出す。
最初に鳥の求愛を体現していたときに、ちょっとエキセントリックな女性だなとは思ったけれど、夜の動物園で鳥の求愛を取り入れたバレエのようなダンスは美しかったしまあいいかと思った。『花とアリス』のバレエシーンを思い出した。
だけど、このヒステリーシーンで本格的についていけないなと思ってしまった。

聡のことを可愛いとか好きとか思える(白岩目線)とか、聡に共感できるとかなら二人のラブストーリーも見たいけれども、これではもう、恋に落ちなくてもいい。ラブストーリーではなく、白岩という男の人生で良かった。聡はポスターなどには出てくるけれど、メインキャラではなく、妻と別れた白岩が一瞬惹かれそうになって、でも通り過ぎていく女性ということで良かった。やっと出会って、今度こそ運命かなと思った女性と酷い目に遭って別れ、心にまた一つ傷を負うということで終わりで良かった。
職業訓練校の中でもぎすぎすしていたし、ここの人たちとの関係とか、ここの人たちの人生を描いてくれるのでも良かった。
職業訓練校という場所柄、結構個性の強いメンバーが揃っていて、彼らについてもっと知りたかった。聡にはついていけないと思ってしまったけれど、ここにいる人たちの心の痛みのようなものは理解できそうだった。

けれども、聡が謝りに来て、お店に同伴出勤をすることになる。聡は浮き沈みが激しいということだと思うけれど、謝りにくるところとお店での態度はさばさばしていて、これならば好感が持てるのだが、ヒステリックに叫んでいるところは別人のようだった。もう映画は中盤を過ぎているが、キャラクターがまったく掴めない。

白岩も白岩で、過去にあった出来事で傷を負っていて、今はそれを隠して、適当にいい顔をして、でも他人とは距離を置きながら暮らしているようだったので、どんな人物だかよくわからない。本心を隠しているのだからわからないのは当たり前だけれど、映画の登場人物だけではなく、スクリーンの外側で観ている私にもわからなかった。

店の中で、聡のことを白岩が抱きしめたとき、今度こそ本当に恋に落ちたのだろうと思った。
けれど、その後ですぐに元妻に会っていたし、指輪を返されて、指輪をしている自分の左手を慌ててポケットに入れて号泣していた。未練なのだろうか。聡の事を好きになったのならもういいじゃないかと思う。それとも、家族と恋愛は別ということだろうか。

職業訓練校でソフトボール大会があって、白岩は聡に見に来てくれと言う。まさかここで、彼女に誠意を見せるために、タイトル通りにフェンスをオーバーするホームランを打つわけじゃないよな…と思ったら、まさにその通りになってびっくりした。こんなベタな展開でいいのだろうか。こんなに綺麗にまとめようとするならば、出会いから恋に落ちて、仲を深めて…という綺麗な展開にしてほしかった。最後だけ普通のラブストーリーのようにされても、と思ったけれど、原作のあるものだしその通りなのかもしれない。
タイトルはもちろん、ただ単にホームランという意味ではなく、フェンスを越える=心の中の柵を乗り越えて君に近づくとか、鬱屈した日常を打ち破る意味も含まれているのだろう。清々しく爽やかで、何かを振り切ったようなラストだった。
だから、すべてはこれから、恋に落ちるのもこれからなのかもしれない。映画(原作も?)で描かれていたのは、それ以前の話だったのかも。

なんとなく、ラブストーリーにしても、『そこのみにて光輝く』のような極限の愛が見られるのかと思っていた。あれくらい、ギリギリのものが観たかった。そもそも、何を考えているのかよくわからない二人だったけれど、相手を求めているようには見えなかったのだ。
原作の作者が同じだったとしても、映画の監督は違うのだし、作風が違うのは当たり前なのだけれど。でも、ちょっとついていけないなと思ってしまった聡の鳥の求愛の行動が映画オリジナルだというのはなんとも言えない。

0 comments:

Post a Comment