『アスファルト』



フランス郊外の団地が舞台と聞いて、なんとなく殺伐としたものを思い浮かべてしまったのは『ディーパンの戦い』のせいだろう。
それか、最近観た『ハイ・ライズ』のせいで、どんなコロシアイ団地生活が始まるのかと思ってしまった。
タイトルから無機質でひんやりしたものを感じ取ったせいかもしれない。
または、フランス映画のイメージかも。

けれど、実際には、思っていたものとは違って、笑いが各所にちりばめられたあったか人情群像劇だった。

以下、ネタバレです。





住民たちが話し合っているシーンから始まる。エレベーターが壊れたけれど管理会社は金を出さないので住民たちで出し合おうというのだ。けれど、それに「二階だからエレベーター使わないし」と反対する人物が一人出てくる。結局、彼だけエレベーターを使わないことを条件に金を出さなくて良いということになる。いますよね、こうゆう協調性のない人。

協調性がないせいなのか、一人暮らしで特に友人などもいないようで、その後の彼一人のシーンはしばらくセリフがない。モノローグもない。
しかし、説明はなくとも、画面を見ていれば彼に何が起こったのかがわかる。

住民会議で訪れた部屋で、500ユーロを出すことをケチったばかりに、他の人たちが寝室へ移動して話し合いをしたから、その会議をした部屋にあったエアロバイクが目に入ってほしくなった。そのエアロバイクを自動で使っている最中に、寝てしまったのか気を失ったのか、とにかく足だけが長時間動き続け、結局車いすで生活することになった。
そして、車いすで団地の前にたたずむ彼を見て、観客からは失笑混じりの声が漏れていた。
因果応報というか、結局こうなるというか。

それで、住民がエレベーターを使わない時間を見計らって買い物をしに行こうとするんですが、当然それは夜中になる。
私は、フランス郊外の団地なんて治安が悪そうだし、夜中に車いすで出かけたら襲撃をされるのではないかと思ってしまった。『ディーパンの戦い』だと、しょっちゅう銃撃戦も起こっていたようだし。

けれど、夜中なのでスーパーが開いていない、忍び込んだ病院のスナックの自販機で、金を入れたのに落ちてこないで途中で詰まる…という程度の悪いことが起きるだけだった。

序盤で酷い態度をとった人物には、その後罰が与えられることが多いが、彼に与えられた罰はその程度のものだった。
そして、その後には、夜勤看護師の女性との出会いがある。
コテンパンにはしないあたりに、監督の優しさを感じた。

優しさは作品全体を包んでいる。
最近観た高層マンション映画『ハイ・ライズ』は、セックスと暴力に満ちていたけれど、この映画には一切出てこない。

治安は良くはないのだと思う。貧困問題も直接は描かれていない。けれど、壁にはスプレーの落書きがたくさんあったり、移民だったり、母子家庭だったりと、観ていれば察することはできる。治安の悪さや貧困など、外側ではなく、内側の人物について描かれている作品なのだ。

同じ団地の住民だが、直接は関わらない三編の話が同時に進行していく。

車いすの男性と夜勤看護師の他には、母がおそらく働きに出ていてほとんど家に居ない高校生と近所に越して来たかつての大女優の話。女優はおそらく60代なので、年齢は親子以上に離れている。けれど、男子高校生がどんどん女優に興味を持ってひかれていく様子が、恋愛すれすれに見えてドキドキした。

もう一編はアラブ系移民の女性とNASAのアメリカ人宇宙飛行士の話。なぜか団地の屋上に降りてしまう。地上についてすぐスタスタ歩いていたし、女性の家の電話を借りてNASAに電話をかけると「はい、NASAです」と会社のように応対され、待ち受けの音楽が『美しく青きドナウ』(『2001年宇宙の旅』で使われた)だったりと、ほとんどコントのようだった。女性の息子は服役していて、宇宙飛行士を息子のように思っているようだった。たぶん宇宙飛行士も同じように思っていたと思う。言葉が通じないながらも、ジェスチャーや“トイレット”など共通の単語を駆使してコミュニケーションをとっていく。

三編とも、人と人が出会い、打ち解けて行く話だ。私は恋に落ちる瞬間が描かれている映画が好きだけれど、このように、出会って打ち解ける過程が描かれているのもいいなと思った。

群像劇は大抵、それぞれの話で一人が主人公になるが、この映画では三編の登場人物が二人いて、二人のどちらかが主人公というわけではない。どちらの気持ちもわかり、両面で楽しめるものとなっている。彼の物語であると同時に彼女の物語でもあるのだ。

彼らはそれぞれ傷を抱えている。車いすの男性はもちろんのこと、夜勤の看護師も生活がつまらなそうだった。男子高校生は一人で起き、冷蔵庫から牛乳をパックに直接口をつけて飲む。注意する人物(母)がいない。女優も過去には活躍しても、年を取って仕事がなさそうだった。宇宙飛行士も宇宙で一人きりで孤独に過ごしていた。アラブ系の女性も息子が服役している。

そんな中で、磁石がひかれあうようにして、出会うべくして出会ったのだ。会話によって、お互いがお互いに救われる。
けれど、その出会いは一発逆転の運命の出会いほど強いものではない。
相変わらず高校生は一人で自転車に乗っているし、女優は仕事がもらえるかわからない。車いすの男性と夜勤の看護師は結局お付き合いをするのかわからない。アラブ系の女性の息子はいつ出所するのかもわからないし、着陸に失敗した宇宙飛行士の今後もどうなるのだろう。

日常はそれほど変わらない。けれど、少しずつ足りなかった何かが、満たされないながらも少し回復したのではないか。鬱々とした毎日に小さくても穴が開いて、風通しが良くなったのではないか。
運命の出会いではなくても、きっと忘れられない出会いになっただろう。

そして毎日は続いて行く。完結はしない。でも、さあ、これからだという気持ちになる。

劇中の各所で、キィーキィーという謎の音が鳴っていて、登場人物たちは「子供の泣き声」とか「叫び声」とか不吉なものを想像しているようだったが、実際には屋根の無いコンテナのようなものの扉が風で軋んでいる音だった。

そんな悪い方向にばっかり考えるな、大丈夫だよというメッセージにも感じた。やっぱり監督さんが優しい。

男子高校生役の俳優さんが気になったので、フランス人俳優さんはわからないんだよなーと思いながらエンドロールの名前を追っていて、マイケル・ピットの名前があって驚いた。アメリカ人宇宙飛行士を演じていた。私の中だと『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のトミー・ノーシスとして有名です。ハリウッド版『攻殻機動隊』にクゼ・ヒデオ役で出るとのことですが、日本人名のままなのか。じゃあ、スカーレット・ヨハンソンも草薙素子なのか。

男子高校生役はジュール・ベンシェトリ。最初女の子かと思ったけれど、胸がなかった。美形でかっこいいけれど、若いしかわいい。劇中では猫背で、やる気がなさそうで、でも60代女性に向かって挑発するような生意気な態度もとる。ぺちっと叩きたくなるようなおでこで、日本人だとタッキーとかKENN系です。

今後注目だと思いながら、公式サイトで監督さんの写真を見たら、彼もやたらと恰好良いのに驚いた。パリ郊外の団地育ち、役者としても活動をしているらしい。
そして、名前がサミュエル・ベンシェトリなのも驚いた。ジュール・ベンシェトリくんのお父さんでした。
母はマリー・トランティニャン。本当にフランス人俳優に詳しくないのでわからないのですが、出演作はいくつか知っている。彼女は2003年に亡くなっている。ジュール・ベンシェトリくん、5歳の時ですね…。劇中では父親を亡くした高校生役なのも何とも言えない。

ジュール・ベンシェトリ出演作は過去に二作あり、いずれも日本未公開とのこと。残念。

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