『エル ELLE』



『ベティー・ブルー』の原作者フィリップ・ディジャンの小説『Oh…』(原題。翻訳版は映画と同じく『エル ELLE』)が原作。
フィリップ・ディジャンは、モデルではないけれど思い浮かべたのはイザベル・ユペールだと言っているらしく、それも納得である。とても彼女に合っていた。さすがアカデミー主演女優賞ノミネート、ゴールデングローブ賞では主演女優賞を受賞しただけあって、いろんな表情が見られるし、そのどれもが魅力的だった。
監督はポール・バーホーベン。

以下、ネタバレです。





イザベル・ユペール演じるミシェルが覆面の男にレイプされているシーンから始まるのでかなり衝撃的である。
起き上がって部屋を片付けたり、普通に会社に向かっていた。心中を察することは難しかった。撃退グッズみたいなのを買っていたから自衛をしようとしているのはわかったし、怒りも感じているようだったが泣いたりはしない。それは、49歳という年齢(劇中の年齢。イザベル・ユペールご本人は64歳)のせいかもしれない。けれど、一人暮らしのようだし、ゲーム会社の社長のようだし、性格なのかもしれない。

ミシェルの周囲の人物がどんどん出てくるが、人間関係も見ているうちに徐々に明らかになるのがおもしろい。
最初、青年に家賃を払ってあげると言っていたが、どんな関係かと思ったら息子のようだとか、親しげな男性は元旦那だとか。

元旦那と友人とその夫に、かなり序盤でレイプされたことを打ち明けているのも驚いた。その時も毅然とした様子で、逆に周囲が驚いていた。

カフェに入れば見知らぬ人から水をひっかけられる。その理由も徐々に明らかになるのだが、父親が服役中で、しかも子供を含め20数人を殺したらしい。ミシェルも関わっているという噂もあった。

ゲーム会社でも部下を叱りつけている。友人であるアンナの旦那とも関係をもっている。元旦那とも切れていないようだった。恨みによるものだとしても心当たりがありすぎるみたいだったし、周囲の人物なのかもしれないし。
でも、単純にレイプ犯は誰なの?という話ではなかった。

ミシェルは毅然と振舞ってはいたが、彼女の家でのパーティのシーンは少し痛々しさすら感じた。
母親とその若い恋人、元旦那と大学院生の恋人、アンナとミシェルが関係を持っている旦那、息子と肌の色が違う赤ちゃんを産んだ妻、隣人夫婦の旦那のほうにはミシェルがちょっかいをかけている。
みんなカップルなのに、主催であるミシェルは誕生日席で一人である。でもさみしくめそめそしているわけではない。
彼女の感情としては母親がプチ整形をして若いツバメを囲っているのが許せない、元旦那が学生と付き合っていることに嫉妬している、息子がビッチにつかまったことが気にくわない、隣人夫婦の旦那を誘ってアンナの旦那を嫉妬させる…ともう複雑である。こんなものが渦巻いているパーティ、絶対に行きたくない。関係がこじれすぎている。その中心でミシェルはしたたかに振る舞う。

しかし、パーティ中に母親が脳梗塞で倒れ死亡、遺言で絶対に会いたくなかった父親に面会しに行こうとすると、父親も刑務所で自殺してしまう。
両親のことがそれぞれ許せなかったようだったが、死んでしまったのは複雑だったと思う。悲しいというより、恨みをぶつける相手がふっと消えてしまい、宙ぶらりんになってしまったようだった。浮かぶ表情は虚無感のようだった。

レイプ犯からはメッセージなどが頻繁に来ていたが、途中からもしかして全部ミシェルの妄想だったりしてとか、本当はミシェルがレイプ犯を殺していたりしてなどと考えてしまった。

しかし、二度目に現れたとき、マスクをとって明らかになった正体は隣人の男性だった。それはそれほど衝撃的ではなく、映画を観ていれば予想通りでもあると思う。

普通なら、正体がわかったんだし警察に突き出して終わりだろうと思うが、ちょっかいをかけていたせいもあるのか、ミシェルは関係を続けてしまう。隣人の男性は暴力を振るわないと、そして抵抗されないとセックスできないタイプのようだったが、ミシェルは演技ではないのだと思うがそれにも応じてしまう。

ミシェルの家でのパーティはいたたまれなかったが、ゲーム会社で行われた完成披露パーティはそれと対比するかのようなものだった。
元旦那は大学院生の彼女と別れている、息子はビッチ妻に追い出されている、ミシェルはアンナにアンナの旦那との関係を正直に打ち明ける、隣人の男性は奥さんを伴わずに現れる、部下との関係も修復している…。ここでもミシェルが中心だが、離れて行ったみんながミシェルの元へ帰ってきたようだった。糸は絡まらずに、ミシェルから全員に向かって伸びているようだった。

ミシェルの家にレイプ犯の覆面男(隣人)が忍びこんでいるところを息子に目撃される。ミシェルも本当に拒んでいるのか、拒むことで相手を取り込もうとしているのかわかりにくいのだが、このシーンの前に警察に言うと言っていたので、ここでは本気で抵抗をしていたのではないかと思う。どちらにせよ、そんなことを知らない息子は木材で頭を殴り、殺してしまう。
父親だけでなく、息子も人を殺してしまった。殺させてしまったというか。でも正当防衛が認められたのか、肌の色の違う赤ちゃんを妻と一緒に育てるシーンが最後にあったのでよかった。

両親が亡くなり、隣人は死に、息子は新しい家族の元へ。元旦那は結局都合のいい時だけミシェルの元へ帰ってくるようで、そのことをわかっているのか、ミシェルは興味がないようだった。そもそもミシェルが元旦那のことを大事に思っているなら、序盤に出てきた乱暴な縦列駐車はしないだろう。元旦那の車のバンパーがはずれていた。
どんなときでもキリッとしていたし、ミシェルは一人で生きていけそうと思っていたら、両親の墓標に立つミシェルの元へアンナが現れる。アンナも旦那を追い出したようだ。

ミシェルが息子を産む時に隣りのベッドだったことから友人になったと言っていた。死産だったため、息子の乳母になったという不思議な縁だ。また、同性愛者というわけではないが、二人でためしたこともあると言っていた。
結局、ミシェルの隣りにアンナが寄り添って歩いていくシーンで映画が終わる。
絡まった糸がほぐれ、一番シンブルな形は周囲がとっぱらわれ、一人になることだと思う。けれど、おそらく、ミシェルのことを映画を観ている私よりも知っているのはアンナなのだと思う。ミシェルにはきっと案外脆い部分もあって、そこをアンナは知っていて、助けてくれる。

これ以上のラストがあるだろうか。ミシェルのここまではだいぶ激動の人生だったと思うが、この先は支え合って穏やかに暮らして行くのではないかなと思った。ほっとしてしまった。



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