『追憶と、踊りながら』
Posted by asuka at 10:58 PM
叙情的でいい邦題だと思うけど、これがベン・ウィショーの『Lilting』(原題)だとは気付きにくいかも。
以下、ネタバレです。
ざっくり、本当にざっくり言ってしまうと、嫁姑問題です。けれど、そこに様々な事柄が絡み付いている。
まず、姑はカンボジア系中国人、“嫁”はイギリス人。お互いの言葉がわからず、通訳を介してしか話ができない。
姑は介護施設に入っている。
“嫁”は男性であり、息子はゲイであることをカミングアウトしようとしたが、事故に遭い他界。“嫁”と書きましたが結婚はしていない。
残された青年は、恋人の母親と一緒に住もうともちかけるが、母親は年代特有の頑固さと、息子をとられた嫉妬と、イギリス文化への馴染めなさなど、様々な感情が入り混じって青年を受け入れることができない。
特に事件が起きるわけではない。一つの大きな、悲しい出来事を発端として、緩やかに過ぎる日々が描かれている。
大切な人がいなくなっても、そこで時が止まるわけではなく、残された人々の日常は続いていく。
死んでしまったカイが生きていた頃の過去のエピソードが何度かはさまれますが、カメラがゆっくり動くと、同じ場所でも過去と現在が自然に移り変わるという手法がとられていた。過去と現在が地続きであるのを感じるし、現在に移ったときにそこに彼だけがいないという喪失感がたまらなかった。大切な人が消えてしまっても、世界は対して変わっていない。
恋人のリチャードも母親のジュンも、まるでカイがそこにいるかのように身近に感じていて、おそらくまだ亡くなったばかりのようだった。
ジュンはカイのカミングアウトを聞かなくても、あれだけリチャードを嫌っていたのだからなんとなくは気づいていたのだろうし、リチャードとカイが暮らしていた家に来たときにはその気持ちは濃くなっただろう。それで、リチャードが箸を上手に使って料理をする場面で確信したのだと思う。
そしてその後、リチャードからのカミングアウトを聞いて、気持ちの鎖を解いたようだった。
通訳を介してしか言葉は通じなくても、大事な人を失った気持ちは同じだから、きっとそれだけで通じ合うことができる。自分だけが悲しいわけではなく、他にも同じように悲しんでいる人がいることに目を向けると、少しは孤独感もやわらぐかもしれない。
二人の心の交流とはいっても、まだまだほんの入り口あたりまでしか映画では描かれていない。でも、おそらく今よりはいい関係になるだろうというのはわかる。
ほんの短い間の出来事を切り取って、繊細に丁寧に描いている。
通訳を介した演技というのは相当難しいのではないかと思う。特に、怒鳴り合いというか、一気に険悪になるシーンはおもしろさすら感じてしまった。
感情が爆発するのは通訳が相手の言葉を伝えた後であり、その爆発した感情は通訳を介さないと伝わらない。時間差なのだ。
そして、通訳でワンクッション置いても、空気は悪くなることには変わりない。それは、何を言っているかはその時にはわからなくても、口調や表情でなんとなくの感情は伝わるからだろう。
リチャードとジュンが二人で話すシーンでは、ジュンの北京語(多分)のセリフには字幕がつけられておらず、観ている私たちもリチャードと同じタイミングでジュンの気持ちを知ることになったが、不快に思っているのはセリフの前に理解できた。
二人の間に入る通訳は重要な役柄だと思う。それでも、パンフレットの表紙やメインビジュアルに、通訳とリチャードが踊るシーンが使われているのはどうかと思った。踊るシーンならば、カイとリチャードのほうがいい。
二人のシーンはどれも美しかった。
リチャードを演じているのがベン・ウィショーなのだが、彼は今までアクの強い役が多かったと思うけれど、今回は素なのではないかと思わされるほど自然体の演技だった。
特に、カイと一緒の過去のシーンはとても幸せそうだった。とろけてしまいそうな笑顔を見せていた。
カフェで機嫌を損ねたカイの眉間を優しく撫でて戻そうとするのも良かった。頭ごと愛おしそうにやわらかく抱きしめるのもいい。
ベッドシーンというか、ベッドで裸で二人で寝ているシーンも何度かあるけれど、そのどれもが夜ではなく、朝の光の中での会話なのも印象的だった。いやらしくはないけれど、色っぽい。
いちゃいちゃと言ってしまってもいいと思うけれど、猫のように絡み付くベン・ウィショーが可愛いし、リチャードは本当にカイのことが愛おしいのだというのがわかる。
それと同時に、ベン・ウィショーご本人も、好きな人の前ではこんな感じなのではないかと妄想してしまった。ふにゃっとした笑顔も、おそらく好きな人にしか見せない。
映画ではそれをおすそわけしてもらったようだった。でも、もちろんスクリーンのこちら側ではなく、リチャードとしてカイに向けられている。ああ、私は本当はこの二人が幸せになる話が観たかった。
このように、二人のシーンにうっとりすればするほど、もうカイはいないんだ…という現在がつらくなってしまう。
二人がダンスをするのは観念的なシーンである。おそらく、現実に起こったことではない。ここでのカイとリチャードの身長差もいいのだが、少し低いリチャードが縋るようにカイを抱きしめるのも良かった。カイも、もう離さないというようにリチャードを抱き返す。
二人のシーンはたくさんあるような気がしていたけれど、三箇所しかないらしい。確かに、ベッドとダンスとカフェだけだ。そうとは思えないくらい印象に残っている。とても濃厚で濃密な関係に思えた。
カイを演じたのがアンドリュー・レオン。父が中国人、母がイギリス人でロンドン生まれ。本作が映画初出演らしい。去年、『ドクター・フー』にも出演したらしい。
ちなみに通訳を演じたナオミ・クリスティは演技経験すらなかったというのも驚いた。
監督のホン・カウは今作で長編デビュー。75年カンボジア生まれ。ベトナムで育ち、8歳の頃にロンドンへ移住。両親は中国系らしい。そう考えると、自伝的な意味も含まれている映画なのかもしれない。
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