『あの日の声を探して』


『アーティスト』のミシェル・アザナヴィシウスが監督&脚本。
サイレント映画調に撮影された『アーティスト』とは作風、雰囲気などががらりと変わり、今作はチェチェン紛争について描かれている。

以下、ネタバレです。







邦題と"両親を殺されたショックから声を失った少年"云々のあらすじを見ると、少年とそのサポートをする大人の心のふれあいを描いた感動のヒューマンドラマだと思っていたが、実際にはゴリゴリの戦争ものだった。

そんなものなのかもしれないけど、ちょっとしたきっかけで一気に普通に喋れるようになる。少しずつ話して、最後に普通に会話ができるようになって、ああ、良かった、めでたしめでたしではない。

原題が『The Search』なのでそのような邦題になったのだろう。もちろん、心のふれあいを通じて…という面もある。けれど、探しているのは声だけではない。

最後に“1948年の『The Search』にインスパイアされました”という文言が出る。アカデミー賞三部門ノミネート一部門受賞の本作は、『山河遥かなり』の邦題で日本でも公開されている。
もちろん、時代的にチェチェンではなく、ナチス関連の話らしい。母親と離ればなれにされて、子供が失語症になってしまう。こちらは、アメリカ兵と子供の心の交流があるようだ。母親が子供を探すことになるので“The Search”。
なるほど、今作ではアメリカ兵が国連の欧州人権委員会の女性、子供を探すのは姉だけれど似ている。

オープニングは手持ちカメラで戦闘地域を映しているシーン。手持ちカメラも綺麗な映像ではないし、劇中の誰かが撮っている様子でリアリティがある。
カメラの前で、少年ハジの両親が殺されるが、その様子もリアル。
隣で泣き叫ぶ姉、声をひそめて近くの家からその様子を見るハジともに、演じている役者さんが実際にチェチェン出身で、映画出演も初めてということで、ドキュメンタリーのように見えたのかもしれない。

程なくして、国連の欧州人権委員会の女性キャロルが出てくるが、その方はいかにも女優さんのようだったので、これは映画であるとほっとしてしまった。だけれど、実際にチェチェンで起きたことだろう。

キャロルを演じたのは、ベレニス・ベジョ。『アーティスト』でもヒロインを演じていた。監督のパートナーでもあるらしい。
いかにも女優さんと思ったのは演技が下手というわけではなく、立ち居振る舞いがしゃんとしているというか、おそらくチェチェンの難民の役の方々は役者さんではないと思うけれど、その中でオーラが隠しきれていないというか、少し違った雰囲気が出てしまっていたのだ。

キャロルとハジの交流も描かれないわけではない。野良猫のようだったハジが、キャロルにネックレスをプレゼントするシーンはいじらしさに泣けた。
けれど、この映画が他と違うのは、チェチェンの一般人からだけでなく、ロシア兵側からのストーリーもしっかり描いているところである。

ロシアの若者が、おそらくマリファナを吸っているところを警察に見つかり逮捕される。もしかしたら路上喫煙かもしれないけれど、刑務所云々の話も出ていたので、単に煙草ではないと思う。
刑務所にははやいということで、強制入隊させられてしまうのだ。

ロシア兵の話は、キャロルとハジの話と並行して描かれる。ハジが少しずつ回復し、キャロルもハジのことが好きになって。とにかく、話は良い方向へ進んでいく。
しかし、ロシア兵側の話は、普通の若者が戦地へ送られ、上官に殴られ、遺体の処理をする日々の中で、徐々に心が死んでいく様が描かれていて、見ていてつらかった。
最初は純粋で涙すら浮かべてた。しかし、暴力にまみれ、遺体に慣れて、その世界での処世術を学んでいく。特に、いじめられている兵士を何発も殴ったあたりからは、完全に変わってしまったようだった。
一 目おかれるようになり、クスリと酒を貰い、飛び立つヘリコプターの下に忍び込む“遊び”を教えてもらうシーンが印象深い。この世にこんなエキサイティング なことがあるのか!というような表情、叫び声。皮肉であるが、そんなことで生きている喜びを感じているようだった。もう狂っているのだろう。

程なくして前線にかり出され、初めて人を撃ったときには動揺こそしても、それにも慣れていく。戦場でもにやにやと笑っている他の兵士たち、老人や子供を“獲物”と呼ぶ兵士たちも、もしかしたら、最初は同じように純粋で涙ぐむことだってあったのかもしれない。


並行して描かれていているとは言っても、きっとハジたちとまったく関わらないということはないのだろうと思ったら、ラスト、ロシア兵が壊れかけたビデオカメラを手に取る。
冒頭のハジの両親が殺された映像を撮影していたのが彼だったのだ。

どこかうんざりしたような口調と、中立性を感じたので、もしかしたらジャーナリストなのではないかと思っていたが彼だった。まったくの悪人ではないような感じではあっても、殺すのを止めないのだからやはり他のロシア兵と一緒である。

しかし、こんな形でオープニングへ繋がるとは思わなかった。構成がうまい。
両方の立場から、更にハジを探す姉の話も含め、多角的に描くことによって、全貌がわかるようになっている。

個人的にはロシア兵の話の方が印象に残った。
演じたのはマキシム・エメリヤノフというロシアの俳優。若い頃のトム・ハーディに見えるシーンもあった。

ハジ役のアブドゥル・カリム・ママツイエフ君も良かった。常にハの字困り眉。
実際にチェチェン生まれであり、両親とも別れているらしい。現在は叔父と一緒にフランスへ亡命しているとのこと。
途中でBee Geesの“You Should Be Dancing”に合わせて、見事なダンスを披露するシーンがある。そのため、ダンスで採用されたのかと思ったけれど、ダンスをおぼえるのが大変だったと言っていて、役に決まってから練習したのがわかって驚いた。
よくあるヒップホップ系のものではなく、どこか民族舞踊っぽさすら混じっている独特のダンスだった。“父はダンスがうまくて”という話が出て来るので、その伏線も回収されている。印象的なシーンである。


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