『かぞくのくに』

ジャパンプレミアにて鑑賞。予告を見たくらいで、事前情報はほぼ入れないで観ました。そのため、映画後に監督とキャストによる一時間近くの質疑応答にて、初めて知る事実もたくさんあった。興味深いお話をたくさん聞くことが出来た。

北朝鮮にいるために、個人の自由では日本へ来られなくなってしまった兄と25年ぶりに再会する家族の話。兄役の井浦新が、久しぶりの日本に戸惑いながら、少しおどおどと猫背の無表情で周囲を見回す演技がうまい。ARATAから井浦新に名前を改めて正解だったと思う。いつのまにか、漢字表記が似合う役者さんになってた。ただ、これはもうしょうがないんですが、スタイルが良すぎる。顔の小ささと背の高さが目立っていた。モデル体型が必要とされない役なので、長所がアダになってしまっていたのは残念。

井浦新だけでなく、妹役の安藤サクラの演技も自然で、少し揺れるカメラとあわせて、途中、ドキュメンタリーではないかと錯覚してしまった。上映後の舞台挨拶で、監督の実話に基づいていることと、監督の前2作がドキュメンタリーだったと知って納得した。
以下、ネタバレです。






兄が強い憤りとどうにもならない怒りをぶつける先がなくて、部屋の中をうろうろと歩き回るシーンがあるのですが、喋ってる人にカメラを移さずに、歩き回る様を執拗に追うように撮っていたのもドキュメンタリー的だと思った。その後、妹も、別の憤りを抱えて同じようにうろうろすることしか出来ないシーンが出てくる。どうしようもなさを発散することができない様子がよく伝わってきた。

兄が急に帰国することになったときに、まったく状況が理解できない妹が、いっそ呑気な調子で「どうゆうことー?」と問うのもリアルだった。本当に理解できない事実の前では、怒るよりも驚きよりも先に、このような反応をとるのだと思う。

ちなみに、監督のお話では、映画では三ヶ月滞在の予定が一週間で帰国することになっていたのが、実際は二週間だったとのこと。でも、何故急遽帰国することになったのかの理由の説明は映画と同じで一切無く、現在でも不明とのこと。

映画は監督の実話に基づいてはいるけれど、実際の兄妹間はもう少し遠慮のある関係らしい。井浦新と安藤サクラは、その奥底の感情をうまく引き出してくれたと監督が話していた。
安藤サクラが演じた妹のリエは、理解できなかったらはっきりとわからないと言うし、納得できなかったらだだをこねるし、怒りや憤りもそのまま、感情をさらけ出していた。演技というよりは、話を聞いて実際に安藤サクラが怒っていたらしいので、感情の爆発のさせ方が自然に見えたのだと思う。立場が鑑賞者に近いために、一番共感できた。

最後、兄が車に乗せられて行くときも、監督は実際には棒立ちで見送ることしかできなかったらしい。映画でも棒立ちバージョンも撮ったけれど、違うと思い、役者さんたちに自由に動いてもらったとのこと。
このシーンはかなり印象的だった。リエは車に乗り込んだ兄ソンホの腕をずっと離さない。執拗に掴み続け、車のドアが閉じられない。でも、兄も妹もなにも泣き叫んだりはせずに、言葉を発さない。掴んだところで兄が日本に留まらせることができないこともわかっているけれど、それでもどうしても離すことができない、葛藤と悔しさがわかる。

帰国の日に、ソンホは昔好きだった女性に電話をして呼び出す。ソンホが唯一自分で行動するシーンだと思う。そのときに、女性はソンホに「二人で逃げちゃおっか?」と言うが、監督によれば、「このセリフを笑顔で言っているということは、本気で逃げようとはしていない」とのことでした。また、「同窓会のシーンには後半があって、そこで脱北の話も出ていたけれど、今回は帰る人の話なので、それはまるまる削った」とのこと。また、「今後、脱北でも映画を作ってみたい」とも。
監督の口から「脱北」という言葉が出て、どきっとしてしまった。「逃げちゃおうか?」というセリフが出たときに、そうだそうだ、ぜんぶ捨てて逃げてしまえと思ったけど、話はそんなに単純ではない。女性と二人で逃げるのは単なる駆け落ちではないのだ。フィクションではあるけれど、限りなく事実に近い映画なのだと思い知らされた。

ヤン・ヨンヒ監督は、一本目のドキュメンタリー映画で北から謝罪文を書けと言われ、書く代わりにもう一本映画を撮ったら入国禁止になったらしい。家族のことを描くほど家族と会えなくなると苦笑まじりに語っていた。暗い顔をするわけでもなく、怒りを表情に出すわけでもなく、苦笑とは言え、笑えるのがすごい。徹底的に戦う姿勢が垣間見れた。凛とした印象の、とても恰好良い監督さんでした。

『かぞくのくに』は、韓国を含む、いろんな国の映画祭に呼ばれている。多くの人の目にふれることが何より重要だという考えから、監督自ら、積極的に出席していく予定だそうです。

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