『トレジャーハンター・クミコ』



コーエン兄弟監督作『ファーゴ』を観た日本人女性が、劇中でスティーヴ・ブシェミが雪に埋めた大金の入ったブリーフケースを探しに行く、というストーリー。
監督はデヴィッド・ゼルナー、主演は菊地凛子。

アメリカでは2014年に公開されたが、日本では公開されていないどころか、ソフト化もされていない。

以下、ネタバレです。








前述の通りのあらすじを読んでいたので、わくわくする冒険譚を想像していたのだけれど、ちょっと事情が違っていた。

日本で公開しないということは、よっぽど日本に馴染みがない話なのだろうと思っていたけれど、前半45分は舞台が日本である。主人公のクミコは制服を着て働く29歳の OL。上司のお茶出しやクリーニングを代わりに出すのが仕事なようだ。他の子たちは集まってランチを食べていて、まつげパーマのことをきゃいきゃい話して いるが、クミコはそこへは混じらない。年齢的に上司や母親からは結婚をせかされている。

外を歩いていれば、古い知り合いが「ぐうぜー ん!」なんて言いながら近づいてくる。こっちは会いたくないから、お茶の誘いを断ったら、「じゃあ、携帯の番号教えて。今度時間合わせて会おうよ」なんて言われる。気が進まないので黙っていたら、謎の擬音を発しながら、携帯で体をつついてくる。

会社での描写も、この知り合いとの描写も生々しいんですよ。やや過剰とも言えるくらいの生々しい嫌さ。
しかも、すごく日本人的だと思うんですよね。監督や脚本の方(監督の兄弟)は、日本のOLの会話をどこかで見てたのだろうか? 菊地凛子が何かアドバイスをしたのだろうか?

クミコの住む家も散らかり放題で、2001年(たぶん)とはいえ、トイレが和式なので相当築年数が経っているアパートだと思う。
うさぎを飼っていて、夕飯に食べていたカップラーメンを分けたりしてた。
ちょっと虐待っぽい気もするけれど、うさぎとの別れはつらそうだったので、クミコなりの愛情だったらしい。

こんな生活をしていたら、そりゃ宝探しにも出かけたくなる。この作品はアメリカでいくつか賞をとっているみたいだけれど、アメリカ人よりも日本人からのほうが共感されると思う。
なぜ、日本公開しないのだろう。日本人にしかわからない事情みたいなのたくさん出てくる。たぶん、描かれている人間関係のうざったさみたいなものは、日本特有のものだと思う。
また、ファーゴに向かってからも、クミコは英語が得意ではない日本人役だった。もう、むしろ日本向けとも思える。
生々しい嫌さから受けるダメージが大きすぎるからだろうか。たぶん、クミコと同じような気持ちを抱えている人はたくさんいるだろうから、その人たちかこぞってトレジャーハンターになってしまったら困るからだろうか。

ただ、『トレジャーハンタークミコ』というタイトルから受けるわくわく感はなかった。

まず最初に整理すると、コーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)ですが、最初に“これは実話です。生き残った人の尊厳を尊重し、名前は変えてあるが、事件についてはなるべく忠実に描いた”という注意書きが出る。描かれる事件は、嘘の誘拐事件がちょっとしたズレによって本当の殺人事件になってしまい…という内容。スティーヴ・ ブシェミ演じるカールが身代金として受け取った金を雪の中へ埋める。
ところが、最初の“実話です”という文言が嘘なのだ。Blu-rayの特典映像で主演のウィリアム・H・メイシーが「それは観客を騙すことになるからだめだってコーエン兄弟に言ったけど、映画というのは作り話なのだと言われ押しきられた。意表をつくのが狙いだろう」と言っていた。
そして、最初の文言を信じた日本人女性が、ブリーフケースを探しに行って死亡したという事故が2001年に起こる。特典映像ではこのことにも触れられており、フランシス・マクドーマンドが「そこまで思い詰めて命を落とした人がいる。あまりに悲しすぎるわ」と言っていた。

『トレジャーハンター・クミコ』は2001年のこの事故をもとにしている。
しかし、『トレジャーハンター・クミコ』が実話なのかと言うとそれも違っていて、2001年の事故“ブリーフケースを探しに行って死亡”というのが真実ではなかったらしい。
この死亡した女性も英語があまり話せなくて、警官との意志疎通がうまくできなかったらしい。それで、警官の勘違いにより、ブリーフケースを探しにきた日本人という話が出来上がった。実際は恋人と別れた末の自殺だったらしい。

警官との意志疎通がうまくできないという描写は映画にも出てくる。しかし、映画は実話の通りではなく、クミコは本当にブリーフケースを探している。お宝の存在を信じている。

創作ならば、クミコがミネソタ州に降り立つところから映画をスタートさせることもできたはずだ。そして、『ファーゴ』のあの場所に埋められたブリーフケースを発見することもできたはずなのだ。

けれど、クミコは会社所有のクレジットカードを使ってミネソタ州に来るし、途中でクレジットカードを止められ、止まることもできずに、ホテルの毛布を盗んで、体に巻き付けて雪の中をひたすら歩く。
そして、もちろんブリーフケースは無いし、会う人会う人に「あれは創作なんだよ、実際には無いんだよ」と諭される。

クミコは日々の生活がつまらなくて、ファーゴのお宝のことを考えている時だけ生きているのを実感していたのだろう。
だから、説得には耳を貸さずに、意固地に探し続ける。結婚や会社よりも、もっと大切なものを見つけたのだ。たぶん、それは夢とか憧れとかいう言葉でしめされ るもの。『ファーゴ』は観すぎてVHSのテープが伸びてしまった。映像から計算し、自分で地図を作った。濡れたり破けたりしないように刺繍だ。それだけ夢中になれることに出会えたのだ。

ただ、警官にダウンコートを買ってもらった毛布をかぶっただけで、極寒の地の夜はこえられない。ちゃんとは映らなかったけれど、川に落ちたのかもしれない。

ラスト、雪の中をぽつんと歩いているクミコはまるで妖精のように見えた。かぶっていた毛布も、いかにも毛布という感じでずるずる引きずっていたけれど、ラストではちゃんと衣類のようになっていた。色とりどりで模様も細かい。真っ白な中で一人だけ色がある。
『ファーゴ』に出てきたフェンスのようなものの下を手で掘り返し、ブリーフケースを見つける。「やっぱり私、間違えてなかった」とつぶやくのが印象的。もちろん日本語です。そして、ミネソタ州に来る前に逃がしたうさぎを抱いて、片手に重そうなブリーフケースを持ってゆっくり歩いていく。

きっと、これはこれでハッピーエンドだと思う。クミコが寿退社するとか、他のOLさんたちと仲良くランチするとか、そんなのは幸せではない。
映画開始45分、クミコがミネソタ州の空港に降り立ったとき、New worldという文字が出た。日本でずっとへの字口だったクミコの顔に表情が浮かんでいた。もうそれでいいと思う。

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