『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』



アカデミー賞でゲイリー・オールドマンが主演男優賞、辻一弘さん(“辻”の文字が正しくは一点しんにょう?)がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞。エンドロールに出るKazuhiro Tsujiの名前を見ると感慨深い気持ちになる。
チャーチルの生涯なのかと思ったけれど、1940年5月に首相に就任してから、ダンケルクの戦いを経ての翌6月の演説までとほんの一ヶ月くらいの中の数日が濃く描かれている。

戦争ものというよりは政治ものなので、室内での話し合いなどが多い。戦争側の描写はほとんどない。そのため、去年公開の『ダンケルク』を観ておくと、物事が立体的にわかっておもしろい。

監督は『つぐない』のジョー・ライト。脚本は『博士と彼女のセオリー』のアンソニー・マクカーテン

以下、ネタバレです。『ダンケルク』の内容にも触れます。











映画ではチャーチルの愛すべき人物像が描かれていた。ころころした体型でペンギンのようにひょこひょこ歩く様子はキャラクターのようだった。ゲイリー・オールドマンは主演男優賞を受賞していますが、とてもゲイリーには見えない。それはしゃべり方など彼の演技力もあるのだろうけれど、辻さんの技術もあると思う。
また、チャーチルと言えばという感じですが太い葉巻を常に吸っていたり、コニャックもいろんな場面で楽しんでいた。国王に「よく朝から飲めるな」と言われて「鍛錬です(Practice.)」と言うのが笑った。
あと、ビクトリーのVサインということで、写真をとるときにピースをしていましたが、逆さピースにしちゃってて、それが新聞に載って笑われるというシーンもお茶目だった。逆さピースはイギリスで相手を侮辱するときにやるやつです。中指を立てるのと同じ。なんとこれが実話なのがすごい。チャーチルご本人が逆さピースをやっている写真が実際にある。
ただ、よく怒鳴る。タイピストも泣かせていたし、国王ものちに友人のような関係になるけれど、チャーチルのことをこわいと言っていた。曲者ではあると思う。

また、戦争に対してもかなり強引であり、あまり賛同できなかった。
1940年5月19日のラジオでの演説では、イギリス軍はフランス軍とともにフランスで前進をしていると嘘を言っていた。国民を鼓舞するためだと言っていたが、戦時中の日本の新聞などを思い出してしまった。
この時にラジオのスタジオでは放送中である赤いランプが点いていた。それに照らされながらチャーチルが話すので少し不気味なイメージになっていたので、あまりいい意味では撮られていなかったのだと思う。チャーチルはこんなことを言っているけれど、戦場では兵士が死んでいるというように兵士の死体が出ますが、この兵士の目も赤かった。

チェンバレンなどはイタリアが仲介役にしてドイツと和平交渉をという意見だったようだけれど、チャーチルはそれを跳ね除けていた。今だからその選択が正しかったと言えるけれど、あの場にいたなら、私も和平交渉の側になりそう。でもこのあたりは、チャーチルを肯定的に撮っていたと思う。
ただ、ドイツがヒトラー、イタリアがムッソリーニなので、やはり和平交渉などという弱気な態度よりは一気に潰してしまおうという意見のほうが正しいのだろうか。

ただ、本土決戦があるかもしれないのに、他の市民はどう思っているのだろうと思ったら、後半でチャーチルが地下鉄に乗って市民の話を聞くシーンがあった。市民たちも和平交渉なんて絶対にだめだという意見だった。また、本土決戦になったら、ほうきで叩いてやるなどと勇ましいことを言っていた。
もしかしたら、私が日本人だから賛同できなかったのかもしれない。イギリス人だったら、チャーチルの意見に全面的に賛成して、愛国心とともに戦いたいと思ったのかも。

イギリス兵たちがダンケルクの浜に追い詰められていて、その惨状が伝えられたのが5月25日だった。チャーチルはダンケルクの30万人を救うためにカレーの4千人を犠牲にする。カレーでドイツ軍を引き寄せて、そのうちにダンケルクから撤退させようという作戦だ。
『ダンケルク』にはこのことは出てこなかったので、本当に裏側という感じで、カレーの彼らがいたからダンケルクの彼らが逃げられたのだと思うと本当につらかった。
また、ほとんど戦争シーンのない映画ですが、カレーのシーンだけは多数の傷ついた兵士と指揮官が映っていた。そして、チャーチルはそちらには助けは行かないという電報を指揮官に送る。仕方がないのだとは思うけれど残酷だ。
指揮官が上を向いて、カメラもぐんぐん上に上がっていく。傷ついた兵士たちのいる建物の屋根には空爆でできた穴が空いている。その建物の周囲も爆弾が落とされたらしく燃えている。上空にはドイツの飛行機が飛んでいて、そこから建物に向かって大量の爆弾が落とされた。
このシーンが本当につらかった。これもこの方法しかなかったのかと考えてしまった。
『ダンケルク』では序盤にコリンズが「ダンケルクは遠いからカレーに行くのはどうですか?」みたいなことを呑気に言いますけど、この状況は知らなかったんでしょうか。隊長に「敵が待ち構えてるからだめだ」と言われてましたが…。

ただ、チャーチルがだいぶ無茶なことを言っている…と思いながら観ていたけれど、日を追うごとにどんどんチャーチル自身も追い詰められて、条件付きなら和平交渉を考えてもいいというところまで譲歩していた。結局、国王に徹底的に戦えとエールを送られ、市民の話を聞いて、ドイツに従わず、倒すことを決意する。

最後はあの有名な演説で、この映画だとダンケルクからの撤退が成功したかどうかは描かれないし(それは『ダンケルク』を観てねということなのだと思う)、演説もダイナモ作戦中に行っているようにもとらえられるけれど、実際には成功した6月4日とのこと。
『ダンケルク』ではその翌日の新聞を読み上げるシーンがある。私は読み上げた後の最後のトミーの表情はまだ戦争は終わりではないというようなうんざりしたものだと思っていたけれど、実際には兵士たちはあれを読んで鼓舞されたのだろうか。アレックスは鼓舞されたのかもしれない。
実は『ダンケルク』を観たときにも、現場(戦場)で兵士たちはこんなに大変な思いをしているのに、チャーチルは国会で“never surrender”などと言っていて、まだ諦める気は全然ないのかとうんざいした気持ちになったのだ。でも、使われている音楽は感動的なものだったので、この諦めないで立ち向かうのは美徳として描かれているのかとも思った。日本人にはわからない、イギリス人の美徳として。
あのあと、まだ5年間は戦争が続く。

チャーチルはアメリカのルーズベルト大統領に電話で駆逐艦を貸してくれと言っていたが、新しくできた法律で…などと言われて断られてしまう。それで、民間の小型船の徴用を思いついて、ラムゼイ提督に依頼していた。これが5月25日の夜中である。もしかしたら、日付が変わっていたかもしれない。そして、ラジオで流れたのが翌日の朝である。
「860隻集まった」と話していたのが5月28日だった。向かっていく大量の小型船の映像も出ていた。
『ダンケルク』のドーソン家の船も混じっているのかなと思ったけれど、ドーソン家はたぶん6月4日だと思うので、徴用が呼びかけられてからだいぶ遅そう。

ところどころで、チャーチルの無茶さ加減や戦争したがり加減が気になったけれど、それくらい極端な人物でないとリーダーシップはとれないのかもしれない。それに、年月はかかったとはいえ、チャーチルが率いたイギリスは実際に戦勝国になった。

原題は『Darkest hour』。“もっとも暗い時間”ということで、映画で描かれたあたりから次の年までのイギリス軍がドイツ軍に一国で挑んでいた期間を指すチャーチルの言葉らしい。
邦題も『ダーケスト・アワー』にしてほしかった。サブタイトルにチャーチル云々をつければいいのに。
エンドロールの最後にビッグ・ベンの鐘の音が流れる。やはり、ここまで含めての作品だと思う。
ビッグ・ベンの鐘の音は『ウェストミンスターの鐘』という正式名称が付いているらしい。
ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)はまさにチャーチルがいた場所でもあるし、もちろん演説の数々もここで行われた。
それだけではなく、暗い時間の終わり、夜明けを告げる鐘の音にも思えた。


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