『最後の追跡』



アメリカでは2016年公開。日本ではNetflixでの配信のみ。
テイラー・シェリダン脚本作で、彼が脚本を担当した『ボーダーライン』、『ウインド・リバー』とアメリカフロンティア三部作になるとのことなので観ました。
原題『Hell or High Water』。どんなことが起ころうとも、みたいな意味。
去年のアカデミー賞で作品賞、助演男優賞、編集賞、脚本賞にノミネート。邦題だとテキサスレンジャーのジェフ・ブリッジスが主役みたいに見えますが、助演男優賞にノミネートされているので、主役は兄弟だと思う。
兄弟を演じたのが、兄がベン・フォスター、弟がクリス・パイン。

兄弟が銀行強盗を…みたいなあらすじが書いてあったけれど、いきなり銀行強盗のシーンから始まるとは思わなかった。町の静かな朝の様子をカメラが長回しでとらえるオープニングは、少し『フロリダ・プロジェクト』のオープニングを思わせた。
イラクに行ったのになんの補助も出ないといった落書きがあったり、サブプライムローンの余波なのか、そのような看板が立っていたり。誰もが金に困っているようだった。
場所はテキサス州西部。テキサス州は東部はヒューストンなどがあり栄えているが、西部は貧しい地域のようだった。周囲に建物もない。
テキサスレンジャーも一般の人もカウボーイハットをかぶっていたので、カウボーイが多いのかもしれない。牧場は多そうだし、土地は広大そうだった。

兄弟が銀行強盗をしているけれど、兄は刑務所帰りと言っていたし、悪いことにも慣れているようだった。しかし、弟は銀行強盗などはしたことがないようだった。ただ、計画を立てたのは弟のようだった。弟の計画は慎重なものだったけれど、兄はその計画通りにはやらない。慣れていないことと、その杜撰さですぐに捕まってしまうのかと思ったけれどそうはならなかった。

兄弟を追うのが引退間近の老テキサスレンジャーとその相棒。相棒はメキシコ人とネイティブアメリカンの血を引いているらしく、老テキサスレンジャーから先住民ハラスメントというか、からかいを受けていた。おそらく、悪気はなさそうだけれど、あの地域に住んでいるオヤジは不謹慎ギャグを言いがちなのだろうか。
『ウインド・リバー』でもそうでしたが、銀行強盗が起こっても、盗まれた額が小さいし、死人も出てないとなればFBIなどは派遣されない。田舎の事件は地元で解決しろということらしい。しかし、これも『ウインド・リバー』でもそうでしたが、おそらく範囲が思っているよりも広い。アメリカ大陸の広大さはあまり想像がつかないけれど、地元任せだとなかなかうまくいかないのだと思う。
老テキサスレンジャーがジェフ・ブリッジスなのですが、相棒は『ウインド・リバー』にも出ていたギル・バーミンガム。

テキサス州は元々ネイティブアメリカンが住んでいた土地で、そこにいたネイティブアメリカンの資金源のバッファローを白人が虐殺したことで追いやられたらしい。ただ、ネイティブアメリカンに限ってテキサス州でカジノを開くことが認められていて、カジノは『現代のバッファロー』と呼ばれているらしい。このあたりの話も知らなかった。映画内に直接出てくる話ではないです。でも、盗んだ金をマネーロンダリングをするのにカジノが出てくるので、あれがそうだったのかもしれない。

映画の作りとして、何かが起こって悩んだ末に銀行強盗に踏み切るわけではなく、銀行強盗シーンから始まるので、事態が少しずつ明らかになっていく。
この映画で取り上げられているのはテキサス州から追い払われたネイティブアメリカンではなく、ホワイトトラッシュです。
母親は多額の借金を残して亡くなる。その借金も銀行に騙された形で…と言われていたので、サブプライム関連かなとも思ったが、あまり詳しくは語られない。借金を返せないと牧場も取り上げられてしまうが、石油が出ることがわかったので、それは阻止したい。そのための、兄弟での銀行強盗だった。

兄役にベン・フォスター。いかにも荒くれという役柄だったけれど、うまかった。刑務所帰りでたぶん人生にもう何も目的も望みもない。テキサスレンジャーが言うように本当に『強盗が好き』だったのかもしれない。どちらかというと、弟の銀行強盗を手伝ってあげたという感じである。
弟役がクリス・パイン。クリス・パインは今まで優等生というか、ハンサム役が多かったけれど、頭はいい役ではあると思うけれど、泥臭く、影を背負っている演技がとても上手かった。今まで特に演技が上手い俳優としては認識していなかったけれど、一気に好きになりました。

元々血の絆があって、母が亡くなったことでさらに絆は強まったと思うけれど、銀行強盗を一緒に行ったことで共犯者として、絆は一層強まっているように見えた。忘れられた土地で、後戻りのできないところまで来てしまった兄弟。ハッピーエンドは望めないのだろうと思って観ていた。

銀行で撃ち合いになり、弟は背中を撃たれる。弾は貫通していても、放っておいたら危険である。そこで、兄は弟だけ逃すんですよね。
たぶん、自分には未来はないけれど、せめて弟だけでも…と思ったのだろう。
別れ際に「愛してるぜ、トビー」、「僕も兄貴のこと愛してる」と真面目に言ったあとで軽口を叩いて、違う方向へ車を走らせるシーンが泣けた。たぶんもう、一生の別れだと覚悟をしていたのだろう。

逃げた兄は丘の上からライフルでテキサスレンジャーを撃つ。相棒を失った老テキサスレンジャーは怒り、裏側から兄を撃つ。悲しい連鎖である。
弟は逃げ切り、金も手に入れて、牧場と石油は守られたが、老テキサスレンジャーは勘が鋭く、まだ弟を怪しんでいた。

これも途中で明らかになることだけれど、弟には別れた妻と子供が二人いる。普通、映画だと別れた妻はしっかりものだったり綺麗だったりするものだけれど、本作の場合は、妻も貧しい生活を送っているようだった。そういう土地なのだ。子供二人と暮らしているが、弟は自分のためではなく、この子供たちに牧場というか石油を残したのだ。

怪しんでいたテキサスレンジャーは牧場に来て弟と対峙する。
弟も銃を持っていたし、もしかしたら、撃ち合いになったりするのかと思った。
弟がこのシーンで言うが、貧乏な親の元に生まれると、子供も貧乏になり、またその子供も…というように、貧困が感染するように広がっていく。そこから抜け出すためには、一攫千金を狙うしかないのだ。
牧場を売らなくてもよくなったのだし、子供に引き継ぐこともできて、一応は作戦はうまくいった。勘付いているのは老テキサスレンジャーだけで、彼が何も言わなければ、この事件は終わりである。

兄を殺したテキサスレンジャーが来ても、弟は撃たなかった。テキサスレンジャーはあの場面で元妻(お金が入ったせいか小綺麗になっていた)と子供達が来なかったら、弟を撃ったのだろうか。
老い先短い(相棒に「一年後に死んでる」と言っていたのが冗談なのか、本当に病気か何かだったのかわからない)、テキサスレンジャーを引退した自分と、目の前の弟ではなくその子供達の未来を天秤にかけた時に、やはり撃てないのではないだろうか。
撃たないまでも、弟を捕まえたら、子供達も貧困から抜け出せない。それはこの先、その子供の子供とずっと続いていくのだ。ここで一旦断ち切れば、子供達の未来はきっと変わるのだ。その辺の事情だって、あの場でずっとテキサスレンジャーを務めて来た男ならわかるはずだ。

ただ、自分の功績というか、許せないという気持ちや正義感というのは、老テキサスレンジャーはもう何年間も積み重ねて来たのだと思う。
それを、初めて見逃すのだと思うと、かなりぐっとくるものがある。

兄弟とテキサスレンジャーたち。互いに、兄を亡くし、相棒を亡くしている。しかも、兄が相棒を撃ち、テキサスレンジャーが兄を撃った。因縁の二人である。
最後の会話のシーンは息詰まるような緊張感がありながらも、物哀しくもある。

砂ぼこりの舞う乾燥した土地は、いかにも暮らしにくそうだし、貧困もそれこそ感染するように蔓延しているだろう。
『ウインド・リバー』と同じく、描かれているのはこぼれ落ちた人々、見捨てられた人々である。


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