『暁に祈れ』



『A Prayer Before Dawn: My Nightmare in Thailand's Prisons』を原作とした実話。映画の原題も『A Prayer Before Dawn』  なので、良い邦題だと思う。
実際の刑務所で撮影していて、元囚人もキャストに多数起用されているらしい。
『ピーキー・ブラインダーズ』のシェルビー兄弟の一人、ジョン役でお馴染みジョー・コールが主人公ビリー役。
彼以外のキャストはすべてタイ人。

以下、ネタバレです。










全体的にセリフがあまりない映画ですが、オープニングも急に始まる。
刑務所の中からムエタイでのし上がるというストーリーをなんとなく聞いていたので、最初から格闘技をやっているということは未来から始まって過去に遡る形式かなと思ったら違った。主人公のビリーがボクサーだった。
映画は時系列順です。

あと、なんとなく、冤罪で凶悪刑務所に入れられてしまう…というストーリーのつもりだったけれど、ばっちり覚せい剤で捕まっていた。

最悪の刑務所の最悪の房に入れられてしまう。
タイが暑いからなのか、囚人たちは上半身裸なんですが、ほとんどの囚人が全身に入れ墨が入っている。元囚人もキャストとして出演しているということで、その人らの入れ墨は本物らしい。
その中に、入れ墨が入っていない白人が一人紛れているのは異様だった。
しかし、元ボクサー役ということで筋肉がちゃんとついているし、色気もあった。ジョー・コール目当てで観ても満足。つらいシーンは多いですが。

刑務所の酷さも描かれるとは思っていたけれど、そこからののし上がりが映画のメインになる部分だと思っていた。栄光へ向かって駆け上がる映画だと思っていたけれど、そんな感動ものではない。
刑務所の実態部分が映画の半分以上といった感じだった。いじめだったり、タバコが通貨だったり、賭け事でイカサマが行われていたり。特に、看守が薬物で言うことを聞かせているのが酷かった。何度か薬物を与えて手懐けてから、気に食わないやつを殴らせる。

中盤以降でやっと、ビリーはボクシングのトレーニング場へ行く。ここに入れてもらうのにもタバコが必要だった。
元ボクサーということで一目置かれていた。
ボクシング房は最初にいた房よりも優遇されていて、試合の時には外に出られて気分転換になるなど、良いことづくめのようだった。
そんな中でビリーに試合の誘いが舞い込む。勝てば、違ういい刑務所に移れるとの特典も付いていた。
途中、吐血したり、好きだった人に振られ荒れ気味になった時には、元に戻されたり、死にエンドだったらどうしようと思った。大丈夫でした。
ちなみにこの、好きだった人はレディボーイと呼ばれていて、察しはつくけれど変わったネーミングだと思ったけれど、タイでは性転換した方のことがこう呼ばれているらしい。レディボーイが刑務所に入ると、囚人の慰安として歌を歌ったり、売店で働くなどの仕事をすることになるとのこと。

英国人のボクサーが次第にムエタイに染まっていくのが良かった。
キックをしたりと、足を使ったファイティングスタイルを学んでいったり、背中に入れ墨を入れるのも良かった。
また、試合には、モンコンと呼ばれる神の守りであるヘッドリング(はちまきのようにも王冠のようにも見える)をつけていたり、試合前の定番であるワイクルーと呼ばれる踊りや神に祈りを捧げる行為もちゃんと行っていた。
一人だけぽっかり浮いているようだったが、ちゃんと馴染んでいたのがたまらない。

しかし、別に刑務所で友達ができたわけでもないし、コーチと仲良くなったわけでもない。試合を親や恋人が見に来るわけでもない。
セコンドが声かけて来ない、あくまでも自分のためだけのボクシングものというのは非常にストイック。ドラマチックにはならない。

勝った後に、吐血してぶっ倒れていたので、ああ、やっぱり死んでしまうんだ…と思っていたら、病院のシーンになった。生きていた。
迂闊な看護師のおかげであっさり病院を抜け出すので、もしかしてこのまま逃げてしまうのかと思ったけれど、ちゃんと戻っていた。
台詞もないし、スラム街を見ている表情からは、何を思っていたのかはわからなかった。けれど、逃げ出したところで、社会からは抜け出せないと思ったのかもしれない。

とにかく、説明がないし、セリフも少ない。
タイ語については、重要なセリフだけ字幕が付くけれど、他の部分は付かない。でも、ビリーもタイ語がわからないということなので、同じ異国感を味わえた。囚人たちは早口だし、怒っているようだし怖い。ビリーも怖かったのだろう。
ただ起こったことが淡々と描かれているドキュメンタリーのように見える部分もあった。
また、手持ちカメラが多いが、試合シーンは特に寄りだったし、激しく揺れる手持ちカメラなので、前の方の列だと酔いそうになった。臨場感はありました。

ただ、ここまで硬派というか、ピリッとした映画に仕上がっていたのですが、最後にビリーの元に面会しに来る父親役がなんと、ビリー・ムーア御本人というどっきり企画。
急に粋な演出というか、普通の映画っぽくなった。
実話もので御本人が出て来る映画というのは他にもあるけれど(『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』など)、そのタイプだと思わなかったのでびっくりしてしまった。不思議な気持ちになった。
でも、最初に『これは実話です』という文言を出さないことで、最後に御本人を出してきて、実話なのー?と驚かせるという演出なのだろうか。
でも、ベストセラーらしいから、別に実話というのもよく知られてる話なのかもしれないし…。

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