『バイス』



アカデミー賞で8部門ノミネート。うち、メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞。主演のクリスチャン・ベイルはどこまでが生身なのかわからない。去年のアカデミー賞主演男優賞をとったゲイリー・オールドマン対して、「本当に太らなくてもいいのか!」と言ったとか言わなかったとかいう冗談もあるくらいで、実際に太ったり痩せたり筋肉をつけたりしている。
スチルで出ている老チェイニーだけかと思ったら、若いチェイニーに関してもクリスチャン・ベイルが演じていた。その姿は太ってはいても、クリスチャン・ベイルだとわかるくらいだった。
老いてからのチェイニーの喋り方はがさがさした小声のようなもので、『ダークナイト』のバットマンの喋り方に似ていた。実際のチェイニーもしわがれ声だったらしい。
また、チェイニーの妻役のエイミー・アダムスも彼女とわかりづらいくらいだったし、サム・ロックウェルの息子ブッシュやスティーヴ・カレルのラムズフェルドも似ていた。
監督は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のアダム・マッケイ。ブラット・ピットのプランB製作。

以下、ネタバレです。







同時多発テロの後の会議の様子からスタート。その時点から暗躍している副大統領の様子がわかる。まさに、“暗躍”なのだ。副大統領なのに、実権を握っていたのがわかる。それは、大統領がブッシュだったから、いいように操っていたのかもしれないけど。
しかし、チェイニーに関しては秘密主義の部分も多いらしく、実話でない部分もあるとのこと。
ご存命の方の映画なのに。本人に許可はとってないのだろう。ご本人が観た感想も知りたいところだ。

そして、過去に戻り、チェイニーの学生時代からスタートする。
『マネー・ショート』の監督ということで、同じようなテンポの良さだったと思う。ぽんぽんとさまざまな事態が進んでいき、セリフも多い。少しぼんやりしているとついていけなくなる。チェイニーのことを少し調べておいても良かったかなと思った。『マネー・ショート』もサブプライムローンに関して、もう少し把握しておいても良かった。

途中、「第一線を退いたチェイニーは、政治と同性愛者でもある娘との間で板挟みになるが娘をとりました。釣りをしながら過ごしています」というような文言と、家族が幸せに暮らしている映像が流れる。いい音楽が流れ、エンドロールが…。めでたしめでたしの風合いである。あそこで終わっていたら、本当に穏やかな余生を送っていたのだろうと思う。

しかし、息子ブッシュに呼び出され、チェイニーは副大統領になる。話している時にも心の声が流れ、どこか馬鹿にしているようだった。こいつなら操れると思ったのだろう。
その先は、大体の流れを知っている、同時多発テロ、よくわからないイラク戦争、その結果、ISISの元になるものが誕生してしまうなど、完全に現代に繋がっている話だし、すべての元凶はここだったのではないかとすら思えてくる。
どうしてよくわからないイラク戦争が始められたのかは、法律を変えるなど大統領に最大の権限を持たせたからで、それも何か聞いたことがある話だし、もうアメリカだけの話でもなくなってくる。地続きで、日本にいても他人事ではない。
ラストには、過去を振り返るトーク番組に出るチェイニーが出てくる。しかし、司会者ではなく、こちらに向かって話しかけてくる。少しでもテロリストの可能性があったら攻撃する、私は悪くない、国民から好かれたければ映画スターにでもなる、と。

エンドロールではフライフィッシングのフライと釣り針が流れる。チェイニーがフライフィッシングが趣味というのもあるけれど、娘の「なんだか魚を騙しているみたい」というセリフがある。国民を騙しているのともかかっているのだと思う。チェイニーがブッシュをのらせるシーンでも、釣りの映像が使われていた。
それだけではなく、フライフィッシングのフライは凝ったものが多いけれど、形が心臓だったりとお遊び要素が感じられた。

お遊び要素といえば、ナレーションの男性が序盤からちょこちょこと出てくるのだが、演じているのはジェシー・プレモンス。普通の生活を送っている普通の市民である。チェイニーのせいで、イラクにも行かされた。「なんでイラクに来ることになったのかわからない」と言っていて、他の兵士たちもきっと同じ気持ちだったのだと思う。市民代表として話しているだけで、チェイニーとの関係は特にないのかなと思いながら見ていたら、終盤、こちらに向かって話している男性が車に轢かれて死んでしまう。そして、心臓の悪いチェイニーに彼の心臓が移植される。
チェイニーが誰かから心臓移植を受けたのかは実話なのかどうかわからない。けれど、ナレーションの男性の正体が終盤で明らかになるのが映画的でおもしろかった。
ただ、これは、市民が犠牲になってチェイニーが生き延びたということの暗喩でもあると思うし、開き直るチェイニーの態度を見ていると、影で誰が死んでいっているかなど、あまり気に留めていなかったのだろうと思う。
兵士はわけがわからないまま戦争に行き、わけがわからないままイラクの民間人が大量に犠牲になった。退役軍人の自殺者も多いと言う。

円になって市民たちに自由に討論させる(と見せかけて世論を誘導する)シーンが出てきますが、エンドロールでもその討論シーンが出てくる。一人が「この映画(『バイス』のこと。メタ)、リベラル臭がする」と意見する。リベラル寄りの人が反論すると「お前の支持したヒラリーは負けたくせに!」と殴りかかり、トランプ支持派とヒラリー支持派がわーわーとやりあう。それに興味なさそうな若い女性が「次の『ワイルド・スピード』楽しみ」と言う。結局は、そのノンポリが一番怖いのだと思う。どちらでも、支持して殴り合うくらいに白熱していたほうがまだいい。ノンポリは流されやすいし、斜に構えていると、気づいたらとんでもないことになってしまう。

もちろん、そんなメッセージではなく、本当に、こんな政治映画もあれば、『ワイルド・スピード』のような娯楽映画もあっていいし、みんな違ってみんないいみたいな意味も含まれているのかもしれないが。

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