『フィルス』


ジェームズ・マカヴォイ主演、原作は『トレイン・スポッティング』のアーヴィン・ウェルシュ。
アーヴィン・ウェルシュとジョン・S・ベアード監督のトークショー付き試写会へ行ってきました。写真撮影オッケーでした。めずらしいイベント。
お二人ともやっぱりロボットレストランに行かれたらしい。最近、来日するアーティスト、みんな向かってる感じがする。すっかり名所に。「この映画もクレイジーだけど、あの場所はもっとクレイジーだった!」
マカヴォイを主演に選んだ理由については、まず、エジンバラ警察が舞台なので、スコットランドの俳優であることが第一。それと、資金繰りが大変になるので、ある程度知名度があること。そして、演技ができること。
マカヴォイはアル中の顔がむくんだ感じを出すために、撮影前に毎日ウイスキー半ボトルを空けていたらしい。そのことは、監督さんは撮影終了後に知ったらしい。ウイスキーってあたりがスコットランド人らしい。
原作者の方は、「日本とは文化が違う面もあるからわかりにくいかもしれないけれど、楽しんでほしい」と言っていたけれど、そんなにわかりづらいところはないと思うけど、どのへんのことだろうか。

以下、ネタバレです。

あ、その前に、この映画のグッズで、ロンドンでみんな着てた、“Superdry 極度乾燥(しなさい)”のパロディTシャツがグッズで出てました。“Superfilth 極度最低(しなさい)”。気になったけれど、バックプリントで思いきり中指を立てていたので買えず。








昇進のために周囲の人物を陥れることしか考えていない快楽主義者の主人公が、好き放題やってバカ騒ぎする娯楽ムービーかと思っていた。予告編から受ける印象はこのあたりまでです。
もちろんその部分も面白い。いままで観たことのないマカヴォイが観られる。細かいことだとおならをして人のせいにする、子供の風船を空へ放つ、同僚の男性器の小ささを暴露するということから、親友の妻へいたずら電話を繰り返す、ドラッグを吸いまくるなど、本当に逮捕されかねないことまで、なんでもやる。
マカヴォイが演じているせいもあるのかもしれないけれど、憎らしいながらもどこか可笑しいし、愛嬌がある。登場人物たちからは嫌われていても、映画を観ている観客からは憎めない存在として描かれている。
マカヴォイ演じるブルースの罵り方も早口でテンポが良かったり、作り自体がポップで深刻さがない。下品で野蛮であっても、勢いがあるし、ケラケラ笑って観られる。

そのまま、軽い感じで終わっていくのかと思っていた。
アル中ヤク中気味でも一応警察なので、一つの事件が軸になっているのですが、その謎解きが進むにつれて、少しずつ、ブルースの過去が明らかになっていく。それにつれて、映画自体にほころびが見え始め、徐々に雰囲気が変わっていく。

前半もおもしろかったけれど、後半に行くにしたがってはっとする瞬間が多く出てくる。ある親子との交流や、同僚の女性からの罵倒、部屋に転がる酒のボトル、自分の家族の写真、スーパーでの邂逅…。
どうして、いまの彼がこんな状態になっているかがわかっていく。
特にスーパーでの場面が泣けた。出て行った妻と子が新しい父親と一緒にいる場面を見かけて動揺している様を、かつて事件で関わった親子に目撃される。ブルー スはその親子に一瞬だけ甘えそうになるが、つらさをぐっと隠す。その親子にだけは、自分の情けない姿を見せたくなかったのだろう。なけなしのプライドが見えた。ただ、甘えられたら変わっていたのではないか、という気もする。

出て行った妻にあまりにも恋焦がれたため、妻と同化したいという願いが彼を女装へ走らせる。ブルースが女装している姿というのは、前半で出てきたら笑うところです。ただ、後半の雰囲気の中だと痛々しさしかない。好きな人に手が届かないから、好きな人そのものになってしまいたい。もうそれは、自分とはかけ離れた綺麗なものを崇拝するような気持ちに近い。

そして、観客がブルースの心の内を完全に理解したときに、流れてくるのがレディオヘッドの名曲『Creep』! カヴァーですけど、ここで流れなくてどこで 流すんだというくらい、歌詞がこのシーンそのまんまだった。安直といえば安直だけれども、流れると思わなかったし、思い入れもある曲なので涙が止まらなかった。


この映画はジェームズ・マカヴォイがハマり役でした。ポスターなどに使われているメインヴィジュアルは汚いけれど、それだけではない。女装は、汚いけれど元の顔立ちが綺麗なので少し似合っていた。最後の警官の制服を着てキリッとしているシーンはよく知ってるいつものマカヴォイというか、恰好良かった。
最近立て続けで上映されている『ビトレイヤー』『トランス』『フィルス』とまったく違うタイプの役を演じ分けているのも素晴らしい。しかも、どれも濃い役です。

他の出演者では、ジェイミー・ベルはドラッグ大好きで男性器が小さいという役柄だったんですが、もう、そうにしか見えなくなってしまった。好きな俳優さんではあります。
あと、『ワールズ・エンド』や『アリス・クリードの失踪』に出てたエディ・マーサンが人の良い親友役で出ている。人の良い役が多い人という印象だし、顔に特徴があるし、イギリス映画によく出てくるので気になっている。
(調べてて初めて知ったんですが、『アリス・クリードの失踪』のもう一人の男性も『フィルス』に出てたみたい)

途中、ブルースが幻覚の中で人の顔が動物になっているように見えるシーンが何度か出てくるんですが、明らかに動物のマスクだし、どうなんだろう?と思っていたら、エンドロールに可愛らしいアニメが。なるほど。


追記;原作も読みました。原作のブルースはもっと様々な問題を抱えているのですが、映画版は悩みのほとんどが妻とのことだけだったので、だいぶロマンチックな方向にまとめてあると思った。

原作だと、ブルースの腹の中のサナダムシがもっと活躍する。第二の自我のようにどんどん話す。本人が望んでか望まずか、記憶の奥のほうにしまった昔の家族関係の話は映画には出てこなかった。父親から虐待されていたり、弟を死なせてしまったりと、もっとえぐめの話もあったけれど、映画では省かれている。
ラストで家にくるのも夫を亡くした母子ではなく、ブルースの元妻子のようだった。
更に、首を吊っての自殺の際にサナダムシが外へ出る。
この辺の描写はもちろん映像化はできないだろうし、喋りまくるサナダムシというのもそこだけCGにするのもおかしいし、一気に省いてしまって正解だったと思う。それに伴って家族関連の話も省かれて、出て行った妻を想う女々しさがクローズアップされていたのは私はそれはそれで好きです。原作もおもしろかった。

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