『ナイトクローラー』



“ナイトクローラー”と呼ばれる職種が実際にあるのかどうかわかりませんが、事件や事故があったときに、警察の無線を傍受して現場に駆け付け、映像を撮ってテレビ局に売るという違法すれすれ(場合によっては違法)の職業に就いた男の話。日本のサイトだとパパラッチなどと書かれていますが、その語感から受ける軽い印象とは違うものです。
監督はダン・ギルロイ。『落下の王国』や『リアル・スティール』の脚本を手がけているが、監督は今回が初とのこと。主演はジェイク・ギレンホール。
アカデミー賞脚本賞にノミネートされていた。

以下、ネタバレです。







ジェイク・ギレンホールが役にぴったりはまっていたし、彼がいなかったら成り立たなかったであろう映画。
12キロ体重を落としたということで、頰がこけ、目だけがぎょろぎょろと更に大きく見える。
彼の目は感情がまったく現れない。その黒々とした瞳は何も語らないので、口で何を言っていても、顔が笑っていても、奥では怖いことを考えているように思える。『プリズナーズ』や『複製された男』でも、主役級であってもジェイク・ギレンホールが演じた人物を信じていいのかわからなくなった。今作では目が目立つので、その信用してはいけない雰囲気がより顕著である。
(ちなみに、最近だとオスカー・アイザックが同じような濁った目をしている。少し前にも書いたけれど、『スター・ウォーズ』の新作への出演が決まっているけれど、からっと明るいヒーロー役はできないと思うけど、どんな役なのだろうか)

映画の最初で、ジェイク・ギレンホール演じるルイスはフェンスや部品を盗んで回収業者に売って金銭を得ていた。
そこから、事故現場を撮影し、テレビ局へ映像を売って金銭を得るようになる。どこで事故が起こったかというのは警察無線を傍受しているから、結局は盗んでいるのと同じで、最初とやっていること自体はそれほど変わらないように思える。
ただ、やり方がどんどん派手になっていくにつれて、撮る映像も過激なものになり、得られる金銭も多くなっていく。するとさらに、やり方が派手になり…と、どんどんのぼりつめて行く。

ルーが犯罪現場を撮影するときに、被害者の家に不法侵入したり、被害者の遺体を動かすときに、崇高ともいえる綺麗な音楽が鳴っていた。普通だったら、それは人に見られたら困る部分だし、バレるのバレないのというようなサスペンス調の音楽が流れそうな場面だ。でも、それは外部の意見なのだ。ここではルーの内面に寄り添っているのだと思う。
彼にとっては正しい行為なのだ。だって、家の中に入らないと、緊迫した映像が撮れないじゃない。だって、遺体がそこにあったら、壊れた車とワンフレームにおさまらないじゃない。

ルーは交渉術に長けている。交渉術というより、まくしたてて隙を作らない。これも目の力もあると思うけれど、自信に満ちあふれていて、例え犯罪すれすれであっても、自分のやっていることに迷いが無い。話していると圧倒されて、イニシアティブをとられてしまうのもわかる。
人を好きになっても、恥じらいのようなものは一切見せずに仕事と同じく、交渉によって触れ合いや快楽を入手していく。相手の感情などは関係ない。俺はこれを提供するのだから、お前からも提供しろ。しないなら、俺も提供しない。その提供する、強いカードを得るために、ルーはなんでもする。

どうして彼がこうなってしまったのかというと、もちろん、過激な映像が視聴者に望まれているからというのがあるだろう。
犯罪現場の遺体の映像をニュースで流すのはさすがにやりすぎだと思うし、フィクションだと思うけれど、アメリカのローカル局とのことだったのでどうなのだろう。本当にあるのかもしれない。
さすがに遺体の映像を見たいとは思わないけれど、後半の逃走車を追いかけてロサンゼルスを疾走するカーチェイスのシーンではわくわくしてしまったので、結局過激な映像を求めているのは同じである。

また、イニシアティブをとり続けないと怖いというのもあるのかもしれない。ルーはどん底を知っている。だから、なんとしても這い上がらなくてはいけないという貪欲さを持っているのだ。

エサは金であり、主導権、発言権などの権力だ。それを食べて、ルーはどんどん大きくなっていく。もっと成り上がっていくだろうし、更に怪物になっていくだろうという予感が感じられた。

ルーのことがダークヒーローと書かれていたり、この映画がサクセスストーリーなどと書いてあるのは違和感がある。ルーは悪党にしか見えなかった。
だから、後半で刑事に捕まったときにはやった!と思ったし、野放しにしてはいけないと思ったけれど、充分な証拠がなかったせいか、釈放されてしまう。
そして、ラストが新入社員を向かえるシーンなのだ。

もっともらしい社名のロゴを冠したワゴン車二台と、ロゴ入りポロシャツを着て、新入社員を四人迎え入れていた。四人ともお揃いのポロシャツだ。
最初に雇われた部下は、研修扱いでろくに給料を払われていない。そのせいで、部下はルーから学んだ交渉術を駆使し、金を得ようとしていた。その結果、ルーは自分の手を汚さずに、部下を殺していた。

新入社員と書いているけれど、彼らもおそらく研修扱いなのだろう。それでも彼らの輝かしい未来を信じて疑わないまぶしいくらいの表情と、仕事のできる上司のようなことを言って鼓舞しつつ、でも目は死んでいるというルーの対比にひんやりした。前任者の行く末を知っているから、多分彼らも同じ扱いを受けるのだろうと思うとぞっとする。

でも、こんな風に、観終わった後で不安な気持ちになるような演技をするジェイク・ギレンホールは本当に素晴らしいと思う。
撮影する際の音楽のように、ルーの内面に寄り添えば、この映画は大ハッピーエンドである。困ったものだ。


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