『百万円と苦虫女』



2008年公開。『ふがいない僕は空を見た』『四十九日のレシピ』のタナダユキ監督。蒼井優主演。

そもそも、女友達とその彼氏とルームシェアをすることになったが、女友達は彼氏と別れ、友達の元彼と主人公が二人で住むことになってしまい…となったら、ありがちなラブコメみたいなものを想像してしまうだろう。最初は反発し合っていても、一緒に生活するうちに打ち解けて…というような、少女漫画によくあるような展開になるのかと思った。

しかし、ラブはまったく関係なく、その男に半ば騙されたような形で主人公の鈴子は前科持ちになってしまう。2008年頃だとおそらく蒼井優はもっとも旬の女優だったと思うので、こうくるとは思わなかった。
中学受験を控えた弟からめちゃくちゃに非難され、鈴子は百万円を貯めて、家を出ることを決意する。

百万円を貯めて家を出て行くまでの話なのかと思っていた。それか、終盤で弟と仲直りし、百万円は貯まったけれども出て行かないという話かとも思っていた。
けれど、あっさり百万円は貯まり、弟とも序盤で仲直りして、鈴子は家を出て行く。

映画は、家を出た鈴子がその先々で暮らしながら、百万円を貯め、場所を移っていく話だった。元々住んでいた場所、海の家、山間の村、地方都市とそれぞれの場所でその土地の人と出会い、触れ合い、傷つく。四部構成のようになっていた。

海の蒼井優はタンクトップでのびをする姿が瑞々しかった。次の山パートでは桃農家の収穫を手伝うため、まったく違う恰好が見られ、両方とも可愛らしい。
元々が可愛らしいのもあるけれど、ここではないどこか外から一人で来た若い女性ということで、嫌でも周囲の目をひく。

海では、地元のちゃらちゃらした若者に声をかけられる。結局、鈴子はまったく相手にしていなかったけれど、あの若者は海の家の常連で、海の家の家主(?)とも仲がいいようだった。子供もよく懐いていた。悪い奴だったら海の家に出入りさせないだろうし、ちゃらちゃらして見えるだけど、ただの海が好きな男の子だったのではないかと思う。特に、鈴子が何も言わずに出て行ったあとの落胆具合を見ると、少し可哀想にも思えた。

山では、住み込みで桃の収穫を手伝っていただけなのに、村の桃をPRするキャンペーンガールにされそうになる。村長や村民は、鈴子の気持ちなどは考えずに、自分の村のために若い女性が立ち上がってくれると思っているし、若い女性はテレビなどに出たがっていると思っている。価値観の押しつけである。鈴子が断ろうとすると、これだから都会の人間は…と、自分たちの意見が通らないことが許せない。村民を(おそらく、集落に一つはある○○(村の名前)会館などという集会所に)集めて、鈴子を囲んで非難めいたことをしていたたまれない。
そもそも、自分のことを誰も知らない場所に行って一人になりたかったのに、村民はどんどん距離をつめてくる。結局、その場にいられなくなった鈴子は、自分が前科持ちであることを告げて、集会所から走り去る。

村の桃農家の息子春夫役にピエール瀧。その佇まいだけで、もういい年だけれど嫁が見つからないのだろうとか、たぶん村唯一の若者でいろいろな面倒ごとを押し付けられているのだろうとか、でも村を出ることはできないのだろうとか、様々なことが想像できるあたり、うまいと思う。優しげな表情だけれど、どこか顔つきが暗い。内向きの思考を持っていそう。鈴子が入っているときに、扉越しに湯加減を聞くのは、覗く気などはないのだろうが、人との距離感がわかっていない。

鈴子が集会所から去った後、春夫が村民に反論するが、その時にもその場で声を発するわけではなく、わざわざマイクのある場所まで行って、マイクを使って話すところに性格の律義さと村ルールにのっとっているあたりやっぱり彼も村の人なのだというのがわかって面白い。
ただ、他の村民が鈴子のことをまったくわかっていなかったのに対して、春夫だけがかろうじて理解してくれていたのがわかって、泣きそうになってしまった。

板尾創路やリリー・フランキーも役者としていいと思うけれど、彼らは出てきても彼らにしか見えなくなってしまったし、特にリリー・フランキーなどはリリー・フランキーっぽい役しかやっていないように思える。その点、ピエール瀧は様々な役を演じ分けていると思う。

次の鈴子の移動先は東京から特急で一時間という地方都市。バイトも海の家や農家ではなく、ホームセンターという普通の場所。そこで、鈴子は価値観が似通っているバイトの中島を好きになる。
中島も鈴子のことが好きになるんですが、この告白シーンがとても良かった。中島を演じたのが森山未來。前髪が長いんですが、告げたあとで、ちらっちらっと窺うような目で鈴子を見るのがたまらない。
鈴子もいままでしかめっつらだったけれど、中島の部屋で中島が育てているハーブ類を見て初めて笑顔を見せていたのが可愛かった。

ところが、中島と同じ大学の後輩の女の子が新入りバイトとして来たあたりから雰囲気がおかしくなる。中島が鈴子にことあるごとに金を貸してくれと言い出す。
そうなると、微笑ましかった部屋のハーブ類も、貧乏くさく思えてくる。最悪である。
鈴子は百万円を貯める前に、バイトを辞めて次の場所を目指すことにする。

ここで終わりで良かったと思う。鈴子がバイトを辞めてしょんぼりしている中島に、新入りのバイトちゃんが急に「誤解されたままでいいんですか?」などと言い出す。なんでも、百万円貯まったら鈴子が出て行ってしまうことをおそれた中島は、お金を借り続けることで百万円に届かないようにしたようだ。それをバイトちゃんが全部口で説明する。バイトちゃんはいかにもライバルのように出てきて、でも別に中島とはなんでもなく、最後に真実を口頭で説明するという役割だった。なんて都合の良いキャラクターなんだろう。

そんなこと、中島が鈴子に面と向かって言わせれば良かっただろう。そこを見せ場にしてほしかった。
でも、最後に中島が鈴子を追いかけ、鈴子がなんとなく中島が引きとめに来るのを待っている様子なシーンで終わるので、そのぼんやりした会えるの?会えないの?たぶん会える!みたいなラストが撮りたかったのだろう。

それでも、あの説明セリフは急にリアリティがなくなるというか、中島というより観ている私たちに向かって話しているような感じがしてしまうというか、雑な印象を受けた。時間が無かったのだろうか。もういっそ、本当にヒモだったほうが清々しいと思う。

鈴子が場所を転々とする合間合間に、弟の様子も描かれる。弟は学校でいじめられている。場所を変える鈴子とそこから逃げられない弟の様子は対照的だった。子供だから百万円稼ぐこともできないし、有名中学の受験をひかえているため、やり返すこともできない。その点、鈴子は嫌な目にもたくさん遭っていたけれど、その場を離れれば終了である。

弟から、この前いじめられっこに立ち向かってしまい、中学受験ができなくなったという手紙が届き、鈴子はそこで自分と弟との違いに気づいて涙を流す。
私はいままで嫌なことから逃げていた、私も立ち向かわなくては。と、ここも、弟に向けての手紙の返事で全部説明する。
そんなことはここまで観ていれば、ここでいちいち改めて言われなくてもわかっている。手紙を読んで、涙を流せば、観ている側は、やっと鈴子も弟の立場と気持ちに気づいたかと思うだろう。

景色の撮り方などは綺麗だったので、もう少し情緒のある感じに仕上げられそうなのに残念。観ていてわからないと思ってセリフで説明させたのかもしれないけれど、過剰に親切である。そのくせ、ラストはぱっきりとは終わらせない。どちらでもとれるラストにするなら、説明セリフの数々もいらなかっただろう。



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