『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』



カンヌ国際映画祭、ある視点部門グランプリ受賞。良い犬映画に送られるパルムドッグ賞も受賞してます。
カンヌ関連でハンガリー・ドイツ・スウェーデン合作というヨーロッパ映画だと、芸術風味が強すぎてわかりづらいのかと思っていたけれど、そんなことはなかった。エンターテイメント作だと思う。
少女と犬のふれあいを描いてほろりとさせるヒューマンドラマだと思ったら大間違いだった。かなり変わった映画。

以下、ネタバレです。






犬を飼いたい娘と飼いたくない父親。親子仲も悪い。ある日、父親は犬を家から離れた場所に置き去りにしてしまう。
普通だったら、犬を探す少女の冒険ものになるとか、少女と父親の仲が少しずつ修復されて、結局二人で犬を探しに行き、三人で暮らそうねめでたしめでたしみたいなことになると思う。
ところがこの映画はここから少女リリのパートと犬のハーゲンのパートに分かれる。

リリのパートは、ハーゲンを一人で探しつつ、通っているオーケストラクラブのようなところの先生に怒られたり、淡い恋心を抱いてる男の子にはどうやら片想いだったり、父親とわかりあえなかったりと、孤独感を抱えながらも、一生懸命生きようとする姿が描かれている。
このリリを演じたジョーフィア・ブショッタちゃんが可愛らしい。目元にデイン・デハーンにも似た暗さを持つ。いかがわしいクラブに背伸びをしてついていって、お酒を飲んでそのまま床に転がってしまっていたけれど、あんな美少女なのに大丈夫なのかなと思ってしまった。
途中までは髪の毛を後ろで一本にまとめていてパーカーを着るなど、お洒落とは言えない恰好をしているけれど、演奏会のときには髪を下ろし、ブラウスを着ていて、美少女加減が際立っていた。本作が映画デビューとのこと。

リリの所謂人間パートともいえる部分は、イメージしていたヨーロッパ映画的な雰囲気があった。
ハーゲンパートは、最初はリリと同じく急に孤独になってしまった犬の様子が描かれる。喋りだしはしないものの、感情が伝わってくる表情と動きだった。別の犬との交流も見ることができ、どの犬の演技も素晴らしかった。
野良犬のコミュニティのような場所にいるときに、保健所の職員が現れて、捕まらないように逃げるシーンでは、人間が悪者だった。犬視点なのである。このシーンで使われている音楽も、ハラハラ、ヒヤヒヤする、スリリングなものだった。
犬たちの動きなどは可愛らしく動物映画のようだったし、逃げるシーンは恰好良くアクション映画のようでもあった。リリはハーゲンを探してはいるものの、ハーゲンパートとリリパートは別の映画のようだった。雰囲気がまるで違う。

ハーゲンは保健所の職員につかまりそうになったところをホームレスに保護される。このホームレスとの間に絆が生まれるのかなと思った。ところが、このホームレスがまた悪い奴で、闘犬の仲介業者のようなところにあっさりと売り渡してしまう。そして、マフィアのような男がハーゲンを買い取り…。ハーゲンの人生(犬ですが)は転落していく。
マフィアは、薬や暴力を使ってハーゲンをトレーニングし、それはそれは立派な闘犬に仕立てあげた。
おっとりしていたハーゲンは表情も凶暴なものに変わり、別の犬の血で鼻先が真っ赤に染まり…。ひどい、残酷、可哀想というようなことを思いながら見ていた。

このような感じで、ハーゲンパートは刺々しくギスギスしているけれど、その合間合間にゆったりしたリリパートが入るのが何か変な感じ。映画の構成が変わっている。
けれど、本当にこの映画が変わっているのはこの先なのだ。

ハーゲンはマフィアの元から逃げ出すが、結局保健所の職員に捕まってしまう。けれど、そこから抜け出す。保護され、殺処分される寸前の多数の犬を率いて、逃げ出す。
手始めに保健所の職員に襲いかかるんですが、食いちぎっており、完全にホラーの殺し方。もうここから後半はずっとホラーだった。無差別に人間を襲うわけではなく、自分を酷い目に遭わせた人物を狙って殺す。殺され方も凄惨だし、死体もしっかり映る。
ここまでも構成が変わっているなと思っていても、急に突飛な方向へ舵を取り始めたので、ちょっと笑ってしまった。『猿の惑星』や『鳥』が比較に出されているけれどまさにそんな感じの動物の反乱。

リリと別れた直後のハーゲンのみのシーン、犬の表情が豊かだと思ったけれど、そこでは微笑ましさを描いていたわけではなかったのだ。犬可愛いなあなんてほのぼのした気持ちになっていたが、それこそ人間目線であり、犬からしたらなめるなという話である。
おそらく、犬にもしっかり感情があるのだというのが示されていたのだろう。急に意志を持って反乱を起こしたわけではない。最初から意志を持っていたのだ。

ポスターなどから、少女が大量の犬を従えているのかと思ったけれど、それも思い上がりだった。犬が犬を従え、人間を襲う映画だった。びっくりしたけれど、痛快/壮快映画でもある。

当然、最後には父親に襲いかかろうとするのですが、それをリリが止める。リリは地面に寝っ転がって、ハーゲンと同じ高さに目線を合わせる。その横に父親も同じように寝っ転がる。父親は娘とも犬とも初めて同じ目線になった。娘の気持ちになって考える、犬の気持ちになって考えることができるようになったのだ。関係が修復されたと見ていいのだろう。
大量の犬と人間が向かい合って身じろぎしない、静かなエンディングだった。ここまでがちゃがちゃしていたのが嘘のよう。この後味は実際に観ないと体感できないものだ。

エンドロールのハーゲンを演じていた犬の名前がBody és Lukeとなっていた。ésは調べてみたところ、ハンガリー語の&の意味らしいので、二匹で演じていたらしい。穏やかなシーンと凶暴なシーンだろうか。
主人公で出番も多いからハーゲンの演技が目立つけれど、お友達のようになる子犬にも表情があったし、逃げ出す犬たちも統率がとれていた。CGも使っているのだろうと思っていたけれど、“CGに頼らず実現した本物の迫力”と書いてあって驚いた。
『ベートーベン』や『ベイブ 都会へ行く』などを手がけたアニマルトレーナー、カール・ルイス・ミラーの娘でアシスタントもつとめてきたテレサ・アン・ミラーが本作では犬たちのトレーニングをしたらしい。

0 comments:

Post a Comment