『運び屋』



クリント・イーストウッド監督・主演。
ニューヨーク・タイムズ別冊『90歳の運び屋』に着想を得たと書かれていたが、どのくらい実話なのか不明(追記:今回の映画パンフレットに全文が載っているらしいです)。でも、映画と同じ園芸屋ではあったらしい。
メキシコ麻薬カルテルものに白人の爺さんが紛れ込んでいるというちょっと見たことがないストーリーだった。

以下、ネタバレです。










年老いた男が家族のためを思って一度だけ悪の道に入るが抜けられなくなって地獄…というような話を想像していた。
しかし、この主人公のアールは思ったよりも善人ではない。一応家族のためを思って悪事に手を染めるけれど、それまで家族を省みていない。ランの栽培をしていて、それで大賞をとってちやほやされているけれど、娘の結婚式にもでない。ランの農園に一人で暮らしている。
しかし、時が経って、ネット通販のせいでインターネットの使えない老人であるアールの商売は成り立たなくなっていき、家も立ち退く事になってしまう。
行く場所がなくなってふらふらと家族の元へ戻るが、娘や妻は当然受け入れない。孫娘のパーティー中で彼女にはぎりぎり嫌われていないので資金の援助をしたい。が、先立つものがない…という時に、パーティーに来ていた謎の男に声をかけられて運び屋稼業を始める。

最初はもちろん一回きりでやめようとしていたみたいでしたが、お金があるとみんながちやほやしてくれるんですよね。もうランの関係ではちやほやされないし、家族にも疎まれている。このアールという爺さんは90歳でありながらちやほやされるのが好き。若い女性にも群がってもらいたい。もう年齢は関係なく、性格なのだなと思う。

それで二度三度と運び屋稼業を繰り返すんですが、これも性格なのか年齢なのかわからないですが、あまりびくびくせずに、罪悪感も感じていない。戦争帰りというせいもあるのか、滅多なことでは動じない。

歌を歌いながら車を運転していて、ただのドライブのように見える。ランの農場でメキシコ人三人を使っていたせいもあるのか、メキシコ人を自分(白人)より下に見ているので、マフィアもそれほど怖くなさそう。年代のせいもあるのか、黒人のことをニグロと呼ぶ。ただ、道路でパンクして困っている家族を助けてあげている時に呼ぶので悪意はないんですよね。そう呼ぶのが染みついている。
人種差別が普通。現代用にアップデートはされていない。今の映画では絶対に見かけない描写ですが、主人公が90歳だからできること。その点でも変わった映画だと思う。
人種差別の他にも90歳だから、ある一定の年齢より下の人は一括りで若者なんですよね。だから、マフィアが脅したところで、若者が意気がっている程度にしか捉えない。
他の登場人物は90歳よりは圧倒的に年下だから、マフィアにもDEAにも説教をして人生観を説いたりもしていた。家族を大切にしてこなかった自分の今までの人生を悔やんだり、でも一方では好きなことをやりなさいと言ったり。
まるでDEAとメキシコ麻薬カルテルとは90歳の爺さんは別の場所にいるように錯覚してしまった。あらゆる面で達観していた。

あまりにも飄々としていて、世俗から離れている印象だったので、もしかしたらDEAはメキシコ人たちは捕まえるけれど、アールだけはするっと抜けだしてしまうのではないかとも思ってしまった。

だって、妻が病気になってしまい、余命いくばくもないとわかった時に、運んでいる途中なのに家に帰って妻に付き添うのだ。こんな麻薬カルテルものなかった。『ブレイキング・バッド』も大学教授が悪の道へ入って行くということで似た感じでもあると思うけれど、ウォルターはどんどん悪に染まり、家族も顧みない。でも、本作は90歳なので、もう人生に後悔したくない。ここで妻の死に目に会えなかったら自分も後悔するし、娘だけではなく孫娘にも縁を切られる。それは避けたい。

結局、姿を消したことが原因でカルテルに痛めつけられる。その後、DEAに捕まるのですが、捕まるときには顔を怪我していて、ちゃんと犯罪者の貫禄が出ているのがすごい。怪我をしていなかったら、気の良いお爺さんのままで、なんとなく捕まえた方が悪い、お爺さんかわいそうみたいな印象になってしまったかもしれない。このあたり、クリント・イーストウッドの表情もあるのですが、うまいと思った。

裁判で弁護士が「高齢者を利用して……」と弁護しようとしてたところに自分で「有罪だ」と言っていたのが印象的だった。Guiltyだと自分自身でわかっている。高齢者という立場には甘えたくない。金のためにやったのだし、元々は家族を省みない自分が悪いのだとわかっているのだ。

DEA役にブラッドリー・クーパーとマイケル・ペーニャ、それにローレンス・フィッシュバーンと豪華勢が並んでいたので、最終的には捕まるのだろうと思っていたので着地点は思った通りだったけれど、中盤までの90歳の爺さんとメキシコ麻薬カルテルというミスマッチ加減がおもしろかった。そして、この90歳の爺さんがとても魅力的なキャラクターだった。イーストウッドがとても恰好良かったです。

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