『チョコレートドーナツ』


アメリカでは2012年公開。
ゲイのカップルと、二人が引き取ったダウン症の男の子の話。三人は疑似家族であっても、この映画は家族ものだと思う。

以下、ネタバレです。





自由奔放すぎて強気だったルディは常識の中におさまるくらいには控えめになった。マルコはマルコの通っている学校の先生の話ではコミュニケーション能力が高 くなっていっているらしい。最初の頃はゲイであることをひた隠しにしてもじもじしていたポールも裁判所で感情を爆発させるようになった。
孤独だった三人が出会って、一緒に暮らしていくことで、過ごしていた時間は本当に幸せそうだったし、三人が三人とも良い方向へすすんでいて、もうまさに相乗効果としかいいようがない状態で、この関係を壊すことでは失うものだけで得られるものなど一つもないと思った。

裁判の証人としてマルコの実の母親が出てきた時に、どうしてここまでして、マルコと引き離したいのかよくわからなかった。母親が改心したのかと思ったらそれも違った。
ランバートやポールの元上司がなんでこんな陰謀めいた手段を使っているかというと、結局は同性愛者への差別なんですよね。それで、ゲイバーにマルコを連れて行ったことがあるか?とか、マルコのお気に入りのおもちゃは人形じゃないですか?という質問をする。

ただ一緒にいたいだけなのに、その願いすらかなわない。そして、結局悲劇的な事故が起きてしまう。
ハッピーエンドにしなかったのは、抗議や告発の気持ちをこめてのことなのだろう。
衣装や使われている曲から考えて、たぶん舞台はいまより少し前の時代だと思う(1979年だそうです。最初に出てたのかも)。現在はもう少しでも事態が改善されていることを願いたい。
原題は『ANY DAY NOW』。“いつの日か”ということで、祈りや願いが込められている良いタイトル。

ミュージカルではないが、ルディの歌や店で口パクで踊る曲には彼の気持ちが込められていた。序盤でポールを誘うように歌っていたのも可愛かったけれど、中盤以降、自分で歌い出してからが特に良かった。
あまりの歌のうまさに驚いてしまったんですが、ルディを演じたアラン・カミングは『キャバレー』でトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞しているらしく、そりゃうまいはずだと思った。
特に、ラストでどうにもならない想いややるせなさをぶつけるように歌われる『I Shall Be Released』は、なんとなく、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のラストでヘドウィグが『Midnight Radio』を歌うシーンを思い出した。
両方とも、どちらかといえば、起こった事実としては悲しいものである。しかし、あの力強い歌声から、これからの希望のようなものを感じるのだ。

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