『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』


アレクサンダー・ペイン監督。今回もとてもこの監督らしい作品だと思います。
高額当選の手紙を受け取った父親と、それが詐欺だと気づきながらもしぶしぶ賞金を受け取るために一緒に旅に出る息子の話。
モノクロですが、「1974年? 40年近く前じゃないか」というセリフも出てきたため、現代が舞台です。モノクロといっても、グレーがとても柔らかくあたたかい色合いだった。

以下、ネタバレです。








一緒に旅をしていくうちに、自分のルーツや父親のルーツがわかって打ち解けるというシンプルなストーリーながらも、各所で起こるエピソードと、人と人との粋な会話が素晴らしい。
素晴らしいといっても、本当になんてことないんですよ。線路で父親と一緒に入れ歯を探すくだり、墓参りのくだり、父親の兄弟がそろってなんか気まずい空気のくだり、空気圧縮機を盗むくだり…。はっきりいって、抜けていても、ストーリー自体に大幅な変更は加わらない。
でも、このなんてこそなさが、リアリティがあって、そうゆうことってあるよなあという共感とともにくすっとしたり、涙ぐんだりしてしまう。
登場人物たちのすぐ近くに寄り添うように、優しい目線でとらえているのが感じられて心地いい。

そんなリアリティのある会話やエピソードだから、それを見たり聞いたりしているだけで、なんとなくその人の人柄までわかってしまう。登場人物がわりと多いんですが、出番の少ない人たちですら、ほぼ人柄が理解できる。

母親についても、若い頃はモテた話をしていて、冗談だろうなと思って観ていたけれど、父親を病院に残して先に家に帰る時に、額に小さくキスをしていて、ああ、この人本当にモテたに違いないなと思った。なんてことないエピソードの何気ない仕草にもしっかり意味がこもっている。

父親を馬鹿にされたときに、主人公がそのまま店を出ようとして、一回迷ってからやっぱり振り返って殴るというのも、人柄が出てる。たぶん、人を殴ったのは人生で初めてだと思う。

バーで、高額当選の手紙をネタに「あいつ、こんなの信じやがって馬鹿だよなー」などと話されてて怒るシーンですが、そんなの主人公だってちょっと前までそう思ってたんですよ。でも、旅の途中で気持ちが変わったせいもあるかもしれないけれど、何より、家族以外の人が父親のことをそんな風に言っているのは我慢ならない。それも、本当によくわかる。

会話が重要な位置を占めている作品ですが、問いかけと一拍おいての返答というおじいさん同士の会話のテンポが最高だった。特に兄弟が揃ってテレビを観ながら、乗っていた車の話をするシーン。なんとなく話をふっただけで、別に重要な話だとはその場にいる誰一人として思っていないのもよくわかった。
別のシーンで主人公がいとこに乗ってる車について訊ねられるんですが、なんだろう、社交辞令というか、天気の話みたいなものなんですかね。とりあえず聞いておくか感があった。いとこの場合は、乗ってる車によって相手の暮らしぶりを探ろうという魂胆もあったのかもしれない。

会話が多いですが、ただ多いだけではなく、省き方も絶妙だった。説明くさくはならない。ラスト付近の、父親が病院から抜け出して歩いて目的地を目指すのを車で追いかけるシーンは、もうわかるだろ?という感じで、言葉を発しないまま、次のカットでは車の座席の横に父親が座っている。

息子が当選金額100万ドルを何に使うのかと聞くと、父親はトラックと空気圧縮機を買うと言う。それでもだいぶあまると言うと、「お前たちのために何か残してやりたかった」と。
父親がかつて暮らした町で、親戚や昔の仲間、昔の恋人に話を聞いて、自分の父親というよりは、一人の人間としての姿を知って、そして、当選金額の使い道を聞いて、自分のことなど少しも考えていないだろうと思っていたのに、そうではなかったことを知る。
シンプルで、よくあるといえばよくあるのだけれど、充分に沁みる。

もうここで、めでたしめでたしではあるんですが、ちゃんと当選問題についても決着をつける。

高額当選の手紙の差出人を訪ねると、まあ当然、当選していない。そのことについては、息子もよくわかっていたので、別に怒るでもないのも良かった。そして、そこでプレゼントというか残念賞として貰うチープなキャップがキーになっているのもいい。PRIZE WINNER(高額当選者)なんて書いてあって、どんな皮肉だと思ってしまった。

息子は父が欲しいと言っていたトラックと空気圧縮機を買ってやる。そして、かつて暮らした町を通るわけですよ。運転席にはPRIZE WINNERの帽子をかぶった父親が。
バーで馬鹿にしてた連中が唖然とした顔でそれを眺めているのが良かった。頬には殴られた痕が。ここまでスッとする最高の仕返しはなかなかないです。ざまーみろ。

結局、お金は手に入らなかったけれど、もっと大切なものを手に入れたという一言で言ってしまえば、本当にこの辺もシンプルなんですが、父とちゃんと話をしなければトラックと空気圧縮機が欲しいということもわからなかったし、目的地へ行かず病院から家に帰っていたら、馬鹿にしていた町の人たちの鼻をあかすこと もできなかった。無駄だとわかっていても出向いたからこそ、あきらめもついた。そして、あの帽子があるとないとでは見栄えも全く違う。

アカデミー主演男優賞にもノミネートされていたブルース・ダーンの演技がさすがでした。聞いているのか聞いていないのかわからない絶妙な間を置いてからの返答のおじいさんぽさ。そして、やっぱり高額当選金に対する執着心。手紙が奪われた時の傷心具合と、奪った奴らは手紙を捨てたらしいと言った時の目の色の変わり方はもうキュートとも言えるほどで、映画館内にも笑いが起こっていた。


良いところも悪いところも切り取る人物描写のうまさと、どんなに駄目そうな人間でもどこか愛嬌をもって描く優しい目線と、粋な会話の応酬はアレクサンダー・ペイン監督の味だと思いますが、なんとなくジェイソン・ライトマン監督も似た作風だと思ったら、ジェイソン・ライトマンがアレクサンダー・ペイン好きらしいです。なるほど。

パンフレットに書いてあったんですが、今回の映画の主人公の家から目的地までの距離は1,500キロで、日本で言うと青森市から山口市までらしい。日本に例えられていると旅の距離感が掴みやすい。
また、映画の大部分を占める父親の生まれ故郷のホーソーンは架空の町らしい。

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