『誰よりも狙われた男』
Posted by asuka at 8:16 PM
『裏切りのサーカス』のジョン・ル・カレ原作のスパイ映画。ル・カレも撮影現場に足を運んで、ちょっとした通行人役で出演したりもしていたらしい。
主演は今年2月に急逝したフィリップ・シーモア・ホフマン。
映画の撮影が行われたのは2012年の秋だったようなので、だいぶ前です。
以下、ネタバレです。
実は、ジョン・ル・カレという作家さんは昔の方なのだと思い込んでいたので、今回は9.11以降の話だったので驚いた。2008年刊行らしい。
更に、2010年刊行の『われらが背きし者(Our Kind Of Traitor)』の映画化も控えているらしい。主演はユアン・マクレガー。
まだ訳されてはいないようだが、2013年にも新刊を出していて、現在も精力的に作品を書き続けている。
映画化された『裏切りのサーカス』の原作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』しか読んだことがないのでわからないのですが、今作もトーンは似ていて、撃ち合いのような派手さはなく、息づまる心理戦が繰り広げられる。
あまり感情的にはならない主人公のギュンターはスマイリーを連想させ、そういえばスマイリーって太っている設定だったし、ゲイリー・オールドマンよりフィリップ・シーモア・ホフマンのほうが似合うのでは、と思ったら、やはり、ル・カレは希望を出していたらしい。
心理戦だし、9.11の関連とのことでイスラムのテロ組織との戦いなので、HOMELANDを思い出した。
あれもCIAとか海兵隊員とか大統領陣営とかアルカイダが何重にも絡まっているが、今作も登場人物が多く、ドイツのスパイ、CIA、テロ組織、銀行、人権弁護士とグループが分かれていて、対立しているようにも仲間のようにも見える。その関係性は話が進んで行くうちに変わって行ったりもする。
テロを未然に防ぐためにスパイが奔走するのだが、今回描かれているのは、おそらくギュンターたちが潰してきた事件のほんの一部に過ぎないのだろう。
あやしんでいた人物が、終盤で銀行からある団体へ資金を送る書類にサインをする。そこにこぎつけるために、二重にも三重にも慎重に罠を仕掛け、その人物を影から誘導したのだ。
それは気の遠くなるような作業であり、そのために巻き込まなくていい人を巻き込んだり、傷つけたりしたが、ギュンターは義理だけは通そうとしていた。孤高に見えたが、多方面に気を遣い、できるだけ多くの人を助けようとしていた。
細心の注意を払って作戦を完遂させようとしていた。それでも、なんとなく不穏な空気というか、嫌な予感は感じていた。
このまま終わるとは思っていなかったけれど、ここまでめちゃくちゃになるとは思わなかった。ここまで丁寧に丁寧に、慎重に慎重にやってきたことが、台無しにされる。映画を観てきた2時間くらいの静謐ながらもエレガントな時間がぶち壊される。
砂の城が大波で一気に崩されたような感じ。それか、夏休み中にこつこつ作ってきた工作をガキ大将に壊された感じ。
とにかく逮捕、疑わしきは罰するという態度は大雑把で、いかにもアメリカ様という感じがした。9.11で実際に被害に遭った国なのでわからなくもないんですが、なんのための話し合いだったのか。
ここまで感情をおさえてきたギュンターが、一気に怒りを爆発させる。車から降りて、震え声で「FFFFFFFFFFFFUCK!」と叫ぶ様子にすべてが凝縮されていた。ここまで感情がおさえられていただけに、ここでのフィリップ・シーモア・ホフマンの演技には圧倒される。
ロビン・ライト演じるCIAの女性職員とは旧知の仲だったようだし、もしかしたら好意を抱いていたのかもしれない。ギュンターにとって、また一人信用できる人物がいなくなった。
このアメリカ様描写は、ヨーロッパの作家、監督だからできることである。HOMELANDではできない。もしかしたら、ル・カレにはスパイ時代に実際にアメリカに似たような横暴な振る舞いをされて、「FFFFFFFFFFFFUCK!」と叫ぶような過去があったのかもしれない。
なんとなく海外ドラマっぽく感じたのですが、それはHOMELANDを連想していたせいもあるんですが、いきなり本題に入るからかもしれない。
登場人物が多いけれど、それぞれのキャラクターの説明は一切ないのだ。しかし、そのキャラのことをよく知っていたような気になるのは、それだけしっかりと人物が描かれているのだと思う。そして、役者さんたちの演技のうまさもあると思う。
フィリップ・シーモア・ホフマン演じるギュンターは酒も煙草もやるし、スパイだからということもあるが、影を背負っている。でも、不思議と温厚そうに見える。もしかしたら、太っているせいもあるのかもしれない。ジャマールを抱きしめるシーンは、この人は信用してもいいのだと安心感を与えられる。
部下のイルナは、ギュンターにアナベルのことが好みなのではないかと茶化し、「好みじゃない」と言われると、「じゃあ、あなたの好みは?」と聞く。ああ、この人はギュンターのことが好きなのかなと思っていたら、ギュンターは張り込んでいるのがバレないようにキスをする。その後、ギュンターはすまんなというような仕草をするんですが、それで、この人は気づいていないのだというのがわかった。
直接は語られなくても、登場人物たちの気持ちや、どんな人なのかというのが伝わってきた。
イルナを演じているのはニーナ・ホス。『素粒子』の奔放な母親役が印象的。あの時にはつーんとしていて、いかにも女優という感じでしたが、だいぶ年をとった感じ。でも、いまでも綺麗です。
ギュンターのもう一人の部下役にダニエル・ブリュール。それほど大した役ではないんですが、だからこそ、説明がないまま始まるので無名な俳優では顔がおぼえられない。ましてやスパイものなので、バーなどで紛れて対象人物の調査をするシーンもあるんですが、顔がおぼえられない俳優では、いるのも気づかない。
また、顔のおぼえられない俳優についてはしっかり名前を呼ぶなどの工夫がされている。登場人物が多く一人一人について人物の説明がなく、純粋に起こっている一つの事象のみが描かれているだけだが、わかりやすい。
ギュンターたちのチームが全員良かったし、CIAとの確執も解消されていなかったので、また別の事件について描いた続編が観たい。イルナとのロマンスもあってもいいかもしれないし、今回あんまり目立たなかったマキシミリアン(ダニエル・ブリュール)が活躍する回もあってほしい。でも、ル・カレが続編を書くことがあったとしても、もうフィリップ・シーモア・ホフマンはいないから、永遠に実現することは無い。
アントン・コービン監督の次回作は『Life』。デイン・デハーンとロバート・パティンソン共演の、ジェームズ・ディーンと彼を撮ったカメラマンの話。
作品のせいかもしれないけれど、今作はじっとり、じっくりとした人物の描き方と対照的な乾いた風景の雰囲気が良かったので、次回作も楽しみ。
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