『教授のおかしな妄想殺人』



ウディ・アレン監督作。実は個人的に合わないというか、ここ最近のものは観ている間は楽しくても、終わると首を傾げることも多かったけれど、本作はとてもおもしろかったし好きです。
ホアキン・フェニックスとエマ・ストーンがハマり役。

以下、ネタバレです。









映画のジャンルとしてコメディと書いてあるところもあるけれど、どちらかというと、クライムとかスリラーとかミステリーとかそっちです。
ただ、それが、音楽や全体的な作風でふわっと隠してあって、なんとなくコメディ風になっているのがとてもいい。

まず、殺人を実際に犯すとは思わなかった。人生に絶望した教授(ホアキン・フェニックス)が、殺人を妄想するも、生徒のジル(エマ・ストーン)の恋愛パワーで生きる意味を見出して行くような、キラキラしたストーリーを想像していた。
しかし、教授が生きる意味を見出したのは殺人だったし、殺してからは明るさが妄想していた時よりもアップしていた。

タイトルを見て本当に人を殺すとは思っていなかったんですが、よく考えたら妄想だけなら“妄想殺人”ではなく“殺人妄想”となると思うし正しい。

それにしたって、実際に殺しているのに“おかしな”はないだろうとも思ったけれど、もしかしたら、その軽さを狙っているのかもしれない。
というのも、教授は世直しのつもりで殺人を犯したようだったからだ。
悪徳判事を自分が殺せば、それで救われる人がいるし、世の中が少しでも良くなる。そんな考えに支配されていた。正義の味方気取りである。

ロシアンルーレットで頭にピストルを当ててバンバン撃っていたり、ED気味で女性と寝ることもままならなくて、鬱病のようだった教授が、殺人の計画を考えている間はウキウキしていた。
その教授の心の中を示すように、音楽もジャジーなピアノがおしゃれな曲が使われていた。
普通、殺人の計画を立てる時、毒入りジュースを普通のジュースを入れ替える時は、バレるの?バレないの?みたいなヒヤヒヤした音楽が使われる。こんな軽快で楽しげな曲が使われることはあまり無い。観ている側からしても、教授が人を殺そうとしている風には思わなかった。実際、計画は失敗するのかと思っていた。

けれど、成功してしまう。教授が人を殺すシーンであの音楽。
この何でもなさ感や軽さがタイトルに現れているのではないか。

そう考えると、よく練られた邦題だなと思いました。ウディ・アレンだと業界内に特別思い入れのある人もいそうだし、その人の仕業かもしれない。
原題は『Irrational Man』、“不合理な男”とあっさりしたものである。


映画の始まりはラブストーリーだし、ラブストーリーなのかと思っていた。ジルは教授に恋をする。それは、教授だということもあるだろうし、考え方が独特で変わっているということもあるだろう。同級生の彼氏はいても、飽きてしまい、刺激を求めたのかもしれない。
教授が殺人を犯す計画を立ててたり、実際犯したなんてことはジルは知らないけれど、教授がどんどん明るくなっていき、自分にも振り向いてくれたのが嬉しいようだった。けれど、一緒にいる時間が増えるにつれ、判事殺しの犯人では…という疑念も芽生えてくる。

このあたりから、生徒と教授のイケないラブストーリーという雰囲気ではなく、シリアルキラーとそれを追う名探偵という風に二人の構図が変わってくるのが面白い。

ジルの両親と教授と四人で食事しながら事件のことを話すシーンが面白かった。ウディ・アレン監督らしく、今回もセリフは多く、登場人物が喋りっぱなしです。
父母はすっとんきょうな的外れの推理をしていたけれど、ジルは起こったことを見てきたような、するどい推理をする。ばっちり当たっている。

そのうち、教授の昔の女やジルの友達から証拠が集まってくる。更なる証拠を集めるべく、ジルは教授の家に忍び込む。

教授の机の上にあった『罪と罰』の空きページに殺した判事の名前を書かれていた。あの主人公ラスコーリニコフも悪徳金貸しババアを殺していた。良かれと思ってやったことだ。ただ、ラスコーリニコフはそのあと、罪の意識に苛まれることになるが、教授はただただ明るいだけだった。
そして、そこにハンナ・アーレントの名前と“悪の凡庸さ”という言葉も書いてあったのもなるほどと思った。アドルフ・アイヒマンの裁判レポートを発表した女性ですね。「大量殺戮は悪魔が起こすわけではなく、普通の人間が考えなくなったときにやることだ」と書いている。教授も殺人を犯したが、悪魔ではなく普通の人間である。悪いことだとは少しも思っていないのだろう。

ジルは教授に自首しないなら通報するというのですが、教授にはそのつもりがまったくない。最初の殺人は世直しだったはずだが、教授はジルのことも殺そうとする。
そこでジルのことを救ったのが、教授にもらった懐中電灯というのもまた良かった。一緒に言った遊園地のゲームで貰った景品である。あの時の二人は本当に幸せそうだった。ただ、恋愛が成就して嬉しいジルと、人を殺したことで人生の重圧を逃れた教授というまったく違う幸せだったわけだけれど。けれど、教授からしたら、あの時の懐中電灯のせいとは、皮肉なものである。
そのあと、呆然と明かりのついた懐中電灯を手に取るジルも良かった。何より、あれは伏線だったのか、という展開が待っているとは思わなかったのでおもしろかった。

ジル役のエマ・ストーンは服装も表情も本当に可愛かったんですが、後半、教授を責め立てているときにはそんなに可愛くなかった。あれは、教授に恋をしている演技だったのだ。
彼氏がいるのに教授のことも好きになっちゃって…というのは、ロクでもなさそうだけれど、頭が良い女の子役なので好きになれるキャラクターだった。

教授役のホアキン・フェニックスは、もう彼にしかできないんじゃないかというくらいにハマっていたと思う。ミステリアスで何を考えているかわからないけれど、セクシーでモテるのもわかる。けれど、一緒にいても決して内面は見せず、自分だけの世界を持っていて、異常さや変態性も持ち合わせている。他に演じられる人はいないでしょう。ぴったりでした。


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