『おみおくりの作法』



試写会にて。
タイトルから『おくりびと』を想像するかもしれない。死者を送り出す仕事という点では同じですが、内容は全く違います。
身寄りの無い死者の家族を捜したり、葬式を執り行う民政係の話。地味だけど律儀な主人公、ジョン・メイ役にエディ・マーサン。今作が初主演。

以下、ネタバレです。





椅子を引いて座る、左右を見て横断歩道を渡る、ご飯はパンと缶詰とリンゴ。主人公のジョン・メイは、ルーチンの中で生きているようなきっちりきっちりした毎日を送っていた。
映画を観る前は、孤独死した方の家へ赴いて、生きていた痕跡から人柄を探り、遺族を捜し、連絡するが葬式への出席を断られ…という仕事について、ジョン・メイ自身はどう思っているのだろうと思っていたけれど、決して嫌いではなかったようだ。
まったく知らない亡くなった方の家へ行き、ハンドクリームに残る指の跡や、寝ていたことを示す枕のへこみなど、彼女がここにいた証をじっと見つめる。そこから、生前どんな方だったかを推測し、葬式で読み上げる文章を作る。
本当は生前関わりがあった人がやれれば一番いいのだ。でも、いないのだから仕方が無い。死んでから知り合いになる…いや、一方的に知り、一人きりで葬式をあげていたジョン・メイは、優しい男だと思う。

でも、やはりというか、上司は仕事の効率化を優先して、ジョン・メイのそんな作業を簡略化するために、彼を解雇し、別の人を雇おうとする。
死んだ人に想いを馳せてどうなる、その場にいないのだからどんな宗派だったかなんてどうでもいいだろう、そんな風に言ってしまうことは簡単だ。けれど、それではあまりにもさみしいだろう。

解雇されたジョン・メイが最後の仕事をするために、実際に死者に縁のあった人に会いに行くべく会社を飛び出すシーンは、少し『LIFE!』を思い出した。
自宅と会社の往復だった毎日が変わる。ルーチンからはずれる。一気に世界が広がる。
中盤の人探しミステリ展開は、イギリス各地の風景や電車の中の様子が見られて、その面でもワクワクした。

亡くなったビリーはだいぶ破天荒な人生を歩んでいたらしく、周囲の人物も破天荒な人が多い。おそらく、ジョン・メイといままで関わりのなかったタイプの人たちだ。

通常の業務でも、死者のことを調べるうちに、なんとなく友達になったような、近しい人物になったような気持ちになっていたのだと思う。調査が終わった後も、アルバムに亡くなった方の写真を貼付けていた。
しかし、今回のように自分で足を使って、まるで探偵のように死者の近辺をさぐるのは初めてだったはずなので、より親近感が沸いたのだと思う。
貰った魚を焼いて食べていたが、他人から魚を貰うという経験も初めてだったと思う。いつも缶詰ばかりだったので、少し焦がしていたのも細かい。
人との出会いや経験によって、ほぼ無表情だったジョン・メイの顔に光がさしてくる様子が、さすがエディ・マーサンの演技はうまいと思わされた。
特に、ケリーと話してからは、ケリーと話してから頬に朱がさしたようになって、表情がキラキラ輝き始めた。誰が見ても恋している表情を作り出していた。

これからだと思っていた。このまま、ケリーとお付き合いして…が本当のハッピーエンドなのかもしれない。
横断歩道を左右見て渡るという伏線をこんなところで回収しなくてもいいのに。

映画の途中でも思っていた。他の身寄りの無い人が死んだ時にはジョン・メイがいる。けれど、身寄りのないジョン・メイが亡くなったときにはどうなってしまうのか。

同時期にビリーの埋葬が行われていて、そこにはジョン・メイが引きあわせた人々が集っている。最後の仕事で役目をまっとうしたのだから、それでいいというラストなのかと思っていた。少しさみしいけれど、彼としては本望だろう、と。

それでもいいんですが、ケリーがちらちらとジョン・メイの姿をさがしていて、でもお墓から去ってしまったので、気づいてあげないのかと落胆していたら。

違った。彼は孤独なんかではない。一人じゃなかった。

わざわざ目に見える形で、直接的な描写するとファンタジーになってしまうし、もしかしたらこのラストには賛否両論あるのかもしれない。けれど、このわざわざ感が監督の優しさなのだと思う。暗に示すというわけではなく、しっかりとわかりやすく描くことで、誰の心にも伝わる。

この映画に限ったことではなくて、地味だけれど影で一生懸命にやっている人が報われる話が大好きなので納得のラストだったし、最後の最後でそうくると思わなかったので不意打ちもあってボロボロ泣いてしまった。報われないように見えても大丈夫なのだ。
心から良かったと思ったし、後味もとても心地よい。静かだけれど、いい作品を観たというあたたかい気持ちがじわじわと胸に広がる。

ケリーを演じたのがジョアンヌ・フロガット。『ダウントン・アビー』のメイド長アンナ役で有名。『フィルス』にも出ていたのでここでもエディ・マーサンと共演している。
まるまる明るい役というよりは、どこか影を背負った、けれど芯の強い女性役が多いのかもしれない。

嫌な上司役のアンドリュー・バカンはどこかで見たことがあると思ったら、『ブロードチャーチ』の被害者の少年の父親役でした。

エディ・マーサンがとにかくはまり役。『フィルス』や『ワールズ・エンド』でも演じていたような、地味で真面目でいい人だけどわりを食う役。でも今回、わりを食っているようでも特に気にしている様子はなかった。解雇されたあと、机を整えて、窓の柵にベルトを結びつけていたのでまさか自殺をするのかとも思ったんですが、ビリーの真似をして歯でぶらさがることができるのか試してみようとしているだけのようだった。この頃になると、おかしなことに好奇心まで持ち始めているのもおもしろい。とにかく、悲観をしている様子はなかった。
きっちりきっちり生活をしている男とその最期。まさに、原題である『STILL LIFE』というタイトル通りだった。

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