『あん』


河瀨直美監督作品。河瀨直美監督といえばカンヌ映画祭ですが、今作もある視点部門のオープニング作品として上映された。
ドリアン助川の同名小説を原作としている。

以下、ネタバレです。






ある小さなどら焼き屋に高齢の女性がバイトをしたいと申し出る。最初のこのシーンの樹木希林と永瀬正敏のやりとりからもう心をつかまれる。
アドリブかとも思うような樹木希林のおばあちゃん演技と、それに戸惑う永瀬正敏。馴れ馴れしくて、少し素っ頓狂だけど根本的には正しい徳江さんと、どこか社会から孤立している感じすらして、人から長くそんな風に接せられていないであろう店長さんの様子はまるでコントのようになってしまっていた。おもしろおかしく見せようというのではなく、自然とそうなってしまうおかしさ。

また、序盤、小豆をくつくつと煮たり、木べらで返したり、丁寧に餡を作るシーンは、スクリーンから匂いが漂ってくるかのような撮影の仕方だった。それは徳江さんが小豆を愛おしく思うのと同じような気持ちで撮影されているように見えた。おなかが空くというのもあるけれど、それ以上に大切に撮られているのがわかる。

他にも、季節ごとに花を咲かせ、葉を付け、散らせる、移り変わるソメイヨシノの様子や月なども、丁寧に撮影されていた。

人と人の何気ない会話が醸し出すやりとりの面白さ、風景、食べ物などというと、昨今(少し前?)流行りのゆるふわスロームービーみたいなものかと思われるかもしれないけれど、全く違う。河瀨直美監督だし、予告編に“らい”という言葉が出て来るので事前にわかることではあるけれど、事態が変わっていく。

店長に関しても、“慰謝料”などという言葉が出てきてぎょっとする。序盤で、甘いものが苦手なのにどら焼き屋をやっていることや、業務用の既製品の餡を使っていることなどから、あんまりどら焼き屋に執着していないことがわかる。でも、“慰謝料”のせいで続けなければならないこともわかる。
背負っているものはその時点では何かはわからないけれど、なんとなく店長さんの目が死んでいたのはそのせいだったのかと思う。

永瀬正敏のキャスティングがとてもいい。最初はやる気が無さそうな雰囲気だったけれど、徳江さんがやめることになってしまってからは、髪の毛が伸びて来ているせいもあったけれど、まるでちんぴらのような目つきになっていた。

徳江さんが実はハンセン病患者の療養所に暮らしていることがわかると、序盤のすべての動作に意味があったことがわかる。
桜の花を見上げてきょろきょろしていたこと、葉っぱが手を振っていると言って振り返していたこと。植物を心から慈しんでいたのだ。
そして、小豆の声に耳を傾けるとか、小豆に対するおもてなしとか言っていたのも、序盤には微笑ましい事柄としか思えなかったが、様々な所を旅して来ている小豆に景色を見せてもらっているというセリフが出てきたときにハッとした。
彼女たちには自由がないのだ。

事情は違うけれど、店長が店にとらわれているのも同じことだろう。
もっと、やりたいことをやりたいようにやったらいい、あなたにはできるんだから、というメッセージが込められていたように思う。

店はお好み焼きもできるように改装するだの、オーナーの甥っ子の駄目そうな青年と一緒に働けだの、どう考えてもいい方向へ進みそうもなかった。
その顛末についての詳しい説明はないけれど、ラストは店長さんが公園にどら焼きの屋台をかまえるところで終わる。
そこで、「どら焼き、いかがですか」と晴れやかに声を張り上げるのがいい。今まで、お店に遊びに来ていた女子学生とも特に口をきかなかった。今は、やっと自分のやっていることに自信が持てたのだろう。
そこでエンドロールに入って画面は暗くなるが、音声だけは続いていて、子供の声で「10個ください」と入り、買いに来ているのがわかる。おまけ的な要素だけれど、最後にふわっと、いい気持ちが残るのだ。

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