『天才作家の妻 40年目の真実』



原作は2003年に出版された『The Wife』。
グレン・クローズがゴールデン・グローブ賞で主演女優賞を受賞した際にはサプライズなどと言われていたが、他の賞も受賞しているし、アカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされている。
監督はスウェーデンのビョルン・ルンゲ。
作家の夫がノーベル文学賞をとったことで変わる関係と心情を描いている。

グレン・クローズが演じるジョーンの夫ジョゼフ役にジョナサン・プライス。夫婦を追うジャーナリスト役にクリスチャン・スレーター。若き日のジョーン役のアニー・スタークはグレン・クローズの実の娘らしい。また、若き日のジョゼフ役がハリー・ロイド。

以下、ネタバレです。








予告で見たのか、どこかで聞いたのかは忘れましたが、長年、夫のゴースライターをしていた妻が、真実を話すのか、愛をとって隠したままにするのか…というのが焦点だと思っていた。
しかし、途中までゴーストライターであることが明かされないまま話が進んでいくので、もしかして最後に示される事柄だったらどうしようと思ってしまった。

それくらい、ノーベル文学賞を受賞した夫のジョゼフは喜んでいるのだ。少し怖いくらいである。私は知った上で観ていたけれど、知らない人が観ていても、本当にジョゼフが書いていると思うだろう。
罪悪感のかけらもない。むしろはしゃいでいる。普通、妻に書かせていたならば、自分が受賞したことで多少気まずい思いはするはずなのに。

しかし、観ていくうちにこれは彼の性格なのだろうと気づく。浮気性で女性に甘えっぱなし。また、甘やかされてもきたのだと思う。
この映画はジョゼフにノーベル文学賞受賞の知らせが来て、ストックホルムの授賞式とその後の晩餐会に出席する部分だけなのだが、その合間に過去の回想も含まれる。
過去編でジョゼフを演じているのがハリー・ロイド。彼は美形ではあるのだけれど、少し小悪人顔というか、もっと言えばゲスな役が似合う顔なのだ。若い頃から浮気癖があったようだし、ジョーン自体も既婚者で教授という立場のジョゼフと略奪する形で結婚したのだ。
ジョーンがゴーストライターになったのには時代背景もあったようだ。1950年代、60年代は、まだ女流作家が世間的に認められづらかった時代なのだ。作者が女性というだけで読んでもらえない。だから、夫の名前を冠してでも読んでもらえる、影ででも認めてもらえるという道を選んだのかもしれない。

実際、執筆にどの程度ジョゼフが関わっていたのかは明らかにはされないけれど、彼自身は共作だと言っていたし、心からそう思っていそうだった。そもそもジョーンが書くきっかけになったときも、弱々しくなっていたし、ジョゼフは全体的にずるい。でも、仕方ないなと思わせる説得力が若いジョゼフ=ハリー・ロイドにはあった。ハマり役だった。
過去のジョゼフを見させられたら、今の老いたジョゼフがその頃からまったく何も変わっていないのが見てとれるので、過去ジョゼフの重要さがわかる。喜ぶ時に、ベッドの上でジョーンの手を取ってジャンプをするのも変わっていない。
ジョーンが怒った時に車からノーベル賞のメダルをぽいと投げ捨てていて、映画館内の観客から笑い起こっていて私も笑った。これがジョゼフなのである。あまりにも子供っぽい。ずるいけれど、憎めない。

ただ、晩餐会のスピーチでは、「妻に感謝を」というようなことを言っていて、知っている人が見たら妻に書かせていたことがわかるような内容でありながら、知らない人が聞いたら本当にただの身近な人に対する感謝を述べているだけに聞こえて、ずるさ極まりないと思って腹が立った。ジョゼフは言ったことで自分が救われる。もしかして意識してのずるさではなく、単に馬鹿なのかもしれない。しかし、ジョーンは余計にストレスがたまる。

公式サイトなどだと、ジョゼフがノーベル文学賞を受賞したことで夫婦間の関係が一変と書かれていたが、そんなことはないと思う。ジョーンは言えなかっただけで、もう最初からずっと、恨みのようなものは抱えていたのだろう。でも、それと同時に長く続いてしまうと、恒常的な恨みはぼやけていく。ずっと一緒にいることで、愛情も芽生えてくる。

映画内でゴーストライターということが明かされる前から、カメラはジョーンの表情ばかりを映していた。そして、そのどれもが複雑なものだった。微笑んではいても、心の底から嬉しそうではなく、何かに耐えている。
ジョゼフがジョーンの隣りでスピーチをしていても、ジョゼフの額のあたりから上が切れてしまっていて、ジョーンが中心に据えられていた。実はジョーンが書いていたということを知らない人が観ても、ちょっと違和感のある気持ちの悪いカメラワークだと思う。普通ならもっと引いて、ジョゼフの頭まで映すと思う。

今までずっと影で書いてきて、ストックホルムでも「妻は書かないんですよ」などと紹介されて、もちろんジョーン目線で見ていたので、本当に腹が立った。そんな時に、助け舟のように現れるのがクリスチャン・スレーター演じるジャーナリストのナサニエル。ぐいぐい割り込んでくるし、昔に書いた文章までつきとめて、ジョーンが実はゴーストライターなのではないかということをつきとめる。
二人がバーなのかレストランなのか、向かい合って話すシーンが最高だった。ナサニエルに進められるがまま、ジョーンはタバコを吸い、酒を飲むが、肝心なことは明かさない。ジョーンのほうが一枚上手だった。グレン・クローズとクリスチャン・スレーターの演技合戦でもあるのだけれど、スリリングで見ごたえがあった。会話シーンのうまさは、監督が芝居の演出を手がけているせいもあるのだと思う。

ジョゼフに対するイライラをジョーンと一緒にため続け、もういい、言ってしまえ!世間にバラしてしまえ!という気持ちになったけれど、結局、ジョゼフが心臓発作を起こしてホテルで亡くなってしまう。しょうもなさを引きずったままでも、もう老人なのだなとその時に思い知らされた。もしかしたら、当事者であるジョーンもそう思ったかもしれない。怒りや溜め込んできたもの、プライド…様々な不満点があっても、別に殺したいほど憎んでいたわけではない。プレゼントされた時計も身につけていた。夜も同じベッドで、体に手をまわして寝ていた。心底嫌いなら、別々の部屋で寝るだろう。腐れ縁のような形でも、酷いなと思うことはたくさんあっても、離婚もせずに一緒にいた。愛情がすべてを上回っていたのだと最後にわかる。

我慢して我慢して、最後にバーン!と暴露する話ではなかった。いわゆる『ビッグ・アイズ』方式を想像していたけれど、そんな単純な話ではなかった。夫が悪い奴なら恨めたのに。

帰りの飛行機の中、ナサニエルに「あなたの推測(ゴーストライター)は全部まちがっている」と告げるジョーンの色気すら感じられる迫力がすごかった。これ以上、私たち家族に関わるなという警告に感じた。このシーンも飛行機に座っているジョーンを真ん中にとらえていた。CAさんは声だけで首から上が切れている。ナサニエルはだいぶ屈むので映るが、あくまでも画面を支配しているのはジョーンだ。ナサニエルが去った後、カメラがわずかに横に振れ、隣りに座っている息子を映す。寝たふりで話を聞いていたのだ。
息子はナサニエルからゴーストライターである話を聞かされて怒っていた。「そう言えば子供の頃から思い当たることがたくさんある!」と言っていたけれど、息子は弟なんですよね。もっと大きかった姉は、きっと全てに気づいていたにちがいない。けれど何も言わない。父のノーベル文学賞を祝う授賞式にも来ていたけれど、臨月だったため、一歩引いていたように見えた。思えば、「お祝いの品を何も持ってこなかった。私ったらうっかりしていて」みたいなことを言っていたのは、全て知った上で、父を祝う気などないという気持ちの表れだったのかもしれない。

ジョーンは「戻ったらあなたたちにはすべてを話すわ」と言っていた。きっと、嘘偽りないことを明かすのだろう。けれど、世間には公表はしないと思う。もうそっとしておいて。


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