『ブエノスアイレス』



1997年公開。ウォン・カーウァイ監督。

ろくでなしのパートナーに振り回されるということで、まるで少女漫画のようだった。
「やり直そう」という言葉で結局もう一度付き合って別れて…を繰り返す恋人たちの話。

どうしようもなくなったときに頼られるというのが、一体どんなポジションなのか、たぶん、ファイ自身もよくわかってなかったのではないかと思う。ウィンからしたら、いつでもファイの元に帰ることができるという安心感の中で好き勝手やっていたのだろう。
たぶん、ウィンにとってもファイが一番大切だった。ファイの気持ちは映画の中で独白があるので大体わかるけれど、もういい加減にしたいと思いながらも、やはりウィンのことが好きなので、「やり直そう」と言われたらやり直してしまっていたのだろう。

両手を怪我したウィンはわがまま放題で、でも、食事を作ってあげたり、寒い中一緒に散歩に出かけたりと、振り回されて文句を言いながらもファイは幸せだったのだろう。だから、両手が治っても繋ぎ止めておくために、パスポートを隠した。
そうやって束縛するしか、一緒にいることができないのだ。

ウィンもファイのことが好きでも、やはり外で遊んだりする性癖は直らないと思う。きっとそれはファイもわかっていた。それを含めてのウィンなのもわかっていたのだと思う。

それで、どうするかと言ったら、束縛するか別れるかしかないんですよね。でも、パスポートを隠しても虚しくなって、結局、別れを決めたのだろう。

もともとは、二人でアルゼンチンに旅行に来て、滝を見に行く途中で道に迷って喧嘩別れしたところから映画は始まる。
映画の中盤でも、いつか一緒に行こうと思ってるんだとファイが他の人に話すシーンがあった。

映画の終盤で、結局その滝を、ファイは一人で見に行く。
できることなら、最後に二人で滝を見に行って、ハッピーエンドにして欲しかった。そうすれば、完全に関係が修復されるのではないかと思った。
でも、これは私が思うハッピーエンドで、たぶん、ファイにとってはハッピーエンドではないのだ。
どうせこの状態でも「やり直そう」と言われたらやり直すことになるのだろうし、そしてまた嫌な思いをして別れることになるのはわかっている。もう、ウィンに振り回されたくなかったのだろう。
ずるずる続く腐れ縁のような縁を断ち切るには、とっておきの場所に一人で行くのが一番いい。
これは、私が思っていたハッピーエンドよりも、ずっと健全だし、正しい。正しいとは思う。

けれど、その時に、ウィンは引き払ったファイの部屋で、滝のライトを見て、布団を抱きしめて泣いてるんですよ。ウィンはウィンであんな感じでも、ファイのことが好きだったのに。

好きあっていても、お互いがお互いのことを想っていても、想いの度合いのバランスや気持ちの種類が合わなかったのだ。片方が大好き大好きってなっているときに、相手は拒絶したり、片方がそばにいてほしいと思っているときに、相手は外へ出て行ってしまったり。
映画内で、二人の気持ちのバランスがとれているのが、アルゼンチンタンゴを踊るシーンだと思う。あの時だけは、二人ともがちょうど同じ気持ちだったのだった感じがする。ただ、映画内で唯一あのシーンだけだったかもしれない。だからあんなにも美しく、切ない。

最初モノクロなのですが、途中でカラーになると、ウォン・カーウァイ色調というか、黄色っぽく、赤が強烈な真っ赤だった。ファイの部屋は質素ではあったが、生地の柄や小物などがレトロでおしゃれ。

舞台が異国というのも良かった。たぶん、香港にいてもはぐれ者だっただろう二人が、異国にいる様子は更に他者と断絶されていながらも、他の人からの関心が無い分、紛れられている気もした。
香港はちょうど地球の裏側、というセリフのあとで、逆さまになった香港を映すのも粋な演出。

『青い春』でも出てきましたが、お互いのくわえ煙草の先端をくっつけて火を渡す描写が好きなんですが、この映画ではファイが拒絶しているシーンだったので、口からはずして煙草だけ渡していた。ウィンはファイの手をとって自分のくわえ煙草の先端につける。これだけで、ファイはつれない態度をとってもウィンはめげないという性格がわかるし、良いシーンだった。
煙草に関しては一本の煙草を二人で吸うというシチュエーションも好きなんですが、ウィンが両手を怪我していたときに、煙草を吸っているファイを物欲しげに見つめて一口二口吸わせてもらっていた。これも、性格がわかるし、良かった。

こう映画内のシーンを思い出すと、やはりこの二人が付き合うのが一番いいんじゃないかと思ってしまう。ファイはウィンをアルゼンチンに迎えに行って、もう浮気はしないと約束させてパスポートを返せば、いつまでも幸せに暮らしていける…はずはない気もしてきた。ウィンは直らないとは思う。ファイはそんなウィンについて、仕方ない、いつかは戻ってくると考えていればいいんだろうけれど、映画に出てこないだけでいままでそれを繰り返して来たんだろうし、それで何度もつらい想いをしたのだろうから、もう縁を切るしかないのだろう。


0 comments:

Post a Comment