『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』



『イースタン・プロミス』の脚本家、スティーヴン・ナイトの長編監督二作目。
原題が『オン・ザ・ハイウェイ』なのかと思ったら違って、『Locke』。主人公アイヴァン・ロックの名前です。
主演はトム・ハーディ。というか、完全にトム・ハーディしか出てこない。だから、原題も納得。
車に乗っているトム・ハーディの一人芝居です。こう聞くと退屈なのではないかとか、これもタイトル通りですが、86分とはいえ場がもつのかと思ったけれど、これがとてもおもしろかった。

以下、ネタバレです。







トム・ハーディは仕事場からどこかに車を走らせている。合間合間に、電話がかかってきて、ハンズフリーで会話をしつつ話が進んで行く。たぶん、携帯電話とカーナビをBluetoothで繋いで転送するサービスがあるようなので、それではないかと思う。
状況説明などはないまま始まり、上司や部下、家族との通話から、何が起こっているのかがだんだん明らかになっていくので、サスペンスのような要素もあると思う。

途中で窓の外の車のヘッドライトなどが映るときに時間の経過があるのかどうかはわからないけれど、邦題の通りならリアルタイムで進んでいるのかもしれない。

一度の過ちで妊娠した相手の女性の出産のために病院へ向かう。もうそれだけは絶対に行動を変えない。明日朝に大事な工事が控えてようと、家族とサッカーを見る予定をやぶろうとも、妻に別れを切り出されようとも。
相手の女性のことは、特に愛しているわけではなさそうだった。本当だったら、贔屓チームのユニフォームを着て、ドイツビールを飲みながら、得点シーンでイエーイ!なんて言いながら、楽しみたかっただろう。また、大事な工事前夜で混乱している現場に駆け付けて指揮をとりたかっただろう。
でも、ぐっと堪えて、全部投げ出した。

車内は閉鎖的な空間だし、そこでアイヴァンがどんどん追いつめられて行くのがわかった。トラックが来る道路が封鎖されていない、真実を知った妻はショックのあまり二階のトイレに閉じこもっている、臍の緒が赤ちゃんの首に巻き付いている…。
問題が各所で噴出し、それを電話のみで対処していく。でも、いくら対処してもどんどん問題が出てきて、電話中に他の人から電話がかかってきたりもする。一人きりでてんてこまいである。

電話の相手すべてに誠実に対応していて、彼は仕事でも信頼を得ているようだったし、人柄なのかなと思った。でも、溜まりに溜まったものを吐き出す先も必要で、その相手は彼の父親のようだった。
何が起こったのかははっきりとは描かれない。けれど、誰も座っていない後部座席に向かって、もしかしたらもう亡くなっているのかもしれない、少なくとも疎遠ではあろう父親への恨み節を吐き出す。

私は車を運転したことが無いのでよくわからないけれど、何人もの人間を相手にし、いくつもの問題を電話のみで同時に解決しようとしながら、更に車を運転することなどできるのだろうか。運転の方の注意力が散漫になってしまうことはないのだろうか。

途中で横をパトカーが数台通ったときには、ハンズフリーであれ、通話を咎められるのかと思った。また、車のヘッドライトが滲んだ画が出てきたときには、もしかしたらこれはアイヴァンの目線で、疲れ目により事故が起こるのではないかと思った。大型のトラックが出てきたときにも衝突するのではないかと思ってしまった。
けれど、通話先では問題が起きていても、それ以外では特に事件は起こらなかった。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観たあとなので、車に乗るトム・ハーディを見るとカーチェイスでも始まるのではないかと思ってしまうが始まらない。『マッドマックス』に比べてこちらのほうがよく喋るし、感情も露にしていた。

最初こそ、少し焦ってはいてもそれほど表情もなかったけれど、部下に仕事がなんとかうまくいきそうだとわかると笑うし、涙を流すシーンもあった。カメラはトム・ハーディ一人だけを映しているから、その表情の変化もつぶさにとらえられていた。

何か派手な大きな事故に遭うわけではなくても、とりまく状況が刻々と変わって行く様子はとても緊迫感があるし、展開が気になって夢中になって観ていた。

妻からは別れを切り出され、上司からは解雇を告げられる。けれど、最後に子供が無事に生まれたのがわかる。そのためにすべて投げ出して病院に向かっていたのだから、もうこれでオッケーなのでしょう。更に、泣き声を聞くだけで、何か今後への希望のようなものも感じられるラストになっていた。

トム・ハーディの演技も見事なんですが、電話の向こうの声だけの面々も演技が素晴らしかった。これは脚本のおかげなのかもしれないけれど、映像がなくても全員がどんな状態なのか伝わってきた。ラジオドラマ+トム・ハーディ一人芝居といったところか。だから、映像はトムハーディが車に乗っているだけでも、頭の中にはもっと豊かな景色が広がっていた。

この声だけ出演者がエンドロールで初めて知ったのですが豪華だった。
一度関係を持ってしまった女性役に『ブロードチャーチ』の女刑事を演じたオリヴィア・コールマン。妻役に『ローン・レンジャー』のレベッカ、『ウォルト・ディズニーの約束』の母親役のルース・ウィルソン。
部下役に『Sherlock』のジム・モリアーティ、『007 スペクター』も控えてるアンドリュー・スコット。息子役に『インポッシブル』のお兄ちゃん役、最近新スパイダーマンに決定したトム・ホランド。
特に、最後の方の息子の「サッカーの試合の録画を一緒に観よう。試合の結果を知らないふりして」という言葉が沁みた。『インポッシブル』で初めて見て、演技がうまさに驚いたけれど、今回も良かった。

この役者さんたちは、姿を現しても役にちゃんと合っていたことに驚く。正体がわかると、声だけの出演がとても贅沢な感じがする。

この声だけの人たちはホテルに集められて、トム・ハーディの乗る車に電話をして演技をしたらしい。まるで舞台のようだ。
トム・ハーディは低荷台のトラックに車ごと乗って、一日に通しで撮影をし、それを数日間繰り返して、50時間分をパッチワークのように切り貼りしたらしい。何日があったとはいえ一発勝負を繰り返したわけだから、本当に舞台と同じだ。

また、トム・ハーディは過密スケジュールの合間をぬって参加したらしく、二週間しか時間がとれなかったとか。更に前半はリハーサルに費やしたらしいので、撮影にはあまり時間が取れなかったと思われる。でも、だからこそ、緊迫感が生まれているし、撮影や画づくりの工夫もされているのだなと思った。
実験的でもあると思うけど、いい役者さん、いい脚本、撮影の工夫があれば、充分おもしろい作品になる。アイディア賞だけではない。



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