『君と歩く世界』



2013年公開。フランス・ベルギーでは2012年公開。原題は『De rouille et d'os』。“錆と骨”という意味であり、英語版のタイトル『Rust and bone』はその直訳といった感じ。邦題はだいぶロマンティックになっている。

マリオン・コティヤール演じるステファニーは、不慮の事故で両足を失ってしまう。
ポスターなどで使われている、男性がマリオン・コティアールを背負っているシーンが出て来るのは、映画のクライマックスなのかと思った。おそらく男性は恋人なんだろうと思った。心が通い合った上で、あの状態になるのかと思った。

でも、背負うシーンは映画のかなり序盤だった。その後はステファニーは義足を付けて、杖をついて一人で歩くこともあって、まさに邦題のとおり、君と“歩く”世界になっていた。

普通だったら、男性が両足を失った女性を背負うという行為は恋人同士のものだと思う。なぜ、恋人でもないのにアリはステファニーを背負っていたのかというと、この男の人が少し変わっているからに他ならない。

後半に出てくるけれど、ステファニーがクラブでナンパされるシーンがあって、そこで、軟派客はステファニーの義足を見て、急に態度を変える。怖じ気づいてしまう。
ところが、アリはステファニーと対して交流があったわけでもないのに、両足を無くした彼女を見ても、驚きはしても普通に接し、おまけに家で落ち込んでいた彼女を外へと連れ出す。

おそらくステファニーは、この時点からアリのことが好きになってしまったのだと思う。
もう少し経ってから、“ちゃんと機能しているか確かめるために”セックスをするけれど、ステファニーはそれで一層好きになってしまった。

アリは最初から、ステファニーに好意はあったにしても恋愛感情は無く接していたし、セックスについても言葉以上の意味はなく、本当に確認のためにしたようだった。セックスボランティアみたいなもののようだった。
そういう友達もいるし、スポーツジムでも一回きりの関係を持つし、ステファニーがいる前でもクラブでナンパをして初対面の女性と一緒に出て行っていた。
彼にとってはセックスをしたからといって何かが変わるわけではないようで、ステファニーとの気持ちのズレが生じる。

アリは警備員の仕事中に、路上での賭け格闘技へスカウトされる。アリと一緒に居たいためなのか、同じ世界に身を置きたいからなのか、ステファニーもその裏仕事を手伝うことになる。両足に入れ墨をしたことすら、健気に思えた。
ただ、この時点でもアリはステファニーの気持ちに答えていたのかどうかわからない。

更に、アリは警備員の仕事で違法スレスレのことをやったせいで、仕事を失い、家族からも愛想をつかされ逃亡する。
この時に、ステファニーに連絡をするとか、ステファニーと一緒に逃げるとかすればいいのに、一人で逃げる。
ステファニーは行方を知らないかと周囲の人に聞いたりもするけれど、これ以降、最後のワンシーンだけで、もうステファニーの出番はない。アリだけの話になってしまう。
なんとなく、マリオン・コティヤールが一番有名だし、名前も最初に出てきたから、ステファニーが主役なのかと思っていたけれど、ここで実はアリが主人公だったことを知る。

アリの逃亡先へ、姉の夫が、普段は姉の元にいる息子を連れてくる。一緒に遊んでいたけれど、急に息子が行方不明になってしまい、アリは凍った湖に落ちたのではないかと慌てる。
そうは言っても、きっと元気な様子で後ろからひょっこり現れるんだろうなと思ったら、氷の下に子供が流れていて、本当に落ちていたのでびっくりした。

間一髪助け出し、病院で子供が意識を取り戻してからは、急に話がトントン拍子に進み出す。
意識を取り戻して心底ホッとしているところに、ステファニーから電話がかかってきて、アリは「愛してる」と告げていた。え?いつから?と思うくらい唐突だった。

そして、何年後かに舞台が移る。アリは何かの格闘技でチャンピオンになったらしく、ベルトが映っていた。息子もそばにいる。ステファニーも義足に慣れたのか、杖を使っていない。
アリは何もかも手に入れていた。急にすべてがうまくいきすぎて、もしかしたら息子は冷たい湖で死んでいて、それ以降はショックのあまり、アリが描いた妄想なのかと思ってしまった。
それか、いままで、学校へ迎えにいかない、乱暴な言葉遣いで怒鳴るなど、アリは息子を邪険にしていたが、今回、必死で助けたことによって改心したとみなし、事態が好転したのかと思った。いわば、おとぎ話とか昔話みたいなものですね。心を改めて良いことをすれば、自身にも良いことが起こる。だから、悪いことをするのはやめようという説教じみたもの。
ステファニーに「愛してる」と告げたのも、良いことの一部なのかもしれない。

この映画がラブストーリーならば、病院にステファニーが駆け付けて、直接顔を合わせて「愛してる」と言わせただろうし、抱き寄せるくらいのことはしただろう。ステファニーは両足を失っていて駆け付けることが難しいかもしれないけれど、なぜかアリの場所もつきとめていたようだったし、誰かに車で連れてきてもらうことも可能だったのではないか。
なので、ラブストーリー的な盛り上がりはあまりない。どん底の状態だった一人の男が心を改めることにより成功を勝ち取ることができた、という話なのだと思う。一人の男の人生の話だ。

実は主役じゃなかったし、後半はほとんど出てこないけれど、マリオン・コティヤールの演技がうまかった。最初の、落ち込んでいるというかショックのあまりやつれている様子から、海に連れて行ってもらって気持ち良さそうに泳ぐ様子への変貌に驚いた。義足を付け、たどたどしいながらも、少しずつ歩けるようになっていくのも、きっとつらいリハビリを乗り越えているのだろうと感じられた。とても強い女性なのだと思う。

また、中盤、かつての職場であるシャチのトレーニング場へ行くシーンがある。もう水の中には入れないけれど、水槽越しにシャチがちゃんと動き、コミュニケーションがとれていた。シャチはステファニーの足が失われていることはわからない。ステファニーも自分の足を奪ったシャチを恨んではいないのが伝わってきた。
一面が青く、音も無い。小さなステファニーが手で合図をすると、巨大なシャチがゆっくりと動く。とても美しいシーンだった。


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